ある魔女の選択
見渡す限りの砂漠の中、乾いた地面から砂煙を巻き上げながら古いフォードのセダンが走っている。車は艶のない暗い緑色で横腹には白く大きな星のマークが遠くからでも判るように描かれていた。
「今さら会ってなんになるんだ?もう半日もないぞ。」
窓を全て閉めきっても車内に入り込む細かい砂埃を吸い込まないように片手はハンカチで口を押さえながらハンドルを握る大柄な運転手が後部座席に訪ねる。
「まだあと15時間だ!まだチャンスはあるさ!」地面からタイヤに伝わる細かい振動と騒音のおかげでつい大声で返答してしまう。
その横では黒い革の鞄を抱えた小男も口を押さえ黙って窓の外を眺めている。今まで見渡す限りの殺風景な砂原だった景観が少しずつ変化していた。トラックや戦車、ベニヤで作られたマッチ箱のような建物がポツポツと間隔を開けてまるでミニチュアのように点在していた。相変わらず人の気配はまるでない。
砂漠の真ん中には高い鉄塔があり根元は砂漠特有の熱く乾いた空気とよる陽炎で揺らめいていた。車はその鉄塔を目指していた。途中何台かの車とすれ違う。幌のついたトラックとジープで走っている以外では路外でミニチュアと化した車輌達と区別はつかないが中心に近づくにつれて「生きている」車とすれ違う事が多くなってくる。速度制限の標識も立ってはいるがどの車も盛大にオーバーしたスピードで近づき遠ざかっていく。
「じきにオフリミットになるぜ。学者連中も撤収してる。」
運転手が誰ともなく呟く。
「無理して来なくていい、付き合いきれねぇならお前だけ帰れ。」
後部座席の男が苛ついた言葉で返す。
「あの看板…」
後部座席のもう一人の小男が銀縁のメガネを直しながら指差す先には白地に赤のペンキで【Whitch's house→】とからかうような字で書かれたベニヤが掲げられていた。
今まで直進していたフォードセダンは急ハンドルを切り砂塵を巻きあげ右折する。
他の無人の家と同様に真新しく立てられた小屋には女がいた。粗末な小屋ではあったが家財道具一式が揃えられている。電気はないがオイルランプとコンロがわりのストーブが据え付けられ、離れにはこれまた粗末ながらもトイレがある。
ただ掘っ立て小屋なのは変わりなく玄関のドアの下や隙間からは外から吹き付ける風でうっすら砂が積もっていた。
女はカップを4つテーブルに置き蛇口のついたジェリカンから水を汲みティーポットの湯を沸かすためにケトルをストーブにかけてていた。15分もすれば来るであろう客の来訪を待ちながら頬杖を突き左手の腕時計を眺めながら女は待っていた。