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The gentle sky  作者:
10/17

◆ 浅海寛弥の想い……

 俺の母親は学生の頃、留学先で出逢ったイタリア人の男と恋に落ち、 家族や友人、全ての反対を押し切り家を捨て、その男と駆け落ちした。

 けれど、最初からうまくいくはずのなかったその結婚は、俺が生まれてすぐに破綻して、 日本に帰ることも出来なかった母親は、そのままイタリアに残り俺を育てた。

 だから俺は父親の顔を知らない。

 ただ自分が、ハーフだということだけは解っていたけれど……

 そんな母親も俺が10歳になった年にこの世を去って、 誰一人として保護してくれる人などいない地で、当然のことながら俺は施設に収容された。


 母親の葬式で、疎らにやってくる知人たち。

「あの子はこれからどうなるのだろう? 可哀想に……」

 そうやって、口々に皆が囁き俺を見ていた。

 解っていたんだ。もう、自分が一人ぼっちだということを。

 だからこっそりとその場を離れて、木の陰で泣いた。

 そこに黒髪の女の子が現れて、舌足らずな言葉で懸命に言ったんだ

 ずっと私がそばにいてあげる。私がママになってあげる。と……


 当時、まだ母親が生きていた頃、俺たちの部屋の近くに住んでいた日本人の女性。

 日本人同士、色々な意味で気があったのだろう。よく部屋に遊びに来ては、くだらない話で母親と笑いあっていた。

 その女性が連れ歩いていた、二人の女の子。

 双子にしては全く似ておらず、一人はイタズラばかりを繰り返す、そばかすだらけの白い肌と栗色の髪の子で、 もう一人は、何をやらせても要領の悪い、黄みがかった肌の黒髪の女の子だった。


 とにかく何をやらせても、何一つ満足にできない要領の悪さ。

 更に相当な人見知りで、手伝って欲しい、助けて欲しいと誰にも言えずに、いつまでもその場で困り続ける臆病さ。

 何もかもが見ていられなくて、文句を言いながらも、なんだかんだと手を差し伸べていた俺。

 それは施設に入ってからも続き、隙を見て施設を抜け出しては、その女の子のところに通い続けた。

『見ていられない』 そう自分に言い聞かせ、自分の行動を正当化していたけれど、本当は自分を必要としてくれる誰かが、そこにいてくれるということが、何よりも嬉しくて、何よりも大切だったんだ……


 金持ちと呼ばれる人間だけが保有することのできるヴィラの前で、イタズラを仕掛ける名人な、そばかすの女の子が走り逃げていく。

 その先で、またしても誰にも助けを求められず、木の枝に引っかかったまま、か細い声で泣いている黒髪の女の子がいた。

 それなのに、俺を見つけた途端に放たれる、可愛らしい輝く笑顔。

 人見知りなくせに、俺だけにはそんな笑顔を向けて、頼ってくれるのか?

 その笑顔を見るたびに、俺の心は救われたんだ……


 文句を言いながらも木の枝を取り除くと、絶対に離すもんかといわんばかりの力で俺の服を握り締めるから、 家に送り届けようと二人並んで歩き出せば、通りの向こうから、今度は血相を変えたそばかすの女の子が走り去っていく。

 ただ事じゃないその様子が心配になり、黒髪の女の子を連れたまま走ってきた方向へと急げば、 五歳くらいの男の子が、その先の川で溺れていた。

 慌てて声を張り上げ大人たちを呼んで、その男の子は無事に助けられた。

 そして、何事もなかったかのように、時は過ぎるはずだった……


 けれど事件から日の経たない内に、施設にその男の子の祖母だという人が現れた。

 お礼のおもちゃとお菓子を手にして、最初は笑顔で登場したその女性。

 なのに俺を見るなり固まって、母親の名前をしきりに問いただしてくる。

 不思議に思いながらも母親の名を告げた途端、その女性は泣き崩れ、何度も何度も俺に謝り許しを請い続けた……


 同じ頃、母親の遺言らしき手紙を携え、浅海と名乗る男性も施設に現れて、 色々な人間の登場で、俺の未来は急激に変化していった。

 結局、散々うちうちで揉めた後、『浅海』という姓と日本の国籍を手に入れた俺は、日本へと旅立つことになる。

 別れの日、泣きじゃくって俺を放そうとしない黒髪の少女に、 胸を張って自分自身で歩けるようになったら、必ず君に会いにくると約束した。

 母親の形見のネックレスを、その子の首にかけながら――


 浅海に連れられて、何度かイタリアへとやってきたときも、こっそり君へ会いに行った。

 相変わらず不器用で、下手くそな生き方をする君を見て笑っていたんだ……

 六年前、君たち家族が日本に移り住んだことを知り、会いにも行ったんだ。

 新月はすぐに俺を思い出し、飛び跳ねて再会を喜んでくれたけれど、肝心の君は何一つ覚えていなかった。

 逆に俺を、新月の学校の先生だと間違えて、ろくに目を合わせることなく会釈だけすると、そのまま足早に去ってしまった。


 遠い昔の、一方的なただの約束……

 覚えているはずがないよな。

 俺だけの密かな夢であり、願いでもあった君の成長。

 だからこそ、ただ俺の胸にしまって、思い出として生きていけばいいと思った。

 こんな約束に、君を巻き込む必要など、どこにもないのだから……


 ところがそう諦めた途端、堂々と君に逢える機会がやってきた。

 会うたびに、少しずつ君は何かを思い出し始めているようだった。

 けれどそれと同時に、君は武頼へも惹かれ始めている。

 浅海と名乗り始めてから身につけたポーカーフェイスは、武頼の行動や、君の仕草や表情のひとつひとつに苛立つものの、 それを表に出すことを許さない。

 だから気持ちとは裏腹に、にこやかに笑う俺。

 そんな、昔の面影などひとつも残さず変わりきってしまった俺に、気が付けというほうが虫の良い話だ。


 そんな時、高遠の家の庭先で、新月がいきなり言い出した。

「寛兄? コンタクトが外れてるよ?」

 違和感はなかったものの、そう言われて焦った俺は、その場でコンタクトを確かめる。

 両目ともちゃんとコンタクトが入っていることを確認した後、ようやく新月に嵌められたことに気が付いた。

「やっぱりね。だと思った! 私の記憶にある寛兄の瞳は、そんな黒色じゃなかったもん」

 新月が嬉しそうに笑いながら、肌身離さず持ち続けているという花柄の小さなノートを差し出してきた。

 戸惑いながら中身を読めば

『18歳の誕生日に、運命の人と出逢う方法』

 事細かに書かれた君の理想と、そこに書かれていた君の言葉を見つけ、目頭が熱くなる。

 そして、それを堪えることができず、慌てて上を向き、手で顔を覆った。


 満月?

 君が思い出せなくても、思い出したとしても、君の選ぶべき道は二つではない。

 今の君には、もっとたくさんの選択肢があるのだから……

 それでも俺は願うよ。自分勝手な我が侭だけれど

 あと10日。あと10日で、全てを思い出して欲しいんだ……

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