最終章『これが俺の歩む道…』
[再会、永久の友]
真空は、総国の近くにある、『精霊の森』を目指した。そこに、精霊界の入り口があるのだ。
(見えた。…紗嗚が言ったとおりだ)
精霊の森は普通には見えない。霊力を眼に集中しなければ見えないのだ。
「!」
しかし、千里の光眼は他のものをとらえた。
真空は精霊の森の入り口へつく。
「…やはり、来ると思ったぞ、真」
「私は、あなたが居るとは、思いませんでしたよ…総統閣下」
総統が、精霊の森の入り口で座っていた。この前とは違い、眼には闘志が満ちている。
「引け! お前がしようとしていることは、世界を敵にまわすことになるぞ!」
「それくらい、わかってますよ。…でも、俺がこういう人間だって、知ってるでしょう?」
総統は立ち上がり、腰の刀を抜く。
「わかっているとも。…だから、私が止めに来たのだ」
「…それでも、俺は止まれない!」
真空も刀を抜き、切り込んだ。両者にこれ以上の会話は必要ない。
夜桜流“桜花の舞い”
両刃刀の最大の利点。それは、切り返しを必要としないこと。振り下ろしたなら、すぐさま切り上げる。手数で勝負する刀だ。さらに真空は二刀流。左手で両刃刀を振り回し、右手の真空刀で、相手の攻撃を流す。
(やはり早いな。さすが天才とうたわれた葵の剣舞と言うべきか)
「総統、余裕でいる暇はないですよ」
真空の猛攻は続く。しかし、総統は笑っている。だが、瞳には未だに強い闘志が映っていた。
「あまいぞ、真。…剣闘師は、剣客とは違う」
「!」
すると総統は、刹那、右足で真空の両刃刀を持つ手を止め、左手で真空刀をもつ手を押さえた。
「剣だけが、剣闘師ではない!」
天明流“玉砕刃”
獣拳“脚牙”
真空は、総統の攻撃を、蹴りで防いだ。
「今の技は、龍希の、龍拳のはずだが?」
「勘違いしないでください。脚牙は元々、俺が龍希に教えた技です」
真空は総統と距離をとる。
(…本気、出すか)
真空はつけていた重りを外し、気孔を開く。そして…
真空流・風術極み“エア・ギア”(空気圧調整)
(! …なんだ、この技は…風が起きている)
真空の周りを風が渦巻き、その風は真空に鎧のように纏わり付く。
風来・八気移動術“風速歩”
(早い!)
真空の動きは格段に上がる。
「エア・ギアは、俺の技をすべて強化してくれる」
真空流“風刀閃”
「サッ!」
真空の刀から、風の刃が飛ぶ。
(…カマイタチか。しかし、なんとも恐ろしい)
真空が放った風の刃は、地面をエグリ、大きな爪あとを残した。
「よく、かわせましたね」
「ぎりぎりだったがな。…やはり、お前は天才だ」
すると、真空は刀をしまった。
「…俺が、天才? …俺が天才なら、葵は何なんですか?」
風来・八気移動術・極み“風瞬身速歩”
(! 見えぬ!)
「こっちです!」
真空流“風爪閃”
真空の指が纏っていた風は刃を生み出し、五本の風の爪を生む。
「!」
総統は避けきれず、直撃をくらい、服が裂けた。
「俺は、落ちこぼれだ! 泣き虫で、弱くて、愚かで醜い、ただの落ちこぼれだ!」
「…あまり、自分を責めるな。…お前は、強い願いを持っているではないか」
総統は、服が裂けても血が噴出さない。
(…鋼体か。…俺に願いなんてない)
「あるだろ、大切な人を守りたいという願いが」
「!」
「そして、それができるだけの力が欲しいと」
総統は、左目にしていた眼帯を外している。そこには、千里の光眼と対を成す、『万里の魔眼』があった。
「…俺の心、見てたんですか?」
「見ていたよ。お前が子供の頃からずっとな」
真空は纏っていたエア・ギアを解いた。そして、真空刀を抜き、構える。
「だったら、なぜ俺を止めようと? 止まらないのはわかっているでしょう」
「わかっていたとも。だから、私はここに来たのだ」
そして、総統も奥義の構えをする。
「もう、終わりにしようかの」
「次で決着ですか。あっという間ですね」
そして、真空も気を高め、奥義の構えをした。
「総統、…ありがとうございました」
「!」
天明流奥義“天地光明風来剣”
真空流・秘天奥義“秘天・斬天剣”
互いの風の刃は、ぶつかり合い、そして衝撃波は周囲を吹き飛ばす。その刹那。
真空流・極奥義“心通波”
その風の衝撃波を、真空の心力の刃は一直線に切り裂き進み、総統ごと風を貫いた。
(…見事)
そして、総統は倒れる。真空の放った心力の刃は、総統の体を内部から破壊したのだ。今の一撃で、総統の体はボロボロとなっていた。
「あくまで、『殺さず』を貫くか。…まあそれが、お前の信念であり、約束であったな」
総統は、心から微笑んでいた。自分を超える者が現れたことを、喜んで。
「…真よ、最後の技、なんと言う?」
真空は刀をしまい、総統の元へ歩み寄った。
「『心通波』(しんつうは)…己が信念(想い)を貫き通す技です」
「…なるほど。だから、『心力』を使ったのか」
「心力は、想いの強さ。だから、信念を貫くとき、想いはすべてを貫く力を持ちます」
真空は、総統が落とした刀を拾い、それを人差し指と、中指で挟むようにして、拳を握りこんだ。
「この持ち方で、あとは拳牙を放つように、想いを込めて打ち出します」
すると真空は拳牙を放つように拳を前に突き出した。
「これで心力を込めれば刃が生まれます」
「…簡単に言うの。本来、心力を扱える者はほとんど居らぬというのに」
「…例え心力が使えても、この技は使えない。そう思って教えてるんです」
「それほど、苦労したのだな」
「苦労じゃありませんよ。…『努力』です」
真空は総統に笑って見せた。総統の想いはわかっていた。心を読まれないようにしていても、総統の心は理解している。
「それに、この技で大切なのは、強い想いです。だから、編み出せたのですけどね」
総統は、優しさから真空を試した。世界を敵にする覚悟があるかを。…すると、真空の持っていた総統の刀が、柄だけになってしまった。
「…闘剣だったんですか。どうりで、軽いわけだ」
「真。それを、お前にやる」
「!」
総統の言葉に真空は驚いた。
「総統、これは『虹剣』(こうけん)のうちの一刀でしょう。だいたい、剣闘師でもない私に闘剣なんて」
虹剣は剣闘師が所有する闘剣の中でも特別な属性をもつ七つの剣のことである。
「…要るだろう。お前の信念を貫くために。…それは、『光剣』だからな」
真空の気の属性は光と風のため、この刀の属性は、真空の気を高めてくれる。
