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剣闘師  作者: 夜乃 月人
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第二章『強き力は愛と友情』

 [施設訪問、レンの答え]

時計は十時をさし、もうすっかり街はにぎわっていた。そんな時間にレンたちが泊まった部屋のドアが開く。

「ただいま。…遅くなってごめん」

真空が帰ってきたのだ。

「真、朝帰りとはぁいい度胸だなぁ」

「…真、何かあったの?」

テイルはともかく、レンは本気で心配して居たようだ。

「何にもないよ。心配かけてごめんね」

確かにレンが心配しているようなことはなかった。

「…なら、よかった」

レンはほっとしたようだ。

「じゃあ出かけようか」

「どこにだよぉ」

「決まってるだろ、レンを精霊の保護施設に連れて行くんだよ」

「…やっぱり、行かなきゃダメ?」

レンは行きたくないようだ。

「昨日も言っただろ。どうするかは行ってから決めていいって」

「…うん、わかった」

「んじゃ、俺はぁ別行動ねぇ。適当に帰るからぁ」

そう言うとテイルは一人で行ってしまった。

そのため、真空とレンは二人で保護施設へ向かった。


総国はこの世界でもっとも大きい国である。それはそれぞれの種族の代表が居るため、総国はそれぞれの種族の領土を持っているからである。そして、人々は自分の種族の代表の領土に住まっている。そのため、総国の中心にある最希城は『最後の希望を集う城』という意味で建てられた。そして城にも種族の代表やその兵士がいるため、大きく創られたのだ。

そして真空とレンは今、精霊の代表である四季精天の精霊『シャオーヌ・ラウフィン』の領土に来ていた。総国内の領土は種族を問わず入れるが、ふつうは自分たちの代表の領土から出ようとは思わない。そのため、人や龍族なども居るが、ほとんどは精霊だ。二人はその道を奥へと進む。すると、大きな建物が見えてきた。

「あれが、精霊の保護施設『ホーリー・エンジェリア』だよ」

「…わあー、大っきい」

見た目は大きな屋敷だが、中には精霊のための設備が充実している。真空はレンを連れて、その中へと入った。すると、レンは真空の後ろに隠れるように歩く。

「どうしたんだ、レン?」

レンは体を振るわせ出した。

「…真、その…やっぱり、帰ろう」

レンは真空のマントを掴んで離さない。

「…何か、あるのか? 俺にも話せないような事が」

「…うん。…私は、真の側に居たい。…でも、知られたら、私は真の側に居られない」

真空はそれを聞いて、レンの頭を撫でた。その時ふと思った。レンも、寂しいのだと。そう、何となく。

「…わかった。…いちおう来たし、そうレンが望むなら」

すると、受付の精霊や周りに居た精霊達が集まってきた。

「あの、どうかなさったんですか?」

親切に一人の精霊が話しかけてきた。

「何かあれば遠慮なく…レ、『レンオーヌ』様!」

レンを見た精霊が、まるで皇族でも見たかのようにレンを見る。そして、それを聞いて多くの精霊がレンを見て驚く。

「本当に『レンオーヌ・ラウフィン』様だ!」「間違いなぞ」「『春夏秋冬様』がどんなに心配だれたか」「レンオーヌ様が帰ってきた」

そう言って精霊たちは喜んでいる。しかし、レンは悲しみと恐怖で満ちた顔をしていた。

「…レン、ここに居るのは嫌か?」

「…うん、…嫌だよ」

そう言うとレンは泣き出した。

「…俺は、お前がどこの誰か、咎める気はない」

「…………」

「…でも、一つ聞きたい」

それを聞いて、レンは真空を見つめる。

「俺と、一緒に来るか?」

「…え、…真」

「お前が望むなら、俺の側に居ろ」

「…いい、の?」

レンは不安げに尋ねた。

「…ただし、離れるなよ。…ずっと、側にいろ」

するとレンは真空に抱きついた。今度は、嬉しさの涙を流しながら。

「…離さない、でね。…ずっと、側にいて」

それを聞いて真空は、レンを強く抱きしめた。その後レンを抱きかかえると、ホーリー・エンジェリアの入り口にある扉を、蹴破った。

「レンオーヌ様ぁ!」

後ろでレンを呼ぶ声が聞こえたが、真空は構わず走った。レンを抱き抱えて。

「誰かあの男を捕まえて!」

その声を聞いて、兵士が集まってきた。精霊は人口のおよそ九割が女性なため、兵士のほとんども女性である。しかし、霊力を用いた霊術が使えるので、人間の兵士よりも強い。

「そこのもの、止まれー!」

そしてあっと言う間に囲まれてしまった。真空は辺りを見回すが、逃げられそうもない。

(八方塞がりだな。…さて、どうしたもんか)

真空は逃げ道を考えるがなかなか思いつかない。

「貴様! そのお方が誰だか知っているのか!」

その時兵士の一人が大声で真空を怒鳴った。

「…いや、知らないよ。…だから何?」

真空は強気な態度で答える。その答えに怒ったらしく、兵士はさらに怒鳴る。

「そのお方はな! 精霊皇・春夏秋冬『シーレオンヌ・ラウフィン』様のご息女の―」

「ダメ! 言わないで!」

「『レンオーヌ・ラウフィン』姫君であるぞ!」

レンの声は兵士には届かず、真空は完全にレンの正体を知った。

(…そうか、あのとき)

真空はココット村で、レンがドレスを着たときの事を思い出した。

(お姫様みたいって思ったけど、…本物の、お姫様だったのか)

しかし、レンは辛そうな顔をした。その理由を悟り、真空は兵士を見る。…恐ろしい形相で真空を睨んでいた。

(…大丈夫だよ、レン)

真空はレンにしか聞こえないくらい微かに話す。

(俺が、守ってやるから)

そう言うと真空は兵士を睨んだ。千里の光眼で。

(なんだ、あやつの気と霊力が増加していく)

兵士たちは驚きながらも詠唱を始めた。霊術は、言霊で霊力を操り、術にするのが一般である。

「罪人を縛り上げ、罰を下し、清き者を救え」

霊術・捕縛術“邪者撲滅”

すると、真空の周りの緑色に輝く紐のようなものが現れ、驚くほどの速さで真空とレンを縛った。

「これで年貢の納め時だな!」

「…クククッ、これで俺を縛ったつもりか?」

真空は不気味に笑うと、兵士をさらに睨みつけた。そして、全身に気を高める。

「一つ覚えときな!」

そして、高めた気を一気に放出する。

「俺を縛れるのは、約束と愛情だけだ!」

八気攻術“刃気・放出”

