第八話:隊長と牧師
「この事件について、どこまで知ってます?」
「最初の被害者が二人の子供と、発見者が『木漏れ日の風』のご主人だった。手口はこの世とは思えない不可解なやり方。という所までです」
「分かりました。ではお話しましょう」
ミールアさんは一呼吸開け、ゆっくりと語り出す。周りの兵士たちもそれを静かに聞き入る。顔は苦しそうだった。
「次に事件が起きたのは事件から二日後、被害者は町の南門を入ってすぐ目の前にあるパン屋の奥さん、バーバラさんです。ここに来る途中通ったはずです。犯行は最初の件と同じ、顔にある物全てが無くなっており、呼吸も食事も出来ないはずが今現在も自室のベッドで横になっています。犯行時刻は晩の九時過ぎ、友達の家から帰宅する途中での出来事です」
「・・・・・・バーバラさんはとても優しく、いつも笑顔で太陽のような方でした。あそこの旦那さんが作るパンも美味しくて、町では有名な夫婦でした・・・・・・」
涙ながらネルさんが補足した。
「しかし、どうしてバーバラさんはそのような時間になってまでも、家へと帰宅したかったんでしょうか。まさか最初の事件の事を知らない、何て事はないはずでしょう?」
僕は不思議に思った事を率直に訊く。すぐさまミールアさんが答える。
「その友人の証言を元に要約しますと。その日、バーバラ奥さんがこの友人宅にパンを届けに来たのが発端でした。友人との世間話が、少しだけのはずが夜まで長引いてしまったらしく、友人は泊まらせていけばいいと考えていたのですが、バーバラ奥さんは友人の制止も軽く流して帰宅してしまったんです」
よっぽど愛する旦那さんの元へ帰りたかったんでしょうな。とミールアさんが付け加える。
「次に襲われたのは北の門に近くに住んでいる、ケビンさんという方です。バーバラ奥さんが襲われた次の日の事でした。犯行手口は前に二件と同じで、現在は診療所で入院しています。犯行時刻は夜の〇時過ぎ、現場は自宅で窓を割り侵入。特に荒らされた形跡はなく、就寝中に襲われた模様です」
「近所にケビンさんの聞き込みをすると、一人暮らしのお爺さんなんですが、明るくとても前向きな人だったらしいです。よく近所の子供たちに昔流行った遊びを教えたり昔話をしてくれる楽しい人、という評判の良い方です」
ネルさんがすぐに補足する。
「ふむ。犯行が荒っぽくなったの」
シロさんが静かに唸る。理不尽な謎の犯人に、怒っているのだろうか。
「そうですね。三人も被害者がでますと、流石に住民は誰も夜に出歩く事はしなくなりました。まだ太陽が昇った時間に活動する人はいましたが、最近では滅多なことでは外に出るのをやめました」
そっか、だから来る途中誰も外にいなかったのか。少し合点がいった。
「俺達も毎日朝から晩まで交代で見回りをしているんですが、この目で犯人の姿さえ見た事がありません」
今度はミールアさんが静かに唸った。
「目撃情報もとても少なく信憑性に欠けていて、この情報を住民たちに流すかどうかまだ決めかねているんです」
「それ、聞かせてもらえませんか?」
「ですが・・・・・・・・・」
ミールアさんが渋ると、後ろからガルビンさんが声をかけた。
「俺は勝負に負けたんだ。牧師さんに聞かせてやってくれ」
思いがけない言葉に内心驚きつつ、それを聞いたミールアさんは渋々答える。
「本当に荒唐無稽の情報ですから、あまり鵜呑みにしないで下さいよ? 情報を二つ、一つは犯人は地面から家の屋根へと飛び乗れるほどの跳躍力の持ち主で、飛び乗る際謎の金属が軋む音が聞こえたそうです。二つ目は―」
少し間を開け。
「何と女性らしいです」
「え?」
無意識に驚嘆の声が出た。犯人が女性?
