大人の味覚
「こんなところで、どうしたの」
そう声をかけてきたのは見知らぬお姉さんだった。
「別に。」
視線を落としながら突き放すように言う。
「こんなところに一人でいたら家族の人が心配するでしょ?」
「お姉さんこそ、こんなところで何しているんですか?」
質問に答えず質問を返す。
「お姉さんはね、ここらへんにかわいい子はいないかなーって探していたの」
「お姉さんって警察の人?」
「んー。警察とは仲良くないかな」
「…誘拐犯?」
「それに近いかも。一人ぼっちの女の子をさらっていく悪い人よ」
「なんで私なの?」
「前に見かけたときから妙に気になっちゃって」
私はそれ以上何も言わず、膝を抱えて顔をうずくめた。
お姉さんが何か話しかけている気がするが、私はその声をシャットアウトして思考に逃げた。
いつの間にか眠っていた私は、寒さで目を覚ます。あのよくわからないお姉さんはどこかに行ったのだろうか、あたりを見渡してもどこにもいなかった。
ここには、何もない。壁のない廃墟ビルのような場所に気が付いたら立っていた。ガラスのはまっていない窓からはなぜか何も見えず、曇りガラス越しに差し込む明かりのように柔らかい光が部屋を照らしている。夜?になると、窓からの光は月明かりのような色合いになる。三回眠ったから三日前のお昼過ぎかな?
おなかすいたな……。
何かないか探そうかと思ったけど、ここには何もないことを私は良く知っているので膝を強く抱きかかえる。
歩き回らなくてもフロア全体が見渡せるし、一日目でここには何もないことやあまりおなかがすかないことを知った。
そうすると不思議なのはあのお姉さんね。ここには入口も出口もないのに、一体どこから入って来たんだろう? それに、前に見かけたって言ってたのも気になるわね。ここで誰かに会った事はないしここに来る前、いつもの生活を送っていた頃に会ったことのある人だったのかもしれない。
それともあのお姉さんは夢の中の人だったのかしら?
答えの見つからないことを考えながら天井を仰いだ拍子に肩から何かが滑り落ちる。視線を落とすと見おぼえがある上着が落ちていた。
さっきのお姉さんが着ていたやつだ。
上着があるならお姉さんは確かにここにいたことになる。
それならお姉さんはどこに?
どこにも行ける場所なんてないのに。窓の外には出れず、他の場所につながっているような扉や階段は一つもなかったはず。
不思議に思いながらも私は私以外の存在を感じさせる上着を強く握りしめていた。
上着の存在を。お姉さんの存在を。そして自分が今ここにいることを確かめるかのように上着を顔に擦り付けるようにして深呼吸した。
鼻から入ってきた空気は確かに自分以外の存在を示すかのように微かだけど確かに感じる匂いをはらんでいた。
私以外の人がここに来た。
それだけで嬉しかった。
そして、その匂いを感じ取ることが出来る自分も確かにここに存在するのだ。
少しして何か気配を感じた私はゆっくりと顔を上げて目を開くと、目にはカーテンの隙間から差し込む眩しいほどの光が飛び込んできた。
「あれ?」
いま、わたし……。
砂漠の蜃気楼のように追いかければ追いかけるほどさっきまで確かに覚えていた記憶が遠のいて行く。
掌いっぱいの砂が隙間からこぼれ落ちて空っぽになった手のひらを眺めるかのように物寂しい両手を眺めて呆然としていると、頬を伝って掌に落ちる熱い何かに気付いた。
手の甲で目元を拭い、ベッドから降りて顔を洗いに行く。
冷たい水で顔を洗っていると後ろから声をかけられた。
「コーヒー淹れといたしトーストも焼けてる。冷めないうちに食べな」
そう言うと洗濯の済んだ服を洗濯機を出し始めた。
顔を拭いてお礼を言う寸前に洗面所からちょうど出て行った。
「ありがとう、お義姉ちゃん」
リビングに行くとコーヒーとトーストにプチトマトの乗ったサラダとベーコンエッグが準備されていた。
椅子に座って飲み頃になったコーヒーを口元に近づける。
どこか酸味を感じさせる焙煎された香りが鼻をくすぐった瞬間、お義姉さんが家出した私に声をかけてくれた時のことを思い出した。
「こんなところで、どうしたの」
コーヒーは苦味と同時に心地よさも残して奥へと流れて行った。
読んでくださりありがとうございます。
遅筆で申し訳ないのですが、これからも頑張って行きますので何卒応援よろしくお願いします。
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