放出した気を、刃に実体化して縛っている術の紐のようなものをを切り裂いた。そして真空は、空へと跳ぶ。そして、空中に立った。

八気最高等移動術“空歩”

そのまま空中を走って真空は逃げた。

「…今のは、空歩。扱えた者は、今まで三人しか居ないと聞く」

兵士たちは、力の差に愕然としていた。


それから真空は何も聞かず、何も言わず。レンも何も言わずに二日間を過ごした。テイルが居ないのをいい事に、レンは真空に寄り添って時を過ごしていた。


 [再会、かつての友と仲間]

剣闘師選抜試験当日、真空が目を覚ますと、レンが真空に添い寝していた。あれから、レンはずっと真空に抱きついていた。とても不安そうに。そんなレンの頭を、真空はずっと撫でていた。そしてそのまま寝てしまったのだ。

(レンも、俺と同じなんだよな)

そして真空は、またレンの頭を撫でた。

(愛情が、欲しいだけなんだよな)

そのまま真空は、レンが起きるまで優しく頭を撫でていた。


 最希城ではすでに試験の準備が整い、後は受験生を待つだけだった。そこに、二人の少年と一人の少女、そして一人の青年がやって来た。少年の一人は紅色の着物に藍色の袴、もう一人はさらしに『龍』と書かれた白い法被のような上着と黒いズボン、少女はなぜか神を示す白に、水を示す水色の袴のような巫女服、青年は黒い着物に紺の袴だった。

「おや、拙者たちが一番のりでござるか」

「もう兄さん、その‘ござる’口調やめてっていつも言ってるでしょ」

「まったく、聞いているこっちが恥ずかしい」

「別にそいつの勝手だからいいじゃねえのか」

「そうでござるよ。拙者は侍でござる」

「いまどきござる口調の奴はいない。と言うより存在しない」

「そうよ。兄さんは変な本とかで影響受けすぎよ」

そんな会話をしながら四人は最希城へ入って行った。


真空とレンが最希城に着くと多くの人でにぎわっていた。試合を見に来た人や、受験者などさまざまだ。それを見て真空はレンにマントを着せた。ブカブカだが、下のたれた部分を巻くって気で縫い付ける。

八気束縛術“気糸・縫合”

そして丈はレンの体に合わせた。

「行こうか、レン」

「…うん、…手、繋いで」

二人は試験会場に向かった。…しかしその途中、真空は紅色の着物を着た少年と鉢合わせした。

「…もしかして、真でござるか?」

「…龍、なのか」

真空は驚いたようで、立ち止まってしまった。少年の名は『東 龍希』という。

「やっぱり、真でござるか。五年ぶりでござるな」

「…お前のござる口調もな。…怒ると素に戻るくせに」

「ははは、そのときはその時でござるよ」

二人は顔見知りのようだが、レンにはまったく状況が読めない。

「…? 真、葵はどこでござるか? 結構きれいになったでござろう」

「…………」

(…真、…泣いてるの?)

真空の眼は少し険しくなり、それをレンは心配そうに見つめた。普段の真空なら『お前は親父か』などと軽く突っ込みそうである。

「…どうしたでござるか、真?」

さすがに龍希も気遣う。

「…あいつの事は、聞かないでくれ」

「真、何を言うでござるか。ちゃんと訳を―」

「頼む! …頼むから、今は聞かないでくれ」

真空はそう言うと、レンの手を引いて龍希の横を通った。龍希は訳がわからずしばらく立ち尽くしている。

(…真、また、泣いてるの?)

レンは真空の悲しみを感じ取り、涙を流しては居ないが、心では泣いているのだと悟る。      

そのため、レンは何も聞かなかった。


「あぁ、こんなところに居た。兄さん!」

そう言って駆け寄って来た一人の少女、龍希の双子の妹であり巫女である『東 桔梗』。

「もう、探したんだからね。…どうかしたの?」

「…さっき、真にあったんだ」

桔梗は嫌な予感がした。それは、龍希が『ござる』を使うのを忘れるほどの何かがあったということ。しかし、それを悟られぬように普段どおりの口調で話す。

「本当に、真ちゃんに会ったの。私も会いたかったな」

「…桔梗、実は…」

そう言って、龍希はさっきの出来事をすべて桔梗に話すのだった。


「ったく、二人ともどこであぶらうってんだよ」

「そう言うな。この人ゴミでは迷うこともある」

少年と青年は会場の入り口で龍希と桔梗を待っていた。

「それにしたって限度ってものがあるだろ」

「まったく、お前は少し落ち着きというものを覚えろ」

「てめえが落ち着きすぎなんだよ!」

「お前が無さ過ぎるだけだ」

どうもこの二人は仲が悪い。そんなやり取りをしばらく続けていた。


真空とレンは試験会場を目指して最希城の奥へと進んでいく。

「よぉ、遅かったなぁ」

声の方を見ると、獣人の姿をしたテイルが立っている。

「テイル、お前いままでどこに居たんだよ」

「ちぃとやぼようでなぁ」

「試験の手続きにそんなに時間掛かったのか?」

「なっ! いつから気付いてたぁ」

テイルはとても驚いたようで少しのけぞった。

「お前だって獣人になって試験を受ける資格があるだろ」

「でもふつう気付くかよぉ」

「長い付き合いだからな。…お前が獣人になれたのだって二年前だし」

「…テイルも試験を受けるの?」

「そうだよぉ、話の状況読めぇ」

「そんなにレンにあたるな。こっちも大変だったんだかから」

真空はそう言ってテイルを止める。

「こっちだって身分証明できなくて困ったんだぜぇ」

「まぁ、俺たちが総国に居たのは五年も前の話だからな」

(…真、この国に住んでたんだ)

「だからよぉ、総統が帰ってこなかったらどうなったか」

「そうか、それは大変だったな」

「人事みてぇに、…でぇ、そっちの大変は?」

「…龍希に、会ったんだ。…だから多分、桔梗やあいつらも」

「…そうかぁ、あいつらがぁ。あいつのことは話したのか?」

真空は首を横に振る。

「…聞かれたけど、言えるわけ無いだろ」

「…それもそうだなぁ」

「…真、大丈夫?」

顔を伏せた真空をレンは気遣う。それが、今の真空にはとても嬉しかった。

「…ありがとう、レン。レンが側に居るから大丈夫だよ」

そう言って真空はレンに微笑む。…その時、三人は最悪な状況になっていた。周りを見ると、兵隊が真空の周りを取り囲んでいる。人ごみにまぎれて近づいたのだろう。出なければ真空とテイルが気付かないはずはないからである。

