陰陽の偽物
「清明殿!?」
男は驚愕した。二条に住まう友の邸を訪ねたところ、陰陽師の安倍清明が客人としていた。
友の驚き様に、邸の主は首を傾げる。
「どうした?」
「牛車で五条を通った際、徒歩の清明殿を見かけたのだ」
「なんと!」
男は目を丸くする。清明は一刻前から自分の目の前にいた。友の言葉が真実なら、今ゆるりと盃を干している彼が別の場所にいたことになる。
「なんと面妖な。私を騙る者がいるとは」
「いや、確かに清明殿であったぞ!」
背丈も高く、涼しげな顔立ちは見間違えようがない、と友は主張する。
「まさか、清明殿の法力か!? 式神か!?」
「生霊の類いではなかろうな」
邸の主は興味津々、友は怯えたように清明に訊ねた。
すると、清明はまるで狐のように目を細めた。
「さて、どうでしょう」
空が白む頃になり、安倍邸に清明が帰ってきた。
清明は迷いなくある部屋へ向かい、その御簾を持ち上げた。
「また勝手に出かけたな」
「おお、兄者。帰ったか」
叱ったというのに、意にも返さない様子で自身と瓜二つの顔がにまりと微笑んだ。
「またお前のせいで陰陽師の怪しさが増したではないか」
「どうせ、目に見えぬものは霊、異人を鬼・妖と騒ぐ輩に何を云うても無駄よ」
風評被害が増した、と兄が苦情を申し立てると、弟は元から悪いと反省の色を見せない。
この二人、見ての通りの双子である。不吉だと騒がれるのを防ぐため、彼らの母の命で双子であることを隠し、二人一役で生きている。それが偽物の正体だった。
兄は長い溜め息を吐いた。
「陰陽師など、吉兆を占うことで主上や殿上人の機嫌をとりつつ、ただ暦を読み記録している地味な官職でしかないというのに……」
学者染みた業務がほとんどだが、易術が含まれているために、法力があるなどと誤解をされている。陰陽術を学ばぬ者から正しい理解が得られず、迷信ばかりが出回るため兄は頭を悩ませていた。一方、弟はむしろ周囲の盲目ぶりを利用し人を揶揄って状況を楽しんでいる。姿形は同じだが、性質は対極にある双子だった。
「理屈で視ようとする者は稀な世だからなぁ」
可笑しげに笑みを刷く弟の眼は嘲りを孕んでいた。
「理に重きを置く世になるのは一体、いつになるのか……」
「人は変わらぬよ。限りある命だ。視えるものにも限りがある。どんなに我ら陰陽師が暦を刻み語り継ごうが、な」
「そうか?」
「そうさ」
まだ人を見限らぬ兄に、弟は酷薄に笑う。
「ただ恐れるものが変わるだけの話よ」