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The gentle sky  作者:
2/17

誕生日13日前の金曜日

私は『満月』と書いて『まつき』と読み、双子の妹『しづき』は、逆に『新月』と書く。

 名前の通り、両極端に違う性格と容姿。二卵性の双子だから当たり前なのかもしれないけれど、 必ず周りから言われる言葉は……

「お前のほうが、新月みたいだよな!」

 う~ん。確かに。

 そう思ってしまう17歳の今日この頃――


 薄いピンク色のカーテンの合わせ目から光がこぼれて 目覚まし時計よりも早くに目が覚めた。

「またあの夢だよ」

 手だけをちょこっと上掛けから出して、溜息まじりの独り言をつぶやいた。

 誕生日が近くなると必ず見る夢。

 八歳の頃、新月と冗談半分でやった【おまじない】のときの夢。

 新月が、どこでどうやって聞いてきたのか知らないけれど、【満月】と誕生日が重なった日に、大好きな茶葉で淹れた紅茶の上に 大好きな花の花びらを一枚浮かべ、そこに月の光をあてがって想いを込めて飲むという、 何に効くのかさっぱりわからないままのおまじない。


 新月に半ば強制的に飲まされたけれど、あのとき私は何を想っていたのだろう?

 効き目のわからないおまじないだけに、適当に考えて、適当に新月の問いに答えて……

 もう、十年近くも前の話だもの。覚えてなくても仕方ないよね。

 でも、なぜ毎年、毎年、誕生日が近づくとこの夢を見るのだろう。

 眉間にシワをよせながら天井を睨み、そんなことを考えていると、 アラームを切っていなかった目覚まし時計が鳴り響き、ビクッとした後、急いで起き上がった。


 パパご自慢の階段を駆け下りて、リビングに足を踏み入れれば、 新聞を読みながらコーヒーをすするパパが、いつものように朝から朗らかな挨拶を繰り広げる。

「Good morning! Cupcake♪」

 いつものことながら、カップケーキ呼ばわりには、もういい加減イヤになる。

 ちなみに新月は、パンケーキ呼ばわりだけど、どっちもどっちだから諦めるしかないかな。


「Good morning Daddy and Mammee」

 これもまた毎朝の憂鬱な行事ではあるが、せっかく読んでいた新聞を降ろして私のキスを待っているのだから仕方がない。

「ここはニッポンだってば!」と、心で叫びながらパパの頬にキスを(正確にはキスの音だけ)する。

 そう、我が家のパパはイタリア人。とまではいかない、イタリア人の父と日本人の母との間に生まれたハーフさん。

 なので、ハーフの父と純日本人の母との間に生まれた私と新月は、いわゆるクウォーターということになる。

 イタリア家具の職人であるパパは、私たちが十二歳の頃まで、ずっとイタリアで仕事をしていた。

 けれどママのパパ。つまり私のおじいちゃんが亡くなったのをきっかけにして、ここ日本に家族でやってきた。

 ちょうど日本では、小学校から中学校に変わる年齢だった私たち。

 ママのおかげで日本語には不自由はしなかったけれど、初めて観る日本。初めて住む日本。

 やはり、文化の違いに戸惑うことも多かった。

 更にこのミドルネーム『満月』にも苦労した。

 陽気なパパならともかくとして、なんで日本を知り尽くしたママが、この名前にすることを許可したのかが今でも不思議だ。

 それでも日本に来て六年が経った今は、イタリアに懐かしさと恋焦がれる気持ちも失せて、 すっかり日本文化に染まったために、こういう毎日の外国っぽさが、妙に気になるようになっている。


 キッチンから自分の朝ごはんをママから受け取って、トーストをかじりながらパパと今日の予定を話し合っているところに、 ようやく目が覚めたらしい新月が、ボンバーヘッドで現れた。