「お前だな、レンオーヌ様を誘拐した悪人と言うのは」

「人聞きの悪いこと言わないでほしいな」

真空は周りの兵隊を睨む。どうやら剣闘師は混じっていないようだ。

「…おいぃ真空、誘拐ってなんだよぉ。…それにレンオーヌってぇ」

「…ごめんなさい。私が、悪いの」

テイルに誤るレン。そして真空はレンを引き寄せた。

「レンが、精霊界のお姫様ってだけの話だよ」

「十分まずいだろぉ! 何考えてんだぁ、早く引き渡せよぉ!」

「嫌だね。…俺は、レンが望んだことをする」

「望んだことってなんだよぉ?」

「…私が、真空の側に居たいって言ったの」

しかし、兵隊は三人の会話を待ってはくれない。八方から同時に攻め込まれては対処に困る。とりあえず空歩を使って逃げようか考える。

「うあぁ!」

その時、後ろで兵隊の一人が悲鳴をあげた。気なって後ろを見ると、懐かしくもあり、嫌でもある人影が二つ。

「ったく、お前は相変わらずトラブルメーカーだな」

「まったく、少しは成長したかと思ったが、変わってなかったな」

「…五年ぶりなのに、いきなり説教かよ」

「加勢ってぇ考えていいんだよなぁ? 豪紀、黒斗」

「そのやる気のねえ話し方は、テイルか」

「なるほど、獣人になれるようになったのか」

「へへぇ、ご名答ぅ」

兵隊はこの二人の出現に戸惑っていた。

「隊長、我々だけでは選抜受験者を四人もおさえるなんて無理ですよ」「そうですよ。しかも一人は獣人、それにあの二人は」「剣闘師に加勢を頼みましょう」

「ならん! 構わず攻めろぉー!」

隊長の命令でしょうがなくといった面持ちで攻め込んできた。

(まぁ、無理もないか)

「真、お前はレンを守ってろよぉ」

「よっしゃああ、暴れるぜ」

「まったく、程ほどにしておけよ。二人とも」

そう言うと真空とレンを除く三人は三方向に散って兵隊へ突っ込んだ。

「オラオラオラアー! ザコいんだよー!」

そう言いながら豪紀は、白い法被のような着物をなびかせながら、敵を力押しに投げ飛ばしていく。しかも人一人を片手で。

「無駄な戦いは好まん。できれば引いてくれ…と言っても無理か」

黒斗は兵士を説得しようとするが兵士は聞く耳を持たない。黒斗はため息をついてから…

「!」

刹那で向かってくる全員を気絶させた。

「まったく、遅いにも程がある。きちんと訓練をしろ」

最後には説教までつけて。

「相変わらず、うらやましい戦闘力だな。俺もほしいよ」

真空が呟くのも当然、彼らは人ではない。豪紀は龍族と人間の間に生まれた龍人で、黒斗は術で人の姿をしているが、その本当の姿は龍族の中でも一、二を争う戦闘能力を持った黒龍であり、龍族の王『ゲオルド・レイス』の息子である。さらに、龍希と桔梗の兄でもあった。

「あぁ、これで十三人目かなぁ」

テイルも、獣拳で鎧の上からダメージを与えている。

「おあぁー!」

そう言いながら一人の兵隊が真空に向かってきた。そして勢いを付けた剣を振り下ろす。

「スッ」

しかし、ほとんど音も無く真空はその剣を片手の人差し指と親指で挟み、止めた。

「ギ、ギシシ、ギッ、バキンッ!」

それを真空は握力だけで砕いてしまった。

「…レン当たったらどうすんだよ」

「ひいぃ、ごめんなさ―」

真空の形相に兵隊は怯えた。

獣拳“拳牙”

そして真空はその兵隊を見えなくなるくらい遠くに吹っ飛ばす。

…それから兵士のほとんどがいなくなった頃。

「もうその辺で良いだろう。龍族の若き王子、それに皆よ」

「これ以上の争いは無用です。続けるなら私達がお止めします」

「拳を収めよ。若者諸君、続けても良いことなどないぞよ」

「カカカ、なんなら俺が相手をしてやってもいいぞ。ただし、殺すがな」

「まったく、何をしているのだ『クロム』、私の顔に泥を塗る気か!」

現れたのは、各種族の代表だった。ちなみにクロムと言うのは黒斗の本名で『クロム・レウス』という。そして、よく見れば代表の中には紗嗚の姿があった。紗嗚は真空の元に歩み寄るが、その瞳は前に会ったときとは違い、真剣である。

「本当に、ご迷惑をおかけしました」

そして紗嗚は真空に深く頭を下げた。

「あなたがレンオーヌを保護してくださっていたとは知らずに」

「…頭を上げてください。…確かに一昨日の朝までは保護みたいなものでした」

真空は紗嗚の顔を上げさせる。

「しかし、そのあとホーリー・エンジェリアから連れ帰ったのは確かです」

真空も申し訳ないという面持ちで紗嗚を見つめる。

「誘拐と言われれば、その通りの事をしました。ですから悪いのは俺な―」

しかし、紗嗚は真空の口を右手で塞いだ。

「あなたの性格は、多少ですがわかっているつもりです」

紗嗚はレンをかばおうとする真空に微笑んだ。

「共に一晩を過ごした仲ですから」

そのとき真空は周りから嫌な視線を感じた。

「ちょっと待てよお前ら、俺はただ添い寝してもらっただけだぞ!」

真空は慌てて周りに言うがやはり信じない。

「へえぇ、こんな美人と添い寝ねぇ。そりゃぁ朝帰りもするわなぁ」

「どうだかなあ。あの女はマジっぽいぞ」

「まったく、口ではなんとでも言えるということだ、気にするな」

「ほほほ、真も大人になったのう」

「カカカ、若いってのはいいなあ」

「しかし、紗嗚殿も物好きぞよの、人間と寝るなぞ」

「今の若者はたるんでいるな」

テイルたちだけでなく、各代表にも笑われてしまった真空は顔を伏せた。紗嗚は顔を赤らめていたが真空が顔を伏せると真空に抱きついた。

「お怒りをお静めください。あなたでもここに居る全員を相手にはできません」

「…真、怒らないで」

よく見ればレンも真空に寄り添っていた。

(しまったぁ。あいつこういういじめみたいなの大っ嫌いだったの忘れてたぁ)

(ったく、面度くせえな。こういうところ直せよ)

(まったく、相変わらず精神的に修行が足りてないな)

(まさか他の代表まで言うとは思わなんだ)

「…テメェら、勝手なことぬかしてんじゃねえぞ!」

よく見れば、真空の眼は千里の光眼になっていた。

(何ぞよ、あの眼は。しかも、戦闘能力が向上しているぞよ)

