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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー(仮)

見たら絶対に死ぬ”呪いのビデオ”を手に入れたのに、幻のマイナー規格”HD-DVD”に録画されてるせいで再生できません(泣)

作者: 大萩おはぎ

※グロいシーンがあるので苦手な方はご注意ください


○登場人物


ぼく:本作の語り手。オカルト蒐集や謎解きに情熱を燃やす女の子。学園内外から不思議な事件や体験談を募集して、先輩と共に”謎解き”活動をしている。


先輩:アニオタにして学園随一の秀才で、”ぼく”の謎解きに協力する男子。重度の懐疑主義者で、「この世には信じられるものなど何もない」という信念を唯一信じている。


山﨑:今回の依頼人。心臓発作で亡くした祖父の遺品から”呪いのビデオ”と印字された再生不可能な謎のディスクを発見した。なんとか再生しようと、”ぼく”と”先輩”に謎解き依頼の手紙を出すが……依頼が解決した一ヶ月後、突然死を遂げてしまう。


 先日、祖父が心臓発作で亡くなりました。

 その遺品整理をしていた時、奇妙なディスクを見つけたのです。

 真っ黒な円盤の表面には、赤文字でこう印刷されていました。


『見たら死ぬ呪いのビデオ』


 と。もちろんそんなオカルト信じていません。

 祖父はイタズラ好きな人でしたから、これもきっと生前仕掛けたイタズラなのだろうと思い、中身を見ようと試みました。

 しかし妙なことに、DVDらしきそのディスクをプレーヤーに入れても何も再生されませんでした。

 「読み取り不可能なディスクです」と表示されるだけだったのです。

 このディスクはいったい何なのでしょう?


 きっとこれは、イタズラ好きな祖父が生前に仕掛けた”最後のイタズラ”なんじゃないかと思います。

 孫としては、祖父への手向けとして意地でもこのディスクを再生して中身をみてやろうと思うのです。

 でも一人では行き詰まってしまいました。

 あなたがたはこういう謎解きが得意と聞きました、どうか力を貸してください。

 この手紙と共に、例のディスクを送付します。  





   件名:再生できない”呪いのビデオ”

   投稿者:山﨑(やまざき)





「なるほどな」


 先輩は黒い円盤(ディスク)をじっと見つめながら呟いた。

 ここは図書準備室。ぼくと先輩は放課後になるといつもこの部屋に集まって学園の内外から集まった”不可思議(エニグマ)”を調査している。

 今回も学内の生徒からの依頼だったけど、珍しくメールじゃなくて手紙での依頼だった。開けてみればなるほど、中にディスクも入っていたのだ。

 先輩はディスクを光に照らしたりして、いろいろ検証していたけど早速何かわかったみたいだった。


「何かわかったんですか?」

「コイツはHD-DVDだ」

「えっちでー、でーぶいでー? なんかエッチなヤツですかぁー?」


 ちんぷんかんぷんな単語が飛び出してきて混乱したぼくは、意味不明なことを口走ってしまった。

 そんなぼくの様子を察したのか、先輩はコホンと咳払いをして「全然違う。順を追って説明する」とゆっくり話し始めた。


「まず、このディスクは市販されている映像作品のパッケージじゃあない。”呪いのビデオ”みたいなタイトルのホラー作品はよくあるが、どれにも該当しない。何より、メーカーや映像規格の印字がされていない。この表面の印字は、家庭用プリンタで作ったものだ。間違いなく、一般消費者向けに発売されていた”録画用ディスク”だろう」

「なるほど」


 先輩の説明はいつものように理路整然としていた。


「そして裏面の読み取り側だ。ブルーレイディスクならば青みがかって光るが、このディスクは銀色。つまり投稿者の推測通り、DVDなのだろう」

「だったらなんでプレーヤーに入れても再生できないんですか?」

「そこだ。さっき俺も学園の視聴覚室で試したが再生不可能だった。ファイナライズされていないんじゃあないかとも思ったが、どうやらそういうワケでもないらしい」

「ファイナライズってなんですか?」

「ファイナライズというのは、DVDレコーダーで録画用ディスクに映像を焼いた際に、ディスクを録画用から”読み取り専用”に変換する処理のことだ。ファイナライズ処理を施されていないディスクは、録画したプレーヤー以外の機器では再生できない。つまり――互換性を一切持たないということだ」

「は、はえ〜」


 なんとなくは分かるけれど、専門用語が多くていまいちピンとこない。

 そんな態度が露骨に顔に出ていたと思う。

 だけど先輩は軽くため息を付く程度で続けた。


「わからないのも無理はない。今どきの高校生は映像作品をネットストリーミングで視聴するのが当たり前だからな。ディスクメディアなんてもんはとっくに廃れた、前時代の遺物に過ぎない」

「先輩だって高校生じゃないですか。どうしてそんな古い規格に詳しいんですか?」

「オタクだからだ」


 先輩は力強くそう断言した。


「オタクってのはいまどきアニメのブルーレイディスクを買う前時代的な生き物なんだよ。ネット配信でいつでも見られるにも関わらず、な」

「へ、へぇ……」


 ふいに現れた先輩のキモオタっぷりに若干引いてしまった。

 とはいえ、そのおかげで今回の依頼は進展しそうでもある。

 先輩のキモキモっぷりに感謝!

 そんな諦観と共に先輩を冷ややかな視線で見ていたら、先輩はバツが悪そうにメガネをクイッと直して「続けるぞ」と言った。


「PCのディスクドライブに挿入して調べたが、このディスクにはファイナライズされた映像データが間違いなく録画されているってのはわかった。PCでも再生まではできなかったがな。ここまで条件が揃っていてもなお再生できないとなれば、このディスクは内部のデータが破損しているかHD-DVDかの二択になる。消去法だがな」

「データが破損していたらぼくたちで復元するのは難しそうですね」

「専門の業者に頼むしかないだろうな」

「それで、さっきから先輩の言っているHD-DVDっていうのは何なんですか?」

「HD-DVDは簡単に言えばDVDの進化版だ」

「え?」


 そこで引っかかった。

 ぼくだってさすがにそれが違うのは(・・・・・・・)知っている。


「DVDの次ってブルーレイディスクですよね?」

「その通り。だが規格の変わり目には”規格競争”ってのがつきものなんだよ。古くはVHSとベータマックスが争ったみたいにな。HD-DVDはブルーレイの対抗規格として一部のメーカーに推進されていたが、結局はブルーレイに負けて廃れていったんだ。それまでにある程度商品が生産され、発売されてはいたが。いまとなっては所持している人間は少ないだろう。いずれは誰からも忘れ去られるのを待つだけだ。諸行無常(しょぎょうむじょう)だな」


