第四話:牧師の終わり
「は?」
自分でもビックリするほどの、間抜けな声が出た。
「じゃ~か~ら。お主はそこそこ使えるとわしは判断した。じゃからお主にはわしの入れ物にしてやる、と言ってるんじゃ。わかったかの?」
「入れ物って・・・・・言葉通りに取ると、もしかしてあなたは体がないんですか?」
「そうじゃ。わしが今この小娘に入っているのはお主をここへ誘い出すためじゃ、別に好きでこの小娘に入ってるわけじゃないっ」
「えっとぉ。一つ質問させてください。何故あなたは僕をここへ誘い出した・・・いや、僕を選んだんですか?」
「ふんっそんなの決まっておろう、わしには今体が無い。じゃからとても困っておった、そこにこの森へ小娘が一人やって来た。わしは好機と見てこの小娘にとり憑いた、そこで小娘の脳の中、つまり小娘の記憶からお主の存在を知った。しかも、今日お主が村に来るとゆうではないか、こんな絶好のチャンス逃すバカはおるまい。じゃから、お主選んだ理由など微々たるものじゃ」
「つまり・・・あなたは神様で、しかも幽霊でもあるってことですか?」
「うむ。ちょっと前に失敗してのぉ、わしとした事が不覚じゃったわ。そのおかげでわしは一回殺された、じゃからわしは一刻も早くマシな体がほしいわけなんじゃ」
「は、はぁ。大体わかりました・・・」
まさか相手が神様であり、さらに+幽霊だとは驚きだ、とゆうか神様って死ぬんだなぁ。
あれ? いつの間に僕は、このマナの中にいる者を神様と信じてるんだ? よく分からないが、僕の直感なのか勘なのか、ただの幽霊としてではく神様の幽霊として認識していた。
とゆうより、それ以前に幽霊の存在も信じているのも、いささかおかしな話だ。
「さて、わしは問いを問いで返された上、その問いを答えてたやった。わしの寛容さと器量のの大きさを改めて感謝するがいい。そして今度こそお主の番じゃ、わしの要望を承諾するかの? それとも拒否するかの?」
「そりゃー、拒否しますね」
僕は、何の迷いもなく刹那的に答えを返した。それにはいくらなんでも神様も面喰ったようで、目を大きくパチパチと、唖然とした表情をした。
「なっ。お、お主真面目に答えんか!」
「すみません、これでも大真面目の答えです。もう一度いいます、拒否しますね。これは何があろうと、僕はこの答えを覆す気はありません。僕の目的はただ一つ、速やかにマナの体から出ていってほしい、とゆうことですね。ですが、変わりに僕の体に入るのも簡便ですがね。ちょっと詭弁ですが」
僕は至極当たり前のごとく、キッパリと言った。
「お主・・・・ふんっ、お主のその眼、決して適当に答えたわけではないようじゃな。だったらわしにも色々と考えがあるがの」
やはり揺すってきた。
僕の否定意思程度で『あぁそうですか』と引くわけがない。仮にも相手は神様だ、きっとそう簡単には折れそうにない。こっちはどう言い作ろうかに骨が折れそうだってのに。
「わしがこの小娘の身体か精神に危害を加える。もしくは一生このままとり憑いて、この小娘の精神を完全に乗っ取る。とまぁ、出来る事などこんな感じじゃが。…どうじゃ? 答えは変わったかの?」
「いいえ。残念ながら、答えを変える気はまったくもって一ミリたりともありませんね」
「ほう・・・・? お主、人としての仁徳に満ちた心を持ってるようじゃなぁ。この世も随分と面白くなったもんじゃ」
と、ニタリと不気味な笑みを浮かべ、皮肉たっぷりで言った。
「いえいえ、お褒めの言葉ありがとうございます」
僕も負けじと、少しおどけながら答える。
「ですがね、僕はマナの事を見捨てる気もありませんね。あなたは神様なんでしょう? そのようなお偉い方が、さきほどおっしゃった様な下劣な行為をするわけがない、と僕は信じていますよ、はい」
「そんな安っぽい挑発にわしが乗るとでも? ふむ。じゃが何故そう言い切れると思うんじゃ? わしならやりかねないぞ? 神がみな善良と思っているなら、それはとても哀れで滑稽じゃ」
「ご心配無用です」
力強く、少し言葉を尖らせながら僕は言った。
「ふむ。その根拠は?」
少し間をおいて、僕は答える。
「僕はですね。神様の事が大っ嫌いだからですよ」
「・・・・・・ほう?」
「嫌いで嫌いで憎くて憎くてしょうがない。神様が全て善良? そんな考え方反吐が出ますね。それが僕が神様に対するたった一つの思い。昔の僕だったらきっと真逆の答えを言うでしょうがね。時間はすべてを変えてしまう、人間も、考え方も、外見も、運命もね」
だから、と続け。
「全ての神様が善良って考えは僕には存在しません。でもあなたはマナには危害を加えないと思いますね。何故かって聞かれると、色々とあるんですが。まぁ、まとめると僕はあなたがそんなに悪い神様には見えません」
「お主の今の言葉は、矛盾している。神を嫌い、憎んでいながら、わしを悪い神には見えない。もう少しマシな嘘をつくんじゃな」
キッと僕を睨めつけて、すぐに顔を僕からそらした。
「じゃが、概ね分かった。それがお主の答えか・・・・・なら、致し方ない」
そう、小さな声で呟き。口を閉ざした。
その瞬間、重力が増した。
いや、どこか静かで重みのある強烈な雰囲気が漂い始めたのだ。
もしかしたら、僕の神様に対する侮辱で怒った?
