第三話:あの日から
事件が起きた最悪のあの日から、はや三日が経とうとしている。
僕たちクリード支部ネリウス教会のみんなは、町長のご厚意により新しい教会が建つまでの間、町の議会所で暮す事になった。
シスター達も最初は困惑していたが、己の役分担などをシスター長のレナス=アグナーの完璧な指示によって振り分けられ、今では少しづつ落ち着いて自分の役務を果たしている。
ここにきて、さらに彼女の大切さが身に染みた。
「-----------異常が、現在のシスター達の状態です」
「そうですか、思ったよりも早く落ち着きを取り戻して安心しました。ご苦労様です、シスターレナス。あなたがいて、本当に助かりました」
「い、いえそんな!私何かにクロド様のお褒めの言葉などもったいない!私は私の職務を果たしただけでして」
顔を赤らめ、レナスはあたふたと答えた。いつも冷静な彼女からこんな反応が返ってくると、とても新鮮だ。
「そ、それでは私はシスター達の様子を見て来ますので!し、失礼します!」
そう言って、レナスは真っ赤な顔のまま走って議会室を出て行った。
「・・・・・・・熱かったのかな?」
「あほか」
ぽかっと。実体化した右手で、シロさんに頭を軽く殴られた。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「汝の罪の告白により、神ネリウスは汝の罪を許して下さるでしょう」
「ありがとうございます・・・・・クロド牧師様・・・・・・ネリウス様・・・・」
ここは議会所の入り口から左に突き当たる、小さな一室。議会所は現在、燃えて無くなってしまった教会の変わりも務めている。そしてこの小さな一室は、懺悔室として使っているのだ。
本来の懺悔室は懺悔に来た町民と、懺悔を聞く牧師とを隔てる壁があるのだが、勿論議会所にそんな物はないので一番小さなこの一室を借りている。二人きりになるためだ。
バタン。懺悔に来た一人の女性が部屋から出て行った。
「ふ~。久々のこの仕事は疲れるなぁ」
職務怠慢とも聞こえる、この言葉だが、この発言から分かるように僕はあまりこの仕事をしない。レナスが肩代わりしてくれるから。職務放棄とも言えるだろうが、僕もレナスも住民も今の状態で不満はないらしいので、ついついさぼりがちになってしまう。表面上では、忙しくて手があかなかった時の、僕の代役って事になっている。
ちなみにシロさんは、他の人からは見えないマナーモードの状態で。懺悔に来た人の告白を聞いては、ニヤニヤとしながら一人楽しそうだった。
『まったく、本当に人とは面白き者よのぉ。なぜにして、お主に罪を告白すれば神に許されると申すのじゃ? 一度犯した罪が無くなるなどとぬかす方が、罪人じゃないのかの?』
心の中にシロさんが直接話しかけてくる。
『そうは言われても、僕は聖職者なんで何とも言えませんが・・・・。やっぱり誰かに自分の過ちを告白する事によって、少しでも負担を和らぎたいのが本音かもしれませんね。勿論、本気で犯した罪を償いたいと思う人もいますが』
『ふむ。そーゆー解釈の仕方なら、わしにも理解しうるの。まぁ、戦の神たるわしには関係ないがの』
そう言ってシロさんはクツクツと笑う。
『関係ない・・・・・。と言うと、ではどの神に告白すればいいんですか?』
『んぁ? そんなもの知らぬ。わしは自分の知りたい事だけを知り、知りたくないものは何も知らん。そんなもの気にせんで、お主たちが崇拝している、そのネリウスとか言う神でいいじゃろ』
『まぁ、そうなんですが。って、シロさんネリウス神を知らないんですか!?』
『知らーん知らーん、まったく知らーん』
半分おどけながら、シロさんはへらへらとした口調で言った。
本当、何だこの神様は・・・・・・・・。
神とは思えぬお茶らけた姿に、僕は呆れかえっていた。
例え仕える神が違くてもレナスや他のシスター達が、こんな神様を見たら己の築き上げた信条に亀裂が入る事だろう。レナスなんか卒倒するかもしれない。
『そんな事より主よ。一つ大事な事を忘れておらぬか? とゆうより、忘れておるな』
キリっとした顔で、いきなりシロさんは質問してきた。
『大事な事・・・・・? うーん・・・・』
『こりゃ』
謎の掛け声と共に、実体化した右手で頭を小突かれた。
『ダンクネスが消える間際に言ったあの言葉じゃ。よもや、それすらも忘れたとは言わぬよな?』
ダンクネスさんが言った言葉・・・・?
