第十六話:動き出す時間
やっと、ついに、ようやく、ダンクネス編の話が終わりました!!
何カ月もの間、憑神の話も止まってしまいましたが、ついに動き出せました・・・・。
本当に本当に、ここまでこれた事を感謝します。
チュンチュンと、少しうるさい位の雀の鳴き声が、僕の耳に響いた。
それが目覚ましの代わりになり、予定していた時間よりも早く起きてしまった。
ふと、僕は窓枠の方へ顔を向けると。
白い、壮麗な女性が腰かけていた。
朝日を浴び、神々しい雰囲気をまとった女性はこちらの視線を感じ、ゆっくりと顔を向け口を開いた。
「おはよう、主様」
「おはようございます、シロさん」
シロさんは柔らかくほほ笑むと、僕の方へ歩いてきた。
「やはり、よくは眠れんかったか?」
「いえ、牧師はただ朝が早いんですよ」
そんな、牧師全体を誤解させてしまう嘘をつき、僕はベットから立ち上がる。
ポキポキ、と軽快な音を鳴らし、体の調子を確かめる。
「今の時間分かります?」
「ふむ。太陽の位置から推測するに・・・・8時あたりかの」
「あ、分かるんですか?」
思いがけない特技を披露され、少し戸惑う僕。
「ん。そういえばお主、昨日懐中時計は返してもらったはずでは?」
あ、そういえばそうだったっけ。
昨日の朝、シロさんに許可なく貸してしまい、そのまま消えた僕の愛用の懐中時計は、昨日の晩に無事に無傷のまま帰って来たのだ。
そう、愛する友人と供に。
「シロさん、マナはまだ寝ていますかね?」
愛する友人の名前を言い、僕はシロさんいに訊く。
「うむ、まだぐっすりじゃな」
「そうですか」
昨日の事件、マナも巻き込まれたとはいえ、ずっと眠らされていたようなので、もうそろそろ起きてくると思うが、まだ少し不安を隠せない。
「なに、心配はいらんじゃろ。少なくとも、昨日のように血だらけ、と言った事にはならん」
「またそんなことになっていたら、僕は発狂しますよ・・・・」
例え幻想でも、またマナの血だらけの姿を見るのはごめんだ。
そんな事を考えていた時。
ガチャリ。
ドアの開く音が響き、音の方を向くと、自室のドアを開けマナが入ってきた。
髪の毛はボサボサで寝ぐせだらけ、眠気眼の瞳で何とか歩き、僕の顔を見た。
「おはよぅ~クロちゃん。何か、久々だねぇ~。ふゎ~~」
大あくびとともに呼ばれた僕は、マナに駆け寄る。
「おはよう、マナ。とりあえずベットに座りなよ」
マナの肩をつかみ、ベットへと誘導する。
そのままベットへ座らせ、僕はシロさんが腰かけている窓枠の隣にもたれかかった。
『やはり、マナは昨日の事知らないようですね』
『ふむ。気が付かぬ内にさらわれ、気が付かぬ内に返されたからのぉ』
『でもやっぱり、昨日の事は伝えておいた方が』
『そうじゃな。どうせ後であやつに会うはずじゃ、今の内に状況説明でもせんと、あとが面倒じゃ』
シロさんとの心の会話し、決断した僕は落ち着きながら語り出す。
「マナ落ち着いて聞いてね、昨日の事なんだけど・・・・・・・・」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「それでどうなったの?」
「あの後、シュカさんはマナ(懐中時計も一緒に)を返してくれて、今日のお昼にダンバートンの南入口で会う約束をして別れたんだ」
あの後、とはダンクネスさんが消えた時の事だ。
「そっか。じゃあ、ルシュカちゃんはちゃんと救われたのかな・・・?」
「どうだろう・・・・。最後はあんな別れになっちゃったからね、それでもダンクネスさんの想いが伝わったなら、少なくとも前よりはましになったと思うよ」
何百年間に渡って、積もられた誤解の塵は、そう簡単に消えたりはしないと思う。例え誤解が晴れても、どんなに最後がよくっても、自分のしてきた事が正当化されたり、ハッピーエンドに向かう事はない。
少なくとも、僕はそう思うし。
僕自身が、その事を表している。