「周りは暗く犯人の曖昧な形でしか目視出来なかったそうですが、胸があり髪はやや長めで、体格は中柄の女性、だそうです」
とりあえず聞いてみたが、本当に荒唐無稽の話だった。何も知らない人が聞けば、の話だが。少なくとも、僕たちにとっては大きな収穫になった。
「っと、この話はあくまでもご内密にお願いしますよ。これ以上おかしな情報を流せば、住民たちが混乱してしまいますからね」
きつく念を押し、ミーネルさんは疲れた表情で椅子にドカッと座った。ふと気がつくと、部屋の中には僕とシロさん、ミーネルさんとネルさん、そしてガルビンさんだけになっていた。他の二人の兵士がいなくなっている。
「どうしました? あぁ、時間がきたのでマミアスとルマの二人は見回りに行きましたよ。ここの三階へ上がると、そのまま町を囲む城壁の上へ繋がってるんです」
まあ所詮アルトの城壁なんて素材は木なので、火でも投げ込まれればそれで終わりなんですがね。とミーネルさんは苦笑交じりに言う。
「しっかし、牧師様の怪力に驚きましたよー。まさか本当にあのガルビンに勝っちまうなんて、これも信仰の賜物なんですかね?」
ははは、と笑いながらミーネルさんは不思議な物を見る目で僕の腕を見つめる。
「本当ですよ。最初ガルビンさんに勝負を挑んだ時は、僕失神しちゃうところでした」
苦笑しつつネルさんも僕の腕をジッーと見つめる。
「お前なら、隊長と渡り合えるかもな」
と、当の本人のガルビンさんも僕の腕を穴を開ける勢いで見つめる。
い、居心地悪い・・・・・。
「そーじゃろそーじゃろ? ふふん。主らも精々精進するんじゃな」
シロさんが自信満々に誇らしく言う。確かに全部シロさんの力なんだが、傍から見たら、何で君が誇らしげなんだ? と言う風に思ってしまう。
シ、シロさん気がついて。他の三人が目をパチパチさせてますよ!
「ま、まあとにかく俺達が知っている情報はこれくらいです。牧師様の強さは分かりましたが、どうか無茶はしないようお願いしますよ。これ以上被害者は出したくありませんからね」
半笑いだった顔を引き締め、ミーネルさんは僕たちの行動に釘を刺す。
「くれぐれも肝に銘じておきます。ですがあまり心配なさらぬっくても大丈夫ですよ、何せ僕には―」
「神が憑いてますから」
隣に立っている白い神がニヤッと笑った。
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ガチャリと扉が閉まり、二人は行ってしまった。途端に部屋の中が広くなった気がする。
しかし、まったく不可思議な二人だったな。突然怪奇な事件が起こったり、いきなり訪ねてきた隣町の牧師と従者のシスター。まったくもって不可思議な流れだ。それにあの馬鹿げた怪力だ。聖職者と言うのは、みなああなのだろうか?
「どっちが怪物なんだろうな」
つい独り言が漏れる。
「え?」
ネルがきょとんとした表情で聞き返してくれるが、俺はそれを無視して後ろを振り返る。そこには一人の男が立っていた。
俺たちの隊長だった。
俺達が着ている軟弱な皮のハードレザー何かとは比べ物にならない、銀で出来た形の良い鎧。あの流形状で、体にピッタリと合っている鎧を見る度に俺は心が引き締まる。腰には銀のロングソードが一本、鞘は無く、無駄な飾りっ気は一切なく、まさに斬るための代物だ。
額には一文字の傷跡があり、それが隊長の威風さを大きく誇張させる。瞳は三白眼で、鋭い眼差しで前を見据えている。聞いた所によると睨んでいるんではなく、ただ目つきが悪いだけだと嘆いていた。
「あ、隊長」
「隊長」
ネルとガルビンが言い、敬礼しながら背筋をぴんと伸ばす。
隊長の目と俺の目が合い、隊長は軽く口を開く。
「あの二人、行ったのか?」
いつ聞いてもまったく慣れない、体の芯に響く強い声だ。
「はい。丁度今行ってしまいました。何か御用なら、引き止めて来ましょうか?」
俺も背筋を伸ばし、隊長の目を中心に見ながら答える。
「いや、いい」
隊長はポツリと言い、長椅子の端に腰かけた。ガチャガチャと着ている鎧が鳴く。
「おかしな二人組だったな」
「えっ。そう言われればそうでしたね・・・・・・・ん? ところで何で隣町の牧師様がアルトに来てるんでしょうね? ここには教会も建ってないし、巡礼の帰りに訪れたんでしょうか」
ネルが不思議そうに首を傾げる。それは俺もあの二人が来た時から思っていた。
「この町に来た理由はどうあれ、何故牧師がこの事件に首を突っ込んできたのか」
「それは先程伝えた通りだと思いますが?」
「巡礼でよく各地を回っているからこの様な類の事件には慣れている、だったか。それがどこまで本当か」
隊長は噛みしめるように呟く。ネルはそんな隊長の態度を見て、さらに首を傾げる。
「隊長はずっと見ていたんですか?」
俺が先程から疑問に思っていた事を聞く。
「いや、ガルビンと勝負をする所からだ・・・・・・・・ガルビン、あの牧師の力どうだった」
突如話を振られ、少しどぎまぎしながらもガルビンは答える。