「そして、妖香の『風剣』を使えば、お前はもっと強くなれる」
「…初めから、私に闘剣を渡すつもりだったんですね」
「ほほ、お前なら、私を超えると信じていたからな」
そして総統は、空に浮かぶ月を見た。綺麗な三日月が、夜空を照らしている。
「…、真、紗嗚とレンオーヌの事で悩むのはわかる。…だがな、お前が悩んでも、あの二人は喜ばぬぞ」
真空も空に浮かぶ月を見る。…紗嗚の顔が、真空の頭に浮かんだ。
「わかっていますけど、やっぱり悩みますよ。…どちらも、大切ですから」
「ほほ、なんなら二股でもしたらどうだ?」
「!」
「あの二人も、お前の悩む顔を見るよりそちらのほうが幸せだろ」
真空は少し驚いたように総統を見た。
「あの二人の心を見ると、私はそう思うぞ。本当に、『幸せ者』だな」
「…私が、幸せ者ですか?」
「そうだろう。葵にも、妖香にも桔梗にも、紗嗚にもレンオーヌにも、愛されている」
「…………」
「そして、良い仲間もついているではないか」
「でも、俺はその人たちを守れないかもしれない」
真空は悲しい顔をして、また空を見る。
「…やはり、失うのは怖いか?」
「怖くないはずないでしょう。…もう、二人も失ってしまった。…俺の無力のせいで」
「そんな、お前の心を癒したいと、皆が願っているのを知っていてもか?」
千里の光眼を持つ真空が、知らないはずがない。
「わかっているから、失いたくないんです」
そう言って真空は、精霊の森の方を向く。
「だから、レンを迎えに行くんだ」
「…真、そこまで言うなら、例え何があっても迷わず進め」
真空は総統を背に、精霊の森へと入って行った。総統の光剣と妖香の風剣を携えて。
[大切な心と覚悟]
精霊の森は静まりかえり、不気味だった。その中を、真空はひたすら進む。精霊界への入り口を探して。
「紗嗚の話だとこの辺のはずだけど…!」
真空の瞳は、七色に輝く洞窟を見つけた。そして、
「…やっぱりぃ、行くのかぁ? 真」
入り口に立つ、テイルの姿をみる。
「お前も、わかりきってること聞くのか?」
「そうだなぁ。…俺は手伝わねぇぞ」
「わかってる。…ありがとう、テイル」
そして、真空はテイルの横を走り去った。心配そうにしているテイルの顔を見ないように。
洞窟を抜けると、開けた丘へ出た。その眼前に、
「…これが、『ホーリー・グローリア』」
精霊界にあるという伝説の古城があった。
「…紗嗚の言ったとおり、結界が張ってあって、そう簡単には入れないか」
真空はマントのフードを被り、顔を隠す。
「…でも、入り口が一つしかないなら強行突破しかないか」
古城の入り口は正面の門のみで、それ以外は結界で塞がれているのだ。…真空は丘を下り、まっすぐ古城へと向かう。
「…やけに静かだな」
丘を下りると古城の前は、開けた広場となっていた。しかし、人影は無い。
(…なるほど、そういうことか)
真空の千里の光眼は、あたりの異変に気付く。
(さて、どうするかな?)
そして真空は入り口に向かって歩み出す。
「!」
そして、門の近くに来たとき、
八気束縛術“気糸束縛陣”
仕掛けられていたトラップが発動する。
「取り押さえろぉー!」
トラップを解く暇を与えぬように隠れていた剣闘師が覆いかぶさった。
「…哀れだな。剣闘師とは思えない」
「!」
しかし、覆いかぶさったところに真空の姿はなかった。そして真空は広場の入り口にたっている。
「まさか、光術!」
「ご名答。でも、それだけじゃない」
「!」
真空流“風刀閃”
真空は巨大な風の刃を前方に放つ。
「ッサ!」
そして、上に跳びそこねた低級剣闘師は、風に吹き飛ばされる。
「殺す気は無いから、風で吹っ飛ばす」
すると真空はエア・ギアを纏う。
風円舞“乱全風舞”
そして、空中で体を高速で回し、風の刃を四方八方に飛ばした。それにより、空中に跳んだ者や、運よく逃れた者も吹き飛ぶ。
「…これで、あらかた減ったかな?」
真空はエア・ギアを解く。
「!」
その時を狙って、特剣の刃が迫る。
「排除する」「消えろ」「任務のために死ね」
そう言いながら、七人の特剣は迫ってくる。
「!」
真空流“流水拳”
真空は鋼体で防がず、外気を風に変え、滑らすようにして、すべての攻撃を受け流した。そして、流してから、刹那に往なす。
「…止まって見える。所詮はこの程度か」
(…強い!)(まさか、本当に総統は)(七人を相手に…化け物か)
心が読める真空には、筒抜けであったが、特剣は驚いているようだ。
「…他の奴、隠れてないで出て来いよ。最初に約百人居て、雑魚は消したからあとは大体、特剣が約三十人くらいってのはわかってんだ」
「!」
「俺に、奇襲は効かないよ」
すると、あちこちから特剣部隊が現れた。全員が、闘剣を抜き、特剣の中でもさらに上級の者は、闘剣の段階を上げている。
(…総統、さっそく使わせてもらいますよ)
真空は、光刀をマントの中から取り出す。
「闘剣…、気変換、…、我が気を姿に表し、真の力を我に与えよ」
闘剣『無鎖』(むぐさり)
真空の闘剣は、鎖で繋がれた双刀へと姿を変える。
「…かかって来い。全員、相手してやるよ」
真空の凄みに特剣達は一歩引く。
「来ないなら、こちらから行くぞ!」
真空は前方の特剣に突っ込む。
真空流・双刀“風烈双波”
真空の刃は風を纏う。それを眼の前に居た特剣に双刀を振り落とす。
「なっ!」
特剣は真空の双刀を受け、刃は防いだが、強力な風が起き、その風圧により前方に居た特剣は吹っ飛ぶ。
(このままではまずい)(いっきに仕留める)
攻撃の隙をついて、後方から他の特剣が迫る。
チェーン・ウォール(鎖の防壁)
「ッカン!」
しかし、特剣の刃は真空には届かない。目の前に鎖の厚い壁が現れ、刃が弾かれたのだ。
「これはなんだ!」「闘剣を防ぐ鎖だと!」「こんな壁、いつの間に!」
その時、鎖の壁が広がり、特剣達に覆い被さる。
チェーン・ネット(鎖の網)
そしてそのまま幾人かの特剣を、鎖は縛り上げる。
「ぐっ」「この力は…」(動けない…)
「!」
そして、縛られた特剣達の眼前に、真空が立っている。…鎖は真空のもつ双刀から伸びていた。
「俺の闘剣の鎖は意志を持っていてな、俺の思うとおりに動いてくれる」
「がっ!」「ごっ!」「げはっ!」
鎖はさらに強く縛っている特剣達を絞める。
「この闘剣は『無限の鎖』ゆえに、無鎖。…それと」
(いくらその鎖がすごくとも、この数は防げまい!)(我ら特剣をあまくみるな)(全方攻撃で、散れ!)