(こやつ、いったい何者か)

(やべぇ、今俺たちの心の中筒抜けじゃんかよぉ)

「真空、心を抑えよ。怒っても何にもならぬぞ」

しかし、総統の声すら今の真空には届かない。その時、金色の真空の瞳が下の方から青く変わり始め、正気を失い出した。

「やべぇ! 奴が起きる。早く取り押さえないとぉ!」

テイルが動いたとき、真空は紗嗚とレンを振りほどいて向かってきた。…しかしその刹那、テイルの横を物凄い速さで何者かが通っる。

龍拳“脚牙”

そして何者かは物凄い速さのまま、真空に高速の槍のように、早く一直線に蹴りを放った。足を回転させ、まるで真空の拳牙を足で放ったように。…そしてその蹴りを肺の辺りに受け、真空は吹っ飛んだ。ガードはしていたが、あまりの衝撃に軽い呼吸困難になっている。

そこへ慌てて紗嗚が駆け寄り、床に倒れ、呼吸の整ってきた真空の口を自分の口で塞いだ。

そしてレンも紗嗚は反対側に座って真空の手を握る。少し辛そうに真空にキスをする紗嗚を見ながら。

(…! 紗嗚、それにレン)

真空は正気を取りもどし、我に返った。

「これでもう大丈夫でござるな」

真空が落ち着いたのを見てから、みんなは気付いたが、真空に蹴りを入れたのは龍希だった。

「そうね、何か私はムカつくけど」

気付けば桔梗も後ろのほうに立っていた。

しかし、真空にキスをする女性を見て嫉妬している。…数分後、紗嗚はようやく真空から離れた。

「もう、大丈夫です。心は安定しました」

「…ごめん。…また俺は、意識を持っていかれてた」

「真、『封印』強化した方が良いんじゃねぇのかぁ」

テイルも真空に歩み寄って珍しく心配そうにしていた。

「…無理さ。こいつを扱える調律師はもう居ないから」

そして真空は首からかけている七色の首飾りを握った。

(それは、精石。しかも七色の)

紗嗚は驚いていた。精石と言うのは精霊がもつ特殊な石で、属性によって色は違うのだ。もちろん紗嗚もレンも持っているが、それを他人に見せることはまず無い。それに紗嗚の精石は金色、レンは淡い黄緑色をしている。しかし、光の屈折によって七色の光を出すのは、ある一族だけの属性だからである。それは精霊界の巫女を担う一族『シャウィング』一族だけなのだ。

「もう居ないってどういう意味だ」

見れば龍希の眼は龍のような鋭さと偉大さを持った獣眼のようになっていた。その名を龍眼と言う。しかし、色は紅蓮。まるで炎のようだった。

「答えろよ真! 葵は、葵が居ないってどういう事だ!」

すると龍希は、真空の胸倉を掴んで持ち上げた。

「約束しただろ! 何があっても葵を守るって、約束だろ!」

そのまま龍希は真空の体を揺する。

「何とか言えよ! 言ったらどうなんだ!」

「…否定はしない。あいつを俺は守れなかった。…俺が殺したようなもんだ」

「真、てめえ。なんでだよ!」

「約束を俺は破った。…俺が、あいつを殺したんだ」

それを聞いて龍希はさっきのより強力な技をしようとした。

龍拳奥義“天昇―

「止さぬか!」

見れば、総統は真空を抱きかかえていた。龍希の手に真空の姿は無い。

「龍希、お前が辛いのはわかるがな、一番辛いのは真空ではないのか」

龍希の瞳は潤んでいる。

「自分が殺したと言うほど、自分を追い込んでいるではないか」

そして、真空も。

「それでもお前は、この子を責めるのか!」

「…では、どうしろと?」

(兄さん…)

「オレはこの怒りを、誰に! 何にぶつければいいんですか!」

龍希怒りで満ちた瞳で総統を睨んでいた。

「…もうすぐ試験の開始時間だ。それに怒りをぶつけてみよ」

総統は、龍希には優しくない。なぜなら龍希は我慢をしないから。…真空のように溜め込むようなことはしないから。だから、龍希への優しさは、龍希の為にならないとわかっている。そして龍希は会場へと入って行った。凄まじいほどの闘気と怒りを纏って。


  [奇想天外、波乱万丈の選抜試験]

 会場は大きなドームのようになっており、入ると広い競技場があり、空には太陽が、その周りでは観客が今年の試験を楽しみにしていた。この世界で、一年に一回の選抜試験は各種族が競い合う、競技でもあるのだ。そして、第一審査はまず受験者を振るいにかける。

この世界には、鋼剛石というとてつもなく硬い金属があり、それを人より大きい岩ぐらいの塊にしたものをよういする。そしてそれを受験者は、本気で殴るのだ。

そして、ふつうにそんな硬いものを本気で殴れば拳が砕けてしまう。しかし、気や霊力をうまく纏えば拳にダメージを与えず、鋼剛石を殴ることができる。これは、度胸をみるのと、うまく気や霊力を操れているかを見る試験なのだ。もちろん審査員が本気で殴っていないと判断したり、拳が砕けたり痛めたものは即退場となる。

そして今年の受験者は百二十七名、石は十個ほどあるため、わりと早く真空達の出番が来た。よく見れば、真空と龍希、テイルに黒斗、豪紀や桔梗が今まさにはじめようとしている。

「ひとつ聞きたいんでござるが」

龍希はまだ真空を睨んでいたが、口調は戻っていた。

「蹴りでも構わぬでござるか?」

「蹴りですか、…まあ良いでしょう」

龍希は審査員から了承を得ると横に回りだした。そして真空も。テイルも真空や龍希には劣るが、回転している。そして全員気を高め出した。

「ッカーン!」

そしてまず桔梗が石を殴った。塊のわりには音が響く。

獣拳“砕牙”

「ッギシ!」

桔梗よりも鈍い音が響いた。それはテイルが放ったもので、鈍い音が出たのはひびが入ったからである。

「な! 見ろあそこ、ひびが入ったぞ!」「本当だわ!」「十年に一度くらいしかひびを入れる奴なんて居ないのに」

その審査は観客にしてみれば、ただ巨大な塊を殴るだけで特に面白いことは無いのだ。そのためひびが入っただけでも盛り上がる。

「ッゴォン!」

「ッバァン!」

すると、黒斗と豪紀は…鋼剛石を割ってしまった。

「なんだあれ! 割れてるぞ」「全体にひび入れて割っちまったのかよ!」「割れたのなんて初めて見たわ!」

観客は驚いて立ち上がるものさえ居た。そしてドーム内が騒ぎつつあるとき、

龍拳円舞“円砕脚牙”

