第十一話:機械奇人
今日は珍しくお客様が見えられた。随分と久しぶりの来客だ。私が再起動し実に七百四十九日と十四時間三十二秒ぶりだ。
一人は白髪の若い男性。大人びた表情をしているが、どこか少年さが抜けていない顔だ。白く足もとまでつきそうな長いコートを羽織ってり、胸の辺りには金の刺繍で何かの紋章が縫われている。首には銀で出来た十字架の首飾りがかかっている。
もう一人は女性。長細く髪の毛先まで美しく、プラチナのような輝きを放っている。顔は小さく瞳は大きく、瞳孔は鋭く少し猫に似ている。白いドレスのような物を着ているのだが、フリルなどの一切の装飾が無く、胸の真ん中に大きなリボンが付いている小ざっぱりとした服だ。しかし、その服が彼女の魅力をより引き出させている。
お二人には談話室でお待ちになってもらっている。その間私は一階の調理室で紅茶を淹れるため、階段を静かに下っている。どうゆう訳か、階段を一歩踏みしめる度にギィと音がする。それだけではない。
周りを見れば壁や床は老朽化してボロボロで、調度品は好き放題に蜘蛛の巣が張り巡らされ、所々埃だらけだ。
一体自分は何をやっていたんだ。どうしてこんなに館内が汚れ、崩れているのか。自分が掃除を怠るなど今までにない。まさかさぼったわけではないだろうか? だが、どうにも最近の記憶が思い出せない。
しかし、現在の第一目標は来客者に紅茶を運ぶ事。きっと彼らも博士を訪ねてきた偉い方なんだろう。
なら、博士にお伝えしなければ。……しかし博士はどちらにおられるのだろう?
*
「お待たせいたしました」
応接室に入ると二人がこちらを見た。二人とも一瞬私と目線を合わせると慌てて違う方を向いた。私は彼らと向かい合う形でソファーに座った。ソファーも埃をかぶっていたが、お客様の手前で払うわけにもいかないので、構わず座る。
そういえば今着ているもボロボロだ。いつの間に古着に着替えたのだろうか? まあ丁度よかったと考えておこう。
「手ぶらで参って誠に申し訳ないのですが、現在管理していた紅茶の葉が全て駄目になっており、珈琲も検討したのですが生憎扱っていなかったので…」
台所も他の部屋同様荒れており、いつもの場所に管理していた茶葉は腐っていた。ティーカップも割れている物や欠けている物、どれもこれも使い物にならなかった。
「…いえ、どうもお構いなく。僕たちもあまり喉は乾いていなので」
「それともう一つ。大変申しにくいのですが、博士は現在外出中でして…ご用件があるのなら私が言伝を請け負いますが」
「博士、とは?」
男性の方がきょとんとした顔をした。
「? 博士に御用がある技術省の方ではないんですか? ならあなたたちはどんな御用で?」
「えっと、僕はクリードの牧師を務めてまして隣の彼女は付添いの従者です。要件は……」
「アルトで怪事件が起きておる、それについての事情聴取じゃ」
ずっと黙っていた従者の女性が口を開いた。何故か彼女は私の顔を見ず私の右手をじっと見ている。
「左様ですか? 私はそのような事が起こっているとは、まったく存じ上げていませんでした。それでは、何故他の町のあなた方がここへ?」
牧師の方がおずおずと言った。
「アルトの警備兵の方たちに頼まれたからです。少しでも人員を裂くと被害が食い止められない…とかで」
まるで慌てて話を合わせた様な口ぶりだった。どうも引っかかるが、博士に用が無いのなら私の方で対処して早急にお帰り願いたいところだ。一秒でも早く、あの忌々しい汚れを館から除去しなければならない。
「…分かりました。では、何から話しましょう」
「じゃあまずは、あなたのお名前を窺っていいですか?」
「私ですか? 私の名前は…」
そこでピタッと思考が止まった。名前、私の名前は…?
頭に靄がかかってうまく思い出せない。博士の事ならどんな事でも分かるのに、自分の事について考えると、そこで頭の中がおかしくなる。
「どうかしましたか?」
牧師の方が心配そうな様子で話しかけてきたが、従者の方は毅然と険しい表情で私を見てくる。すると、彼女は静かに訊いてきた。
「お主とその博士とやらの関係は?」
「…私と…博士の関係?」
私は無意識に彼女の言葉を反芻していた。その瞬間ピッ、と頭の中で音がした。
無意識に自然と口が開く。
「私は博士の…娘…創られた…娘」
「創られた?」
牧師の方が不思議そうに訊いてくる。
一体どういう事か、次第に頭の靄が晴れてきた。彼女の言葉を聞いた途端に積もった雪が溶けるように、記憶が目覚めていく。そうだ、私の名前は―
「―私の名前は、マイ=アトラス。リガイル=アトラス博士によって創られた最初の機械奇人。マイ=アトラス零型です」
更新遅れて大変申し訳ないです。
非常に短いですが、ご了承願います。