コオリノマコト最後の挨拶
「ご苦労さん」
火折乃を玄関まで送り、部屋に戻ってきた清水に、窓際に立っていた秋咲が声をかける。
「よかったんですかねぇ、帰しちゃって」
清水が未練を口にした。
「しょうがないだろう。何も悪いことをしてないし、腹が減ったから帰りたいって言うんだから」
暗くなり始めた外を見ながら、秋咲が言った。
外の防犯灯が、ぽつ、ぽつと点滅を始めているのが見える。
「だって、絶対何かありますよ。この状況で何の関係も無いなんてあり得ない」
「だが、法律に触れるようなことは何もしていない。何かあるかも知れないが、俺達にとっては何も無いのと一緒だ」
秋咲が振り向き、首を左右に振ってぽきぽきと鳴らした。
「なんか、もやもやしますね。事件と違う場所で、事件にならない何かが起こって、終わってしまっている」
そう言って、清水がスボンのポケットからスマホを取り出し操作すると、秋咲に近づいて画面を差し出して見せた。
「こんなのもあるんですよ」
秋咲が差し出された画面に目を通す。
それは、ある女性のツイッター記事だった。
『杏子ちゃんはいなくなっちゃいました。でも、きっとこれで良かったんだと思います。コオリノさんありがとう』
と言う言葉が『かかぽ』と言う看板のかかった喫茶店らしき店の外観の写真とともに投稿されている。
「なんだ?こりゃあ」
秋咲が尋ね返すと、清水が答えた。
「ちょっとその喫茶店に確認してみたんですけどね。マスターさんにとぼけられちゃいました。ただ、杏子ちゃんっていうのは、二年前にあった、あのバス停暴漢魔の犠牲者です」
だが、投稿はつい最近の物だ。
「二年ぶりに喫茶店に来た昔のなじみ客が、杏子が死んだことを知ったって事か?いや、それだと『いなくなって良かった』ってのがおかしいな」
秋咲の独り言のような呟きに清水が何度も頷く。
「そうなんですよ。そして、ほら、『コオリノ』です。しかも『ありがとう』って」
そう言って清水はくせ毛を掻きむしる。
「火折乃は何かある。それは間違いない」
そう言うと秋咲はスマホの画面から視線を上げる。
「だが、奴がどんな風に事件や事故に絡んでいるのかは説明のつけようが無い」
「あ、そういえば」
突然、清水が声を上げる。
「なんだ、急に」
訝しげに秋咲が尋ねた。
「いえ、今、俺、火折乃を玄関まで送ったじゃ無いですか。そんでアイツ、署から出て行くとき、変なことを俺に言ったんですよ」
「変なこと?」
「ええっと、確か『アナタに真実は見えましたか?』って。初めは、イヤミでも言ったのかなと思ったんですけど、なんか変ですよね」
「そりゃ、挑発だな」
「挑発?」
清水が間の抜けた声で繰り返す。
「コオリノは認めてんだよ。自分には何かあるってな。『アナタに真実は見えましたか?』つまり、何が有るのかを知りたければ、私に聞いても無駄だから自分で探せってことだろ」
秋咲が小さく舌打ちする。
「今度逢うときには説明できるようにしとけ、そうしなければ、いくらしょっ引いても同じ事だって話だ」
秋咲がそう言うと、清水が再び髪を掻きむしりる。
「なんか、宿題出された気分っすね」
「これが宿題なら、どんな風に始めたらいいのかも解らない。答えがあるのか無いのかも解らない。いってみれば自由研究ってとこかな」
秋咲がそう言って清水にドヤ顔を向ける。
「秋咲さん、それ上手くないっす」
清水はそう言って吹き出していた。




