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花火

コオリノさんは屈託無い笑顔でそう言って、俺を誘って歩き出していた。

 事情は全くわからない(或いは覚えていないと言うべきなのか)ままだったが、どちらにせよ、彼女について行かざるを得ない状況だった。

 何か訳があるはずだったが、その答えを知っているのはコオリノと名乗る彼女だけだろうから。

 目的地があるとするなら、その道すがら、事の顛末を聞き込むしかなさそうだ。


「あのさ、コオリノさん」


 俺はコオリノさんに着いて行きながら、声をかけた。


「ユウジさんはリンゴ飴とチョコバナナ、どっち派ですか?」


 俺の言葉が聞こえなかったのように、突然コオリノさんが質問してきた。


「は?(或いは、派?)」


 俺が非常に間の抜けた返事を返すと、コオリノさんは立ち止まり、一件の屋台を指さした。

 その屋台には太い竹串に刺され、真っ赤な飴をコーティングされてテカテカとしたリンゴの群れが陳列されていた。


「リンゴ飴」


 続いて、はす向かいの屋台を指さす。

 そこには、同じように竹串に刺され、チョコレートでコーティングし、カラーチョコスプレーを塗されたバナナの群れがあった。


「チョコバナナ」


 コオリノさんはうれしそうにそう言って、続けた。


「ユウジさんはリンゴ飴とチョコバナナ、どっち派ですか?」


「あー」


 俺はちょっと考えた風にしながら答える。


「俺はリンゴ派かなぁ、チョコバナナはちょっと、イメージが違うって言うか、悪いって言うか、騙されたって言うか」


「騙された?」


 コオリノさんが訝しそうに聞き返す。


「あー、バナナにコーティングされてるチョコってさ、見た目パリパリって感じするじゃん。そう思って買って食べたらさ、でもさ、あれ、ベタベタなんだよな。で、自分が思い込んでいたイメージとのギャップで『うぇー』ってなってさ。それ以来苦手。単に俺がものを知らなかったって話なんだけど」


「そうなんですか」


 そういったコオリノさんの右手には、いつの間に買ったのかリンゴ飴が握られていた。

 そのまま、何事も無かったように歩き出そうとするコオリノさんに、呼び止めるように声をかける。


「コオリノさんはどっちなんだよ」


 すると、コオリノさんは立ち止まり振り向くと、小首を傾げて「さあ?」と言った。


「私、チョコバナナ食べたことが無いから」

 

 そう言ってリンゴ飴をぺろりと一舐めする。

 な、んだよそれ?脈絡も何もあったもんじゃ無い。

 何の意味があっての質問だったんだ?

 理不尽さに辟易していると、お構いなしといった風情でコオリノさんが歩き出す。


「おい、待ってくれ、俺にも聞きたいことがあるんだ」


「花火、もうすぐですよ」


 コオリノさんは振り向きもせずそう言うとすたすたと先を行く。

 その足取りは、決して急いでいる風では無いのだが、ナゼか追いつくことが出来ない。


「あ、そうだ」


 コオリノさんが立ち止まって振り向いた。

 リンゴ飴はいつの間にか囓られて、欠けて白くなっているのが見えた。


「ところで、ユウジさん。ユウジさんは夢を見るとき、白黒ですか?カラーですか?」


「なんだ?夢?」


 彼女はなんの話をしているのか。

 真剣に意味がわからない。


「夢ですよ、夢。寝てる時に見る奴。知りませんか?」


 ふざけるな。


「夢ぐらい知ってる。なんだよ、白黒かカラーかって」


 少々いらだち気味にそう尋ねると、コオリノさんは微笑みながら俺の目を真っ直ぐに見つめた。


「夢って、人によって見え方があるらしいんです。色々あるんですが、一番大きな違いは、夢を昔のテレビや映画のように白黒で見る人とカラーで見る人があるらしいです」


 ああ、そういうことか。

 だが、それなら心当たりがある。


「気にしたことは無いが、多分、俺はいつもカラーで見てるんだと思う」


「?」


 歯切れの悪い答えに彼女が困惑したような顔をしている。


「子供の頃。工場が火事になった夢を見た。朝、起きてからその夢を思い返して、すげぇビックリしたんだけど、そのビックリした理由が、夢が白黒だったことなんだ。工場は灰色だったからあまり区別が出来なかったけど、赤々としているはずの火が全く色が付いて無くて、真っ白だったんだ。それで、いつも自分の夢には色が付いていたんだって気がついて、学校で、今日色の付いてない夢を見てびっくりしたって、その話を友達にしたら……」


「……?どうなったの?」


「その友達が、不思議そうに言うんだ。『夢に色が付いてたら、夢か現実か区別がつかなくなるじゃん』ってさ、どうやらそいつは色無しの夢を見ていたらしい」


 俺はそう言って少し声をだして笑って見せた。


「なんか、そんなことがあったって事を思い出した」


「でも」


 コオリノさんが冷ややかな声で話し出す。


「でも、例えば、白黒のテレビでも色を感じることは出来ますよね」

 

 また、何か訳のわからないことを言い始めた。


「色が無くても、例えばこのリンゴ。色の無い灰色のリンゴが白黒テレビに写っていたとしても、見ている人間は、それが『赤』であるという認識で見るわけですよね?」


「あ、なるほど。ってかそういうものか?」


「昔は、夢には色が付いていないというのが定説であるがのごとく言われてた時代もあったらしいです。最近はそうでも無いらしいですけど。やっぱりテレビとか映画に色が付いて来て、そういう視覚がメディアに溢れたことにより、夢にも色が付き始めたとか、そんな感じとかも言われますが、私、違うんじゃ無いかと思うんです」


「違うって?なに」


「つまり、夢ってもともとは色が付いていないものなんじゃ無いかって」


 そう言ってコオリノさんはいたずらっぽく笑って続けた。


「夢はもともとの世界の情報量の少ない劣化した画像の投影。つまり、白黒。色付きに見えるのはそのリンゴが赤であるという思い込みによってバグってしまった投影」


 彼女は何が言いたいのだろう?


「ねぇ、ゆうじさん。このリンゴ飴。本当に赤いですか?」


 そう言って手に持ってるリンゴ飴を俺に突き出した。

 何を言っているんだ。

 赤い。

 赤いに決まっているじゃ無いか。

 赤い。あかい。あカイ。アカイ。

 ア……アレ?

 

 その時、コオリノさんの後ろ、黒い、真っ黒い。

 漆黒の闇の中。

 轟音と共に雪のように真っ白な、打ち上げ花火の大輪が開いた。


 ゆらり、と、コオリノさんの白い身体が揺れて口を開く。


「アナタに真実(マコト)は見えましたか?」

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