『ん・・・あ~あ~あ~。すみません、教会の事で頭が一杯でして。え~え~え~、はいはい。勿論覚えてますよ?』
『・・・・・・・まぁよい。して、わしの本来の目的も覚えておろう。じゃから、なるべく早く行動を開始したいのじゃが』
ダンクネスさんが、消える間際に僕たちに残した言葉。
「『運命の神アスナ』を探して下さい」
そして、シロさんの元来の目的。自分を殺した相手を探す、だ。
『しかしですね、僕の属するこの町の教会がああなってしまった以上、容易にこの町から出る事はできませんし・・・・・』
『お主は神の言う事が聞けぬと申すのか? 牧師でありながら? 聖職者のはしくれが?』
『い、いや。ですが僕が仕えているのは、ネリウ』
『きーけーぬーのーかぁー?』
僕の言葉を遮り、不満たっぷりの顔を僕に近づけながらシロさんは言う。
『なるべく善処してみます・・・・・』
『うぬ。それでこそ神に仕える者じゃ。頼りにしとるからのぉ』
結局僕はシロさんに言い寄られ、近いうちにクリードを出発する事にしてしまった。
あぁ・・・・・僕はなんて甲斐性なしなんだ。
一人で頭を垂れていると、ガチャッと音を鳴らし懺悔室の扉が開かれた。
そこには、歳にしてまだまだ若い20歳くらいの女性が立っていた。
僕は軽く会釈し、彼女に顔で椅子に座るよう促す。
「失礼します・・・・・・・クロド牧師様、どうか私の罪を御聞き下さい」
苦虫を潰したような、苦い表情で女性は告白する。
「私はとても実現出来ないようなお願いを友人から言い寄られ、つい出来ると嘘をついてしまいました・・・・・きっとこれは私の心が未熟で、つい嘘をついてしまい-----------------」
あぁ・・・・君の気持ち物凄く分かるや・・・・・・。
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シロさんの話によれば、運命の神アスナは『メルネンテス』とゆう街にいると言う。
しかし、シロさんが生きていた時代は相当昔、推定300年前という膨大な時間が経ったてしまった昔らしいのだ。つまり、現代にそのような街の名前を僕は聞いた事はなく、当然無くなっていても不思議ではない。
あの日から、四日目の朝。僕は約束通りクリードにある町立図書館で、過去の滅びてしまった街についての本を一通り読んではみた。だが、有力な手掛かりは満足に得られなかった。
少し思い出したシロさんの証言により、分かった事はその街の気候はずっと寒く、天候が安定していない地方だった。
「となると・・・・・北の地方だよなぁ。人が暮らす地図にも載ってる場所と言えば『エルナス村』『ケニッシュ村』と、あとは『風の生まれ故郷アルト』と『芸術の開拓地ミミア』と呼ばれる町が二つ。あと奇学の街『ギルントス』と呼ばれる有名な街があって。後は最北一有名な『ミッドハイド王国』だったかな」
「まったく聞き覚えのない名ばかりじゃ。それに”おうこく”ってなんじゃー?」
シロさんが眉を細めて、僕に訊いてくる。
「王国と言うのは、王、つまりその街一番の権力を持つ貴族や豪族が統治する街の事です。その街の代表者を王様と言い、街ではなく国と呼ぶんです」
「・・・・・・よぉ分からんが、随分と時代は複雑になったんじゃな」
シロさんの理解力が意外に低い事には構わず、僕はそのまま続ける。
「王国まで行く、とまでは断言できませんが。とにかく寒い地方と言うと、今挙げた名前のとこに行けば、少しは有力な情報があると思いますよ」
「だったら話は簡単じゃな、即刻荷物まとめて出発じゃ」
「い、いやですから・・・・・僕はまだこの町を離れるわけには・・・」
現在は事件から四日目の夜で、僕に用意された少し広めの部屋でくつろいでいたとこだ。ちなみに僕の家は勿論他のシスター達と一緒で、教会にあったわけで、実を言うと危うく僕も路頭に迷うとこだった。