いや、しかしそんな怒りの沸点が低いとも思えない。いったい次は何を言い出すか、さらに緊張しながら言葉を待つ。
そして。
「お主を殺す」
・・・・・・どうやら沸点は低かったらしい。
ビュンッ!と音が鳴り、その刹那。僕は無意識のうちに、横に身を引いて避けていた。危なかった、当たっていたらきっと胴体と下半身がおさらばだ。
音の正体は考えなくても分かる、マナの持っているあの道具、いや、武器。
軽く振るだけで人の体なんかひとたまりもないだろう。しかもマナの馬鹿力が加わってるから、まさに鬼に金棒を与えた状態。今のマナは軽く人型兵器かもしれない。
「ま、待って下さい!もしかして今の言動でお怒りに!? そりゃあ、あなたの提案を拒否しましたし、あなたの前で神様の暴言を言いましたが。い、いきなりは酷いですよ!」
「ほう? 散々神の事を貶しておいて、今更酷いじゃと? だったらお主は、わしが『今からお主を殺すぞ』と最初に合図しとけば、構わないのかの?」
「えぇ!そんなの詭弁じゃないですか!!」
「なんじゃ? 未練たらしい男は嫌われるんじゃぞ? 諦めてさっさと腹をくくるんじゃな」
腹をくくれって・・・・・。
いきなりの急展開でパニックになりそうなのに、そんなすぐに腹はくくれないよ・・・・。
って、早くこの状況を打破しないと確実にヤバイ。
でもどうやって?
「ほれほれ~。二激目いくぞ~」
ビュンッ!先ほどは真横に水平、今度は上から下への縦一線。今度は意識していたので、余裕を持って避けれた・・・・・・わけでなかった。
あの戦斧の破壊力は、想像するだけで軽く目眩がする。
一発当てられたら、そこで終わりだろう。だがあの戦斧を使う上、リスクも当然も発生する。それは戦斧ゆえの超重量だ。あんな物を振り続けるには、相当の筋力が必要だ。
だからペース配分的に攻撃は一定の速さに制限されるはず。思いっきり振ったとしても、スピードなんてたかが知れてる。
とまぁ、ここまでは普通の人の場合の事だが。なにせあの体はマナだ、これが指す事実は僕の幻想を儚くたたきつぶす。
さきほど、マナの事を軽く人型兵器と称したが、あながち間違えではないかも。なにせあの戦斧のリスクを、全てカバーしてしまっている。小細工なんて必要無い、純粋に、あの馬鹿力だけで十分だ。
一撃目は不意打ちに近かったからか、スピードを遅くしてくれた配慮があったんだろう。だが、今回は違う。先ほどとはまったく比べ物にならない速さで攻撃してきた。
つまり今回の攻撃は意識こそしてたが、結局は避けたと言うより、無様にも適当に転がってなんとか避けれた様なものだ。余裕なんて言葉、この状況下では何の意味も持たない。
「ふむ、お主中々運動神経はあるようじゃが、もっと華麗に避ける努力をせぬか」
「な・・何言ってんですか。華麗に避けるなんて・・・はぁ・・・僕はそこまで凄くないですよ。はぁはぁ・・・そう言えば、思ったんですが」
「うぬ?」
荒れた息を整えてから、僕は言った。
「えっと、何でマナの体じゃダメなんですか? 決してマナの体を渡していいとは思ってませんが、マナの常人ではない運動能力に気づいているでしょう? なのに、何で僕に乗り換えようと?」
「中々いい質問じゃな。確かにこの小娘の運動能力は素晴らしいのぉ。じゃがな、この小娘じゃダメなんじゃ。理由は」
少し言葉を区切って、僕の眼をジッと見つめながら答える
「ーーーーーーーーーーーー」
僕の体が突然斜めに傾き始めた、そしてゆっくりと、僕の体は重力に従い地面に吸い寄せられていく。バタッと体が完全に倒れたころに、やっと僕の脳は状況を確認できた。
理由を口に出しながらそれと同時に、フルパワーの振りが刹那的な速さで僕を斬りつけた。今回は人間の反射のスピードでも追いつく事が出来ない、完全なるスピードだった。
きっとあの恐ろしい早さの二激目でさえ、スピードを遅くしてたんだろうなぁ。そういえば、結局理由も聞こえなかったなぁ・・・・。斬られたにも関わらず、そんな事を僕は考えていた。
最初は切られた箇所はどこかわからなかったが、少し遅れてやって来た鋭い痛みで、どこを斬られたかすぐ理解できた。
脇腹がとても熱い、高温の鉄を思いっきり押しつけられたような恐ろしい熱さ。血がドクドクと体の外へと流れていく感覚がする。
マナの方へ顔を向けると、血の付着した戦斧を持ちながら僕の事を見下している。その表情はどこか悲しげで寂しげな表情だった。
何でそんな顔をするんだろう。
そんな顔で僕を見ないでくれ。
僕は、マナの顔を見つめながら。
あの日以来。数十年ぶりに神様に向かって微笑んでみせた。