第十七話:クリードへ
心地い夜風が吹く、春の夜空。
夜空に星が煌めき始めた時に、僕達3人はマナの住む村デルへと着いた。
「ふー、到着」
「お腹空いたー!」
「懐かしいのぉ」
それぞれバラバラの事を言い、僕たちは村の入り口に跨いで置いてある、アーチ状の看板を潜り村に入った。
そのまま直接マナの家へと向かい、今日はマナの家に厄介する事にした。
話が色々と大変になりそうなので、シロさんには消えてもらい、現在はリビングにある椅子に腰かけている。
『ふむ。またお主たちの飯を喰う所を、ただただ見ているのか』
むすっとしながら、シロさんは喋った。
『すみません・・・。それにシロさん、完全な体がないからどうせ食べれないじゃないですか』
その言葉がカチンと来たのか、凄い表情で僕に迫る。
『言わずとも知っとるわ!ふん!体が戻った暁には、お主のお金が底をつくまで喰ってやるからの!』
『そ、それは簡便を・・・・』
こんな風に心の内でシロさんと会話していると、二階へあがる階段から足音が聞えて来た。
足音の主はマナで、どうやら着替え終わったようだ。
「おかあさーん、ご飯まだ~? 早くしないとマナちゃん、粉塵爆破しちゃうよ~」
いきなりの爆破テロ発言をしだしたマナだが、もうマナのこの様な言動には慣れているので、特には突っ込まず料理をしているマナのお母さんの方へ顔を向ける。
「はいはいー。もう出来るからお料理テーブルに持っていってちょうだい~」
マナは言われた通り、出来あがった料理をキッチンからリビングの机へと持ち運ぶ。
僕もお腹が空いていたので、お手伝いすることにした。
シロさんはそのままリビングに待機し、僕たちが運んできた料理に目を奪われていた。
『いつか喰いにきてやるっ』
白い神様はそう独りごちて、料理から目をそらした。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「ふ~、何とか食べれた~」
今日はちゃんと心の準備もしていたので、何とかマナから僕の分の料理を死守する事が出来た。
「あの魚の煮漬け、卵とじ・・・・・」
シロさんは晩御飯に出てきた料理を思い出しているのか、さっきからブツブツと晩御飯に出てきた物を反芻している。
「体の一部が戻るようになっても、まだまだ不便じゃな・・・・・」
そう、シロさんはシュカさんから貰った魔力により、体の極一部だけを実体化させる事が出来るようになったものの、まだまだ出来る事に限りがある。
現に、現在シロさんを悩ますご飯問題も、その出来る範疇に大きく飛び出している。
例え片手を実体化させて、スプーンを握れるようになったとしても、口は実体化されていないので食べ物は食べられない。
例え口を実体化させて、汚いが、口を直接食べ物に押し当てても、胃や体の臓器が実体化されていないので、そのまま地面へと落ちてしまう。
つまり、現在出来る事は、精々一人でドアを開ける事や、手を握ったり物に触れたりする事だけだ。
「後は、お主を殴る事も出来るぞ?」
ポカッと後ろからシロさんに殴られた。
「勝手に人の考えを読まないでください」
「いいではないか、牧師が神に殴られるなんて人類初じゃないのかの? だったら感激の極みとゆうものじゃ」
「牧師をドマゾみたいに言わないでください」
まったくこの神様は・・・・。
「それで? これからどうするんじゃ?」
サラリと話の方向をそらし、シロさんは僕に質問してくる。
「あーそうですね。まずは明日、村を出て数時間歩き、僕の住む町『クリード』に向かおうと思います」
「クリード? はて、聞いた事ないのぉ」
「恐らくあの町が出来たのは百年ほど前って聞きますから、シロさんの生きていた時代にはなかったのかもしれませんね」
「何じゃ随分と若い町じゃな」
「若いんですか?」
「百年如きじゃ、わしの生きてきた極一部でしかないぞ。そうじゃなぁ」
一旦言葉を区切り。
「まず、人の住む町で例えるなら、わしの生きてた時代ではこう区切っておった」
「出来てから二年経つ物を『集落』出来てから二十年経つ物を『村』出来てから百年年経つ物を『町』出来てから三百年経つと『街』と呼ぶ。大きさの規模によって今では名称が異なるようじゃが、わしの時代ではどんなに大きくて栄えていても、年期がはいっとらんと『街』までそうそういかん」
「へぇーそうなんですか。昔の人はレトロ好きだったんですね」
「そんな古臭い物が好き、みたいに言うな」
ポカッと、また実体化した左手で頭を殴られた。
「別に古いから、といった短絡的に物事を捉えておらん。昔からある物、つまりは現代まで残っている物。言いかえれば、そんな昔から現代まで滅びず、生きながらえている事を現しておる。『集落』も二十年もそこにあれば、それはもう『村』と呼んでよい代物じゃ。『村』も百年も滅びず栄えたら、それは人々が大勢暮らせる『町』ではないか。『街』もしかりじゃ」
「なるほど、結構深い事考えるんですね、昔の人は」
ポカッと、また同じ所叩かれた。おかげでダメージが先程から一点に蓄積して痛い。
「知恵があると言え。現代はそれなりに治安がよさそうじゃが、昔は戦争などが多かった。その中で生きてきた人は、聡明な知恵を持つんじゃ」
「そうなんですか・・・ご教授ありがとうございました・・・」
頭を押さえ、なるべく癇に障らないよう素直に言う僕。
「うむ。それで? 話がそれたが、結局どうするんじゃ」
「えっとですね、まずは明日の朝デルの村を出ます。そのまま東に歩き僕の住む町『クリード』へ向かいます。そのまま僕の家に行き、町にある町立図書館に行って文献を読みたいですね」
「文献? 何を調べるんじゃ?」
「ダンクネスさんが最後に残した言葉『運命の神様アスナ』について調べたいんです」
「ぬ、そういえばそのよーな事言っとたっな」
この人は・・・あの場面に居合わせていながら、もう忘れていたのか・・・。
「ならわしは知っとるぞ、そやつの事」
「あ、そうか。すっかりシロさんから聞くとゆう手段を忘れていました」
「お主なぁ・・・まぁよい。名前から分かるようにアスナは運命を司る力を持つ神じゃ」
「つまり未来が分かる、とゆう事ですか?」
昔の事を必死に思いだしているのか、シロさんをこめかみを叩きながら答える。
「いや、そんなものじゃなかった気がする。確か本人から聞いた話では『運命を見通す力ではなく、運命を作り出す』と言っとったかの」
運命を作り出す? それは一体全体どうゆう事なのだ?
