人殺しという「冤罪」
その日は普通の朝だった。
僕は普段通りに早起きをして、食堂の準備をしていたんだけど……
あぁ、僕の部屋はギルドの地下にある。
この冒険者ギルドの本館は一階に冒険者の登録や依頼の斡旋、報告、報酬を渡す受付。
さまざまな事務処理をする事務所。
冒険者がくつろぐロビーに食堂兼居酒屋がある。
二階にはギルマスや上位ランカーの個室があって。
地下には僕のような最下級冒険者(雑用係)が寝泊まりする部屋に風呂場、トイレがある。
部屋とは言っても、粗末だけど。
それでも僕にとっては唯一の自分だけの空間だ。
話がそれたね。
そう、この日は朝から騒動があったんだ。
「た、大変だーーー!」
ギルドの横にある宿屋で寝泊まりしていた冒険者の一人が、大騒ぎでギルドに入ってきた。
「何だ、ドーズ! 朝からワイワイ騒ぐんじゃねぇや!」
恰幅の良い、髭ダルマの男、ビードが彼に吠えた。
「ビードの兄貴! 偉いこっちゃ! ボビーの奴が殺されたんでさ!」
「なにー? ボビーが!?」
ボビーっていうのは、このギルドのミドルクラスの冒険者。
あんまり強くないんだけど、強い人に取り入るのがとても上手。
あの手この手で持ち上げるもんだから、本人も気をよくしてしまう。
それで、気が付けば取り巻きの一人になってるっていう。
まぁ、悪知恵がよく働く奴みたいな感じかな。
因みに、僕にいつもやんや言ってくるのがこのボビーって奴。
嫌な奴だったんだよ、けどしかし……
殺された……?
「よし、今から俺が見に行く! テメェら、付いてきやがれ!」
と大声を上げながら、ノッシノッシとビードとその取り巻きたちはギルドから出て行った。
これが、朝の出来事。
僕は普段通りに仕事をこなして、昼食の準備をしてから洗濯物とか掃除の準備をしていたんだけど……
「リヒトー、ちょっと来てくれない?」
受付のマリアさんに呼び出された。
マリアさんは、このギルドの受付の責任者だ。
髪もツヤツヤだし、いつもメイクしているせいもあって凄く綺麗だ。
スタイルも、スラッとしていて、何というか凄く女性らしい体つきをしてる。
だからかな。
引っ切り無しに声を掛けられるんだけど、見事にスルーしてる。
受付も大変なんだなって、マリアさんを見てると思うんだ。
そんなマリアさんが僕に声を掛けてきた。
一体どうしたのだろう?
「何ですか?」
「んー、よく分かんないんだけど。ギルマスがあんたを呼んでるのよ」
「ギルマスが?」
何だろ、ギルマスが僕に用事って?
何かしたかな?
そりゃ、皿やコップを落として割ったりすることはあるけど……
僕は胸に手を置いて考えたが……
思い当たる節はなかった。
特段、怒られるようなことはしてないと思うんだけど?
首を傾げながら、マリアさんに連れられて、冒険者ギルド二階に行く。
ギルマスの部屋は階段を登って奥の突き当たりだ。
部屋の前に立ち、豪華に飾られたドアをノックした。
「入れ」
中から低くて太い声が聞こえる。
僕は、
「リヒトです、は、入ります!」
と声が裏返ってしまったが、一言発してからドアを開いた。
部屋に入ってすぐ。
正面には赤い絨毯が敷かれて、その向こうにはドン! とデカく黒光りする重厚な机が置かれている。
その椅子には……
この冒険者ギルドのギルドマスター。
"獅子のグレン"という二つ名を持つ、グレン・バルザートが、普段より一層眉を寄せた、めちゃくちゃ険しい顔をして腕を組んでいた。
「リヒト、何で呼ばれたか分かってるか?」
ギルマスはそう言うと、「フン!」と勢いよく鼻から息を抜いた。
不機嫌なのは目で見て明らかだ。
だけど、それより……
僕はギルマスから少し視線をずらして左右を見た。
どうして、ビードさんやドーズさんがいるんだろう?
あれ?
よくよく見ると、このギルドの上位ランカーたちが揃ってないか?
一体何があったんだろう?
「す、すいませんギルマス……、僕は何をしたんでしょうか?」
「ああ? リヒト、テメェ、何シラを切ってやがる!?」
うぅ! こ、怖い!
怖すぎて、体がガタガタと震えだした!
僕は歯がガチガチと鳴るのを必死で堪えて、口を開いた。
「あ、あ、そ、その! しょ、食堂の、コップ、コップを割ってしまって……、あぁ、そ、それからーー、あ、何だっけ? えっとえっと……あぁ、何だっけ!?」
「もういい!!!!」
ギルマスは部屋の中がビリビリ震えるほどの大声を出して、テーブルをドン! と拳で叩いた!
「テメェの御託なんざ聞きたくもねぇ! この人殺しがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕はギルマスの言葉を疑った。
人殺し?
誰が?
僕が?
「ち、違います! 何のことですか!? 一体、僕が誰を……」
僕は全力で手を横に振って否定したが、ギルマスは聞き入れてくれなかった。
「うるせぇ! 最低ランクが調子に乗りやがって! テメェなんざ大人しく雑用こなしてりゃ良かったんだよ!」
「え! え!? えぇ!?」
もう訳が分からない……
何なんだよ、何で僕が人殺しなんてしなきゃならないんだよ……
どうして、どうして僕なんだ?
訳が分からないよ……
ワケワカンナイ……
僕は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
同時にフツフツと何か……黒い何かが心の奥から湧いてくる……
ドクンドクン……
な、何だこの感情は……
手をついた床に影が映る。
それは僕の影だ。
その影に目ができ、口ができ、僕が出来た。
その僕が笑う。
ニタニタと笑っている……
「ーーおい! そいつを抑えろ」
ギルマスのその声で、僕はハッと我に帰った。
影はもう元に戻っている。
ドタドタと走り回る足音が聞こえて、僕はガツンと床に押さえ込まれてしまった!
「ヘッヘッヘ」
「おい、動くなよリヒト」
周りからドーズさんやビードさんの、笑いの混じった声がする。
他の奴らからもだ。
僕は精一杯の力で顔を持ち上げた。
そこで僕が見たものは……
上位ランカーたちの、蔑んだ視線。
ギルマスの、怒りに満ちた目……
僕はもう一度声を張り上げた!
「ギ、ギルマス! ち、違います! 僕は人殺しなんて……」
「人は皆、そう言うのだよ」
誰だ!
誰の声だ!?
「リヒトとやら、よく覚えておくといい。人は皆、同じことを言うのだよ」
そう僕に言うのは、扇を開いて口元を隠しながら話すあいつーー
上位ランカーでも最強と言われている魔法使い。
ーー風のルシール……
「あらぬ罪を被せられれば、例えそれが自分の罪であろうと、皆そう言って擁護するものだ。罪人が、見苦しい……」
ルシールは男でも女でもない中性っぽい声で、僕をそう罵った。
「いね、罪人よ。我がギルドの面汚しめ!」
罪人?
面汚し?
ドクン……
何だ、また僕の中にドス黒い何かが……
「ケッ! そんなしけたツラなんざ見たくもねぇ! リヒト、テメェは俺のギルドから追放だぁ! テメェら、サッサと連れて行け!」
「「「へい!」」」
ギルマスがそう命令すると、ドーズさんたちは僕の腕や足を無理やり担きだした。
僕は頭の中が空っぽで……
もう、抵抗する気にもなれなかった……
ただ、彼らの視線が痛くて……
殺したいほど憎かった……!