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憑神  作者: 右下
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第二話:祈る人

目の前に広がる光景は、はたして現実なのか。それすらも理解できないまま僕は地面へと膝を折っていた。


燃えている。激しくて、狂おしくて、神々しい。


灼熱の業火が教会全てを包み込み、バチバチと怒り狂ったように音が炸裂する。


「あ・・・・・あ・・・?」


僕は言葉とは言えないような、嗚咽ともとれる声をあげていた。


「これは、いったい・・・・どうゆう事なんじゃ?」


分からない、分かりっこなかった。


燃えている教会の周りには町の人々と、信者やシスター達が僕と同じく膝をついている。大半は両手を胸の前で組んでブツブツと呟いている。


すると。手を組んで祈っていた一人が僕に気が付き、こちらめがけて走ってくるのが見えた。


「ク、クロド様!」


「シスター・・・・レナス」


それは一人のシスターだった。


服の切れ端が少し焦げていて、いつも頭に被っていた黒い頭巾がなく、現状の残酷さを表していた。



名前はレナス=アグナー。ネリウス教会、クリード支部のシスター長で、とても優れている女性だ。


日々の朝昼晩のお祈りを欠かさないのは勿論、教会の秩序や制度にも徹底とした日々を送る女性だ。町の人々の苦悩や懺悔を親身に聞き(本当は僕の仕事なんだが)数十人いるシスター達を束ねる率先力にも長けていて、町にいる全てのシスターから尊敬の眼差しで見られている。まさにシスターの鏡である。


さらには、その清楚な顔立ちと放漫な肉体も拍車をかけているのか、この町での彼女の評価は凄まじい事になっている。


精神的にも、肉体的にも、彼女は出来た人だと僕は常日頃思っている。


しかし、何時も冷静さを忘れない彼女であってさえも、この状況下では親とはぐれた子供のように落ち着きを失っていた。


「い、いきなり教会が燃えてしまい!みんなで鎮火しようとしたんですが!でも、火の勢いが強くて!」


「シスターレナス、落ち着いて下さい」


僕の言葉を聞き、レナスはゆっくりと動悸を沈めようとする。


よほど混乱していたのだろうか、顔中にはダラダラと汗が流れ、髪の毛が淫らに顔にくっついていて、呼吸も落ち着きなく繰り返される。


「ゆっくりと、落ち着いて、要点だけでいいので言って下さい」


不思議と僕は落ち着きを取り戻していた。


いきなりの事態で膝こそついてしまったが、急に僕の心は冷静になった。だが、逆にその冷静さが僕は怖かった。しかし今の状態を利用するのが得策と言えるだろう。


そんな僕の毅然とした発言聞いて、段々と落ち着きを取り戻したレナスは、静かに喋り出した。


惨憺たる光景について。


「実は------------------------------」


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


突然。


そう、本当に突然に火の手があがったそうだ。


教会の懺悔室が出火元で、ものの数分で部屋を丸ごと飲み込む程の炎になったという。


炎は懺悔室を数分で喰いつくし、隣の部屋へ、そのまた数分でまた別の部屋へ・・・・・・もはや手の施しようのないほどの圧倒的スピードで、教会を飲み込んだ。


何故火の手が上がったのか、一体誰が火を点けたのか、それとも自然発火なのか。何だに分からないまま。



今は住民たちの必死の消火活動により、教会の火は何とか鎮火したものの、教会の白く壮麗だった壁は黒く煤まみれ、町一番の高さがあった柱はバラバラの長さで砕け落ち、屋根の上にあった十字架のシンボルは、屋根が崩れて内部の教壇へと落ちていた。


残酷すぎる元教会の姿に、みな悲観な視線を投げかける。


この町のシンボルとも言える教会が全焼したのは、この町にとって大きな打撃になるだろう。


「これから・・・・どうすればいいでしょうか? クロド様・・・・・」


レナスが弱弱しい言葉を放つ。


僕だってどうしたらいいのか分からない。


「まずは・・・・・死傷者の確認と手当ですね。建物は燃えて消えてしまっても、また建てる事が出来ます。しかし、命に替えはききません」


「は、はい。了解しました」


そう言ってレナスは、遠くに集まっているシスター達の方へと走って行った。


とりあえず状況確認は彼女に任せて、僕はこれから町長のとこへ行かなければ。


「シロさん、これから町長さんのとこへ行きましょう。火元の原因や犯人捜しよりも先に、信者たちの不安定な心境をどう修正させるか話さないと」


「ふむ。相当滅入っとるようじゃしな」


顔面蒼白の死者のような顔をしている者、目に涙を浮かべ嗚咽を漏らし泣き崩れている者や、失神して気絶している者までいる。


気持ちは分かる。信じ信仰していた神の家が燃えたとあっては、その罰当たりな行為が天罰となって降りかかる可能性。特にシスター達にとっては最悪の惨事だろう。


シスター達の大半は拾われてきた捨て子である。赤ん坊の頃からこの教会と育ち、暮らしてきたのだ。教会はシスター達にとっては故郷とも言える場所、自分の唯一の居場所が無くなってしまった事と同等の出来事なのだ。