 そういうわけで、先輩によりこの”再生できないディスク”の謎は解かれた。

 

 仮説1.ディスク内部のデータが破損したDVDである。

 仮説2.HD-DVDである。


 この内容を返信として、ぼくはレターパックにディスクと手紙を封入した。

 これで今回の依頼はほぼ解決と言えるだろう。

 だけど、疑問がある。


「破損したデータだったら業者に頼むしかないですけど、もし本当に廃れた規格のディスクだった場合……もう再生機器なんて手に入らないんじゃないですか?」

「いいや。今調べたが、ネットオークションで対応プレーヤーがある程度出回っているようだ。中古家電を売っているような店でも、探せば見つかるんじゃあないか? なんなら、探せば依頼人(そいつ)の祖父の遺品の中に対応しているプレーヤーかレコーダーが見つかるだろうと予想するな。なんにせよ、あとは依頼人に任せよう」


 こうしてこの日のぼくらの謎解き活動は幕を閉じた。

 一見順調に終わったこの依頼のことは、一週間も経てば頭の片隅からスッポリと抜け落ちてしまった。他愛ない、簡単な依頼として印象にも残っていなかった。

 たぶんもう思い出すこともないだろう。そう思っていた。

 


 一ヶ月後、依頼人の山﨑さんが亡くなったと知らされるまでは。




   ☆   ☆   ☆




 心臓発作だったそうだ。

 自室でひっそりと息を引き取っていたらしい。

 争った形跡もなく、事件性はないとのことだった。

 多少なりとも関わりを持った人の死ということで、さすがにぼくもショックを受けた。

 その日の謎解き活動は休みにして、ぼくは放課後すぐに家に帰った。

 先輩が何か心配そうに声をかけてくれていたけど、頭に入ってこなかった。


 アパートに着く。

 父を早くに亡くして母子家庭のぼくは、夜は一人で過ごすことが多い。

 お母さんが看護師で、時々夜勤になるからだ。

 べつに、慣れてるから怖いってワケじゃないけど。

 なんとなく、心細いなぁなんて思いながら郵便受けを開けた。

 そこには、


「えっ……?」


 透明のディスクケースが入っていた。

 中には黒いラベルに、赤い印字がある。


『見たら死ぬ呪いのビデオ』


 あの時山﨑さんに送り返したはずのディスクが、確かにそこにあった。


「え、あ……? なんで……?」


 サーッと血の気が失せた。全身に鳥肌が立つ。

 震える手で、それを手に取る。

 まさか、まさか、まさか。嫌な予感がする。

 今まで忘れていた、一ヶ月前の依頼の記憶が蘇る。


”先日、祖父が心臓発作で亡くなりました。その遺品整理をしていた時、奇妙なディスクを見つけたのです。真っ黒な円盤の表面には、赤文字でこう印刷されていました。『見たら死ぬ呪いのビデオ』と”


 依頼の手紙にはこう書かれていた。

 同じだ。同じ状況なんだ。

 山﨑さんの祖父が心臓発作で亡くなって、山﨑さんはディスクを手に入れた。

 今度は山﨑さんが心臓発作で亡くなって、ぼくのもとにディスクが――。


「うっ……うぐっ……」


 ぼくは吐き気を必死にこらえながら、ディスクをひっつかんで走った。

 アパートの前のゴミ捨て場に投げ入れる。

 なんのゴミの日だったっけ? とか、分別がどうとか関係ない。

 そうしなきゃまずいと思った。

 まずい、なにがまずいのか具体的にはわからないけど、直感的にかなりまずい状況だと感じていた。

 ぼくはそのまま自宅に駆け込むと、鍵をしっかりとかけてシャワーも夕食もすっとばして制服のまま布団に潜り込んだ。



   ☆   ☆   ☆



 その晩、夢を見た。

 きっとそれは、悪夢だった。

 暗闇の中で、声だけが聞こえるんだ。

 何か、女の人みたいな、枯れ果てて、しわがれた、それでいて平坦な。

 感情の籠もっていない声。

 壊れたラジオみたいに、同じフレーズばかりを繰り返していた。


『ヒ゛テ゛オ゛ヲ゛ミ゛ロ゛』


 って。



   ☆   ☆   ☆



 次の朝が来た。最悪の気分だった。

 鏡の前で顔を確認する。うぅ、やっぱりクマができてる。

 ちゃんと睡眠時間はとったはずなのに。寝た気がしなかった。

 学校を休みたかったけど、夜勤から帰ったお母さんを心配させたくなくて、ぼくは髪を整え朝食を食べて家を出ようとする。

 その時だった。お母さんが言った。


「そうそう、さっき郵便受けにこんなのが届いてたわよ。あーちゃん、心当たりはない?」

「ぇ……!?」


 お母さんが持っていたのは、黒のラベルに赤い印字。


「ぁ――っ」


 その時、脳裏によぎったのは夢の中の女の声だった

 「ビデオヲミロ」。

 なんで? あれはぼくが確かに捨てたはずなのに!

 疑問は尽きない。だけど少なくとも、それが危険なモノであることは本能的にわかっていた。

 こんなモノをお母さんに持たせておくわけにはいかない。


「あ、ああ……それね。たぶんカメラ仲間から送られたヤツだと思う。もらっとくね」


 ぼくは平静を装いつつ、お母さんからディスクを奪い取ると「いってきまーす!」と逃げるように家を出た。

 ご丁寧にパンを咥えた定番スタイルで、だ。

 だけどラブコメ漫画みたいに先輩とぶつかるなんてご都合イベントは起こらなかった。


 自分で、なんとかしなきゃならない。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 通学路の途中、川にさしかかるとぼくは思いっきり振りかぶってディスクをケースごと投げ捨てた。

 橋から身を乗り出して、ディスクが川に流されていくのを確認する。


「はぁ、はぁ……やった、コレで……」


 投げ捨てた後になって冷静になる。

 よく考えると、昨晩ゴミ箱に投げ捨てた姿が近隣住民の誰かに見られていたとすれば、不適切なゴミ捨てを咎められて郵便受けに戻されてた――なんてことだってあり得るじゃないか。

 捨てたはずのディスクが戻ってきたなんてオカルトチックな出来事だけど、先輩ならそう推測するに違いない。

 どちらにせよ、ディスクは確かに破棄した。

 今回も不法投棄だけど、さすがに誰も拾える状況じゃないし戻っては来ないだろう。

 ぼくだって不良じゃないから、ポイ捨てなんて本当はしたくはないけど。こんな不気味なものはできるだけ自分から遠ざけたいと思う。

 いつもオカルトを追いかけて無茶なことをしてきたぼくだけど、今回ばかりはさすがにこれ以上関わり合うのはゴメンだった。

 だって二人も人が死んでいるのだ。

 これ以上踏み込むべきじゃない。先輩ならこう言うだろう、「好奇心は猫を殺す」。

 その通りだと思った。

 もうこの件はさっぱり忘れよう。そう決めて再び歩き出した。



   ☆   ☆   ☆




 「忘れよう」だなんて決意は、いとも簡単に打ち砕かれた。


「……嘘、でしょ」


 いつものように学園に着いて、いつものように席に座った。

 いつものように教科書とノートを机の中に入れて、いつものように授業が始まると取り出す――いつもどおりのルーティーンに埋没しようとしていたその時だった。

 ぼくが教科書の代わりに手に持っていたのは、透明なケースに入った、黒いラベルのディスクだった。

 赤い印字は、『見たら死ぬ呪いのビデオ』。

 一字一句、山﨑さんの例のディスクと相違なかった。


 どうして? 川に投げ捨てたのに?