「ぐっどもーにん えぶりわん」

 パジャマのまま、おなかをカキカキ大あくびをしながら、恐ろしく適当なひらがな英語で挨拶する新月を見て、 ママのこめかみの血管がピクピクと動き

「新月、もうちょっと女の子らしくできないの?」

 まずは嗜めるようにゆっくりと、新月に向かって言ったけれど

「はい。できませんね」

 これまた即答の新月に、今度は今にもフライパンを投げつけそうな勢いでママが叫んだ。

「新月っ! あなたはどうしていつもそうやって!」


 これはヤバイ展開になってきたぞ。

 何気なくパパのほうを向けば、しかめ面で両方の手のひらを上に向け肩をすくめている。

 ここは触らぬ神に祟りなし。巻き込まれる前に逃げるが勝ちだ。

 ごく自然を装って席を立ち上がろうとした瞬間、ひどく言いにくそうにパパが切り出した。

「満月? 悪いんだけど、今度の土曜 パパの個展を手伝ってくれないかな」


 パパはお店というものを開いてはいなくて、依頼された家具だけを丹精込めて作り上げている。

 その家具は美術品として取り上げられることも多く、陶芸や絵画などの美術的作品のように、年に数回、都内で個展を開いていた。

 私はこの個展の手伝いを、今まで一度もしたことがない。

 いつも新月が手伝うと決まっているからだ。

 明るく物応じしない新月は接待が上手で、特に個展のような見知らぬ方の多く集う場所に対応できるのは、私より新月の方が向いているという理由からだった。

 そして、それを誰よりも知っているのは新月本人で、都内で買い物ができるというメリットも含んでいるけれど、どんな自分の用事よりも個展の手伝いを優先させていた。

 だから、パパから手伝いを頼まれたことにビックリして

「どうして? 新月は? なんで私なの?」

 そうやってパパを質問攻めにする。


 顎に手を当てて、ちょっと渋い顔をしながら

「う~ん。それがね、今回はちょっと特別なんだ……」

 なんだか訳がありそうなパパの返答に、新月を怒っているはずのママと、そんなママに怒られているはずの新月まで反応しはじめた。

「なんで特別なのに、私じゃなくて満月が手伝うのよ?」

「あら、じゃあ今回の個展には、高遠様がいらっしゃるの?」

 新月の言い分はもっともで、ママの話はちっともわからない。

 パパはママに向かってウンと数回頷いてから、私と新月の問いにひとつずつ答え始めた。


「実は、高遠さんという方がいてね、都内でイタリアレストランを数店舗経営なさっている方なんだが。 今回、そのレストランで使用する家具を全部パパにお願いしたいと言ってきたんだ」

「なにそれ! すごい大得意先じゃん!」

 パパの話を遮って、新月が嬉しそうに叫ぶ。

「うん。まぁ、そうなんだけどね……」

 そう言いながら、パパは身振りで新月に座るように促している。

 その話の続きが早く聞きたい新月は、しぶしぶ腰を下ろしたものの、テーブルに身を乗り出しながらパパの顔を覗き込んでいた。

 目を輝かせる新月とは対照的に、いい話が舞い込んだにも関わらず、少し憂鬱そうにうつむくパパを見てなんだかとても不安になる。


「実はね、高遠さんは、まだパパたちがイタリアに住んでいた頃、満月と会ったと言っているんだ。満月わかるかい?」

 観光客としての日本人を見かけたことはあるけれど、名前を教え合うほど仲良くなった人はいない。

 クラスにサトーくんという男の子がいたけれど、サトーであって、タカトーではない。

 記憶の断片を呼び起こそうとしても、やはり向こうで出逢った高遠という名の人はいない。

 だからフルフルと首を横に振ってから

「ごめん。私、やっぱり高遠って言う名の人は知らない」

 そうボソッとつぶやいてみた。

 そんな私の答えを聞いて、やはり私と同じように記憶の断片を呼び起こしていただろう新月が、 妙にサバサバとした口調で言い出した。

「タカトーだかサトーだから知らないけど、そうやって満月を御指名してるんだから、あとは満月に任せた!  ということで、大きな取引をがんばってくれたまえ満月くん」

 最後まで言い終わるか終わらないかのうちに、テーブルに置かれていたクッキーを何枚かくすねて、新月はリビングから出て行った。

「新月っ!」

 当然、ママの怒りと、ママ本体を引き連れて――


 パパはまた、やれやれという仕草をとってから、冷めてしまったコーヒーを勢いよく飲み干し、 カップをソーサーに戻した後、カップの淵を指でなぞりながら私の目を見ずに話し出した。

「高遠さんは、パパのお母さんほどな年齢の女性なんだ。今の新月の態度で確信したよ。高遠さんとイタリアで出逢っているのは新月のほうだね」

 パパの意外な発言に興味をひかれて、同じ言葉を繰り返してみる。

「確信した?」

 ここでようやくパパが私を見て、いつもの陽気な笑顔に戻る。

「うん。高遠さんはその子の名前を満月だって言うんだけど、その、特徴がね? どう聞いても新月のほうなんだよ。 いたずら好きなおしゃまさんって褒め言葉は、どう考えても本物の満月の方じゃないだろ?」


 確かに。

 その手の褒め言葉は、全て新月へ当てられたものだ。

 私の場合は『ハニカミ屋さん』あたりが妥当だろう。

 どうりであんなに勢いよく私が手伝うことに反発していたはずの新月が、手のひらを返したように私に任せたはずだ。

 大方、高遠さんにイタズラをして怒られたりしたのだろう。

 思わず笑みがこぼれてクスクスと笑う私に、深刻な顔に戻ったパパがこう付け加えた。

「ところがその高遠さんが、えらく満月のことをお気に入りでね。というかこの場合、満月という名の新月だけど。でね、 お孫さんがいらっしゃるらしいんだが、その結婚相手に、是非新月をって言っているんだよ」

 私は飲んでいたオレンジジュースにむせてゲホゲホと咳き込み、言うほど大きくもない瞳を精一杯開いてパパを見た。

 頬杖をついて、首を斜めに倒しながらパパは続ける。

「ほら、満月でさえ、ブッ! って吐き出しちゃうでしょ? パパだってさすがに、十八歳になるかならないかの娘をそう簡単に手放す気にはなれないからね。だからさ、パパも考えたんだよ。向こうがどこをどう間違って満月と言っているのかは解らないけど、満月を指名しているんだから 本物の満月を連れていけばいいかな? って」

 つまり私が新月の身代わりになって、高遠さんに嫌われればそれでいいってことなのかしら?

 いや、嫌われてしまったらせっかくの取引が水の泡になっちゃうし……

 あれ? 私が高遠さんのお孫さんと結婚すればいいの?

 ……冗談でしょ?


 思考回路が追いつかないままの私に向かって、パパが放った最後の言葉は

「ということだから、満月ちゃん 土曜日よろしくね♪」

 そう言うが早いか、私の返事を待たずに、パパは仕事に出かけていった。


 開いた口が塞がらない私と

 ママのハスキーな怒鳴り声と

 逃げ回る新月の足音が鳴り響く

 誕生日13日前の金曜日……

2005年に書いた小説を見つけました。

当時のまま、全く修正せず投稿したいと思います。

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