「ッッドッガォン、ドバ、ダ、ガラ」

龍希は、…鋼剛石を粉々に砕いてしまった。一撃で、しかも鋼剛石の欠片を辺りに散らばすほど威力で。そして龍希は真空を睨む『お前にできるか』と言う感じで。

「うおおぉ! なんだあれー!」「粉々に砕きやがったぁ!」「どうやったらなるのー!」

会場観客は絶叫のような悲鳴をあげて驚いていた。そして思わず種族関係なしに会場のほとんどは立ち上がっている。

その時、会場の視線は龍希と砕けた鋼剛石に釘付けだ。

円心・獣拳波牙“円・鋼穿貫波”(こうせんつうは)

「カン」

然程大きい音ではなかった…が、

「うああぁぁ!」

真空についていた試験官が悲鳴をあげた。審査員はすべて剣闘師である。しかし、いくら上級でないとはいえ、剣闘師が悲鳴をあげたのだ。そして、多くの観客は真空の方を見る。

「…あ、…あれって、どう、なってんだ」「…ありえねえ」「…不可能よ」

多くの観客が息をのんだ。パッと見はなんでもない。ただ真空の鋼剛石は砕けていない。しかし、…真空の腕が入るくらいの穴が開いていた。反対側にも穴が開き、それは繋がっている。真空は、鋼剛石を貫いたのだ。しかも、真空の腕の長さよりも鋼剛石は大きい。…つまり、真空は鋼剛石に穴を開けて、反対側へ貫通するほどの衝撃波を生み出していたのだ。しかも、金剛石にひびを入れずに。言わばトンネルを作ってしまった。

「…なんと、これほどとはな」

「…すごいです」

「カカカ、やるな、あのがき」

「…我々ですらおそらく砕くのが精いっぱいぞよ」

「…今年は質が良いと言うことか」

各代表も真空の技に驚いていた。なぜなら今まで鋼剛石に穴を開けただけの者など居ないからだ。真空の技は、それほどの貫通力と速さを持っているという事。

「…龍、威力だけならお前の方が上だよ」

未だに睨んでくる龍希に真空は告げる。

「俺がもし、砕牙を使ったなら、おそらく割るのがやっとだから」

そう言って真空はレンと共に会場を出た。


次の第二審査は、毎年この試験で三分の二以上の者が脱落する『魔の二次試験』とも言われている。そして、この第二試験は毎年違う。去年は、重りを付けて素潜りをし、水底に沈めた玉を取ってくるというものだった。そして今年は、

「えー、諸君には向こうに見えるあの丘の上に置いてある玉を十分以内で取ってきてもらう」

受験者は今外に居る。そして、街の外に見える丘を総統は指差す。

「しかし、この籠手に見える重りを両手両足につけ、さらに、両手を後ろで縛ってもらう」

審査員の剣闘師が、総統の持った籠手のような物を用意している。

「つまり、十分以内に両手を後ろで縛った状態で丘を登り、玉をこの最希城まで持ち帰ってもらう」

そう言って、総統は持っていた重りを自分の腕につけた。そして両手両足につけて後ろを紗嗚が縄で縛る。

「皆も早くつけよ。…辞退するなら話は別だがな」

そうして受験者は重りを付け始めた。

「真、その籠手は外しなさい」

総統は真空の腕に付けられていた籠手を見てそれを外して重りをつけるように言う。

「…この重りは何キロくらいですか?」

「人には五十キロぐらいかの。これは術式が書かれた重りでな」

そして真空は重りの裏を見る。確かに模様のようなものが書かれていた。

「種族ごとで重さが変わるのだ」

「…同じ条件にするためですか?」

「ほかに何がある? 例えば獣人は人の約五倍の力があるのだぞ」

「龍人は人の十倍ですけどね」

「そうだ。だからだいたい肉体に同じ負担が掛かるような仕組みの術式なのだ」

それを聞いて真空は自分の籠手を外した。

「…五十キロか。ぬる過ぎる」

それを総統に放った。それを総統が取った瞬間、総統は膝をおった。

(…この重さは、まさか)