残りのすべての特剣が、真空に突っ込んでくる。逃げる暇も、かわす余裕も、気を纏う時間さえない。
「!」
闘剣『千鎖』
「こっちは『千々の鎖』の、千鎖」
真空のマントの内側から鎖の付いた双刀の闘剣が現われ、その闘剣の鎖が伸びて漂い、全ての特剣の刃を受け止め、闘剣を持つ手に巻き付いく。
「こっち鎖は、俺をオート(自動)で守ってくれる」
真空流・波動剣“伝振破剣”
真空は、気を使って波動をおこし、その波動は鎖を通じて、特剣達の体を内部から破壊する。
「…無念」「我ら…特剣が、一人の、ガキに…」
「恐ろしき。…総統は、やはり…」
命に別状はないが、しばらくは動けないであろう。
「…はあ、はあ、…はあ。…やっぱり、疲れるな」
真空は周りに戦える者が居ないのを確認すると、その場に倒れる。
「…、やっぱり無謀だったな。…これで他の代表や、龍達が居たら、間違いなく負けてた」
すると、真空は懐から手のひら程度の布袋を出した。
「…今は、副作用なんて気にしてる暇は、無いな」
そう言って真空は布袋の中から、飴玉程度の大きさの丸薬を取り出した。
「ガリッ、コリッ、グッ」
すると、真空の息は整い立ち上がる。
「『限増丸』の副作用はきついからな、先を急ぐか」
真空は城を見上げ、千里の光眼で内部を見る。
(あそこか、…無事みたいだな)
真空はレンの姿をとらえ、胸を撫で下ろした。
「もう少し、待っててくれよ。レン」
真空は、古城の門を蹴破って中に入る。広場には、気を失って倒れている剣闘師達だけが残された。
「…真、やっぱりお前は、道を外れるのでござるな」
広場に龍希の姿がある。真空が古城に入ってすぐだ。
「…お前がその道を行くと言うなら…オレが連れ戻してやる」
龍希は、紅蓮の龍眼を輝かせ、友が来るのを待つ。
[大切な妹、親友の想い]
真空は古城の階段を駆け上る。早く、早く、一秒でも早く、レンに会いたくて。
「そこの者! 止ま―」
「遅い、邪魔だ!」
途中、精霊の兵士などに出くわすが、特剣ほど苦労はしなかった。
「まだ泣いているのかい、レンオーヌ?」
「…だって、私は、真の側に居たいだけなのに、お母様が…」
古城の最上階に、レンの部屋があり、今そこに、レンは軟禁されている。
「母さんはお前を、外に出したくないんだよ。…お前は、あまりに世の中の事を知らないから」
そして、レンを見張っているのは、真空のように優しく、レンに微笑みかける青年。
「…知ってるよ。もうすぐ、戦争が起こるのも、その戦争で、『森羅万象』(かつての戦争の際に現れ、世界を壊滅の危機へと追いやった、栄光獣に等しき力を持つ怪魔)が、起きるかも知れないってことも」
レンの瞳には、涙が潤んでいる。頬には涙のあとがあり、ずっと泣いていたのがわかる。
青年は立ち上がり、レンを優しく抱きしめた。
「なら、余計に外には出したくないだろ。大切なんだから」
「…でも、兄さん…真も、兄さんみたいに、私を守ってくれるよ」
それを聞いて、青年『アウグネス・ラウフィン』は微笑む。彼は、レンと紗嗚の兄である。
「そうか。レンには、私以外に守ってくれる男性ができたのか」
アウグネスの微笑は、少し寂しそうである。
「よかったな、レンオーヌ。…私には、もうお前を守ってやれる力はないから」
それでも、可愛い妹に、アウグネスは優しく微笑む。
「だがな、どんな馬鹿でも、ここまで来ようとはしないさ」
そして少し強く、アウグネスはレンを抱きしめた。
「ここまで来ることは、精霊界に…いや、世界に喧嘩を売ることになる」
精霊界は、総国に代表を送るほど大事な位置にいるため、精霊界に乗り込み、姫をさらったともなれば、総国…つまり世界に宣戦布告するのと同じである。
「そこまでするような奴に、私は大切な妹を任せられないよ」
するとレンは、アウグネスから離れる。
「…真は来てくれるよ。…約束したもん」
レンの瞳は、さっきよりも涙で潤む。
「…だから、私は兄さんが反対しても、真が迎えに来てくれたら、一緒に行く!」
本当は不安なのだろう。真空が来てくれるか…自分の為に、世界を敵にまわせるのか。
「…来てくれたら、…来て、くれたら…一緒に、行き、たい」
泣き出しそうなレンの頭を、アウグネスは優しく撫でる。
(ごめんよ、レンオーヌ。…頼りない兄で)
今の自分には、それしかしてやれないことを、悔やみながら。
「そんなに泣かないでよ。レン」
「!」
「俺は、約束は守ろうと頑張る男だよ」
「…し、ん。…真!」
レンは、真空に抱きついた。アウグネスが寂しそうな顔をするが、今のレンの眼には、真空の姿しか入らない。
「ごめんね、レン。心配かけて。…もう、どこにも行かないから」
真空は優しく、力強くレンを抱きしめた。
「レンが望んでくれるなら、ずっと側にいるから」
「…うん。…うん」
レンは、真空の腕の中で小さく頷く。
(よかったな。…レンオーヌ)