「あやつは馬鹿じゃったが、ダンクネスも馬鹿じゃった。だから最悪の方へと進んでいき、昨日最悪に幕を閉じた」
「それは」
僕が言葉を言い終わる前に、シロさんに言葉が遮られる。
「でも二人にとって、最悪に救われた。お互いが、お互いを」
シロさんは綺麗に笑っていた。
少なくとも、シロさん自身も救われたんだろう。
昔の出来事から。あの時シュカさんを殺さなかった事から。
そう思えた。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
太陽は僕達の真上に移動し、散々と光を浴びせてくる。
すでにしたくは全て終え、宿のチェックアウトもしてある。
春の麗らかな空気に浸りながら、僕達3人は街の南入口を目指す。
周りでは、昨日行われた『復活祭』の余韻が残っており、人々は口々に『ダンクネス様』と言っている。
その言葉がより鮮明に脳に焼きついている僕達は、何とも言えない消失感が僕達を包み込んだ。
結局のところ、予期せぬ出来事によりマナとの『復活祭』を見る約束は断たれたが、来年こそ見ようと意見が一致した事によって、来年もこの街にマナと来れる口実が出来てうれしかった。
「ふむ。昨日の出来事、周りのこ奴らにも見せてやりたいのぉ」
「そんなことしたら、この街の歴史がひっくり返るでしょうね。なにせ、形式上この街を救ったのはルシュカさんですからね」
「じゃあじゃあ、ルシュカ教とかも出来ちゃうかもね? まさに下剋上だね」
「ふんっ。真実を教えないで、今の偽りの真実が救われる。皮肉じゃな」
「例え偽りでも、その者が救われるなら、その者に偽りを教えてやる。そしていつか、偽りは真実にも匹敵する程になる。そしてそれがこの街を生きさせているんだと思うよ」
「何じゃ? お主今のは聖職者として、いかん発言じゃな」
「今日のクロちゃん詩人さんだね~」
「あー、何かスラスラ言えちゃったけど、多分誰かの受け入りだから気にしないで」
僕が牧師になる前、あの日から少し経った後に教えられた言葉だ。
さて、そろそろ南口だ。と思ったその時。
ピタリ、と全てが止まった。
鳥も人も空も風も時間も。
動くのは僕達3人と。
時間を止めた張本人の、シュカさんだけだった。
「こんにちわ、皆様」
「こんにちわ、シュカさん」
シュカさんはニコリと笑い、僕達を出迎えた。
その笑みは、昨日とは違い何かが吹っ切れたような、どこか美しい笑みだった。
「まずは昨日のお詫びをさせていただきます。昨日と昔に、多大なるご迷惑をかけて、本当に反省の極みです。それにマナお嬢様、あなたを人質にさせてしまい、本当にすみませんでした」
「あ、だ、大丈夫だよ!」
マナはシュカさんと会うのは一様これが初で、この時が止まる魔法も初見なのでそれが拍車をかけ、結構きょどっていた。
そしてシュカさんは深々と、心身にお辞儀をし、僕達に謝罪した。昨日は僕とマナに向けられた言葉で、昔とはシロさんに向けられた言葉だろう。
「それとシロナ様」
ふいに話にシロさんの言葉が出てきて、シロさんは少しきょどった。
「な、なんじゃ?」
「あなたには、お礼の一つでもしなければなりません。ですからこれを受け取って下さい」
シロさんはダンクネスさんのお願いにより、シュカさんの抹殺命令を無視し助けた。そこに負い目を感じているのか、シュカさんはそう口にすると右手をシロさんに向かって突き出す。
プワワワワン。
突き出された右手が青白く白光し、その光がゆっくりとシロさんの体に流れ込む。
その光景はとても壮麗で、マナと僕は思わず目を奪われた。
数秒間で光は消え、シュカさんは手を下げた。
「お、お主」
「これでシロナ様の体に変化があるはずです」
そう完結にシュカさんは言うと、綺麗に笑った。
シロさんはその言葉を聞き、すぐに理解したのか自分の左手を凝視している。
「手が、手があるぞ」
「え?」
「感覚がある、ここに左手を握っているとゆう感覚が」