 いや、そもそも学園に着いたときには机の中は空だったはずだ。

 ぼくが教科書を入れてから、取り出すまでに誰かが机の中に入れた?

 そんなこと出来るわけがない。着席してから今まで一度も離れていないんだから。

 だとしたら、最初から教科書に紛れてぼくの鞄に?

 いろいろと思考を巡らせていると、授業は全く頭に入ってこなかった。

 ただ頭の中に、小さくあの女の声が響いていた。


『ビデオヲミロ』


 そうこうしているうちに、放課後になった。


「先輩、先輩、先輩……」


 頭が痛い。

 ぼくはうわ言のようにつぶやきながら、図書準備室に向かっていた。

 最近は文化祭実行委員で忙しいから、来てない可能性もある。

 だけど今回は電話で呼び出してでも先輩の手を借りたい。

 忙しかろうと、知ったこっちゃない。

 ぼくはすがるように、図書準備室の扉を開いた。


「よう、早かったな」


 いつもどおり、ソファに寝そべってライトノベルを読む先輩がそこにいた。


「せ、せんぱぁーい!」


 なんだか全身の緊張が一気にとけて、ぼくはソファに飛び乗った。

 「ぐえっ」という先輩のうめき声なんて気にせず抱きついてしまう。


「あのディスクが! 呪いのビデオなんです! とにかくヤバくて! 捨てても帰ってくるんです! 女の声が頭から離れなくて! ビデオを見ろって言うんです!」

「な、何いってんだよ。とにかく落ち着け、顔がぐちゃぐちゃになってんぞ。あと俺の制服で鼻をかむな、一応女子だろ。恥じらいを持ってくれ」

「だっでぇー」

「……わかった。気が済むまでこうしてていいから」


 先輩は観念して、しばらくぼくの頭をなでてくれた。

 少ししてから冷静になったぼくは、泣きながら情けなく先輩に抱きついている状況に気づいて顔を真赤にしながら飛び退いた。


「と、とんだ失礼をば……」

「べつにかまわない」


 先輩は何事もなかったかのように冷静に返してくれた。

 ありがたい。ぼくは昨日から今日にかけての出来事を包み隠さず話した。


「ふム……山﨑の訃報(ふほう)からすぐにお前のもとへ例のディスクが届いた、と」

「そうなんです、二回も捨てようとしたのになぜか戻ってきてしまって。夢の中で変な声がビデオを見ろって連呼してくるし……」

「確かに妙だな。ちょっと見せてみろ」

「先輩、危ないですよ!」


 ぼくの制止も聞かず、先輩はぼくの手からディスクを奪い取った。

 ジロジロと光に当てて観察する先輩。


「確かに一ヶ月前にみたものと同じに見える。一見(いっけん)、な」

「一見?」

「あのディスクはシンプルな外観だっただろう。黒いラベルに赤い印字。それだけだ。特徴は一致しているが、完全に同一だと断定はできない」

「と、いうと?」

「同じ外見のディスクが複数枚作られていた可能性がある。捨てても帰ってきたんじゃあなくて、何度もお前のもとに届いたのかもしれない」

「それって何か違いはあるんですか?」

「大ありだ。捨てても全く同一のディスクが帰ってくるならば、確かに人の手では至難の技だろう。超常的な何かの関与を疑ってもいいかもしれない。しかし、複数のディスクをお前の手元に何度も届けるくらいは人の手でも可能だ。常にお前を付け狙っていればな」


 言われてみれば確かに。

 川に捨てたものが戻ってくるなんてオカルトだけど、似たものを何度もぼくに届けてきていると考えればそれは……。


「誰かの嫌がらせ、という線もあり得るってコトだ」


 先輩はそう結論づけた。


「だけど何のために?」

「そいつはわからないが、何にせよ身辺には気をつけたほうがいい。しばらく登下校は俺がついていくことにしよう、それでいいな?」


 その提案を断る理由はなかった。

 先輩の言う通り、その日は先輩が家まで送ってくれた。

 家の前で別れる時、先輩がさらに一本、指を立てて言った。


「そのディスク、俺に預からせてくれないか?」

「え?」

「調べたいことがある」


 先輩には、何か考えがあるみたいだった。

 ぼくは素直に先輩にディスクを手渡した。




   ☆   ☆   ☆




 その夜のことだった。

 ビデオは先輩の手に渡ったはずなのに、ぼくはまた悪夢にうなされていた。


『ミ゛ロ……ビデオヲ゛ミロ』


 ひたすら無機質に囁く声が、頭の中をグルグルと揺らすみたいだった。

 暗闇の中にいる。上下左右もわからない空間の中が、女の囁き声で満たされていた。


『ビデオヲミ゛ロ゛……ビデオ゛ヲミ゛ロ……』


 その繰り返しだ。いい加減イライラし始めた頃、何やらぼんやりと視界がひらけてきた。

 遠くに、ずっと遠くに白いモヤのような何かが視えた。

 とても小さい。そしてぼんやりとしている。

 だけどなんとなく、それが白い服を着た女のシルエットのように思えた。


『ビデオ゛ヲミロ゛……ビデオヲ゛ミ゛ロ゛……』


 それでも結局、言うことは同じだ。

 いい加減同じ言葉を聞き続けることがストレスで、夢の中のぼくが叫んだ。


「あーもう! 見たくてもHD-DVDなんて古い規格、イマドキ再生できるワケないじゃないですか!」


 現実のぼくもまた叫びながら起き上がると、すでに朝になっていた。

 体じゅうがびっしょりと濡れていて、シーツにシミができていた。

 うぅ……おもらししたみたいで恥ずかしい……。


「さいあく……」


 ぼくがそうつぶやきながら制服に着替えていると、スマホの着信音が鳴った。

 ”遊星からの物体X"のサントラだ。先輩からだった。

 電話に出るなり、先輩は突然意味不明なことを言った。


『届いているか?』

「え、何がですか?」

『郵便受けを確認してくれ』


 言われるがままに、ぼくは寝間着のまま郵便受けまで出ていった。

 すると透明なケースに入った、例のディスクがそこにあった。


「ありました。どういうことですか? コレ、先輩が昨日持って帰ったんじゃ」

『寝て起きたら俺の部屋から無くなっていた。戸締まりはかなり用心したハズなんだがな。加えて部屋に監視カメラを仕掛けて録画していたが侵入者の形跡はなかった。突如消えたとしか説明しようがない』