アウグネスは、嬉しそうなレンの顔を見て、微笑ましく思った。…しかし、同時に、寂しくもある。
「確か、真空と言ったな」
真空は名を呼ばれ、アウグネスを見る。
「私はレンオーヌの兄、アウグネス・ラウフィンだ」
「レンの…お兄さん!」
真空はレンと紗嗚が姉妹なのは知っていたが、上に兄が居るのは知らなかった。
「じゃあ、紗嗚のお兄さんでもあるのか」
「…シャオリーヌのことだな。なんだ、シャオリーヌの事も知っているのか」
「…姉さんも、真のことが好きなの」
「…そうか。シャオーヌもか」
アウグネスは少しガッカリしていたが、すこし安心したようだった。
「真空、お前はレンオーヌとシャオーヌを娶る気はあるのか?」
「!」
真空は驚いた。レンと紗嗚を選べなくて悩んでいるときに、二人をめとる気はあるかと聞かれたので、当然ではあるが。
「何を驚く? 精霊は人口の約九割は女性なんだぞ。精霊界では一夫多妻制は常識だ」
「でも、俺は人間だし、寿命だってある」
しかしアウグネスは瞳を閉じ、腕を組む。
「…真空、私の眼はごまかせない。…君がすでに、人間でないのは一目でわかる」
「!」
「…私は、元『四方精天』だ。それくらいはわかる」
「…真、人じゃないってほんとなの?」
レンは心配そうに真空を見上げる。真空は、覚悟を決めたように頷く。
「無理にとは言わんが、人の道理に縛られる必要はないだろう」
「そうかもしれません。…でも、それで良いのか、わからないんです」
アウグネスは窓のところへ行き、外を見る。
「…なら悩め。悩んで、それでも二人が好きなら、迷うな」
「…………」
真空は、その背中にかつての父の姿を見た。
「妹を、頼む!」
「…兄さん、ありがとう」
そして、二人は部屋を後にした。
「よろしかったのですか? アウグネス様」
「かまわないよ。母さんには、私が話そう」
真とレンがさったあと、部屋に十二精天の一人であり、輝きの精霊と言われる『ノーマ・アンフェルノ』が訪れ、二人を追うなというアウグネスの命令を聞く。
「しかし、外には龍人の剣闘師が控えていますよ」
「大丈夫。…あの少年の眼は、父親そっくりだったから」
「…『大空 青空』様ですね。もう、十年以上前ですが」
「あの方を、私は尊敬している。そして、あの子も、…きっと、大切な者を選ぶだろう」
そう言って、アウグネスは空を見上げた。空は、清らかな青天だ。
「…、アウグネス様も、そうですよ」
「そうか、なら私も、いつかは王子の道を外すかもな」
「嬉しいですか? 道を外すことが」
ノーマは、嬉しそうにしているアウグネス見て、不思議そうにしている。
「…ノーマ、私が喜んでいるのは、道を外すことより、それよりも大切なものに出あえることだよ」
そのアウグネスの笑顔は、とても明るかった。
「兄さん、…本当に、真ちゃんと戦うの?」
桔梗は、気術を使って、広場に倒れている剣闘師の傷を癒している。
「親友が、悪い道に進むなら、止めるのが親友だろ」
龍希の言葉遣いは冷静で、ござるではない。
「まったく、頑固だな。私は手をかさないぞ」
「俺も。…はっきり言って、俺は真が間違ってるとは思わねえ」
「まぁ、良いんじゃねぇかぁ。俺達は見守るだけでぇ」
広場には龍希と桔梗の他に、黒斗と豪紀、テイルが来ていた。
「別に立会いなんていらないよ」
「そうぅ言うなよぉ、立会いが居て初めて決闘なんだぜぇ」
「だなあ、はっきり言うがお前よか真の方が強いし」
「いや、わからないぞ。こいつの龍人の時の力は数十倍だからな」
「もう黒斗兄さん、あんまり兄さんをおだてないで下さい」
桔梗は黒斗を軽く睨んだ。
「私はあくまで事実しか語ってないぞ」
「まあな。…でも、あいつだって、本気だしゃわかんねえだえろ」
「…言っとくけどぉ、真の本気はぁ、見ることはないよぉ」
テイルは獣の姿のまま地面に座っている。
「あいつの本気はぁ、獣を従えるときだからよぉ」
「…真が言ってた、『栄光獣』のことか?」
「! 栄光獣だと。伝説の獣のはずだ」
「うそだろ、なんでんなもんが存在すんだよ」
「…黒斗兄さん達、聞いてなかったの? 真ちゃんの中に栄光獣が居るって」
黒斗と豪紀は驚いている。
「龍希ぃ、何で桔梗にだけ話したんだぁ?」
テイルは龍希に閉じた眼を向ける。
「桔梗が、しつこかったんだよ。…『真ちゃんと何話したの?』ってさ」
「だって、帰ってくるなり、深刻そうな顔してるんだもん」
「そういや、あのとき妙に沈んでたな」
「まったく、そう言うわけか。…それで、千里の光眼を得たのか」
「…得ちゃ、悪かったか?」
「!」
気付けば真空は、門のところに立っていた。
「真、いつの間に来ていたのだ」
「お前と豪紀が驚いていたあたりから」
嫌なところを見られたと、黒斗は苦笑する。
「まあ、お前らが居たことや会話は、ずっとこの眼(千里の光眼)で見てたけどな」
真空の眼は、千里の光眼により輝いている。
