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憑神  作者: 右下
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第十二話:命の選択

そこには女性の天使がいた。


自分以外のすべての存在に興味がなさそうな虚ろの目、なのにどこか物悲しい雰囲気を感じる。


目の前の異常な存在に、僕は知らぬ間に一歩後ずさっていた。


歳は20代くらいの容姿、所々はね放題のぼさぼさな真っ黒い髪。あの虚ろな目に、背中には左右に大きな翼が生えている。だが、左の羽は途中でなくなってしまっている。まるで誰かにむしりと取られたような、そんな有様だ。


僕は彼女を見て反射的に天使を思い浮かべた、だがよく見て考えてみると天使とは大きくかけ離れた姿だった。


特に、背中に生えている翼は、天使とは正反対の真っ黒い漆黒の翼だった。


「本当、人間って醜くて汚い種族ですわよね。いいえ、世界そのものが汚いからかしら?」


上空からは、冷めた声が雨のように降ってくる。


!?。


突然、彼女を見ているとすさまじい恐怖心が僕を襲ってきた。耐え切れず顔を背けようとした、が、出来なかった。僕は金縛りにでもあったのかの様に、一歩も動けなくなり呼吸すらままならない。


な、なんだこの力? 指先すら動かせない・・・これじゃまるで蛇に睨まれた蛙みたいだ。


そうだ、シロさんは!?


だがシロさんを見ようとしても首がまったく曲がらない。すぐ右隣にいるのに少しも動けない自分が腹立たしい。ただどうしようもなく、僕はかかしの様に突っ立っているしかなかった。


「おい、お主が殺人鬼・・・いや、今は誘拐犯じゃったな」


右隣からシロさんの声が聞こえる。少しおちょくった口調で言っているが、いつものシロさんからは考えられない、どことなく声が震えてるような、そんな風に聞こえるのは僕の気のせいなのか?。


「殺人鬼に誘拐犯、そんなの人間が人間にだけ付けれる愚かな名称ですわ。少なくとも私達にはそんな言葉、適用されないわ」


私達? 一体誰のことだ? 考えてみると、自然と僕はシロさんを連想していた。


「ふんっ。その愚かな言葉が今のお主にぴったりじゃと思うがの、それともちゃんと名前で呼んでほしいかの?」


「ええ、そうですわね。丁度名乗ろうと思ってましたし」


スっと、急に金縛りが解け、僕の体に自由が戻った。ほんの数分の間だけだったのに、今感じている僕の体は、本当に自分の物なのかと疑ってしまうくらい脱力していた。


「名はルシュカと申します。シュカとでも呼んで下さいまし、今後ともお見知り置きを」


ニコッと笑って名乗ったが、目は完全に笑ってはいなかった。


「やはりお主がルシュカか・・・・随分と変わったしまったようじゃの」


「? あなたとお会いするのは初めてのはずですが?」


シュカさんは不思議そうに首をかしげた。


「そうじゃな」


「?? わけの分からない事をおっしゃる神様ですね。さて、自己紹介はまだ終わってませんわ、そこのあなたは何とゆうのです?」


「えっあ、はい」


突然話の矛先が僕に向いて驚いてしまった。


とりあえず一旦落ち着け僕・・・ふー・・・ふー・・・ふー。


「僕はクロド・ノワと言います。小さな町で牧師をやらせていただいてます」


「あら、ノワ様は牧師をやっていらしたんですか。成程・・・しかしただの一般人が一体どうしてそこの神様と一緒にいるんです?」


「えっと、それーーー」


「おぉっと、お主にそんな事を説明する義理はないわ。それにわしはシロナとゆう名前があるんじゃ、神様と呼ぶでない」


僕の話を遮って、シロさんが不機嫌そうにシュカさんを見上げた。


「あら、話の途中から割り込むとは野蛮ですわね。しかも私から訊いていないのに、勝手に名乗って本当」


言葉の途中でシュカさんは急に固まってしまった。頭を抱え、体はぷるぷると小刻みに震えていて、ぶつぶつと何か呟いている。


「神だかっらて」


ぎりぎり聞き取れる小さな声で呟いた、そして次の瞬間。


「調子乗ってんじゃねーーーーーーーーーーよっ!!!!!!!!」


「ッ!!!?」


風ひとつ吹いていないのに体が後ろに傾き、僕は思いっきり尻餅をついてしまった。


態度が急変した!?。 


それに生半可ではない憎しみと嫌悪が、今の声からひしひしと肌に伝わってくる。


「てめぇーら神はいつもえらそぉに構えていて!何か起きれば私達天使に押しつけやがる!!手柄はいつも一人占めして!いつもいつもいつもいつもいつもいつもっ・・・・・!!!!!!」


