ここはどこ?
重い瞼を開けると、そこは飲み会からの帰り道ではなかった。心地よい、今まで寝たことのないようなふかふかベッドの上に横たわっていた。
「おれ、病院に運ばれたのかな」
飲み会の帰り道、気持ち悪くなって意識を失ったからそうなってもおかしくない。
天井を見上げると立派なシャンデリアがぶら下がっていた。
「豪華な病院だな……」
部屋も広い。おれは今まで入院したことないから、入院病棟というものを知らない。もしやこれは有名人御用達VIP病室というやつか? にしても変だ。部屋が本当に馬鹿広い上に、装飾などが豪華なのだ。金ぴかの変な像とか置いてあり、窓がステンドグラスだ。そして芸能人の豪邸に置いてあるような椅子とテーブルがあった。
「なんだよ、ここは」
おれはベッドから身を起こす。よく見ると床は真紅の絨毯だった。そして自分が身にまとっているのは着心地の良いバスローブだった。
ここ、一体どこなのだ? 意識を失ってどうしてこんなところにいるんだ? 病院じゃなくてどこかの豪邸? おれのような庶民がこんなところにいて良いのか? まさかおれは石油王に介抱されたとか? 飲み会で酔っぱらって、気持ち悪くなって、ぶっ倒れたところをとても親切な石油王に助けられたと。そしてここは石油王の日本での仮住まいで……なんて馬鹿な話はない。
「本当にどうしたんだ、これは」
ベッドから立ち上がって、おれは一歩踏み出す。絨毯はふかふかで歩くと足跡がついた。
ここがどこかわかるからと思い、とりあえず外を見ようと派手なステンドグラスまで歩いた。足取りは重くなかった。飲み会のあとのようにつらいことはなかった。
そして窓の外を見る。
「これは一体なんだ!」
窓の外は見慣れない風景だった。この部屋、というかこの部屋のある建物は見る限り崖の上に建っているらしく、眼下に広がるは広大な森、そして外は夕暮れ時。おれの住んでいるところは崖も森もない。ごく一般的な住宅街だ。それに夕刻? そんな時間まで眠っていたというのか? 土曜日を半分無駄にしたじゃないか!
「もう訳がわからん……」
石油王でもこんなところには連れてこない。酔っぱらっておれは一体どうしたというんだ。帰り道が変なところに繋がっていたというのか? まさか、ファンタジーじゃないし。 本当に訳がわからなくなってきた。
酔っぱらったときより頭の中が混乱してきて、おれはしゃがんだ。酔っぱらうよりも気分が悪くなった。
「魔王様、お目覚めになりましたか?」
おれがしゃがんで現実を受け止めたくなかったとき、部屋の馬鹿でかい扉が開いて、男の声が聞こえた。おれは声が聞こえたほうを向く。そこにいたのは見知らぬ男だった。すらっと背が高く、黒髪を肩のあたりまで伸ばしていて、男のおれでも「きれい」って言ってしまいそうな整った顔だちをしている、俗にいうイケメンが来た。
「大丈夫ですか、魔王様。お加減はいかがですか?」
イケメンはおれを見て「魔王様」と言った。
「魔王様?」
おれはイケメンに言う。おれは山田だぞ。
「魔王様、まさかお倒れになったときに記憶を失ったのではないのですか?」
「倒れた? まあおれは飲み会の帰りに倒れたぞ」
「酒宴に行かれてはないはずですが」
イケメンはおれのほうに近寄ってきた。そしておれのそばで鼻をくんくんさせた。
「酒臭くはありませんが……いきなりお倒れになったときは驚いたのですよ?」
「そうなの? てかさ、誰だよ」
おれはイケメンを指差した。
「私はあなたの執事です。お忘れになったのですか?」
はぁ、執事? 秘書みたいなものか? そんなのがつくのは社長、会長レベルの人間だけだろ。
「まったく訳がわからんです」
倒れて起きたら、こんな豪華な部屋にいるし、いきなりやってきた執事を自称するイケメンはおれを「魔王様」と呼ぶし、訳がわからん。一体どうしたんだ。ありえないワープでも起こしたか? いや、それはないない。
これは夢だ。
おれは自分のほほをつねった。
痛いだけだった。
「魔王様、お止めください。大事なお体に傷がつきます」
イケメンはあわてておれの腕を取った。
夢で痛みを感じるっておかしい。それにイケメンがおれの腕を掴んだ感覚も感じる。
「……あの、詳細を教えてください」
おれはイケメンに懇願した。頭の中の情報がめちゃくちゃだ。酔っぱらって混濁しているのとは違う。
たぶんこのイケメンならなにか知ってるはずだ。教えてもらうしかない。頼むぞ、イケメン。
これからどんどんひどくなります。