僕だってショックだ。


この教会とは10年の付き合いがある。初めて務めた教会で、牧師として任された記念すべき最初の場所。僕にとっても、この教会は家同然の場所だ。


不意に目頭が熱くなり、立ち上がり急ぎ足で歩いて目を冷やす。


近くにいたシスターに町長に会いに行ってくる、とレナスに伝えるよう頼み、この場を後にする。




神聖な場所であろう教会の前からではなく、地獄への入り口と化した惨憺たるこの場所から。


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


町はやはり騒然としていた。


どこもかしこも教会が炎上した話題で持ちきりで、町長の家へと行く途中何度も住民に『大丈夫なんですか?』など色々聞かれたが、急いでいたので適当にかえして足を急いだ。



数分後。


ようやく町長の家が見えてきた。


アーチ状の大きな形の家で、所々装飾が施されている町長の家へとたどり着いた。


ドンドンッ、と扉を二回叩く。ノックとゆうより、殴っているような音だ。


すぐに町長の奥さんが扉を開け、驚きの顔を浮かべ中へと招き入れた。シロさんも一緒に。


町長はリビングの椅子に深くもたれかかる様に座り、どこか苦しそうな表情だった。


「おぉ、戻っていたのかクロド君。何とタイミングのいいことだ。実はな」


「分かっています町長さん。教会の事ですね」


僕は町長の言葉をさえぎり、本題をすぐさま出した。


「うむ・・・・まったく罰当たりな事よ。町の警備隊が総出で犯人を捜索しているが、逮捕は難しいだろう・・・・」


「いえ、それよりも先に住民とシスター達の精神面を配慮をした方がいいです。あのままでは自殺者が出てもおかしくはありません」


町長さんはさらに苦い顔を浮かべ言う。


「そうだな・・・それだけは避けなければな。とりあえずシスター達には当分町の議会所で暮らしてもらおう、あそこなら部屋数も多くて暮らすには妥当だろう。勿論食料の配給もしよう。至急、準備が整い次第に教会の再建設も手筈しよう」


「ありがとうございます町長様。クリード支部ネリウス教会の代表、牧師クロド=ノワの名から最大の感謝と敬意を申し上げます」


「いやいや、クロド君と私の仲ではないか。困った時は助け合う、いかなる助力も厭わんよ」


そう言って町長さんはようやく緩やかな笑顔を見せた。



この人が町長で本当によかった。僕は改めて町長さんの人柄に感謝した。


思ったよりも早くに問題が片付きそうなので、少しだけ僕の心にも余裕が出てきた。


「ふむ。それで気になっていたのだが、そこにいる美しい女性はどなたかな? もしやクロド君の?」


しまった・・・・・すっかり忘れていた。


教会の事で頭が一杯だったので、シロさんについての事はまったく考えていなかった。


どう答えようか僕が必死に言葉をかき集めている時、シロさんが口を開いた。


「御初にお目にかかれてとえも光栄じゃ、噂から町長殿の評判は御聞きしておる。今の迅速かつ聡明な問題解決をするやり取りをこの耳で聞き、噂以上の寛大で良識な方とお見受けした所じゃ。あと、わしの事はシロナとお呼び下され、こやつとはちょっとした用事でつきそっとるだけじゃ」