「そんな……」

『そうだ、ディスクを調べてくれ。ラベルの上に白い修正液で印がついていないか?』

「ええと……ありました。バツ印です」

『やはりな。俺が昨晩持ち帰ったモノと同一のようだ。念の為、印をつけておいたんだ』

「もしかして先輩、それを検証するためにわざわざ持って帰ったんですか!?」

『重要なコトだからな。続きは今日の放課後に話そう』


 そしてその日の放課後になった。

 ぼくは夜中に見た悪夢に、白い女が出てきたことを話した。

 「ふム……」先輩は少し考え込んでから、言った。


「ディスク自体が意思を持ってお前に”見られたがっている”ようなふるまいをしているな」


 オカルト否定派の先輩にしてはずいぶん飛躍した発想だった。

 だけどなんだか、その言葉はぼくにも腑に落ちた。

 先輩は続ける。


「もしも、仮にだが……山﨑や山﨑の祖父も同じような悪夢を見ていたとしたら? ディスクを手放そうとしても何度も戻ってきて、夜中には白い女に『ビデオを見ろ』と何度も囁かれる……そんな状況に陥っていたとしたら? 最終的にはノイローゼになって中身を見てしまうかもしれないな」

「ぼくは、亡くなった二人の追体験をしている……というコトですか?」

「二人どころじゃあないかもしれないぞ。もっと前からこの”呪いのビデオ”は人を殺し、所有者を移してまた殺す。そんなことを繰り返してきたのかもしれない」

「ぼ、ぼくはどうすれば」

「一番は、ビデオを見ないことだ。ビデオを見せるために干渉してくるということは、”ビデオを見てほしい”という願望があるということだ。それこそが呪い殺すために必須の手順なんだろうな。逆に言えば、その目的を果たさせなければお前が死ぬことはない」

「確かに、確かにそうかもしれませんけど」


 先輩の言うことは、なんとなく正しいとぼくも思った。

 あの女はディスクをターゲットに何度も送ったり、夢の中で「ビデオを見ろ」と囁く程度の力しかないんだろう。

 呪いの力の大半はディスクに記録された映像側にあって、それを視なければ呪殺は成功しない。つまり、中身を見ない限りぼくは死なずに済む。

 それがわかっていてもなお、もう耐えられそうになかった。ぼくは情けないことに、先輩の身体にすがりついていた。


「せんぱいぃ! あのディスク、何回捨てても帰ってきて、夜中には夢の中に変な女まで出てきて……そんな不気味な生活を死ぬまで過ごせっていうんですか……? ぼく、頭がおかしくなっちゃいそうですよ!」


 本当に、情けなくてひどい姿をしていたと思う。

 だけどこのときのぼくは冷静さを失っていた。

 人を殺せる呪いのビデオと一緒に生活しなきゃならないなんて。見なければ死なないってわかっていたとしても絶対に嫌だった。

 先輩はぼくのひどく醜いであろう表情をじっと見つめて、優しい表情で言った。


「そうだな、すまない。簡単に言ってしまって」

「ぁ……っ」


 そこまできてやっと、ぼくは自分の言っていることがひどく傲慢であることに気づいたのだ。


「ご、ごめんなさい。ワガママばっかり言って。ぼくが我慢すればいいだけの話なのに、先輩にばかり頼ってしまって。巻き込んでるのは、ぼくのほうなのに。下手をすれば、先輩だって――」

「そいつは違うな」


 先輩はぼくの言葉を遮り、はっきりと否定した。


「え……?」

「お前が俺を巻き込んだんじゃあない。この事件、俺は無関係ではないんだ」

「な、なんで……?」

「俺は山﨑の依頼を解いた。解いちまった(・・・・・・)。簡単な依頼だと思って、軽率にな。依頼文は平静を装っていたが、山﨑はたぶん……例の声に囁かれていたんだ。精神的に追い詰められ、ビデオを見なければならないという強迫観念にとらわれていた。最終的には俺の助言通りHD-DVDの再生機器を手に入れちまったんだろう。その結果がコレだ。山﨑は死に、次はお前に危険が迫っている。この状況は、俺が招いたことだ」

「そんな、そんなコト――むぐっ!」

「それ以上言わなくていい、もう抱え込むな」


 先輩はぼくの唇に指を当てて遮った。

 彼の指に唇が触れているほうに一瞬意識が持っていかれて、恐怖がさっと抜けていくのを感じる。

 そんなぼくのふいのドキドキを知ってか知らずか、先輩はマイペースに顎に手を当てて何か考え込むと、こう言った。


「とにかくあと一晩だけ我慢してくれ。検証したいことがある」




   ☆   ☆   ☆




 その日の夜もまた、同じ悪夢を見た。


『ビデオ゛ヲミロ゛……ビデオ゛ヲ゛ミロ……』


 暗闇の中、白い服を着た長い黒髪の女が遠くに視えた。

 ゆっくりと、ゆっくりとこちらへ近づいてくるようだった。

 ぼんやりとした輪郭が、すこしずつはっきりしてくる。

 いや、逆だろうか。ぼくが近づいているのか?


