第九話:事件
チュンチュンと雀の声が、朝早くから空に木霊しているのが聞える。
今日も早朝に目が覚めてしまったようだ。この時間帯からしてきっとマナはまだ寝ているだろうな。
隣に目を向けると、綺麗な朝日を浴びた、神々しくて真っ白な壮麗な女性が窓際に座っていた。
「・・・・・妖精さん?」
「たわけっ」
どうやら謎の妖精さんの正体は、シロさんだったようだ。ま、だろうね。朝日を目一杯浴びてるせいか、さらに白さが強調され、どこか幻想的で美しかった。
「目が覚めたか? 主」
「あ、はい。それよりシロさん、今日は随分と早起きですね。早起きだとしても早すぎるくらいですよ?」
「ふむ。いきなり目が覚めてしまっての、昇ってくる太陽を見ていたら、すっかり目が覚めてしもうたわ」
そう言ってシロさんはシニカルに笑った。しかし、今度は悪戯っぽい笑みを浮かべこちらに近づいてきた。
「ふふふふふ」
しかも口を引きつり、不気味な笑い声を出しながら。
「な、何です?」
「そらっ!」
どんっ!といきなりシロさんの手が僕の胸に伸びてきて、僕を後ろにおもいっきり張り倒してきた。
「うわ、うわわわわわわ。ぎゃふっ」
何とも間抜けな悲鳴とともに、僕は無残にも後ろへ倒れてしまった。布団が敷いてなかったら、朝っぱらから頭を強打していただろう。
「いきなり何するんですか!酷いじゃないですか、いきなり僕を張り倒すなん・・・て。あれ?」
「ふっふっふ」
おかしいな、シロさんには肉体が無いから僕に触れる事が出来ないはずだ。現に昨日、シロさん自身が色々と言ってたではないか。なのに昨日の今日で僕は今こうして、シロさんに張り倒されているのだ?。
いったい何が起きたのか、脳内が完全に混乱してきて言葉が思いつかない。
「その様子じゃ相当混乱しとるようじゃのぉ。ふふふ、そろそろ種明かしをしてやるかの」
勝ち誇った顔で、バシッと僕に人差し指を突き付けてきた。
「なんと!!肉体が手に入る力が溜まりおった!!!」
無い胸を自慢げにそらせ、ふふんっと子供のような自慢げな顔をしてこちらの反応をうかがっている。
「あ、えっと。おめでとうございます」
律儀に頭を軽く下げ、僕がそう言った瞬間シロさんの顔が一気に変わり、眉間にしわがよりはじめて明らかに『はぁ~? つまんね~』とゆう顔をしている。
「なんじゃ?・・・・その無愛想な反応は?」
「いや、えっと、すみません。僕、まだ頭の整理が追いついてなくって、驚くとこなのは分かっているんですが、どうもうまくリアクションが」
「なんじゃ、ならちゃんと驚いてるのじゃな? ならもうよいわ。さてお主、わしに聞きたいことがあるじゃろう? 浅慮せずに言ってみぃ、今日のわしはすべての生物より寛大じゃ」
と、シロさんは期待に満ちた顔で僕に問いかけてきた。ここでまた気にそぐわぬ事をしたら、肉体を手に入れた祝いに絞殺されそうだ。
「えっと、ではまず。シロさんって、僕にとり憑いて今日でまだ三日目ですよね? その、元の力を取り戻すために力を蓄えるのって、そんなに早く溜まるものなんですか? 僕はてっきり何か月、何年もかかるんじゃって思ってたんですが」
「ふむ。まぁ、その通りじゃの」
そう言って、またシニカルに笑った。どうやらお気に召した回答だったようだ。
「実はわしも内心かなり驚いておる。力が溜まるのはこんなに早くはないはずじゃ、まさに異例、異端、不可思議、謎が謎を呼ぶ・・・・。まだ完全ではないが、肉体が手に入る程回復したとはいくらなんでも早すぎる。これはわしの推測じゃが、これはきっとお主が関係しとるんじゃないかと思う。いや、それ以外考えられんし、ありえん」
「僕、ですか?」
僕が関係してるだって? まさかそんな、思い当たる節といえば自分の職業が神の教えを説く牧師だとゆう事くらいだ。それ以外僕に神様と特別な接点など無い。
「わしはお主から力を貰い、少しずつ溜めて回復しとった。今まで伏せておったが、もうよいじゃろう」
と、シロさんは少し間を開けて口を開いた。
「厳密に言うと、その力とは『魔力』じゃ」
「魔力ですか!? そんな力が本当存在していたんですか!?」
驚きのあまり無意識に声が大きくなってしまった。しかし、それほどまでに驚きの事実だった。なぜなら魔力いうのは。
「うむ。人間には一人一人に魔力が備わっており、その量は個人差がある。しかし、今の人間には自分に魔力があるかどうかなど、わしのような者に教えてもらわねば一生気づかぬ。いや、もう気づく者はおらぬ、と言った方が正しいかの。それに例え魔力の存在を知ったとしても、使う術を知らんからの」
まさかそんな、魔力というのは大昔、人間が自在に扱えたと聞いた事がある。しかし、人間は欲深い生き物、その強大な力のせいで沢山の地で戦争が起こり、大地を焦がし尽くした。それに憤怒した神が、人間から魔力を使う術を取り上げた。だが、一人一人に必ず魔力があるんなんて初めて聞いた。そんな記録は当然残って無く、それ以前に魔力の存在を信じている人など、今の時代学者などくらいしかいない。
しかし今の話を聞いて、一つ思い当たる事があった。それは神木を採りに行ったあの森で、僕とマナが昼食を食べる時、シロさんは少しその辺を散歩すると言って行ってしまった。あの時は僕から力を貰えば、その分遠くに行く事も出来るって言っていた。あの時僕は今まで感じたことのない、不可思議な疲労感を感じた、もしそれは僕の魔力を、人生で初めて削ったから、そう考えれば辻褄が合う。