「栄光獣は、この世に存在しない方がいい。栄光獣もまた、森羅万象に等しい怪物だからな」
「それを宿してるテメエも怪物だってか」
「まったく、少しは我々を信用しろ」
「私は兄さんを見捨てても真ちゃんの見方だよ」
「…桔梗ぅ、さらぁっと酷いこと言うなぁ」
テイルは桔梗の一途さに呆れた。
「真、…本気で、その子を連れて行くのか?」
龍希は紅蓮の龍眼で真空を睨む。
「お前がしようとしていることは、世界を敵にまわす、大犯罪なんだぞ!」
「…………」
真空はレンを門のところに残して龍希の前に歩みよる。
「龍、お前はいつから掟に従うようになった?」
「お前こそ、いつから掟を破るように、なったんだ!」
すると真空は、レンから返してもらい、首からかけている七色の精石を握る。
「俺は、葵を守ると決めた時からだ!」
真空は一歩踏み出して龍希を睨む。
「ゴッ!」
「俺は、母さんが、死んだときからだ!」
龍希も一歩踏み出して、真空のでこに、自分のでこをぶつけて睨みあう。
「テイル、レンを見ててくれるか?」
真空は睨みあったまま、テイルに頼む。
「…あたりまえだろぉ。今の俺はぁ、お前の従霊だぜぇ」
そしてテイルはレンの側へと歩み寄った。
「二人とも、本気なの?」
「桔梗これは、俺とこいつの問題だ!」
「ったく、…とことんやれよ」
「まったく、これだから、精進が足りぬのだ」
そう言って豪紀は離れ、黒斗も桔梗をなだめながら離れた。
「真、あの時の決着をつけるか」
「…望むところだ、龍」
そして二人は一歩離れ、刀を抜いて相手の刀と交差させる。そのまま二人は睨みあい、時が止まったような感じになる。
「!」
そして、二人は互いの刃を弾き、距離をとった。
獣拳“刹牙”
真空は、真空刀を左手に持ち、右手で高速の牙を放つ。
龍拳“脚牙”
対する龍希は紙一重で真空の牙を己が牙で弾く。
「!」
炎天・龍刹流“炎火・速刀斬”
龍希の刀から炎が噴出す。そして、その炎の刃で、高速の斬撃を放つ。
秘天・真空流“風来剣”
それを真空は風を纏った刀で受ける。
「!」
すると、真空の刃から暴風がうまれ、風圧が両者を吹き飛ばす。
[獣拳と龍拳、二つの牙拳]
真空は立ち上がり、刀をしまった。そして龍希も。
「真、いい加減どっちの牙拳が強いか、決着つけるか」
「望むところだよ。手加減はしない」
二人は睨みあい、様子を伺う。
「牙拳どうしの戦い、みものだな」
「真、負けんなよぉ」
「!」
獣拳“拳牙”
龍拳“脚牙”
刹那、二つの牙はぶつかり合う。
(ち、やっぱり脚牙の方が、威力は上か…なら)
獣拳“砕牙”
(こいつでどうだ)
八気防御術“硬質化”
「!」
龍希は、外気を鉄のように硬くして砕牙を防ぐ。
龍拳“脚激牙”
獣拳“脚砕牙”
「!」
二つの脚牙はぶつかり合い、互いに弾きあう。
「…真、強化した脚牙も使えたのか」
「なめるなよ、龍。お前に脚牙を教えたのは俺だぜ」
龍希は真空の手を見る。…その手はボロボロに傷ついていた。おそらく、ギルバート博士の基地に乗り込んだときの傷が、癒えていないのだろう。
「そうだったな。だが、奥義は別だ」
「奥義か、…受けてたつよ」
すると龍希は、空中へと跳び、真空は、回転し、遠心力をつける。龍希は跳んだあと、体を前に回転させながら落下し、大振りの牙を放つ。真空は、回転を縦に変え、威力を最大以上に引き出した牙を、天空に向けて放つ。
龍拳奥義“天翔龍牙”
獣拳奥義“天衝獣牙”
地面は裂け、空気は振るえ、見るものを、圧倒した。
(すげぇなぁ。…もうぅ、止まらないかぁ)
(まったく、我が弟ながら、恐ろしい)
獣拳“脚爆牙”
真空は、爆破の牙を足から地面に放った。
それにより、視界が見えなくなるほどの、土煙が起きる。
牙連拳“連牙”
真空はその煙にまぎれて数発の牙を打ち込んだ。そして、龍希と距離をとる。
(威力のあるあいつの龍拳と、まともにやりあったら、こっちがもたねえ)
そして真空は上に跳ぶ、空歩を使ってさらに高く。古城の上辺りまで来たとき、
八気移動術“空脚歩”
空中を蹴って地面に向かって跳ぶ。何度も、何度も空中を蹴って。
(…うそだろ。空中を蹴って跳んでやがる。)
(ありえない。空歩ですら空中に立ち、それを維持するのに苦労するのに…跳ぶなど)
(やっぱり、真ちゃんはすごいな)
「…真、すごい」
「見ときなよぉ、レン。あれが使えるのはぁ、多分この世では真だけだからよぉ」
獣拳奥義“天翔獣―
「!」
龍拳奥義“天衝・飛空龍牙”
真空が牙を放とうとしたとき、土煙の中から龍希が物凄い勢いで跳んできた。
「ッギ!」
その龍希の牙を、真空は左手を盾にして、威力を下げる。
「真、もうやめろ!」
しかし、真空は折れた左手で龍希の服を掴む。
「俺は、負けられないだよ!」
獣拳極奥義“心通牙”
真空は新たに、右手で、心力の牙を放つ。龍希はそれをまともにくらい、そのまま地面に勢いよく落ちる。
(…なんでだ?)