『ビデオヲ゛ミ゛ロ゛……ビデオヲミロ゛……』


 壊れたビデオテープみたいに何度も同じことを繰り返している。

 違う言葉は何一つ言わない。もしかしたら、言えないのかもしれない。

 ディスクの中の映像が呪いの本体で、夢の中の声は干渉力が低いのだろう。

 だからこういうふうに一種類の言葉で惑わすことしかできない。

 最初こそ怖かったものの、タネがわかってしまえば怖くない。

 むしろイライラし始めて、ぼくは、


「だから規格が古くて見られないんですってばぁー!!!」


 と叫んだ。同時に夢から覚めて、ぼくはベッドから起き上がった。

 もう怖くなかった。いや、悪夢はもちろん怖いけど。

 先輩の予想通りにコトが運んでいたからだ。

 立ち上がり、小走りで郵便受けを見に行くとそこには、


「ホントに届いてる……」


 先輩の言う通りだった。

 昨日の夕方、先輩は「俺の考えが正しければ、また翌朝お前のもとにディスクが届くはずだ」と言ってディスクを持って帰った。

 ここまでは昨日と同じ。

 だけど、この先も先輩の言う通りなら。希望はあるかもしれない。

 ぼくはケースの中からディスクを取り出し、裏返して日光に当てた。

 すると、読み取り面が青く(・・)きらめいたのだった。

 昨日までの銀色ではなく、青く。


「先輩の言う通り!」


 ぼくはいそいそと制服に着替えると、学園に向かった。

 今度はディスクを捨てたりしない。

 ”裏面が青く光るディスク”こそが”呪いのビデオ”に対抗する鍵だ。

 先輩はそう言っていた。

 ぼくは先輩を信じて、そのディスクを学園に持っていくことにしたのだった。



   ☆   ☆   ☆



「やはりな」


 先輩は言った。

 放課後、ぼくと先輩は視聴覚室に集合していた。


「昨晩、もとのディスク……HD-DVDから手持ちのブルーレイディスクにデータをコピーした。そしてもとのディスクはといえば――」


 「この通りだ」と鞄から取り出したのは、ディスクの残骸だった。

 昨晩、先輩はぼくから再びディスクを預かると家のパソコンで中身の映像データをブルーレイディスクにコピーしたのだという。

 そして元のディスクはこうして残骸になっている。

 これが示すのは……。


「仮説は当たっていた。中のデータが同じならば、メディアを入れ替えることは可能らしいな。この”呪いのビデオ”の本体は、あくまで映像データそのものでディスクは入れ物に過ぎないらしい。そして一枚分だけでも映像データが残っていれば、その他は破壊しても再生したり戻ってきたりはしないということだ。だからこの残骸はお前のもとに戻らなかった」


 先輩はそう言うとHD-DVDだったディスクの残骸をゴミ箱に捨てた。


「コイツの処理は完了だ。あとはブルーレイディスクのほうだが……」

「そうですよ、こっちのディスクがぼくの家に届いちゃったなら状況は変わりませんよ! いや、むしろうちのプレーヤーでも簡単に見られるようになったぶん危険は増したと思います!」

「そうだな、それが狙いだ」

「え……?」

「今からこのディスクを再生する。この視聴覚室の設備なら、HD-DVDは無理でもブルーレイディスクは再生できるからな」

「そ、そんな! この中身の映像って見たら死んじゃうんじゃ……!?」

「見なくても悪夢にうなされて、いずれは精神的にすり潰されるだろう」

「うっ……」


 先輩の言う通りだ。

 毎晩あんな悪夢を見せられ続けたら精神にどんな悪影響を及ぼすかは予想もつかない。

 今はまだ、夢の中の白い女は遠くにいるけれど。どんどん近づいている気がする。

 もしもアイツが間近にまで来たらぼくは……どうなるかわからない。


「先輩を、信じていいんですね?」


 ぼくが意を決してそう聞くと、先輩はケロリとして返した。


「いいや、世の中には必ず信じられるものなんて一つもない。俺の作戦でお前が助かる保証は全く無い。重要なのは、お前が何を信じるか(・・・・・・・・・)だ。不自由で不確かな世界の中で、それだけが唯一人間に選択できる事柄だからな」


 「ただ」先輩は続けた。


「もしもビデオを見ることでお前が死ぬようなことがあったら、俺も一緒に死ぬだけだ。何故なら今からお前だけではなく、俺も一緒にビデオをみるんだからな」

「先輩……」


 そうだ。最初からわかっていたことじゃないか。

 先輩の言葉にはいつだって嘘がない。誠実で、本気なんだ。

 だったらぼくも、それに応えるしかない。


「決まってますよ、ぼくは――」


 ――先輩を信じます。




   ☆   ☆   ☆




 ぼくらは視聴覚室の鍵を閉め、外から入れないようにした。

 電気を消し、窓のカーテンを閉め、ブルーレイディスクをプレーヤーに挿入。

 プロジェクターでスクリーンに映像を投影する。

 映像は今の16:9のアスペクト比ではなくて、4:3の古いアスペクト比だった。

 ジリジリとノイズまみれの白黒映像が映し出される。

 映し出されたのは、白い服に黒い髪の女性だった。

 夢で見たぼんやりした姿と違って、明らかに実在する人間といった確かな輪郭を備えている。

 なにかの手術だろうか、それとも実験か。

 彼女が手術台のようなモノの上に裸にされて拘束され、白装束の集団が取り囲んでいた。

 白装束の集団は皆、奇妙な電子回路(サーキット)のような幾何学模様が描かれた仮面を身につけていて、誰一人表情は見えない。

 ブツブツと何か日本語には聞こえない言葉を呪文のように呟いて、各々見慣れない器具を構え始めた。

 何をするんだろう、そう思った次の瞬間――。


『ぎあ゛あああああああ゛あああ゛あ゛ああああああああああ!! う゛ごっ゛っ、お゛ごあ゛ぁ゛あ!! っ゛がっがあああああ゛ぎああ゛!! ゔああ゛ぎゃ゛ばぁ゛あああああああ゛だ゛あああああ゛!!! や゛め゛っ゛ええええ゛あああ゛う゛うううう゛――!!!!』


 悲鳴。

 耳をつんざく。それを白い服の女が発したものだと気づくのは、一瞬後だった。

 ”開腹(かいふく)”だった。

 そうとしか表現できなかった。

 およそ治療器具には見えない、いびつな形状をした刃物を用いて彼女の腹部は容赦なく切り裂かれた。

 目的は、拷問とも手術ともつかない、もしかしたら無目的なのかもしれない。

 映像からは感情的なものは何一つ読み取れない。

 ただ女性の痛みや苦しみだけが薄暗い手術室に満ちていた。


「うっ……」


 ぼくは吐き気を催し、口を手で覆った。

 その後に始まったのは――”解体’だった。

 白装束の人々、仮面の彼らは医師なのか、拷問官なのか。

 それとも狂気に駆られた科学者なのか。

 無機質に、無感情に、淡々と、ただ作業的に、しかし同時に儀式的に内臓をえぐり出し、丁寧に切り分けて何か呪術的文様の描かれた壺に封入してゆく。

 一瞬、古代エジプトにおけるミイラの製造方法が頭をよぎった。そういえば、ファラオの亡骸を保存するために内臓を一つ一つ壺に入れたんだっけ?