狂おしいほどの痛みと絶望が彼女を支配していた。そのあまりにもの以上で狂ったな光景が眼下に広がってるせいで、尻餅をついたまま立ち上がれない。


そして、またシュカさんは頭を抱えたまま固まってしまった。


その光景を呆然と見ていたら、横から手が差し伸ばされた。


「ほれ、いつまで座っとるんじゃみっともない。よぉ分からんが、今の内に次何が起きてもいいよう心の準備でもしとくんじゃ」


「あ、すいません」


僕は差し出された手を取り、何とか立ち上がった。まだシュカさんは固まったままである。


「シロさん、シュカさんって何者なんでしょうか? 天使ってことは今までの言葉を拾っていけば推測出来たんですが、それ以外僕にはまったく」


「悲しいやつじゃよ、あやつは」


「?」


悲しいやつ? それは思いがけない言葉だった。一体前体何が悲しいのか僕には分からないが、もしかしてシロさんは何か知っているのかもしれない。


「ふぅ」


またシュカさんの言葉が聞こえ、急いでシュカさんに目をやった。


今度は最初に会った時と同じ表情をしていて、声からも先ほどのような憎しみの感情は読み取れなかった。


「どうもすみませんでした。驚かせてしまったでしょう? 私たま~に感情が抑えきれない時があって、ついつい言動が暴走してしまうんです。だからこれからは言動に気を付けてくださいまし、運悪く殺してしまうかもしれませんから」


うふっと薄笑いを浮かべながら、シュカさんはさらりと恐ろしい事を冗談のように言った。


「さぁ、お互い自己紹介も済んだことですし、そろそろ本題に入らせていただきますわ。この魔法もそう長くは続きませんし、手短にお願いしますわ」


この魔法とは、万物に影響を与える程の恐ろしい現象の事だろう。


「あなた方も分かっていると思いますが、あなた達のお仲間のお嬢様は、今私の手の内にいます。目的を言いますと、私はノワ様との交渉をしたいんですわ。だけどこちらには交渉に値する物がありませんでしたので、言い方は悪いですがあのお嬢様には人質になってもらいました」


やはりこちらとの何らかの交渉だったか。一体どんな条件を提案してくるのか・・・・僕は静かに唾を飲み込んだ。


「私の望みはそこの、シロナ様の完全なる存在の抹消ですわ」


「え?」


「良い返答が返ってくれば、あのお嬢様は傷一つつけずちゃんとお返ししますわ。だけどもしも悪い返答でしたら、ふふ」


そう言って、にこにこ笑いながらこちらの返答を待っている。


シロさんの顔は、驚いても無ければ、怒っても無い、まったくの無表情だった。この条件に対し、シュカさんに反論せず、ただ僕の答えを見守っていた。


この瞬間、僕はこの選択肢から逃れられなくなってしまった。


必死に考えて考えて考える。だけど答えは浮かんでこない、いや言葉の文字すら頭の中で紡ぐ事すら叶わない。ただ必然と、止まっている時間が経つだけだった。


「あら、やっぱりまだ決めるのは早いでしょうか? なら今日の零時にて街の大広場でお待ちしてますわ。そろそろ魔法も解けますし、私もこの辺りで失礼しますわ」


「あ、待って下さい!」


僕は反射的に叫んでしまった。


「何でございましょうか?」


「えっと、そうだ。あのベットの罠はあなたが仕掛けたんでしょう? 僕があの罠にかかっていたら、どうするつもりだったんですか?」


「あぁ、あれですか。あれはただの力試しですよ、そこの神様のね。わざと魔力を消さずに作ったとゆうのに、隣部屋にいても気づかないなんてびっくりしましたわ。もしノワ様がかかってしまったら、それはそれでこちらとしては好都合でしたので、どっちでもよかったんですけどね。・・・・さて、もう私は行きますわ。ではまた夜に会いましょう」


にっこり笑って、シュカさんの体がどんどん薄くなっていき、後ろの背景が透けて見えてきた。


結局答えを先延ばしにした僕を、どんな表情で見ているか気になってシロさんに顔を向けるとまだ無表情のままだった。


シュカさんの姿は完全に消え、瞬きの間に街は元の人々の声が戻り、止まっていた人々は命を吹き込まれた石像のようにまた動き出した。


完全に時間の歯車は動きだし、先ほどの時間は幻想にも感じる。


シロさんの表情を伺うと何かを考え込んでいて、動き出した人々とは反対に動かなくなってしまった。


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


作戦会議と銘打って、僕は宿屋へ戻る事を提案した。


そして宿屋に戻ってから数時間、部屋の中で僕はベットに突っ伏していた。


提示された交換条件、シロさんの命か、マナの命。そのあまりにもの惨い選択肢、選べるわけないじゃないか・・・・・。


シロさんには悪いが、僕にとって大事な方はマナの方だ。だけどもシロさんを切り捨てる理由にはならない。まだ出会って何日しか経っていないのに、僕はシロさんを裏切れるほど浅い関係じゃなくなっていた。


「・・・・」


「主」


シロさんが数時間ぶりに口を開いた。


「・・・・」


僕はしゃべらない。


「わしの命をやつに差し出すか?」


「・・・・」


僕は言わない。


「マナの命をこのまま見過ごすか?」


「・・・・」


僕は語らない。


「お主はどちらを取るんじゃ?」



僕は。


分からない。

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