「神には魔力を使う知識を持っておる、じゃからつねに万物の頂点におり、神という完全な存在として扱われておると言っても過言ではない。逆を言えば魔力とは、使い用では神にも匹敵する力なのじゃ。しかし、お主と出会った頃のわしには魔力が完全に無くなっておった、そのせいで自分の力で魔力を回復することが出来んかった。そこでお主から少しずつ分けてもらい、力を取り戻す計算じゃった」
「成程・・・。魔力ってのは完全に無くなると、自分では回復できないんですか?」
「ふむ、そうじゃ。人間は魔力を完全に使い切ってしまうと、もうその者に魔力が戻る事は無い、神は例外じゃがな。しかし、神であろうと魔力が底をつけば他人から分けてもらわねばならない」
そう言い終わった後、シロさんは一瞬暗い表情になったが、すぐにいつもの不思議な笑顔に戻った。
何だ今の表情は? 少し考えてみると一つ思いついた事があった。もしかしたら昔に自分を殺した存在を思い出したのかもしれない。これは僕の推測だが、シロさんの魔力が完全に無くなったのはその存在のせいなんだろうか、それとも死んでから、自然に風化していったのか。
「さて。説明は大方終わった、つまりそういう事なんじゃよ。どれ、そろそろ飯にしようではないか、久々の食事じゃ、財布の中身は多めに持っていくとよいぞ」
「えっ!? シロさん昨日、自分で食欲などないって、もしかしてまた嘘ですか!?」
昨日あんなに懲らしめたのに、まだ嘘をついてたのか!?
「まぁ落ち着け、確かに食欲は無いと言ったが決して食べれないとは言ってない。現に体も戻ったんじゃ、ここは一つわしの体が戻った事を祝して飲んで食べ尽くそうではないか。それに、これからもお主達の食事に付き合って、いつまでも指をくわえて見ているのも我慢できんっ」
「はぁ・・・・分かりましたよ。少しは食事代気遣ってくださいよ、昨日のマナとの出費も凄かったんですから・・・。僕だってそんなに給料良くないんですよ」
「何じゃ何じゃ、そんなにけちけちするでない。ささっ、とっととマナを起こして行くぞよ」
くぅ、三人分の宿代に、昨日聖堂に行った時にお布施とゆう、大義名分を掲げた祭司にお金をかなり取られたし、とどめはマナの食事代!!もう僕は破産しそうで泣きたいくらいだってのに・・・。てゆうか、シロさんは宿に泊まる時は姿を消してくれよ!!。
そう言えば、さっきは魔力の話で本題とはそれてしまった。結局、驚異的な速さで力が回復していく事と、僕の関係の話が止まったままだ。
だが今の状態のシロさんは、体が戻った事でいつにもなく上機嫌だ、さっきの話を蒸し返せな雰囲気ではないし、とりあえずは保留で。
仕方ない、朝食を食べて一息ついたらまた後で聞いてみよう。
「それじゃ、マナを起こしに行きましょうか」
「うむ、そうじゃな。しかし、肉体が戻ったのはいいが、長い間浮遊状態で慣れてしもうたしなぁ、正直疲れるのぉ。よっ」
よっとゆう掛声を合図に、シロさんの足が少し宙に浮き始めた。
「あ、あれ? シロさん、肉体が戻ったのにまだ浮遊したり出来るんですか?」
「出来るぞ。姿を消すことも出来るし、昨日みたいに誰も触れる事が出来ない状態にもなれる。言わばそれもわしの力の一つじゃな、肉体が戻ったとしても出来ない事はない。今は肉体が手に入ったおかげで、消えたり出てきたりすることが出来る様になったんじゃ」
「へぇ、便利でいいですね。その姿を消すのとかってのは魔力と何か関係あるんですか?」
「いや、これはわしの能力じゃな。元からついてるオプションみたいなものじゃ、違う神にはそれぞれ特有の能力があるんじゃよ」
違う神・・・か。つまりそれはシロさん以外にも色んな神がいるとゆうことだ。僕をあんな運命に変えた神は、一体どこにいるのだろうか。
「さぁさぁ、今度こそ説明は終わりじゃ。とっとと出発じゃ」
と、いきなりシロさんが僕の背中を押しだした。どうやらシロさんは腕の先だけを実体化させて、僕を押しているようだった。
そのまま僕とシロさんは、マナの眠っている隣の部屋(マナを気遣って部屋を二つ借りたのだ)に行き、マナを起こしに行った。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「さてお主、行くなら昨日の店じゃ。異論は聞き付けんぞ」
今僕達は東区から街の大広場に向って歩いてるとこだ。あの後マナに事情を話し、マナはシロさんが食事ができるようになった事にとても感激し、すぐに着替えて出発したのだ。ちなみに説明が長くなるので魔力などの話はしていない、後々話してやろうと思う。
「またあそこですか? まぁ、いいですが。マナはいいかい?」
「うんっ。全然おっけ〜。あそこ美味しかったしね!」
マナはいつもと変わらず、朝から太陽に負けないくらい、満面の笑みを浮かべている。
「いやいや楽しみじゃの~。・・・ん?・・・・・なんじゃあの人だかりは?」
シロさんが指をさした方向に目を向けると、こんな朝早くから大勢の人々が集まっている。
どうも人々が集まっている場所は、東区から大広場に向かう途中の道であったので、無視するわけにもいかず行ってみることにした。
復活祭の日に起きた過去最悪の事件、それに僕達は巻き込まれて行く事も知らずに。