真空は手ごたえを感じなかった。確かにあたったはずだが、倒した感じはしない。真空は空歩で空に立ちながら気を練る。
真空流“螺旋風塔”
真空は巨大な竜巻を起こし、土煙を吹き飛ばす。
「!」
土煙が消え、真下、竜巻の中心に、紅蓮の炎を纏い、煌く炎の剣を持ち、青光の龍眼をぎらつかせ、長い紅の髪を靡かせる、龍人の姿があった。
「オレも、負けられない。お前を、正すために。…例え、この姿になっても。闘剣の第三段階を開放しても」
(…龍、お前はどこまで強くなるんだ)
龍希の纏っている炎の衣と炎の剣は、闘剣を第三段階に開放して得たようだ。
(俺は、まだ闘剣を第三段階にできないのに)
真空は、竜巻の中、自分の弱さを悔やむ。
「! …え」
そのとき、龍希の姿は刹那に消えた。
「どこ行った。…まさか、この眼(千里の光眼)で捉えきれないなん―」
「オレのスピードは、光速を超える」
「!」
龍極拳“槍激脚牙”
龍希は真空の後ろから、強力な槍のような脚牙を放つ。それを真空はまともに受ける。その際に竜巻は止んだ。
(馬鹿な。…なんだよ、この威力)
真空は鋼体と硬質化を使って何とか耐える。
(ありえない…。一般的な増強量を超えている)
ふつう、亜人と呼ばれる者たちは、それぞれ増強量というものをもつ。人間の力を一とするなら、魚人はその三倍、獣人は五倍、鳥人は七倍、そして、もっとも高い龍人は十倍と言われる。
(…少なくとも、五十倍はいってる)
その増強量の数値が、龍希は異常なのだ。…龍希の分析をしながら、真空は光術で身を隠す。
(…くそ、人間の姿であれほどの力を使える奴に、あの増強量はねえだろ)
「真、消えても無駄だ。オレの眼は、お前の位置を体温で捉える」
「!」
龍極拳“破鋼脚牙”
龍希は姿の見えない真空に、鋼体でも防ぎきれない力をぶつける。
「!」
今度は鋼体と硬質化でも防ぎきれず、その攻撃をまともに受け、真空は地面に堕ちる。
「…く、そ」
龍炎術“焔火”
龍希は空中で、口から灼熱の炎を、真空に向かって吐く。
「調子に、…乗りやがって」
真空流“取り込む風”
真空は、右手に風気を集めて、それを龍希に向かって飛ばす。
「!」
真空の手より放たれた高密度の風気は、真空の前に巨大な風の渦を生み出し、向かってきた炎を取り込みながら、龍希に向かっていく。
「クソッ!」
龍希はそれを紙一重でかわす。
(まさか、オレの炎を…)
〝…真ちゃん、大丈夫?〟
「結構、きついかな。…龍が強くて」
真空は、もうろうとする意識の中、葵の声を聞く。
〝…龍ちゃんは、特別だもん〟
「そうだな。あいつは、太陽の巫女と龍王の子だからな」
〝…でも、忘れないで〟
「何を?」
真空が眼を開けると、真空と同じ歳くらいなった葵の姿がある。
〝…真ちゃんも、特別だって事を〟
「俺が、特別?」
葵は、真空に微笑む。
〝…隣には、居られないけど。私はいつでも、真ちゃんの側に居るってこと〟
真空は葵の言葉を聞いて、少し瞳が潤む。
「葵。…力を、貸してくれるか?」
〝…あたりまえでしょ。…私は、真ちゃんと一つなんだから〟
[目覚め、二頭の神獣]
龍希は真空を見下ろし、青光の龍眼をぎらつかせる。
(エネルギー系の攻撃は、真空には通じない…なら)
八気極移動術“神速歩”
「ッボ!」
ソニックブームを起こして龍希の姿は消える。
(近距離で、この『炎気龍斬剣』で決める)
炎天・龍刹龍“騎神天降斬”
神速の斬撃が、真空を捉える。
「!」
「…やっと、見えた」
龍希が斬りつけた場所に、真空の姿はない。
「もう、逃がさない」
龍希の後ろで、真空の声がする。
「真、いつの間に…!」
龍希が振り返ったとき、そこに、さっきまでの真空は居ない。
「もう二度と、お前を見失ったりしない」
立っていたのは、光輝く角と翼をもち、金色の長髪をなびかせ、純白の気衣(気で作り出した衣で、使い手によってさまざまな能力を持つ)を纏い、七色に輝く千里の光眼を持った、栄光の獣人だった。
「俺は、もう迷わない!」
八気極移動術“神速空歩”
「!」
「俺はお前を超えていく」
天空流・奥義“斬繋剣”
(!…ばか、な)
龍希はとっさに真空の攻撃を、闘剣の炎気龍斬剣で防いだが、真空の刃はそれを切り裂く。
「俺の刃は、すべての繋がりを断つ」
真明流・奥義“再繋剣”
真空は折れた左腕を、右手に持った真空刀で斬った。しかし、腕は繋がっている。だが、骨がくっつき、骨折が治っている。
「! どうなっているんだ。なぜ、腕が―」
「これが、栄光獣の力を得た、俺の力だからだ」
真空は空歩で龍希の後ろに行く。
「!」
〝光よ、雷を纏い、天地に轟け〟
栄光術“電光雷鳴”
雷の巨大な柱が天地に架かり、周囲に轟音を響かせる。
「ぐああああ!」
龍希は、その柱の中心で電撃を受ける。
「兄ぃさん!」
「龍希ー!」
「…龍希」
「おいぃ! やり過ぎだろぉ!」
「…真、もうやめて!」
柱が消え、龍希はその場に倒れた。真空は、龍希の前に立ち、龍希を見下ろす。
「…立てよ。お前がこの程度の技で死なないのはわかってる」
「く、…死ななくても、効くよ」
龍希にはまだ意思があり、何とか立ち上がる。
「効かないだろ。『龍鋼鱗』纏ってんだからよ」
龍鋼鱗は龍族が纏っている鱗で、術や属性を半減、または無効化する力をもつ。
「オレは炎龍の龍人だぞ。龍鋼鱗でも、雷は半減しかできない」
そして、龍鋼鱗は龍の属性によって多少異なる。
「半減で十分だ。ふつうなら、跡形も残らないからな」
「さらっと、恐ろしい事言うな」
真空は空間を操り、目の前に風刀と光刀を出現させ手に取る。
「そろそろ、本気出せよ。龍。…俺は、本気出したぜ」
「…桔梗、周囲に『結界』張ってくれ」
「兄さん、やる気なの!」
「…………」
龍希は黙った。それを見た桔梗は、龍希の覚悟を悟る。
