第十五話:前篇:ダンクネス
「どう? 面白い話だったでしょう?」
「ダンクネスを殺したのは・・・・あなただったんですか」
シュカさんは昔の事を思い出したか、くつくつと小さく笑いながら言う。
「ご明答ですわ。おかげで厄災を払った後、私は罰をくらって背中の羽を一本持ってかれたましたわ。今思うと、よく羽を取られるだけで済んだのか不思議に思うわ。ねぇ・・・? 私の羽を取ったシロナさん」
え!? シロさんが取ったって!? まさか二人にそんな繋がりがあったとは思いもしなかったし、シロさんもそんな事は微塵として話してはなかった。
直感だが、僕にはこの街に来た時から、もしかしたらこうなる事は運命づけられていたのかもしれないと思った。この運命も『運命の神様』は知っていたのだろうか?
シュカさんは満面の笑みを浮かべながら、僕の方へ向いて言った。
「さぁ、昔話も済んだ事ですし、そろそろ本題に入りましょうか」
僕が選ぶ命の選択。
シロさんの命か、マナの命。そのどちらかを選ぶ。決して逃れられない選択。
「あなたの大事なお嬢様の命か、それともそこの神様の命、どっちにします?」
「僕は、どちらも選びません。厳密に言うと選べません。僕は全身全霊をもってあなたに挑みます、挑んで勝って、マナを連れ帰ります。例えそれがどんなに無謀であっても、それが僕の出した答えです」
決意に満ちた言葉で僕はシュカさんに言い放った。
僕の答を聞いて一瞬にしてシュカさんお笑みは消えた。こめかみがぴくぴくとひくついき、嫌悪感と怒りの合わさった目で僕を鋭く睨みつける。
「はぁ・・・なんて愚かしいのかしら。私は、あなたがそこそこ賢そうだからいいお返事を期待できる、と思ってたのですが。大いに買いかぶり過ぎましたね」
「すみませんね、僕はそんなに賢くもないし、どちらかを選ぶほどの勇気もありませんから」
シュカさんの目を見据えて、僕は少しおどけるように言った。
だがその瞬間僕の見えていた世界が突如として反転し、ぐるぐると回転していた。それは僕がただ、空中に吹き飛ばされただけの事だった。
脳がその事に気付くのに時間がかかり、何にも理解できないまま、僕は後ろへ二メートルほど吹き飛ばされていた。
「主!大丈夫か!!?」
シロさんの声が聞えたが、あまりにも突然の事で僕はろくに返事も出来ず、ただ倒れこんでいるが精一杯だった。
その後、すぐに僕の隣に何か飛んできた。白くて大きなリボンが付いている服を着ている女性。
「シロ・・・さん」
ここで僕の脳が、やっと現状を把握する。僕は隣にいるシロさんの様に、無様に吹き飛ばされたのだ。決して僕が油断や瞬きをしていたせいではない、人間の肉眼で捉えるには不可能な速度の攻撃。
「結局は威勢だけですか、本当にあなたには失望しましたわ。それにそこの神様も、今となってはただの絞りカスですね。神の力は皆無のようですし、少しでも力が残っていたら、と心配したのですがね」
「ふん、愚かな奴め。まだ・・・真実に気付かない阿呆が・・・」
圧倒的に不利な状況下にいるのに、シロさんの言葉は力強く、決して引けを取っていない。
「・・・・いい加減、あなた達の戯言を聴くのも限界です。いいですわ、その真実とやらは後でゆっくり考えますわ。あなたたちを殺してから、ね!」
シュカさんが突然手を振りげると、シュカさんの頭上に漆黒の二本の槍が忽然と現れた。
漆黒の槍はビシビシと不気味な音を立てながら、空中で回転を始め、段々とスピードが速くなり、数秒で肉眼では捉えきれない程のスピードになっていた。
「いや、後で考える・・・事はない」
突如シロさんがそう呟くと、シュカさんは怪訝そうに眉をひそめた。
「今すぐ、分かるわ・・・・」
その言葉を最後に、シュカさんはついに我慢ならず激昂した。
「なら・・・・さっさと教えてみろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
激しい憤怒の言葉とともに、二本の槍が僕たちの方へ向かって真っ直ぐに飛んでくる。
鼓膜を引き裂いてしまうくらいの轟音を立てながら飛んでくる槍を、僕とシロさんは決して顔を背けずに見つめる。
そして、僕たちまであと数メートルの所で漆黒の槍はいきなりぴたりと止まり消えてしまった。
目の前に突如として現れた『彼女』のせいで。
シュカさんの表情を見ると、彼女から今まで見た事のない衝撃の顔になって固まっていた。決して槍が突然消えたからではない、突如現れた『彼女』の顔に見覚えがあったからだ。
ずっとずっと昔から知っている、初めて優しくしてくれた、自分の一番の理解者である顔。大好きで、そして殺してしまった『彼女』の顔。
シュカさんは弱弱しく、かすれた声で言った。
「ダンクネス・・・・様?」