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コオリノ怪談~Something wicked this way comes.  作者: カンキリ
アイスコーヒー

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11/17

徒話

「私の名前はコオリノマコト」


 喫茶店『かかぽ』の四人掛け窓際の席。

 アイスカフェラテのグラスを前に座っていた、ベリーショートの黒髪ボブがよく似合う女性が、アルバイトの深山杏子(ミヤマ キョウコ)にそう名乗ると、小さく小首を傾げて微笑んだ。

 曼珠沙華(まんじゅしゃげ)をイメージした、大きめの紅いピアスが耳元でてらてらと踊っている。

 とても綺麗な人だと杏子は思った。

 だが、彼女はそんなコオリノの微笑みに、何故か胸騒ぎを覚えた。

 どこか冷たい感じが印象的な瞳のせいかもしれないし、彼女の着ている漆黒に近い黒いワンピースのせいかも知れなかった。

 或いは、そこだけ別の生き物の様に紅い、知的な唇のせいか。

 何か、不安を感じずには居られない、魅力と紙一重の禍々しさを感じていた。


「アナタ、お名前は?」


 コオリノが尋ねる。


「ミ、ミヤマキョウコで、す」


 気後れしたようにおずおずと杏子が答えた。


「そう。それじゃキョウコさん、私と少し、お話ししない?」


「えっ?」


 困惑の表情。

 それはそうだ、常連さんならいざ知れず。

 今日初めて会う一見のお客さんと、しかも今は……。


「今は、ちょっと。仕事中ですから」


「マスター!」


  突然、コオリノが、窓際の席とは反対側にあるカウンターの中で食器の手入れをしていた、癖の強いグレイヘアを短髪に整えたマスターに向かって声をかける。


「バイトのキョウコちゃん。少しの間借りるわね」


 マスターは、一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに笑顔になり大きく頷いてみせた。


「私、ここのマスターとは古い知り合いなのよ」


 コオリノは、そう言って杏子に自分の向かいの席を勧める。

 杏子は、カウンターで上機嫌にグラスを磨くマスターをチラチラと気にしながら、ためらい気味に席に着いた。


「私ね、3日前にこの町に越してきたばかりなの。だから、何もわからなくて。いろいろ聞いてもいいかしら?」


 コオリノが話し出す。

 話がおかしい。

 確か、マスターと古い知り合いと言ったはずだった。

 そんな杏子の心情に気づいてか、コオリノが口を開く。


「ああ、マスターさんとは引っ越してくる前からの知り合い。まあ、その辺は追々に……ね」


「付き合ってた……とか」


 杏子が熱を帯びた瞳で尋ねる。


「ナイナイ」


 コオリノが自分の顔の前で手を振りながら真顔で否定した。


「ですよねぇ」


 この女性と、どちらかと言えばお爺さまのマスターが、恋人同士だったという妄想はちょっとしにくい。


「ビジネスでね。昔、ちょっと」


 コオリノはそう言って軽くウィンクして見せた。


「ここのアイスカフェラテ、おいしいわね」


 コオリノがそう言ってストローに口をつける。


「アイスコーヒーも美味しいんですよ。マスターこだわりの味で、フレンチローストの粉で、作り置きはしません!一杯一杯入れていくんです。私も大好きで!」


「詳しいのね」


 コオリノがそう言うと杏子は、恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「このお店のお勤めは長いの?」


「えっ、と。ちょうど昨日で2年目になります」


 彼女はそういうと、カウンターの一角に置かれた、沢山の花束に視線を移した。

 気づいたコオリノが同じ場所に視線を向ける。


「え?ひょっとして、あのお花」


「はい」

 

 杏子が嬉しそうに返事をする。


「お店の常連さん達がお勤め2周年にってお祝いしてくれたんです」


 そういって杏子がはにかむ。


「えー、なになに、それって。なに!あなた、ひょっとしてYouTuberか何か?」


「そ、そんなんじゃないです!」


 杏子が耳たぶを真っ赤にしてぶんぶんと首を振った。


「此処の常連さん学生さんが多いんです。で、すごくノリがいいんです」


「学生?ああ、そういえば近くに割と有名な大学があったわね。駅までの通学路になってるわけね」


「……それもあるんですけど」


 杏子が小さく笑い、楽しそうに話し出す。


「ここの日替わりランチ、開店当初からボリュームが凄かったらしいんです。それで、運動部の学生さんが集まるようになって。それがうれしくて、マスターさんがどんどんサービスしていっちゃたら、今はランチのボリュームが物凄いことに!」


 彼女はそう言って笑い「この前、テレビにも出たんですよ」と言ってまた笑った。


「それで」


 杏子が続ける。


「それで、運動部の学生さんのみならず、学校中の大食漢さん、その彼女さんたち、等々の溜まり場ってわけです」


 そこまで言って、ふと、杏子は違和感を感じた。

 夏のたそがれ時。

 エアコンの適度に効いた快適な空間にマスターがお気に入りの静かなジャズが流れる。

 喫茶店の中の客は目の前のコオリノだけ。

 普段は、こんなに静かな時間ではないはずだった。

 だが、考えてみると今日はずっとそんな感じだった気がする。

 大体、コオリノはいつからここにいたのだったか?


「このお店が好きなのね」


 コオリノの声に、はっと我に返る。


「ええ、大好きです!」


 そう言って杏子は窓の外のセピア・オレンジに染まる町の風景を、いとおしそうに眺める。


「私、このお店も、ここから見える風景も大好きなんです」

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