「わかったわよ。…二人とも、無理しないでね」
八気結界術“絶界”
そして、龍希と真空の周囲、五十メートルほどに、すべてを拒絶すると言われる結界を張る。
「真、オレの本気は、神界クラスだぞ」
「俺はもう神界クラスだよ」
すると、龍希の背中から、龍の翼が生える。
さらに爪牙も鋭くなり、完全な龍人へと変わった。
「闘剣、第四段階!」
そして龍希の炎の衣はさらにその火力を増し、炎気龍斬剣は、二刀に別れ、その刃を龍希は真空に向ける。
「…すごいな、第四段階なんて。…俺なんて、第二がやっとなのに」
「オレは、お前に追いつきたくて、必死に努力しただけだ」
「…必死、か」
真空は自分が持つ、風刀と光刀を見る。
「…力を貸して、『千鎖』、『無鎖』」
風刀は千鎖に、光刀は無鎖へと姿を変え、真空の体に纏わり付く。
「龍、俺は昔『羅生門』の向こうで、修行をしていたことがある」
「あの伝説の、羅生門で」
「千鎖、無鎖、一つとなりて、真の力を示せ」
闘剣極み『千無鎖』(ちむぐさり)
真空は背中に、鉄でできた輪を、鎖で背負うようにつけていた。そして、その輪の中から、十二本の先端に刀をつけた鎖が出てきている。
「…何で闘剣が一つに」
「知らないのか? 闘剣は同じ素材から作られた闘剣と合わせることができるのを」
「同じ素材?」
「虹刀は、同じ麒麟から作られた闘剣だ」
「! じゃあ、この炎刀も」
龍希は自分の持つ闘剣を見る。
「そうだ、だからお前の闘剣も、俺の千無鎖と合わせることは可能だ」
真空の闘剣は十二本の尾のように、真空の後ろで浮遊している。
「そろそろ、いいか? 体の限界が近いんだ」
「真、どうしてそこまでして」
「護りたい、大切なものがあるからだ」
そして二人は姿を消す。
「見えないなぁ、二人とも早すぎだぁ」
「ありかよ。はっきり言ってありえねえ」
「豪紀、これが現実だよ」
「受け入れたくない、現実でだね」
「…真、大丈夫かな」
レン達には、見守ることもできなくなった。
『フレイム・ダブル・ファング』(炎の双牙)
『シャイニング・トゥウェルブ・ソード』(栄光の十二剣)
炎と光はぶつかり合う。二人が争うのは、音速や光速を超えた、神速…つまりの神の領域。
真空流“エア・ブレード”
龍炎術“フレイム・エンペラー”
真空は風の刃を纏い、龍希は太陽に近い四千度の炎を纏う。
「いい加減引け、真! 体がフラフラじゃないか!」
「うるせえー! てめえに何がわかる!」
チェーン・ギガント・フィスト(鎖の巨大な拳)
鎖が巨大な拳を象り、龍希に突っ込む。
「無駄だ、真。今の俺には、物理攻撃は通じな―!」
「なめるなよ。この闘剣はお前の炎ごときじゃ、溶けやししねえ!」
龍希の纏う灼熱の炎では、鎖は溶けない。
龍拳秘奥義“神龍・天陣脚牙”
「!」
しかし、龍希の牙が当たる刹那、鎖は拳の姿を解く。
獣拳秘天技“天地光明・秘天牙”
解けた鎖の中から、真空が飛び出す。
「!」
再び、二頭の神獣の牙はぶつかり合う。
〝小僧、負ケル事ハ許サンゾ〟
「わかってるさ、栄光獣」
二人の体は限界に近かった。それでも二人は立ち上がる。
「真、まだ終わってないぞ。」
「だが、お互い限界だな」
「次で決めれば問題ない」
お互いの闘剣は柄に戻り、姿も人に戻っている。
「この一撃に、俺の最強の奥義で挑む」
「…来いよ。俺も、全力をかける」
互いに刀を抜き、力を込める。
龍刹流・最終奥義“龍神・刹那抜刀”
真空流・極奥義“秘天・心通波”
龍希の抜刀と真空の突きは、互いの威力をぶつけ合う。
「ッフ! シャッ!」
その激突に衝撃波は、すべてを拒絶すると言われる結界を振るわせた。
[新たなる神話]
真空は辛うじて立っていた。互いの威力により生まれた衝撃波に、強烈なダメージを受けたが、それよりも心通波による、心力の刃のダメージを受けた龍希の方は倒れる。
「ふふ、拙者の負けでござるか。…もう、動けんでござるよ」
「ぬかせ、俺も、とっくに限界だよ」
真空は真空刀を地面に刺して、寄り掛かっている。
「お~いぃ、二人とも大丈夫かぁ?」
「まあ、なんとかね」
「拙者も、生きてはいるでござるよ」
「なんでい、心配させやがって」
「まったく、次は止めるからな」
「そうよ、治すのは私なんだから」
桔梗は結界を解き、みんなが駆け寄ってきた。
「!…レン」
レンは、真っ先に真空に抱きつく。
「大丈夫だよ、レン。そんなにたいした怪我じゃないから」
それでも、レンは体を小刻みに震わせながら、真空に抱きついている。
「心配かけてごめんね」
真空は傷ついた両手で、レンを優しく抱きしめる。桔梗はうらやましそうに、その光景を見ながら、龍希の傷を気術で癒す。
「…真、もう無理しないでね」
「わかった。できるだけしないよ」
《わかってないじゃん》
その場にいた真空とレン以外の者はほとんどそう思う。
「わかってなくて悪かったな」
それを、心を見ていた真空につっこまれる。
「龍、ちょっといいか?」
龍希は、桔梗の気術のおかげで起き上がれるくらいに、回復していた。
「会わせたい奴が居るんだ」
そう言うと、真空は龍希の側に歩み寄る。
「会わせたい人でござるか? どこに居るでござる?」
龍希は辺りを見回すが、誰もいない。
「おいぃ、真!」
「な、何。なんだその顔」
「どうしたんだ、真」
「真ちゃん、なの?」
「…真、女の子だったの?」
真空は自分の顔に手を添えて、光術を解いて仮面を外した。それを見て、現れた顔に桔梗達は驚いたのだ。真空の姿は、前に龍希に見せたのと少し違い、髪が腰の辺りまで伸びている。
「………、……ちゃん」
真空は、小さい声で何かを言う。
「どうしたでござるか? 真」
すると真空は少し顔を伏せてしまった。ふだんの真空とは違い、見た目と声が女性のせいもあるが、かなりしおらしい。
(こいつ、本当に真かよ?)