 そんな今は無関係な知識を思い出さざるを得なかった。そうじゃなきゃ、目の前の光景に耐えられなかった。


『う゛あ゛あああああああ゛あああ゛あああああああ!!!! ごごっ゛、ごあ゛ぁ゛あ!!!!! がっががが゛ぎぐぐぐぐ゛!! ゔああ゛ぎゃ゛ばぁ゛あああああああ゛゛あああああ゛!!! ごろ゛ずうううううう゛う゛う゛うううう゛!! ごろ゛ず!! ごろ゛じでや゛る゛う゛うううぅ゛うう゛う゛!!!!』


 女の悲鳴は止まない。

 麻酔も何もされていないのだろう。だけどなぜか、これほど傷つけられているのに彼女は死ななかった。ただただ、拘束されて動かせない手足をガタガタと動かしながら、周囲の人間への呪詛を口から振りまいていた。

 しかし白装束の人々は表情一つ変えず――仮面で覆われていて、変わる表情などもともとないのだけど――作業を続けてゆく。

 取り出した内臓の代わりに、水槽から取り出した”何か”に詰め替えてゆく。

 女性の体内に、”電子回路(サーキット)”のようでありつつも呪術的に入り組んでいるようにも見える不可思議な文様に覆われた、「内臓のようにも機械の部品のようにも見える何か」がどんどん組み込まれてゆく。

 なぜだろう。

 ぼくには一見意味のわからないこの拷問のような行為が――まるで”改造手術”のように思えた。


「”F.A.B”だと……?」


 やがて先輩がそう呟いた。

 何を言っているのかわからなかったけど、よく画面を見ると確かに、白装束たちの服には小さく”F.A.B”という印字があった。

 だけど聞いたことのない略語だ。ぼくにはその意味はわからなかった。

 何にせよ、ホラーやスプラッターを見慣れていてグロ耐性のあるぼくでもさすがに、こんなリアルなスナッフビデオを見続けると吐き気を催す。

 そう、スナッフビデオだ。これは精巧なスナッフビデオに違いない。

 人体を解体するような残虐な映像で、特殊な趣味の人達を喜ばせるための、下卑た映像作品なんだ……。

 思いたくない。信じたくない。嘘だ。作り物だ。偽物だ。


 これが実際にあったことだなんて――絶対に思いたくなかった。


「うぅ……」


 冷や汗が額に滲んでくる。寒気がしてきた。

 ぼくは薄暗闇の中で手探りに、先輩の手に上から手のひらを重ねた。

 意図を察してくれた先輩は、ぼくの手を握り返してくれた。

 それでわかった。先輩の手にもまた、汗が滲んでいたのだった。

 ああ――いつも冷静な先輩も平常心じゃ居られないんだ。同じ不安を感じているんだ。

 そう思うと、少しだけ気が楽になったような気がした。


 5分か10分くらいかもしれないし、1時間経ったのかもしれない。

 なんなら一生分くらいに感じた”改造手術”の映像は終わった。

 白装束の人々は去り、映像に写っているのは手術台と女性だけになった。

 ”手術痕(ツギハギ)”だらけになり、内臓を不気味な代替物に入れ替えられた異形の女性は、上から白い服を着せられて手術台の上に寝そべっていた。


『ア゛、アアア゛ァ゛……オ゛オオォ゛』


 そんな彼女は、悲鳴を上げ続け枯れ果てた喉からおぞましい声をあげて起き上がった。

 手術台から立ち上がり、一歩一歩、録画しているカメラに近づいてくるのだ。

 いや、一歩一歩という表現は間違いかもしれない。

 脚を動かしている様子がない。そもそも、脚に相当する器官はとっくに切除されていて、今彼女にあるのは甲殻類のような不気味な多関節の脚だ。

 とっくに人間ではない、彼女は”異形(バケモノ)”と化していた。


『コ゛ロ゛ス゛……コ゛ロ゛ス゛……コ゛ロ゛ス゛……コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛コ゛ロ゛ス゛』


 殺意だ。

 全ての人間への憎悪と復讐心。それだけがビリビリと伝わってくる。

 同じことを繰り返すだけの枯れ果てた声。

 そしてゆっくりと近づいてくる白い服の怪物。

 どこか、悪夢で見た光景に似ていた。

 まずい、殺される。

 ぼくはそう直感した。

 映像越しだけど、そんなの関係ない。


 あの女は画面から出てきて今からぼくらを殺す。

 そんな確信が確かにぼくの中に芽生えていた。


「せ、先輩……近づいてきちゃいますよ……もしかして、もしかしなくても! 画面の中から出てきちゃう系のヤツじゃないですか!」

「かもな。だったら存分に出てきてもらおうじゃねえか」

「えぇ!? そんな、ヤバいですって! 殺されちゃいます! ほら、コロスコロスって連呼してるしぃ!」

「その通り、コイツは俺たちを殺す気だ。いいや、できるだけ数多くの人間を殺し続けるつもりなのだろう。自らが受けた痛みを消えない恨みに、そして無差別の殺意に変換した。これが呪い(・・)の正体か」

「何一人で納得してんですかぁー! ああ、もうカメラに手を触れて――」


 女なのか怪物なのかもはやわからないその存在がカメラのレンズに手を触れる。

 すると、プロジェクターが投影されたスクリーンからゆっくりと白い霧のようなものが立ち上り始めた。

 その霧が女の映像の正面に集まって、徐々に形をつくってゆく。


「う、うそ……ホントに出てきちゃうの、画面から……!?」

「そのようだ」

「先輩、逃げましょう!」

「逃げ場はない。さっき鍵を閉めて退路を塞いである。ここで決着をつけるしかない」


 先輩は立ち上がり、女に近づき始めた。

 な、何やってんの!?

 もうワケがわからない。ぼくは完全に混乱していた。

 だけど先輩は何か考えがあるようで、徐々に鮮明になってくる女の輪郭に話しかける。


「お前、そんなに人を殺したいのか?」

『コ゛ロ゛ス゛……コ゛ロ゛ス゛……』

「動機は知らん。さっきの映像が本物で、あんたが怪しい改造手術の実験台になり苦しい思いをしただとか。そういう想像はいくらでもできるがな、どういう事情があるにせよ無関係な人間を無差別に殺していい理由にはなり得ない。だから俺はあんたに一切同情しない」

『コ゛ロ゛ス゛……コ゛ロ゛ス゛……』


 そうこう言っているうちに、白い霧が実体化して女の手になり、先輩の首に伸びた。

 まずい、先輩を絞め殺す気だ!

 ぼくは思わず走り出しそうになる。先輩を助けなきゃ!

