傘化けと雨宿り
雨がざあざあと降っている。傘を持っていない私は咄嗟に、誰もいないバス停の下に立った。屋根付きのバス停だ。
『よう』
それは私に声をかけた。
『暇なのか?』
突然そう問いかけてきた。誰かが私に話しかけている。
『おい、おれは暇なのかと聞いているんだ、なにか答えやがれ聞こえているんだろ?ああ?』
別に私が暇でも暇じゃなくてもどうでもいいでしょう?オッサン。
「話しかけないでよ」
私はぴしゃりと言い放った。こっちは失恋しているのだ。気安く話しかけないでほしい。
『そう言うこともねえだろ』
それはため息をついた。…そういえば誰の声だろう?
振り向いても誰もいなかった。おかしい。ここにいるのは私一人だ。だれだろう?隠れているの?変出者?…怖くなってきた。
「だ…だれ…?」
『今更気にするのか?ここだよここ!』
それはバス停に忘れ去られた傘だった。ぴょんぴょんと跳ねている。
「うわあ!」
私はびっくりした。安売りのビニール傘が独りでに動いているのだ。
『どうしたんだよしょげた面ぁしてよお』
傘はぴょんぴょんと跳ねて私に近寄る。なんてバカバカしい光景だろう。私はやけになった。
「失恋したの!乙女心はデリケートなんだから、そっとしといてよ」
思い出すとぼろぼろと涙が溢れ出てきた。
好きな人だったの。本当に大好きな…あこがれの人だった。彼は―――
『隣のクラスの加藤だろ?』
「なんであんたが知ってるわけ!?」
『さぁーなぁー?』
「ホント、ムカつく」
『勝手にムカついてろ』
雨はやむ気配がない。ざーざー降りだ。
『仕方ねえよ、あれは』
「なんであんたが自分のことみたいに語ってるのよ!」
私は傘にでこぴん(?)をした。
『いたたたた』
ちっとも痛くなさそうに言う。
『まあ…ずっと、見てたからな』
「ストーカー!?」
『そんなんじゃねーしー』
傘はケタケタと笑った。ように聞こえた。
『あいつに好きなやつがいて、あいつらは両思いだった。お前は告白せずに身を引いた』
…そうだ。その通りだ。だからなんで知っているんだ。
『お前は頑張ったよ』
「知ったようなこと言わないでよ」
『どうせその程度の男だったのさ』
「彼をバカにしないで」
私はきっ、と傘を睨んだ。
『…お前は優しいな。あいつに似て。』
傘はぼそりと呟いた。からかうようなトーンではない。私は気になった。
「あいつ…?」
『なんでもねえよ…おら、バスがくるぞ』
「…」
遠くからバスが来るのが見える。いつのまにか雨は弱くなっていた。
「ねえ、あんた、何者?」
『ただの置き忘れの傘さ。じゃあな』
傘はもとあったばしょにひょいと戻った。
私はバスにのった。
*****
おれは事故で亡くなった
あいつが生まれた日はおれの命日
あいつらは強かった
おれが死んでもどうにかやっていた
おれはずっと見ていた
なあに、未練たらしく成仏できなかっただけさ
一度でいい
おれはあいつと語らいたかったのだ
どうせ語らうのなら励ましたかったのだ
『よう』
でもいざ話しかけてみると何を言えばいいのかわかんねえな
『…暇なのか?』
―――あなた、本当に口べたなんだから
そう、言われたのをふと思い出した