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コオリノ怪談~Something wicked this way comes.  作者: カンキリ
浜辺の漂流物
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漂流物

 男は火折乃の手を振り払おうとしたが、上半身がゴム人形のようにぐにゃぐにゃで力が入らない。

 なのに、下半身は石膏で固められたように硬化し全く動かせないのだった。


「ひとつ、情報の訂正がありますよ」


 尚も必死に逃げようとする男の腕を掴んだままで、火折乃が言った。


「あの、打ち上げられた腕なんですけどね、じつは、身元が判明しているんですよ。さすが、日本の警察は優秀ですよね」


 男の動作が一瞬止まり、驚愕の視線が火折乃を見上げる。


「それでじつは、腕の持ち主……まあ、娘さんなんですけどね。そのご両親に私、仕事を依頼されているんですよ。娘さんの名前は杉山和子(すぎやま わこ)。貴方が探している恋人未満の友人ですよ、山崎徹さん」

 

 火折乃の一言一言に男の顔が青ざめていく。


「な、な・ぜ俺の名前を知っているん、だ」


 火折乃が不敵に笑った。


「残留思念というか、物の記憶って言うか、いくつかの条件を満たすと、私、視えちゃうんです。生きてる人間の場合、一つは相手の身体に触れること、一つは相手が私の名前を知っていること、最後に、相手が私の知りたいことに対して嘘を言っていること」


 火折乃の表情から微笑みが消えた。


「アナタは嘘をついている」


 そう言うと、心底ガッカリしたように肩を落とす。


「こんな格好じゃ、ビシっと指さしポーズを決めることも出来ない。テンションだだ下がりです。ガッカリです」


「ふざけるなあああ!」


 山崎が首だけを大きく振って抵抗する。


「まあまあ、話はまだ終わってません。ご両親も娘さんの事は半分諦めていましてね。私が依頼されたのはその顛末の解明。事故、或いは自殺するほど悩んでいたのか、万が一ですが殺されたのか」


 そう言うと火折乃の表情にはまた微笑みが戻る。


「と、言っても何か手がかりになるような物が無ければ六感も使えない。それで、この辺りをブラついていたんですよ。そう、私もアナタと同じ物を探すしか無いのかなぁって思っていたんです。でも、面倒くさいでしょ?仕事自体を断ろうかと思っていたら、手がかりの方から歩いてきてくれたって寸法です」


 火折乃が山崎を見つめる。


「だから、アナタには感謝しています。山崎さん」


 山崎の顔を流れる大粒の汗は、ずいぶんと日の昇った夏の日差しのせいだけでは無かった。


「なるほど、和子さんに借金をしていたんですね。返せ、返さないで揉めたあげくに絞殺っと。で、崖の上から海に捨てた。随分と大胆と言うか、ずさんというか」


「アンタは今、自分は彼女を探すために他の部分が流れ着いてないか探そうとしていたと言ったじゃ無いか!俺、おれだってそうだ!彼女を探していたんだ。殺した人間が自分が殺した相手を探したりするわけ無いだろ!」


「まだ言うか」


 火折乃が心底呆れたように口を開く。


「もう結構、アナタの矛盾だらけの猿芝居に付き合っていた私の身にもなってください。何度笑いを堪えたと思ってるんですか!これはもう、拷問ですよ!」


火折乃が声を荒げた。


「アナタが和子さんの身体を探し回っていたのは、和子さんの為じゃ無い!アナタ自身の保身のためです!海岸で見つかった腕の状態が悪く、身元が判明していないと思ったアナタは、他の部分が状態の良いまま流れ着き、和子さんの身元が割れてしまうのを恐れた。そうなってしまえば、すぐにアナタは疑われてしまうのは目に見えていたから!心配で心配で仕方なく、探さずにはいられなかったんでしょう?」


火折乃の言葉に、山崎は泡を吹く寸前の様に口をガクガクとわななかせている。


「どっちにしろ、放っておいても警察がアナタを捕まえるのは時間の問題ですね。じつは、私の仕事は主に自殺だった場合の顛末調査だったんですよ。だから、殺人と解れば調査終了です。私、警察と相性が悪くて。あまりそういう案件には近づきたくないんです」


 火折乃はそう言うと山崎の腕を放し、踵を返して歩き出した。

 が、2、3歩進んだところで突然止まる。


「そういえば、山崎さんとのお約束がまだ終わっていませんでしたね」


「やくそく?」


 唖然とたたずみながら山崎が呟いた。


「失せ物探しですよ」


 火折乃が振り向いた。


「私の名前はコオリノマコト」


 火折乃の言葉とともに、潮騒が止んだ。

 砂浜に寄せては返していた波が止み、海は、鏡面のはめ込まれた湖のような様相になる。

 そこに、フカリと黒い物体かひとつ浮かび、ぷかぷかと砂浜に漂ってくる。

 海草の塊のようにも見える。


「今回は手伝ってもらった事もありますから、特別に料金はサービスしておきますね」


 その漂流物は浜辺に近づくにつれ全貌が現れ、四つん這いの女の髪の毛であったことか解った。

 そして、砂浜にたどり着くと、それが、四つん這いのままフナムシのようにカサカサと山崎めがけて走ってくる。


「さすがに遺体を連れてくるのは無理なんで、霊体だけ。和子さんも逢いたかったみたいですよ」


 山崎は顔を引きつらせたまま、その場から逃げようとするが、足が動かない。

 怖じ気づいて足がすくんでいる訳では無く、まだ、石膏のように固まってしまっており、動けないのだ。

 声にならない叫びを上げる。

 すると、和子であろうその女は、その微かな叫びに引きつけられるように走る速度を上げて、山崎の足先までやってくると、そのまま撥ねるようにして立ち上がった。

 白目を剥き苦悶の表情をした女の顔が山崎の鼻先に現れる。


「かぁえぇぇひぃてぇぇぇぇ」


 女は言って、いきなり山崎に飛びかかると、彼の鼻面に食らいついた。

 山崎の悲鳴が鳴り響く。


「アナタに真実(マコト)は見えましたか?」


 耳元で、火折乃の声がした。

次章『アイスコーヒー』

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