総統はそれを持ち上げて裏を見た。

「…やはりな。あの子の弟子よの。師弟そろってベタな修行しよって」

書かれていたのは重力の術式で、かなりの重さになっている。

「両手両足にそれを着てますよ」

「ほほほ、ならこの試験はお前には余裕かの」

「…あなたも意地悪な試験をよういしますね。…あの丘を選ぶとは」

「今年の受験者は質が良くて絞るのが大変そうなのでの」

それから真空は籠手や脚についた籠手と同じものを外した。そして重りをつけてから手首と手首を縛る。

全員が付け終わったころ、総統は受験者の前に立つ。

「ではあそこへの行きかたはいくつかあるが、まずわしが手本を見せよう」

そうして総統は高く跳ぶと、そのまま空中に立つ。

「あれって空歩って技だろ」「確か今まで三人しか使えた人が居ないとか」「すげえ!」

これには押し寄せた観客以外に受験者も驚く。

「では、私は先にあの丘の上に行って待っているぞ」

そう言って総統は走って行ってしまった。空中を走って。

「カカカ、ではこれより第二試験を始める。では…始め!」

そうして受験者は皆丘へ向かって走り出した。

しかし、約一人はそこに残っている。

「…真は行かないの」

隣でレンは不思議そうに見ていた。

「レン…、膝枕してくれる?」

しかし真空は少し恥ずかしそうに言う。ただ、その顔には疲れが見える。

「…さっきの試験で気を使いすぎてさ。五分も寝れば大丈夫だから」

「…良いけど、間に合うの?」

レンはとても不安そうにしている。

「…こんなの一分…いや、三十秒あれば十分だよ」

すると真空は、さっきレンから返してもらったマントを敷き、そこでレンの膝の上で眠る。このとき開始より一分が経っていた。

「本当に大丈夫なんでしょうか」

「カカカ、見ものだな、こいつがどうやってこの試験をクリアするか」

「まあこれで落ちたら所詮は自分の力を過信しているバカぞよ」

「まったく、たるんでいる」

代表たちは真空を見て期待と不満を持っていた。


その頃、龍希は物凄い勢いで丘を目指して爆走していた。

「兄さん、とばし過ぎじゃない?」

その横を桔梗が汗一つかかずについて来る。

「ハァ、ハァ、今日はやけに早いでござるな、桔梗」

「何言ってるの。兄さんがいつもよりかなり遅いのよ」

「拙者が、遅いでござるか」

「…兄さん術を使うの下手だもんね。重りの影響っていうのが良くわかるわ」

「あぁ、これ重くて堪んないでござるよ」

「待てぇぇ! 龍希」

後ろを見れば豪紀が汗をだらだらかきながら追いかけてきた。

「…あいつは拙者より下手でござるな」

「思いっきり力まかせね。あんなんでよく走れるわ」

「まったくだ。だから日ごろから肉体だけでなく精神や術を磨いておけと言っているのに」

「黒斗兄さん。やっぱり気をあやつるの上手ね」

龍希を挟む感じで桔梗と反対側に黒斗が居た。

「何を言う。お前の方が上手いだろ」

「皆さんおっ先ぃ」

するとテイルは龍紀達が走っている路地の横にある家の屋根を跳び越えていった。

「こらあぁ、テイルの白状もん」

「俺より真空の方がすごいぞぉ」

叫ぶ豪紀にテイルは告げると、先に行ってしまった。テイルも真空と同じように重りをつけていた事があるので、重さを気で緩和する事など容易だったのだ。そのため重さはほとんど感じない。街は今この試験の為に人は外にはいないので多くの受験者が街を駆けた。


「さて、いったい何人が来れるのやら」

総統は丘の上で早く誰か来ないかと待っていた。腕の縄は解けている。

「まあ、この試験はかなり難しいからの」

総統はのん気に空を眺めた。

「…だが、お前は来るだろ…真」

それからしばらく総統は空を見ていた。


「よぉうしぃ、一番乗りぃ」

テイルが丘の下までやってきたが、誰もいない。

「しかしぃ、相変わらずだなぁ。…この崖どうやって登ろうぅ」

テイルの前にあった三百メートルはありそうな崖。この試験は、これを後ろで手を縛った状態で登るのだ。

「…真空のあれ使うっきゃないかぁ」

そうしてテイルは脚の屈伸をした。

「…まあ真空ほどじゃ無いけどぉ、大丈夫だろぉ」

そしてテイルは銀色に輝く瞳を開く。

円心動・脚技“円脚翔身”

テイルは片脚を垂直になるようにして回った。まるで竹トンボを横にしているようだ。そのままテイルは脚だけで崖を駆け上がる。

「げ!」

しかし、頂上の一歩手前で勢いはしんでしまった。

「オラアァァ! なめんじゃねぇ」

円心動奥義“円舞龍翔”

テイルは勢いがしんで落下する瞬間、脚の遠心力を使って飛び上がった。そして勢いがしぬ前にまた体を回転させて遠心力を脚につけて飛び上がる。これを高速で何回も行う。そして崖の上まで飛び上がった。

「ほう、一番乗りはテイルか。…しかし、今の技は真のであろうが」

「ハァ、ハァ、ハァァァ! 死ぬかと思った」しかし今のテイルには、総統の声を聞く余裕は無い。

「あぁ、早く玉くれぇ。真空が来る前に戻るから」

総統は笑いながら、後ろで縛っているテイルの手に玉を持たせる。そうしてテイルは崖から飛び降りた。

「ヒャッホウゥ!」

そのまま地面が近づく、そして着地の寸前でテイルは脚を思いっきり上に振り上げた。そしておきた遠心力で、落下の加速を緩和する。そのくらいの勢いを出したのだ。

「タトン」

とても三百メートルから飛び降りたとは思えないくらい軽やかに着地した。

「ふうぅ、お先にぃ」

その時やってきた龍希たちにそう言ってテイルは行ってしまう。このとき開始から四分が経過していた。


「おい、これどうやって登るでござるか」

「…さあ、私に聞かれても」

「まあテイルが登ったのは間違いないな」

「あーあ、やっと追いついた」

三人が考え込んでいると後ろから豪紀がやってきた。他にも後ろには受験生の姿もある。

「何やってんだよ龍、こんなのパパッと登っちまうぞ」

そう言うと豪紀は崖を崖へ歩み寄った。

「待つでござるよ豪紀、こんなのどうやって登るきでござるか」

「うっせぇな。こうやってだよ」

すると豪紀は力任せに崖に足を突き刺した。

「な、何をする気でござるか」

「ああ! 黙ってみてろ」

そう言うと豪紀は足を突き刺しながら少しづつ登っていった。

「相変わらずなんと無理やりな」

「強引にも程があるわよ」

「ある意味最強でござる」

三人は関心していたが、急いで自分たちも登る。

「…手は縛るとは言ったけど、気術を使ってダメとは言ってなかったわよね」

そして桔梗は空中に気を使って水の塊をいくつか作り出した。それを手の指で操り一つにする。

八気移動術“水歩”

「兄さんたち、お先に」

桔梗は水の塊の上に乗って上がっていく。周りでは同じように気を使うものや、精霊に頼るものなどが居る。しかし、豪紀のように力任せで登っていく者は居なかった。

「龍、私もお先だ」

そういうと黒斗は気で作り出した龍に乗って上がっていく。

「…拙者はあそこまでは気を操れんでござるな」

そして龍希は豪紀を見る。豪紀はすでに半分くらい登っていた。

「拙者もやはり力任せでござるな」

そう言うと龍希は足に気を集めていっきに跳んだ。そして、途中で豪紀のように足を崖にめり込ませて止まると、再び気を使って高く跳ぶ。

「お先でござる」

そう言って龍希はあっと言う間に桔梗や黒斗をこして頂上へ着いた。このとき、開始より六分三十秒が経過。


「…真、五分たったよ。起きて」

レンの優しい声が聞こえて真空は起きる。どうやら五分経ったようだ。

「ありがとう、レン」

真空はまだ寝むたそうだが起き上がって丘を見る。何人かの受験者が見えていた。

「さて、そろそろ行くか」

「…間に合うの?」

「大丈夫、ちょっと待っててね」

そう言って真空は伸びをした。

(カカカ、さあ、どうする)

(おぬしの実力、見させてもらうぞよ)

「本当に大丈夫ですか?」

紗嗚も心配そうにしている。

「すぐに戻りますから」

八気移動術・極み“瞬身空歩”