シロさんは左手の指をグーにしたりパーにしたりと、動かし指をギュッと握る。
ここで補足すると。
シロさんは昨日突然に実体が手に入った、が、それはシュカさんの影響で与えられた一種の虚像で、本当に戻ったわけじゃなかったのだ。
昨日シュカさんから聞いた話では、街を離れればシロさんの実体は消え、また元の幽霊体に戻るそうだ。
だったら、今のシロさんの発言は一体?。
「シロナ様に、私の魔力を差し上げました。ですがシロナ様は神なので、私ごときがあげた魔力では、それが精一杯です」
「え、それってどういう事ですか?」
「シロナ様はこの街から、私から離れると実体が消えてしまいます。ですが、私の魔力を直接注入したおかげで、シロナ様は完全とはとても言えませんが、実体を取り戻しました」
「うむ、確かに感じるぞ。この感触、この感覚、何百年ぶりの憂いじゃ」
そうシロさんは言うと、左手を愛おしそうに見る。
「でもでも、シロナちゃんって昨日実体が戻った時、その感触もあったんんじゃないの? まさに支離滅々だよ」
マナが今僕が聞こうとした質問を先に言ってくれた。
「ふむ。確かに体を触れる、体がある感覚、といった感覚はあった。が、今完全に戻ったこの感触と比べると、まったく違うものじゃ」
「今あげた魔力では、体のごく一部しか実体を戻す事しか出来ません。ですから、注意して下さい」
シュカさんは注意を促すと、また深々とお辞儀をした。
「いや、いいんじゃ。これには、わしも多大なる感謝をするぞルシュカ。天界にいるダンクネスも、今のお主の姿を見れば安心じゃ」
「・・・ありがたいお言葉です・・・・」
昨日逝ってしまったダンクネスさんの事を思い出したのか、シュカさんの言葉は震え、眼には薄く涙があった。
「それで皆様は、これからどうするおつもりで?」
「ん? そういえば考えておらんかったの、お主どうするつもりじゃ?」
「え、ああ。僕は一度、僕の住んでいる町に戻りたいと思います」
「ふむ。では、マナはどうするつもりじゃ?」
「私はどうしよう・・・・私も一度村に帰らなきゃなぁ」
その言葉を聞いて、すかさず僕は言う。
「だったら一旦デルの村へ行こう。後の事はそこで考えようと思います」
我ながら決行適当な考えだが、道の真ん中で考え事もどうかと思うので、そうすることにした。
「わかりました。ではこれ以上皆様を引きとめるのもいけませんね」
「ふむ。世話になったの、ルシュカ。お主、今度こそやり遂げるのじゃぞ」
まずはシロさんは答える。
「心より承知しています、またあなたと会える事を楽しみにしています」
シロさんの眼を見て、確固たる決意がある事を示したシュカさんに、シロさんは優しくほほ笑んだ。
次に僕が答える。
「色々とありましたが、シュカさん、この街の事頑張って下さい」
「はい、クロド様のおかげで全てが解決したと言っても過言ではありません。ぜひまたいらして下さい、次に会う時はもっとよい天使になってお待ちしています」
ダンクネスさんを見るような、そこまではいかなくても、それに匹敵するような尊敬の眼差しで僕を見据え、シュカさんは神々しく言った。
最後にマナが答える。
「ルシュカちゃんとはあんまりお話しできなかったけど、絶対ぜーったいまた来るから!ダンバートンよ!私は帰って来た!」
少々興奮気味に、マナはどこかで聞いたようなセリフ吐いた。
「お次に来る時は、マナお嬢様とお話しできる事を心より楽しみにしております。どうかご無事にお過ごしください」
別れの挨拶が済み、シュカさんは右手を天高く掲げた。
「それでは皆様、いってらっしゃいませ」
壮麗で儚く美しく綺麗に、シニカルに笑ったシュカさんは指を鳴らす。
シュカさんの止まっていた時間が動き。
ダンクネスさんの動かしたかった時間が動き。
シロさんの動かなかった時間が動き。
この世界の時間が動き出す。
僕たちはデルへ向けて、また動き出す。