ペラペラとシロさんの口から、思いも入れないような言葉が次々と出てきた。


この現象にかなり驚いたが、それ以前にシロさんが相手を尊重して丁寧語で話せる事が何よりも驚きだった。


「いやいや、私は町長として町の代表として、いや人間としてやれる事をやっただけですよ。こちらこそお会いできて光栄ですよ、シロナ嬢」


「ふむ。そんな謙遜する事ないのにの、まったく底の見えぬ寛大さを持つ主様じゃ。わしは感服しっぱなしじゃ、のう主?」


「そ、そうだねシロさん」


何だ何だ? どうしてシロさんはこんなにも町長さん褒めちぎっているんだ? まったくシロさんの思惑がつかめない。


「で、では町長さん。シスター達にこの事をすぐに伝えたいので、この辺でおいとまさせていただきます」


「あぁ、そうだね。早く彼女たちを安心させねばね。また何かあったら寄っておくれ」


「はい、わかりました。それでは、ネリウス神の御加護があらん事を」


「また会える日を、町長殿」


「こちらこそ、クロド君とシロナ嬢をネリウス神が常にお守りにならん事を」


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


「ねぇ、シロさん」


「なんじゃ?」


「どうしてあんなに町長さんをよいしょよいしょしたんですか? 確かに素晴らしい人ですが、シロさんが他人をあそこまで褒めるなんて、その、想像出来なくて」


「む、さらっと失礼な事を言う奴じゃ。そんなもの決まっておろう」


一間空けて。


「良き相手には敬意を払う、それは人も神も同じ事じゃ。違うか?」


薄ら笑みを浮かべ、シロさんは堂々と僕に言い放った。


「まぁ、そうですが」


これはどう見ても嘘だ。付き合いこそ短いが、シロさんの大体の性格は把握したつもりだ。確実に腹の中では違う事を考えている。あながち自分の将来への、何かの布石かもしれない。


そんな会話をしつつ、僕たちはあの地獄へと化した教会前へと到着した。


そこには数十分前と同じ光景が広がっていた。怪我人はちらほら確認できるが、あまりたいした怪我でもなさそうだ。


焼けて崩れた教会のすぐそばにレナスとシスター達の姿を発見し、すぐさまレナスの元へと駆け寄る。


「クロド様!」


僕の姿を見つけるなり、レナスは表情を明るめ、まるで僕を神を見るような目でこちらに小走りで近づいてくる。


しかし表面は笑っていても、中身は披露困憊しているのが容易に見て取れた。他のシスター達も同じような感じだが、レナスは特に疲労感が溜まっているようだ。


「お疲れ様シスターレナス。疲れている所を悪いけど、状況説明をお願いするよ」


「い、いえ!そんな!えっと、現在シスター35人中12人が火傷等の軽傷を負い、重傷者、死者はいませんでした。町民の方々にも数人怪我人が出ましたが、特に問題はありません。しかし・・・・」


レナスが途中で言葉を濁す。


「しかし?」


「やはり肉体面よりも、精神面に傷を負った者が多く、中には『ネリウス神様の身元へと行く』と言う者まで現れ、非常に危険な状態に変わりはありません」


やはりそうか・・・・・・。


「分かりました。心に重傷を負った者は僕から話をつけます」


「そう言っていただけると大変助かります、クロド様・・・・・」


「いえ、気にしないで下さい。僕もこの教会の、シスター達の家族ですから」


僕はなるべくレナスを安心させるよう、精一杯の笑みで応える。


そのまま僕はシスター達が集まる方へ顔を向け、大きな声で語りかける。


「シスターの皆さん!よく御聞き下さい!この地獄の業火のような火災から誰ひとり命を落とさなかったのは、常日頃から信仰に勤しんでいる我々に対するネリウス神のご加護のおかげです。もし我らの中に自ら命を絶とうなどと考えている者は、それはネリウス神への冒涜に他なりません!我らの教会が燃え、隼土と化しても、我々はまだこうして生きている!クロド=ノワの名に懸けて、必ずや教会の再復興を約束します!!ですから皆さんも希望を捨ててはいけません!」


クロド様・・・・・クロド様・・・・とシスターの口々から僕の名前が漏れる。目には涙を浮かべ、手を顔に覆いながらも必死に感謝の言葉を言っていた。レナスも僕の隣で、みんなに聞こえないよう涙を堪えて鼻をすする音が聞えた。


不意に、心の中にシロさんが話しかけてきた。


『流石じゃな、お主。ここらでようやく牧師らしい、いや、人間らしい言葉を言えたもんじゃ。面白い弁明じゃった』


クツクツと小さな音をたてながらシロさんは笑った。やはり本物の神から見たこの光景は、愚かしく映るのだろうか?


『茶化さないでくださいシロさん。この町の教会の長として、僕としても必死なんですから』


『ふふ、悪かったのぉ』とシロさん言い、シロさんはシスター達から目を離し、薄ら笑みを浮かべながら空を見上げた。



気を取り直し、さらに僕は続ける。


「町長さんがこの町の議会所を、我々のために貸していただけるようにして下さった!当分はそこが我々の家、いや教会になります!ですからすぐに荷物をまとめ、移動します。皆さん、町長さんに感謝の祈りを捧げましょう!」


そう言い僕は腕を胸の前で組み、片膝をつけて目を閉じる。


レナスや他のシスター達も僕と同じポーズをとり、みな祈りを捧げる。






ただ一人だけ、その場で笑みをこぼし空を見上げている、神を除いて。



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