(真が会わせたいと言ったのは、この子のことだろうな)
(こっちの真ちゃんも可愛い)
(まさかぁ、出て来れるなんてなぁ)
桔梗達の心を読み取ったのか、真空はさらに顔を伏せる。
「!」
そのとき、龍希はぼろぼろの体で、桔梗の手を借りながら何とか立つ。そして、真空に笑顔を向ける。
「…笑顔は、変わんないね」
真空は、伏せていた顔をあげる。
「…久しぶり、龍ちゃん」
「!」
その場にいた真空とレン、そしてテイル以外の者は驚愕した。今まで、龍希を『龍ちゃん』と呼んだ人は、二人しかいないからである。
「ま、ま、まさか葵か?」
「その姿はなんだ? 真はどうした?」
「ええ、葵ちゃんなの? でもそしたら真ちゃんは?」
混乱する桔梗達をよそに、龍希はすべてを悟ったような顔をしている。
「出てこられたのでござるな、葵」
「…うん。真ちゃんが、栄光獣を従わせたから、私が封じる必要は、もうないの」
そして葵は、龍希に笑顔をかえす。
「…でもこれからは、いつでも出られるから」
「…本当に、葵ちゃんなの?」
「!」
葵が振り向くと、レンが瞳を潤わせながら立っていた。
「…レンちゃ―」
レンは葵に抱きつく。…涙を流しながら。
「…葵ちゃん、寂しかったよ。どうして六年前、居なくなったの?」
葵は、レンを優しく抱きしめる。
「…レンちゃんと、似てるかな」
「…私と?」
「…そう。…私は巫女だったから、一度も人間界に行った事、なかったの」
葵は膝を地面に着くように屈んで、レンに目線を合わせる。
「…どうしても外界に行きたくて、こっそり抜け出したの」
葵が微笑むと、レンは安心するようだった。
「…だから、私はレンちゃんの味方かな」
「…似ているから?」
「…それもあるけど、大切な友達だから」
そう言いながら、葵はレンの頭を撫でる。
「おいぃ、いい加減二人の世界から帰ってこいぃ」
「!」
テイルの声に、二人は我に返る。
「…ごめんねテイル、久しぶりだったから」
葵は立ち上がり、みんなを見る。
「レンと知り合いだったのかぁ?」
「…私も、十二精天の一人だったから」
そして葵は、また龍希を見る。
「…ほんと、ぼろぼろだね」
葵は、右手を龍希の頬に添えた。
「あお―!」
その刹那、龍希の傷が癒える。
「…これくらいしか、私にはできないから」
葵は優しく微笑む。
〝葵、そろそろ行かないと〟
(…わかってるわよ。真ちゃん)
葵は心で真空と会話をする。
「! え、龍ちゃん」
葵が真空との会話をしているとき、龍希は葵に抱きつく。
〝龍、てめえ葵から離れろ!〟
しかし、『伝心』の能力でもない限り、今の真空の言葉は、龍希には届かない。
「…龍、ちゃ―!」
龍希は葵の唇に、自分の唇を重ねる。
〝この野郎、気色悪い、あとで殺す!〟
体を共用しているため、その感触は真空にも伝わる。
「葵、五年前から、拙者はお前の事を―」
しかし葵は、右手で龍希の口を塞ぐ。そして、その頬は赤らんでいる。
「…言わないで。…龍ちゃんの気持ちは、この眼でわかってるから」
葵の瞳は、七色の千里の光眼になっている。
「…でもね、今の私はもう、昔とは違うの」
「それは、わかってる」
「…わかってないよ。…さっきのキス、真ちゃんにもしたことになるんだよ」
「! だって今、真は葵の中にいるんじゃ」
葵は困ったように、とりあえず抱きしめくる龍希から離れる。
「…体とかも共有してるから、さっきから真ちゃんが怒ってるの」
「…まさか、本当に拙者は真空ともキスしたことになるでござるか?」
「…そうよ。感覚も共有してるから、さっきの戦いのときは痛くて」
龍希の顔が青ざめていく。
「龍希、お前女傷つけたのか」
「まったく、変な道には走るなよ」
「兄さん、最低」
痛い視線を龍希は感じる。
「真、そろそろ行くぞぉ」
テイルは葵に向かって言う。
「…テイル、もう少し待って」
葵はふたたび龍希を見つめる。
「…龍ちゃん、龍ちゃんの気持ちは嬉しいけど、私はもう、一人の女じゃないの」
龍希の顔が少し曇る。
「…私は、真ちゃんと二人で、一つの存在なの」
「それでも、オレはお前を愛してるんだ」
その時、葵は仮面を付ける。
「…ありがと、龍ちゃん」
そして、真空の姿へもどる。
「!」
「ったく、好き勝手しやがって」
戻った瞬間に、真空は龍希の頬を殴っていた。
「痛いでござるな。いきなり」
「うるせえ、されるような事したのはお前だ」
葵に変わったときに、真空の傷は癒えていたようだ。
「俺はそろそろいくぞ」
「…真、オレは葵を守れるか?」
振り向きかけた真空は足を止める。
「お前の気持ちしだいだろ。…愛してんなら、迷うな」
そして真空は龍希に背を向ける。
「あと龍、一つ頼みがある」
「頼みでござるか」
「俺の変わりに、直輝を剣闘師にしてやってくれ」
「…お前を捕まえると言い出しても、知らぬでござるよ」
真空は、弟子を龍希に頼んだ。
「ありがとう、龍」
そして、真空はレンとテイルを連れて広場を出ようとする。
「終わったのですね」
「!」
広場の入り口には、紗嗚が立っていた。
「…紗嗚、もし、選べないときはどうしたらいい?」
困った顔をする真空に紗嗚は微笑みかける。
「あなたが思っている答えで、良いと思いますよ」
「そうか。…ありがとう」
そして、真空は紗音とレン、テイルを連れて、精霊界を出るのだった。
「行かせて良いの? アウグネス」
「ああ、あれがあの子達にとって、幸せなことみたいだから」
古城の窓から真空たちを見ていたアウグネスに、ハールーンがたずねる。
「まあ、あんたが良いならあたしはいいけどね」
しかし、ハールーンの顔が少し曇る。
「でも、春夏秋冬様と『東西南北』様は黙ってないわよ」
「…大丈夫さ。あいつは、私が見込んだ男だから」
アウグネスは、精霊界を出て行く真空たちを、優しく見守っていた。
その後、真空は全世界で指名手配された。光輝く角と翼、金色の長髪をもち、純白の気衣を纏い、七色に輝く千里の光眼と十二本の尾をもつ栄光の獣人として。
エピローグ
「ホッホッホ。真空、強うなったの」
「いや、俺なんてまだまだですよ」
真空は老人と組み手をしていた。しかし顔のしわ以外、その老人の体格や肉付き、動きは、とても老人には見えない。
「まーたやってるカ、よくまあ飽きないネ」
「別に、やらせておけば、いいだろう」
それを、言葉が変に訛っている四十歳くらいの男と、話すのが慣れていないような話方女性が見ている。…ここは、人の限界を遥か凌駕した達人が住む場所。その入り口にある門の名から、『羅生門』と呼ばれている。
「皆さん、お昼ご飯ができましたよ」
そこに、紗嗚の温かい声が響く。
「ホッホッホ。ここいらで休憩かの」
「そうですね。お腹もすきましたし」
ここで真空は力をつけながら、紗嗚とレン、テイルと共に生活をしている。これから起こるであろう、大きな大戦に備えて。今はこの安らかな時を、愛する二人の笑顔を、うちに居る友の声を、大切にしながら。
終わり
最後まで読んでくださってありがとうございます。
修正するか、いっそ話を書き直すかこちらも考えていきたいと思っています。