「はい。とっとと勝負を決めようと最初から全開で倒したんですが、牧師さんの手はまったく動きませんでした。数秒後、牧師さんは気がついたように手に力を込めてきて、俺は抵抗したんですがまったくの無駄の足掻きでした」
俺はあの時の勝負を思い出す。そう言われればそうだ。どうしてあの牧師様は最初から力を込めなかったのだろうか? 余裕の表れだったのだろうか? もしかすると牧師様は、あの時初めて自分の力の強さに気がついた? いや、考えすぎだ。
「ふむ」
隊長が一言だけ漏らし、しばらく部屋の中に沈黙が流れる。
「それに、あの従者。気になるな」
口火を切ったのは隊長で、独り言のような言い方だった。
「あのシスター様ですか?」
ネルが言う。
「俺は、あの牧師よりも白毛の従者の方が気になる」
隊長はあの二人が出て行った扉を見ながら言った。
「そうですか? そりゃ確かに驚くほど綺麗な方でしたけど・・・・・・・・あ、もしや隊長?」
悪戯っぽくネルは口を上に引き上げ、隊長は少し口をほころばせ立ちあがった。
「さあ無駄話は終わりだ。すぐ仕事に戻れ」
そう言い残し、隊長は再び二階の自室へ行ってしまった。
「・・・・・・・・俺、隊長が笑う所初めて見ました」
ネルは、楽しみに仕掛けた悪戯が不発で失敗した子供のように、呆然としながら隊長の背中が見えなくなってから言った。
「あぁ、俺もだ」
確かに俺も、あの二人の事は気がかりだ。
しかし、隊長。俺は、それ以上に何故あんたのような人が、この小さな町の警備兵長なんか細々務めているのかの方が、ずっと気がかりなんですよ。
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とりあえず僕たちは、歩いて町を一周する事にした。数十メートル以上ある木造の塀が町を囲んでおり、入口は北門と南門の二つだ。僕たちが来た道は南門に繋がっている。道中住民に逢えれば何か話を聞こうかと思ったのだが、結局疲れて宿に戻るまで誰ひとりとして出会えなかった。
そう言えば朝も昼もまだだったなぁ・・・・・・・。
グーグー、とお腹の中から不協和音が聞こえる。胸に仕舞ってある懐中時計を取り出し時刻を確認すると、時刻は三時を回りおやつ時というやつだった。
現在僕たちは、宿の客が寛ぐロビーの椅子に腰かけ机に突っ伏している。シロさんは一人で考え事をしたいらしく、他人から見えないマナーモード状態で隣の椅子に腰かけている。座る意味は無いんだけどね。
それはさておき、今僕はかなり困っている。どんな生物も絶対に感じる抑えきれない欲求。つまりお腹が空いたんだ。
食事を摂ろうにもどこの店も閉まっており、買い物すらままならない。一体全体、この町の住民はどうしているのだろうか? これでは兵糧攻めである。
「お客様、お口に合うかは分かりませんが、どうぞこれを」
突然顔の横から主人の声がし、視界にパスタの料理が現れた。
「こ、これは?」
「お昼ごはんに作った簡単なパスタなんですが、少し残ってしまいまして」
ご主人は優しい笑顔で答え、お茶の入った木で出来たコップとフォークを机に置く。湯気こそたってはないが、まだ微妙に温かさそうだ。キノコと野菜を茹でたパスタと一緒に炒めた、といったところだろうか。美味しそうな匂いと、空腹も手伝い胃が痙攣を起こす。
「どうぞ」
僕のギラギラとした視線に気がついたのか、ご主人が食事の合図を送ってくれて、僕は挨拶もなしにフォークを手に取り、凄い勢いでパスタを喰らう。
「そう言えば、お客様のお連れのお譲様はどちらに?」
「もぐ、んぐ・・・・・・・・・えっと、一人で町を見回りたいと言ってましたんで、まだ外にいるかと思います」
僕は適当に事情を話す。本当はご主人の目の前にいるんですがね。口には出さないが。
「左様でしたか、しかし心配ですね。今のこの町で女性一人で出歩くなんて」
そう言って、ご主人は心配そうな顔のままカウンターへと戻って行った。
僕は自分の欲求を満たすためさらにペースを速めた。何度か喉に詰まりそうになったものの順調に空腹を解消していく。
お腹の底に溜まっていく食べ物と不安と疑心。出来る事なら一緒に消化してほしいところだが、僕の胃はそこまで便利ではない。
「・・・・・・聞き込みに行くしかないかなぁ」
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暗い空を見上げる。
数えきれない星たちの光が瞬き、月の月光が朧に目に映る。
正面を向く。遠くで人が男女が二人歩いている。女性は笑っており、男性は怒っている顔をしている。
「え・・・・・・・お」
無意識のうちに私は呟いた。体が自然に動き出す。
脳裏に謎の物体が浮かび上がる。あそこで見た、顔のない顔をしている人たちだ。子供2人と女性一人と男性一人。この記憶はどこからきているのか、私にはわからなかった。徐々に歩くスピードが上がる。
右手が勝手に顔の前に持ち上がる。右手には手の形が見えないくらいの濃い靄のようなものが覆っており、不思議な感覚だ。どうして自分の右手がこうなってるかも分からない、ただ頭の中から沸き起こる感情に促さられるまま体は動く。
あの笑顔の女性の元へと。