祭り
「私の名前はコオリノマコト」
女がそう名乗るのを聞いて俺は、はっとしたように「俺は大山ユウジ」と名乗り返す。
するとコオリノさんは、幽玄さすら漂う白い肌をした小首を小さく傾けながら、知的に赤い唇の口角を少し上げた。
「どうですか?ユウジさん。この浴衣。似合いますか」
そういって彼女は、俺に浴衣を披露するようにくるりと回ってみせてくれた。
黒髪のベリーショートボブが、さらりと揺れる。
浴衣は、黒地に大輪の白百合の花がいくつも踊る柄で、その有様はまるで、漆黒の中でコオリノさんを称え崇め咲き誇っているようだった。
「お祭りだというので着替えてきました」
そんなコオリノさんの言葉に、俺は再びはっとなり、自分が彼女の姿に見とれていた事に気づく。
まわりからは、賑やかな祭り囃子と太鼓の音が聞こえていた。
コオリノさんの後方、少し先には露店の賑やかしい明かりの一帯が見える。
暫く、事の状況を把握しようとしてぼんやりまわりを眺めていた俺は、自分の姿に目を落とし、次の瞬間、声が出せないほどぎょっとしていた。
ナゼ、俺は上下黒のジャージ姿なのだ?
さっきコオリノさんは、わざわざ浴衣に着替えてきてくれたと言っていた。
しかも、めちゃくちゃ気合い入っているじゃないか。
なんか、チェーンのたくさん付いた銀のタッセルピアスまでつけてるし。
なのに、俺は上下黒のおっさんジャージ。
いや、おっさんであることに間違いは無いのだが、それにしても。
今日日、いや、かなり前から、高校生だって女連れで祭りにジャージでなんか来ないぞ。
知らんけど。
とにかく、変な汗が出てくるくらい恥ずかしかった。
せめてもの救いは、履いていた靴がつい最近買ったばかりの、もの凄く高いウォーキングシューズって事だった。
「そろそろ行きませんか?花火、始まっちゃいますよ?」