刹那、真空の姿は消えた。そして丘の上、総統の前に真空らしき人影が現れる。

「カカカ、カカカカ。まさかこれほどとわな」

「瞬身空歩、初めて見ました」

「術や技なら我々より上のようぞよな」

「そうだな。我々の中で一番強い総統ですら瞬身空歩は使えない」

代表たちは、真空の力に驚いてばかりだ。


龍希が丘の上にたどりついた時、そこには総統しか居なかった。

「どうやら拙者が二番のりでござるか」

そう思った時、

「…真! いつの間に」

龍希は驚いた。まさに刹那の瞬間に真空が総統の前に現れたのだ。

「…よもや、瞬身空歩まで体得していようとわな」

「結構苦労しましたよ。でも、力がほしかったから」

そう言いながら真空は総統から玉を受け取る。それから、龍希が真空を睨んでいるのに気付く。

「…なぜ、それだけの力を持っていて、葵を守れなかったんだ!」

「あの頃の俺は弱かった。…それだけだ。…それに、例え今でも俺はあいつを守れない」

「…そんなに、強い敵にでもあったのか?」

龍希は真空の深刻な顔を見てそう思った。

「…敵、か。…そうだな、妖香とあいつを守れないくらいだからな」

「…まさか、妖香様もか」

「…詳しくは、まだ話せない」

真空はそう言うと、瞬身空歩で行ってしまった。それから龍希は総統から玉を受け取ると、さっきとは別人のように動きが早かった。

「ほほほ、纏っている気の質が変わったな」

総統は嬉しそうに龍希の後ろ姿を見送った。


「ただいま、レン」

そう言って真空は最希城に帰ってきた。

「どうやら一番乗りみたいだな」

そこに他の受験者の姿は無い。

「開始約七分でクリアです。おめでとうございます」

「カカカ、五分寝て一番乗りか」

「末恐ろしい子ぞよ」

「やはり妖香の弟子だけのことはあるな」

しかし、真空は疲れたようでまたレンの膝の上で寝ていた。

「話を聞かぬとは失礼ぞよ」

「そう言っても空歩の極みを使ったのですから疲れて当然です」

「カカカ、肝もすわってやがる」

「正直不愉快だがな」

しかし真空は何もなかったような穏やかな寝顔をしている。

「やっぱり、まだ子供ですね」

 紗嗚は真空の寝顔を優しく見つめる。

「くそうぅ、やっぱ勝てなかったかぁ」

そのときテイルが跳ねるように駆けてきた。その後ろには龍希の姿も。

「げぇ、龍希にまで負けてたまるかぁ」

「遅いでござるよ、テイル」

わずかな差で龍希は二着、テイルは三着だった。

「なんでだよぉ。お前行きはあんな遅かったじゃんかぁ」

息を整えながらテイルは龍希を見る。行きと違って呼吸すら乱してはいない。

「なんだかな、帰りは体が軽かったんでござるよ」

それから桔梗や黒斗など他の受験者も帰ってきた。

「…今年は結構残りましたね」

「カカカ、去年の倍以上か」

「ほほほ、いったい何人剣闘師になれるかの」

「長くなりそうぞよ」

「まあそういうな、こういう年もあるさ」

今年は第三試験まで三十一名の受験者が残った。去年の十四人に比べれば、今年の受験者の強さがわかる。


  「龍人の真の力、乙女の密かな恋」

第三次試験はトーナメントを行うと言われ、受験者はドーム型の会場に戻った。中には二十五メートル四方の四角いリングが置かれ、角にはポールのようなものが立っていた。

「それでは諸君、さっき手にした玉を割って中の紙を出してほしい」

そう言われて玉を見ると、切り込みが入っていた。そこに力を加えて開けると、中から番号の書かれた紙が出てきた。真空の紙には【Cの一】と書かれている。

「紙に書かれているA~Dのブロックで順番に試合をしてもらう」

そして受験者はA~Dに分かれ、それからトーナメント表に受験者の名前をブロックごとに書いていく。

「ではまずAブロックから一回戦、第一試合を行う。それ以外のものは、試合を見るも控え室で休むのもかまわん」

真空は控え室へ行こうとした。そのとき、ふとトーナメント表が目に入る。

(…見て行くか)

「一回戦、第一試合、『テイル』選手と『鳥野 柊』選手、リングの上へ」

それから二人はリングの上へあがり、各代表たちはドームの上の方にある特別席で試合が始まるのを待っていた。

「それでは、…始め!」

早速始まった一回戦、相手もここまで来ただけのことはあり、気配や体つきは一味違う鳥人だ。

「鳥対狐の戦いだな」

「…テイル、勝てるかな?」

横でレンは不安そうにテイルを見ていた。

「…心配? だよね。…あいつなら大丈夫さ」

レンが真空の顔を見ると、これっぽっちも心配してないという顔だ。

「あいつは、あまり奥義は体得してないけど、俺の編み出した体術をみっちり叩き込んだから」

「空では攻撃できまい!」

そのとき鳥人は空を飛んだ。横は二十五メートルだが、高さは百メートル以上あるようだ。

八気移動術“速歩”

だがテイルはすばやく移動して、鳥人の後ろ側へ行くと大きく跳んだ。そして鳥人の背後に回りこんむ。

「な! 早い」

「そいえば言ってなかったけどぉ」

するとテイルは両手で鳥人の翼を掴んだ。

「俺の気は氷気なんだぁ」

すると、鳥人の翼が凍りだす。

「だから、触れると凍るぜぇ」

「ぎゃああぁぁ!」

そしてそのまま鳥人は地面へ落下する。

獣拳“墜牙”

そしてとどめに、落下で加速させた牙を鳩尾へ叩き込む。

「ごおはぁ!」

そしてそのまま鳥人は気絶してしまった。試合開始よりわずか一分であった。

「鳥野選手ダウン、よってこの勝負、テイル選手の勝利!」

「うおお!」「まだ一分しかたってねえぞ」

「きゃあぁ、かっこいい!」

観客もかなり盛り上がっていた。

「ほほほ、テイルは昔から才能はあったからのう。それが獣人になってより開花したかの」

「お強いですね」

「カカカ、こやつもそういえばなかなかの実力じゃったな」

「氷気とは珍しいぞよ」

「まあ、相手もさほど強くはなかったしな」

試合を見終わった真空は控え室へ行こうとした。

「真! まてぇ」

真空が振り返るとテイルは真空を見つめていた。

「決勝戦で、俺と本気で戦えよぉ」

「だったら、勝ち上がって来いよ」

真空はCブロックなので、もしテイルと当たるなら決勝しかない。そして真空はレンを連れて控え室へ向かった。


 あれから真空はずっと眠っていた。

「選手のお呼び出しをします。『大空 真空』様、『東 桔梗』様、至急会場までお越し下さい」

「…真、起きて。呼ばれたよ」

「…ん、…んん。…ありがとう」

そして真空はレンと一緒に会場へと急いだ。

すると会場でテイルが待っていた。

「よおぉ。どうせ寝てたんだろぉ」

真空のまだ眠そうな顔を見てテイルは言う。

「お前の試合が終わってか、らどれくらい経った?」

二時間くらいじゃねぇかなぁ。…早く行けよ。レンには俺がついてるからさぁ」

「頼む。じゃあ行ってくるよ、レン」

「…うん、がんばってきてね」

そして真空はリングへ上がる。リングの上では桔梗が待っていた。

「久しぶり、真ちゃん。…まだちゃんと話してなかったよね」

「そうだな。…綺麗になったね、『きぃちゃん』」

すると桔梗は顔を真っ赤にしてしまった。

「あ、あ、ありがと」

「照れるところは相変わらず可愛いね」

さらに桔梗は赤くなってしまった。

「あの、そろそろはじめてもよろしいですか?」

「ああ、すいません」

「はい、大丈夫です」

「ではCブロック一回戦、第一試合…始め!」

開始早々二人はにらみ合った。しかし、目つきが怖くないので見つめ合っているようにも見える。

「じゃあ、いくよ」

そういうと真空は桔梗に向かって走り出した。

八気移動術“速歩”