「まぁ本人から聞きだすが一番じゃな。あやつとは面識もあるし、ダンクネスの時みたいにゴチャゴチャした過去もない筈じゃ。わしの知る限りではな」
「だったら今回は安全に済みそうですね」
「だったらいいの」
今回もまたあんな危険な目に会うのではないのかと、内心ハラハラしていたが、どうやら僕の心配損で済みそうだ。
「でも、何でダンクネスさんはアスナに会えと言ったんでしょうかね。運命の神にシロさんが昔に何が起きたか訊け、とゆう事でしょうか」
「ふむ。それだけは確かめようがないの」
ダンクネスさんは天界へ逝ってしまった。シロさんによれば、生きてはいるが、当分この下界には降りてこれないそうだ。どうしても彼女に会いたいなら、僕は一旦死だらいいそうだ。
「それでお主よ、マナの事はどうするんじゃ?」
「そうですね・・・・今回の事もありましたし、また神がらみになりそうなので危険がありますね。必然的にマナはここでお別れですかね」
「ぬぅ・・・仕方ないの」
本当はマナと一緒にダンバートンまで行けたのが異例なのだ。マナはこの村の村長の跡取り、さらにはデルの村の村長、つまりはマナのお父さんは娘命の超絶娘好きなのだ。
今回はマナのお父さんは病気で倒れていて、半分抜け出す形でダンバートンに行ったのだ。マナのお母さんはむしろお父さんの意見とは逆で、早く外の世界にお嫁にでも行って、幸せに暮らしてほしいそうだ。だからマナのお母さんは、僕たちと一緒にダンバートンへ行くのも許してくれたのだ。
出来る事なら僕だってマナと一緒に各地を行きたいが、当然ながらマナのお父さんが黙っていない。
もし明日一緒に村を抜け出したら、地の果てまで追いかけて来るだろう。確実に。
だが、あくまでも最優先事項はマナの身の安全だ。今回は奇跡的に無傷で済んだが、次もこうなるとは限らない。何も神に限った話ではない、世の中のどこで何が起きるか分かったものじゃない。だったら最も安全な、この村にいてほしい。
「じゃがお主よ、マナの事じゃから『絶対について行く』と言い張るかもしれんぞ」
「ですから明日は、早朝に太陽が完全に昇る前に村を出たいと思います、マナには悪いけど」
「ふむ・・・いたしかたないの」
以外にもシロさんは、マナとの別れがそんなにも惜しいのか、暗い表情になりどこか遠くを見ていた。
「ま、主様よ。わしは朝が弱いからの、寝てるから起こさず身長に勝手に村を出てくれ」
前言を撤回。シロさんに別れの悲しさなどなかったようだ。その遠くを見る顔は、意味なんてなかったのかよ!
「なーに、牧師は朝が早いんじゃろ? 朝のお強い神の下僕にお願いするの」
「ぐぐぐ」
言葉巧みに、僕の言い返せないセリフを言い、あの時ついた嘘のツケが回って来てしまった。
「牧師って・・・・大変だ・・・・・・・」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
時刻は、まだ午前5時前。
太陽も昇っておらず、辺りはまだまだ薄暗かった。
「うぅ・・・寒い。いくら春でも、この時間は冷えるなぁ」
白い息が口から吐き出され、空気に溶けていく。
現在は、すでに村を出て小一時間ほど歩いている。
マナの家のリビングに置手紙を置いてきたので、マナの心配はいらないだろう。
そして隣には、ぐーすかと寝息を立てているシロさんがいる。僕が歩けば勝手についてくるので、シロさんは快適な眠りについたまま、フワフワと浮いている。
「はぁ・・・・ついていない・・・」
白い息と一緒にため息が漏れ、僕はひたすら歩く。
僕の住む町『クリード』へと向かって。