資金面は、この前説明したと思うが、ネリウス教はお金持ちなので定期的に教会本部から街町の教会支部に、お金が支給されるとゆう風変わりな制度だ。昨日、本部の使者が毎月のお金を渡しに来たので、渡しついでに教会の出来事も本部に報告してくれるよう伝えたとこだ。だから、全て燃えて無くなってしまったが、何とかシスター達や僕はお金だけは困らずに済んだ。次の支給は通常の倍をくれるそうだ。
いくら神を信じようと、お金が無ければ生きる事すらままならない。
正直、ダンバートンでのマナの食事代やその他もろもろ(特に話してないが、裏で実は色々買っていた)が僕の財布を着実に死へと追い込んでいて、とても助かった。
話を戻すが、僕は今一体どうやってこの町から出ようかと、非常に難しい問題に直面していた。
状況が状況だけに、僕だってこの町の教会の代表としてレナスやシスター達を置いて、この場から離れたくない。当分はこのままクリードで過ごし、もう少し問題が縮小化してからのが一番だ。
恐らく僕の願いで、レナスにこの場を託すと言ったらきっとレナスは嫌な顔せず『了解しました、クロド様』と嫌な顔せず言うのは容易に想像できた。だからこそ、僕はこの場をレナス一人に託したくなかった。
教会が燃え、シスター達や人々が必死に手を合わせ祈っていた、あの地獄のような光景が目によみがえる。いつもの冷静なレナスは、その面影をまったく残さずして、一人の女性として恐怖を抱き、泣きそうな顔をしていた。
あんな顔を見てしまった以上、いつもみたいに彼女だけに頼るのは、到底僕には出来なかった。
しかし妙案も見つからず、五日、六日、七日、と時間だけが進んでいく。
八日目の朝になり、事件が起きて早くも今日で一週間が経った。町の人々やシスター達も十分に落ち着きを取り戻し、消えかけていた笑顔も次第に見せるようになった。
「おはようございます、クロド様」
「おはようございます」
「おはようございます」
レナスと二人のシスターに朝の挨拶を受け、僕はようやく取り戻しつつある日常に浸っていた。
「おはようございます、シスターレナス、シスターミネ、シスターオル。清々しい、いい朝ですね」
僕は今起床したばかりなので半分眠気眼になっていて、鏡を見なければ規模は分からないが所々髪の毛が立っているのが感覚で分かる。少々お見苦しい姿だが、彼女達はそれをまったく気にするそぶりは見せない。まぁ、家族同然の付き合いを数年も一緒に過ごせば、それくらいの関係は築けるものだ。
僕やシスター達の朝は早い。聖職者の決まりとして、早朝に起床するのは当たり前。朝のお祈りや、ミサなど色々とする事があるため、僕たちは結構多忙なのである。
レナスと二人のシスターは、僕よりも早く起きていたのか、服装をきっちりと着こなしている。しかし、よく見てみると黒いシスターの服には、所々焼けた跡のようなものがあり、生地の色と混ざっていてあまり目立たないが、あの日の事件のものものしさを確実に物語っていた。
着替えない理由は簡単で、スペアの服は教会もろとも焼失。決してあの日の戒めとして着ているのではなく、シスター服は直接本部が作ったものでないといけない決まりがあるため、新しい服が支給されるのを待っていなければならない。確か今日届く話だったはず。
「ではクロド様、外で他のシスター達を待たせているので、また午後に」
「はい、今日も頑張って下さいシスターレナス。ですがあまり無理もしないで下さいね」
にっこりと僕が言うと、レナスは『は、はい!で、では失礼します』と大きく返事をしたかと思うと、早歩きで二人のシスターを置いて行ってしまった。心なしか顔が赤くなっていたように見える。
置いてけぼりをくらった二人は、何が面白いのかクスクスと笑いながら、僕の顔を一瞬見て別れの挨拶を告げてレナスの行った方へと小走りで向かった。
「・・・・・・・・やっぱり寝ぐせが変だったかな」
不思議に思いつつ、そう独りごちて僕はレナス達とは反対の方向へと足を向けた。
そして僕の隣には薄らと半透明のまま、空中にプカプカと浮かんでいる白い神様が、グーガーグーガーと寝ている。
恐らく彼女が起きていれば、眠気も一気に飛ぶような一撃が彼の頭に炸裂するはずだったろう。