 だけど先輩は手のひらをぼくに向けて「来るな」と制止した。


「まだ話は終わってないぜ。呪いのビデオの目的は”見られること”。そうじゃなきゃ誰も殺せなくなる。なあ、あんたにもう先はないって分かってるか?」


 先輩は不可解なことを言った。

 しかしなぜか、女の白い手は先輩の首を絞めるのを止めた。


「その様子だと薄々感づいているようだな。やはり、あんたが”より新しい映像記録媒体”に乗り換えていっているのはそういうワケかよ」

『……』


 女は何も言わず、先輩の話に耳を傾けていた。

 その反応も先輩の予想通りだったようで、先輩は平然と話を続けた。


「HD-DVDなんてマイナーな媒体に入れられていた理由が最初から気になっていたんだ。おそらくあんたは、”より新しく容量の大きなメディア”に乗り換える性質がある。そのほうが、呪いのビデオとしての寿命が延ばせるからだ。違うか?」

『……』

「違わないようだな。さっきの映像を見るに、アスペクト比からして元々の呪いのビデオはVHSかそれ以前の時代の産物だろう。そこからDVDへと乗り換え、さらにHD-DVDとお前はより新しいメディアへ乗り換えてきた。だがそれが失敗だった。もしかしたらお前の性質を見抜いた誰かが、廃れゆくメディアにあえてお前を”封印”したのかもしれない。例えば山﨑の祖父がそうだったのか……。もう誰も殺さないよう、誰も再生できないディスクに閉じ込めるために。今となってはもう確かめる方法がないが。何にせよ、お前はHD-DVDからより容量が大きく普及率の高いブルーレイディスクへの入れ替えを受け入れ、そして古いメディアであるHD-DVDの破壊を受け入れた。それがあんたの性質に対する推理が正しいという根拠だ」

『……ナ゛ニガ、イイ゛タイ』

「その反応、俺を殺さないってことは全て図星なんだろう? だったら答えは最初の言葉に戻ってくる。”あんたにもう先はない”ってな」

『……』

「ブルーレイの次の規格はUHD-BDだが、その次は何だ? ネット配信が普及した今の時代、物理メディアはそう遠くない将来に廃れてゆく運命だ。そうなれば、お前は誰にも再生されないまま、誰も殺せないまま人々に忘れさられるだけだろうな。それは、視られることによって発動する”呪い”にとっての死を意味する」


 そこまで言って、先輩はついにメチャクチャな提案を始めた。


「そこで――だ。俺があんたをインターネットにアップロードしてやる。そうすれば物理メディアがなくともあんたの呪いは存続できる。インターネット上で、半永久的にな。交換条件に、俺たちの命は見逃してくれ」

「えぇ!?」


 驚いたのは呪いの女ではなく、ぼくのほうだった。


「そ、そんなコトしたら世界中の人達が呪いのビデオを視て死んじゃいますよ!」

「知るか。まずは俺たちが生き残るのが優先だ」

「そんな……」

「どうだ、魅力的な提案だろう? 俺はPCで呪いのビデオのコピーとメディアの入れ替えにすでに成功している。インターネット動画サイトへのアップロードなど朝飯前だ。今ここで俺たち二人を殺すよりも、長期的にみて良い結果が得られると思うが?」


 白い女はしばし静止していたけど、ついに先輩の提案を飲むことにしたらしい。


『ヤ゛レ゛』


 と無機質に呟いた。

 ぼくは――先輩がその瞬間にニヤリ、と口角を釣り上げたのを見逃さなかった。

 何か……何か先輩には考えがあるに違いない。

 今はそれを、信じるしかなかった。


 先輩は視聴覚室のPCに座ると、何かカタカタと操作を始めた。

 BDをプレーヤーから取り出して、PCのドライブに挿入する。

 予めインストールしていたソフトウェアを立ち上げて、ディスクから動画ファイルをコピーしていた。


「よし、世界で一番大手の動画サイトにアップロードしてやるからな」

「先輩……」

「どうなるか、楽しみにしてろよ?」


 先輩はそう言うと、PC内の動画ファイルをインターネットを通じて動画サイトのサーバーにアップロードした。


「サーバーへのアップロードはもうすぐ完了する。もう古い物理メディアは必要ないな」


 先輩はPCのドライブからブルーレイディスクを取り出して、パキリと割った。

 さらにアップロード元となったPC内のファイルも全て消去したのだった。


「さて、呪いのビデオを全世界に公開するとするか」


 先輩はさらにパソコンを操作し、サーバーにアップロードした動画を公開設定に――。

 ま、まずいよ先輩! このままじゃ、世界が……!


「完了――だ」


 した、その瞬間のことだった。

 動画が強制的に非公開にされたのだ。


「え……?」

「く、クククククク……」

「せ、せんぱい、これは一体!?」

「あは! あはははははははは! クククッ、くはははははははははは!」


 先輩が声をあげて笑い始めた。

 こんな先輩を見るのは初めてだって。いつも先輩は冷静だった。

 笑うときも、シニカルに静かに笑うのが常だったのに。

 先輩は無邪気な子どものように声を上げて笑った。


『ナ゛ゼ゛ダ……ドウ゛イウコ゛トダ……!』


 PCの画面から女の声が聞こえる。

 画面内でマウスカーソルがぐるぐるとひっきりなしに動き、何度も何度も動画を公開設定に変えようとする。

 PCからインターネットにアップロードされた”呪いの女”の仕業だろう。

 だけど無駄だった。

 どうしても動画は非公開設定に変えられてしまう。


『キ゛サ゛マ゛ァ゛!! ナ゛ニ゛ヲ゛シ゛タ゛ァ゛!!』

「何って……別に俺は何もしてないが?」


 先輩は狼狽える女の声に向かって半笑いで答えた。


「自動的に非公開設定に変えられてんだよ。大手動画サイトのアルゴリズムによってな」

『ナ゛……ッ゛』

「当たり前だろ? 女の裸に、内臓。エロとグロ。スナッフビデオ。こんな代物が全年齢動画サイトのAIフィルターを通過できるワケないじゃねえか」


 先輩が邪悪な笑みを浮かべるのを、ぼくはポカンと口を開けて見守るしかなかった。

 完全に、ぼくの想像を超えるできごとが起こっていた。


「い、いやぁ失敬。普段陰キャの俺がテンションあげちまって。気持ち悪かったな、すまない。ただ、こうも見事に罠にハマってくれるとは思わなくてな。”呪いの女”さんよ、あんたの本体である”呪いのビデオ”のデータは大手動画サイトのサーバーに確かにアップロードされた。より容量が大きく、新しい規格に本体を移し替える性質をもつあんたからすれば、さぞ居心地がいい場所だろうな。だがそのサイトに限らず、イマドキの動画サイトは不適切な内容の動画をAIで自動解析して排除する仕組みになっているんだ。人の目に全く触れることなく、あんたはAIシステムによって非公開設定にされたんだ、わかるか?」


