第十三話:取引
真っ暗な闇に塗りつぶされた部屋の中で、僕はベットに横になりながら呆然と天井を見つめていた。
外では人々の歓声や熱気が室内からも強く感じられる。それもそのはず、今は昨日中止になった街一番の最大行事、『復活祭』が行われている時間帯だからだ。
一年に一度、春に行われる復活祭。現在この宿には僕とシロさん、そして『彼女』以外誰もいない。宿の主人でさえ宿を空けて、『復活祭』に参加しに行ってしまったくらいだ。
マナと楽しみにしていた復活祭を、まさかこんな形で一緒に回れなくなってしまったなんて誰が予想していたか。僕は苦虫を噛み潰したような顔になり、そのまま表情を変えない天井を見上げた。
シロさんと『彼女』はベットの横にある窓枠にもたれかかりながら、外の様子を虚ろな目で見ていた。
聞こえてくるのは外の人々の声だけ、部屋からは物音一つしない静寂と暗闇の世界だった。
寝返りをうち、僕は久々に天井から目を背けた。次に目に映ったのはシロさんと『彼女』、会話などせずにずっと二人で外の光景を見ている。
僕は静かに目を閉じ、微かにあった光さえ失われたその時、真っ暗闇の中から、いつもの太陽のような笑みをこぼしているマナの姿が見えた。
僕は4時間後にまたあの天使と会い、マナの命かシロさんの命、そのどちらかを選ばなければいかない。必ずどちらかが残り、どちらかが消されてしまう。その結果からは絶対に逃れられないと思っていた・・・・・が、今は違う。
目をゆっくりと開き、シロさんに顔を向けて言った。
「シロさん、すみません。この後に備えて少し休んでおきますね」
「・・・うむ」
返事を聞いて、すぐにまた眼を閉じる。そのまま僕はベットに身をゆだね、浅い眠りについた。
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外の喧騒はすっかり無くなり、静まり返っている。あれほど賑わっていた街は、風の音すら聞こえない静寂の街へと変貌した。まるで街全体に魔法をかけられたように。
街の大広場に建てられいる時計塔を見ると、長針と短針が零時を指し重なり合っている。そのまま針は固まってしまい、時計は時間を刻まないで、零時を指したまま停滞している。
「昼間かけられた魔法かの」
「そのようですね」
大広場に来る途中、何百人もの動かない人々に出会っている。この事から、今日の昼間に起きた現象が現在起こっている事に気付いた。
そしてその現象を起こした張本人が、今僕たちの目の前にいる。
黒い翼の、方翼の天使。
外の暗闇をまとっているような真黒い服に、真黒なぼさぼさの髪の毛。シュカさんは昼間に出会った時と同じ表情で、僕たちの前にたたずんでいた。
「お時間ぴったりでしたわね、素晴らしいことですわ」
「まさか遅刻するわけにもいきませんからね」
「ふふ、でしょうね」
シュカさんは静かにほほ笑みながら、蛇のように目を細めて余裕の眼差しをこちらに向けてくる。
彼女を目の前にすると、今でも体中がぴりぴりとし頭がじーんっと痺れる。だが昼間の僕と同じ二の舞になるわけにもいかない。深く深呼吸をしてなんとか心を落ち着け、僕はゆっくりと話しを切り出す。
「取引のことなんですが」
「あら? まさかとは思いますが、どちらも選べない・・・・なんておっしゃるじゃありませんよね?」
「大丈夫ですよ、だけどこのままじゃ釣り合わないと思いまして」
「・・・・と、言いますと?」
シュカさんはさらに目を細め、自然と僕に鋭い威圧感を放っている。一瞬乱れかけた精神を落ち着け、話を続ける。
「いや、あなたには人質がいてこちらから手が出せない。それにこんな取引をしないでも、シュカさんには僕たちを簡単に末梢出来る力を持ってるんじゃないんですか? 例えもし取引をしてマナを返してもらってそのまま、はいさようならって簡単に逃がしてくれるとも限らないでしょう?」
「クロド様の言い分は分かりますわ、確かに私にはあなた様方がどう足掻いても、絶対に逃げ切れない力をお持ちしてますわ」
「でしょう? だったらこちらがアンフェアじゃないですか。だからこれは僕の提案ですが、僕、ちょっとシュカさんに質問をしたいんです」
「なんでしょうか? 出来る限りの事ならお答えしますわ」
「大丈夫ですよ、簡単な質問ですし、シュカさんにはなんのデメリットもありませんから」
その言葉を訊いたシュカさんは少し怪訝そうな表情になり、僕とシロさんの顔を交互に見つめる。
シロさんは不敵な笑みを浮かべ、シュカさんの目線を返す。
そのままシュカさんは考えるのをやめ、僕の言葉を静かに待っている。
「僕はシュカさんの事を訊きたいんです」
「私の事ですか?」
「はい、そうです。訊きたいことは三つ。シュカさんの正体、街の人を殺した動機。そして『彼女』、ダンクネスとあなたの関係を」
僕の質問を訊いてシュカさんは目をぱちぱちと瞬きを繰り返し、突然狂ったかのように笑い出しはじめ、昼間に現れたシュカさんのもう一つの一面。狂人のような人格が忽然と現れた。
「あっははははははは。な〜んだそんな事ですかぁ、いいですよ教えてあげても、ふふ」
今のシュカさんの眼の奥から、深い悲しみと憎しみが瞳の奥にくすぶっているのが分かった。ぎらぎらと眼をぎらつかせ、先ほどまでのシュカさんの面影は微塵として残ってはいなかった。
「これはむか〜し昔のお話」
淡々と喋り出すシュカさん。僕はその一語一語を聞き漏らさないように、両耳をシュカさんへ傾ける。シロさんも真剣な表情でシュカさんの言葉を聞いている。
「天使が神様をぶっ殺しちゃうお話です」