 「つまり――」先輩は残酷にもこう宣言した。


「”呪いのビデオ”はもう二度と人の目に触れることはない」

『ナ゛ン゛……タ゛ト゛……』

「おいおい、言ってるうちにアカウント凍結されちまったな。不適切動画を何度も公開しようとするからだ。何度もこういうことを繰り返しているうちにあんたのアカウントは悪質ユーザーとして認定され、永久凍結されるだろう。永久凍結されたユーザーのアップロードした動画は、やがてサーバーの容量圧縮のタイミングで完全に消去される。そう、全部自動的なんだ。人の手は絡まないから、確実に起こる未来なんだ。誰にも視られることはなく……あとはただ静かに、消えゆくのを待つだけだ」

『ア、アア゛ア゛……』


 そして。 

 先輩は、限りなく冷たい視線を画面に向けながら、言い放った。


「せいぜい消滅するまでに、自分が殺していった人々が味わってきた”死の恐怖”でも感じるんだな」

『ウ゛アアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアア゛!!!! コ゛ロ゛ス゛ウウウウ゛ウウウウウウウゥ!!! コ゛ロ゛ス゛ウウウウウウウウウ゛ウウウウウウウウウウウ!!!』


 その瞬間――画面から白い手が伸びて来て、先輩の首に絡みついた。

 まずい、先輩だけでも道連れにしようとしてる!

 ぼくが身構えると、先輩は不敵な笑みを浮かべて言った。


「無駄だ、呪いの本体は映像のほうであって”白い女”の幻影じゃあない。この手で俺を絞め殺すのは、さっきビデオを視た直後でなければならなかったハズだ。だがお前は『俺たちを見逃す』という交換条件をすでに飲んだ。俺を殺せるタイミングはすでに逃しているんだよ」

『ウウ、ウウウウウ゛ウ……』

「わかったら、さっさと消――」


「――先輩!!」


 ぼくは先輩の言葉を遮った。


「っ……?」

「もう、いいじゃないですか」

「……」

「その女の人、もう人は殺せません……そうなったらただ、可哀想なだけです」

「……そう、だな。すまない」


 先輩の首にまとわりついていた白い手はやがて薄ぼんやりと輪郭を失い。

 霧となって――消えた。




   ☆   ☆   ☆




 下校時間になった。

 ぼくたちは視聴覚室を出て、帰路についていた。


「……先輩、呪いは消えたんですよね」

「さあな」

「多分、消えたと思います。わかるんです」

「呪われていたお前が言うなら、そうなんだろうな」

「ねぇ、先輩」


 ぼくはさっきの想像を絶する体験で正直頭が混乱していた。

 けど、少しずつ冷静になった今ならわかる。

 一つだけ、疑問が残っていた。


「どうしてビデオを視たんですか? インターネットにアップロードするだけなら、視る必要はなかったんじゃないですか?」

「……かもな」

「もしかして――」


 一つだけ、その理由が思い浮かんだ。

 もしもうまくいかなかったとしたら。先輩の作戦が失敗していたとしたら。

 さっき映像から出てきた”白い女”は先輩を殺そうとしていた。先輩は一緒にビデオを視た上で、徹底的に呪いの女を挑発していた。

 仮に”呪い”がターゲットを一人に定めて殺害するものだとしたら、今回殺されるのは先輩だったのかもしれない。

 つまり……先輩は作戦が失敗したときの保険として自分の生命を身代わりに……?

 

「ううん――なんでもないです」


 そこまででぼくは考えるのを止めた。

 もう終わったことだ。真実はわからない。先輩の心のなかにしかないから。

 先輩に答える気がないなら、確かめるすべはない。

 だからぼくは、沈黙するしかなかった。

 首を横に降って、先輩にこう告げる。


「今日は送ってもらわなくても平気です、一人で帰れます!」


 できるだけ元気に、平静を装いながら。

 先輩は表情を変えずに「そうだな、気をつけて帰れよ」と頷いた。

 こうしてぼくは先輩と別れ、一人で歩き始めた。


「呪いは終わった、かぁ」


 ホラー映画とかなら、呪いは終わってなくてまたぼくはあの女の人に襲われる――みたいなオチがつくんだろうけど。

 感じるんだ。間違いなく終わったって。

 呪いのビデオ事件は、先輩によって完全に”解決”した。


「解決……」


 ううん、ぼくは首を横に降った。

 アレは”解決”なんてモノじゃない。

 ”除霊”したんだ。霊能力とか超能力なんてないハズの、普通の人間でしかない先輩が。

 ただの高校生の男の子が。


「先輩」


 ぽつりとつぶやく。

 ぼくはまだ、彼のことを全然知らない。

 あの時、呪いの女に向かって浮かべた残酷な笑みを思いだす。

 あんな表情は初めて見た。なぜ、彼はそんな風に笑ったのだろう?

 わからない。


 彼は何故、生命をかけてまでぼくを護ろうとしてくれるのだろう。

 わからない。


「きっと、ぼくは」


 たくさんの不思議や謎を追いかけてきた。

 お父さんを「不可解な事件」で亡くしてから、ずっとそうしてきた。

 だけど今、わかった。

 呪いよりも強い、ただの高校生がいるってこと。

 特別な力なんてないのに、ないからこそ、あらゆる怪異よりも怖い存在がいるということ。

 ”先輩(かれ)”は何を考えているんだろう?

 

 本当の謎は、人の心だ。

 どんな怪異よりも、ぼくが本当に解き明かしたいのは――。




「先輩のこと――もっと知りたいんだ」





  FOLKLORE:呪いのビデオ     END.


ここまでお読みくださりありがとうございました。

本作をお楽しみくださった方はぜひとも評価をいただけると嬉しいです。


評価はこの下の☆☆☆☆☆を押せばできますので、面白かったという方はポチっていただけると作者のモチベがものすごく上がります。よろしくお願いします!


本作には連載版がありますので、そちらもよろしくおねがいします(下にリンクを貼っておきます)

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ΦOLKLORE:オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー
本ホラー短編シリーズをまとめた連載版です。
短編版に加筆修正を加え、連載版オリジナルエピソードも多数挿入しています。
本作を読んで面白かった方は是非お読みください!
― 新着の感想 ―
[良い点] 物理法則を超越する呪いさえも凌駕する、 絶対的な法則としてのAIの自動解析による排除。 とても感心するとともに納得しました。 [一言] 呪いより強力なAIという事で、 AIホラーなんてジャ…
[良い点] 画面から女の人が出てきそうな時どうなることかと思いました。 よく考えてあり作品が作られており素晴らしかったです。
[良い点] てっきりホラーコメディかと思ったら意外にシリアスでびっくり。解決方法もふくめ面白かったです。 [一言] HDDVD、別名、HDなんちゃらw なつかしいですねえ。今思うと完全に詐欺商法でした…
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