そして走っていると幻術で見せかけて桔梗の後ろへ移動した。そして桔梗の両手を後ろ側に持ってきて抑える。

「…昔言ったじゃん。光術師相手に視覚に頼るなって」

「少しびっくりしたのよ。真ちゃん風術使いだったから」

「今でも風術師だよ。光術の使えるね」

「…じゃあ、体内に何か飼ってるのね」

そう言うと桔梗は力で抑えている真空の手を解こうとした。

「か、飼ってるというより、す、住まれてるって感じ、かな」

「そ、そう。っ、は、早く解いてよ。力では、龍人には、敵わないわよ」

「い、今は人よりだろ」

「だ、だって。龍人の姿は、可愛くないし、好きな人にはあまり、見られたくないのよ」

すると真空の周りに水の粒が現れ出した。そしてその水の粒は集まって真空の足を押す。

「う!」

「捕まえた!」

真空がバランスを崩した瞬間に腕を解いて反転、そして桔梗は真空に抱き、そのまま真空を押し倒した。

水術・捕縛術“気水捕牢”

「これでもう動けないわよ。大人しく負けを認めて」

「くそ、力が入らない」

「私は水術師、水をあまりなめないでね」

しかし、真空は負けを認めない。

「…言っただろ。光術師と戦うときは視覚に頼るなって」

(え、後ろから!)

桔梗が振り向くと、真空が桔梗を見下ろすかたちで立っていた。

「うそ。なんで、だって今抱きしめてる真空は触れ―」

すると桔梗の抱きしめていた真空は消えてしまった。

「痛っ」

そして桔梗は地面に落ちる。

「どうして。なんで光が実態を持ってるの」

「俺が、気と霊力の二つを使えるからさ」

「え、それじゃあ操作と形態のほかに、霊術で気を実体化したの!」

「それ以外にあそこまで高等な分身は作れないよ」

真空は優しく桔梗を見ていた。しかし桔梗は、それが気にくわない。

「…真ちゃんはいつもそう。…どうして、私とは本気で戦ってくれないの!」

桔梗は瞳を潤ませている。…この間テイルが見せた涙と同じだ。

「私のなにがいけないの? 女だから、それとも弱いから!」

本気で戦ってくれない、自分は相手にされていない。見下されているような、そんな感覚である。

「…本気に、させてあげるわよ」

それは、認めてもらえない寂しさなのだろう。

「龍人をなめないでよ! 真!」

すると桔梗の黒髪は青く変わりだし、爪牙が鋭くなり、瞳は蒼い龍眼へと変わる。背中には龍の翼が生え、皮膚は肉眼ではわからないほど細かい鱗で覆われる。そして、桔梗は蒼く煌く龍人へと姿を変えた。見た目に不気味さは無く、逆にとても美しい。鱗のせいで体は光をうけてキラキラと輝く。

「…私と、本気で戦って!」

桔梗は飛翔しながら爪牙を真空に向ける。

しかしそれを真空は、あえて受ける。

「ザッシュ!」

真空の腹部に桔梗の両爪が刺さった。

「…真ちゃん、…なんで避けないのよ!」

桔梗の顔は青ざめた。その瞳には恐怖が映っている。大切な人を傷つけたという自分に対する恐怖が。そんな桔梗の瞳を見て、真空は優しく桔梗の手を抜き、桔梗を抱きしめた。

「…本気で戦ってあげなくてごめんね」

桔梗は身を震わせている。

「…私は、…こんな、つもりじゃ、無かった、のに…」

桔梗はとうとう泣き出した。

「ごめんね。…俺には、きぃちゃんを傷つける事なんてできないんだ」

そして真空は手に付いた血をマントでぬぐって桔梗の頭を撫でた。

「できるなら、もう戦いたくはないんだ」

真空の声はとても悲しそうである。

「でも、戦わないと大切なものを失ってしまうから」

「…真ちゃん?」

「もう、俺の無力のせいで誰かを失うのは、…嫌なんだよ」

真空は桔梗を思いっきり抱きしめていた。

「真ちゃん…、ごめんね」

桔梗は真空にそっとキスをした。真空は驚いたが龍人になっている桔梗に力では敵わないので逃げられない。

(ちょっ、きぃちゃんそれは…)

桔梗は真空が動けないことをいいことにさらに激しくする。

「落ち着いた?」

「え…そのために」

桔梗はやっと真空から離れて笑顔になる。

「いつか、私が真ちゃんの心の傷を癒すから」

「…きぃちゃん」

「真ちゃんが、紗嗚様やレンちゃんの事が好きでもね」

「…え、それって」

「力ずくで押し倒してあげるから。嫌なら力をつけてね。もう、失わないように」

「…ありがとう。きぃちゃん」

そして桔梗は審判の方を向く。

「えっと、私の棄権でお願いします」

「きぃちゃん、良いの?」

「無理やりキスしたお詫びよ」

そして審判は試合を終わらせる。

「勝者、大空選手」

「ちゃんと戦えよ!」「なにいちゃついてんだ」「やる気あんのか!」

会場からはブーイングが聞こえた。しかし真空は気にしない。

「きぃちゃん…」

「なに、真ちゃん」

真空はリングを下りようとしていた桔梗を呼び止めた。

「その姿も綺麗だよ」

「…バカ。そんなこと言うなら今度ほんとに押し倒してあげるから」

そう言って桔梗はリングを下りて行った。


  「四季精天とレン、そして胸騒ぎ」

すべての一回戦が終わり、勝ち残った受験者たちは用意されていた宿舎へと案内される。しかし、真空とレンはなぜか最希城にある紗嗚の部屋へと通された。そして部屋には紗嗚と総統のほかに精霊らしき女性が三人居る。

「待っていたぞ、真」

「お呼び出しをして申し訳ありません」

すると、紗嗚の言葉に三人の女性は耳を疑う。

「ちょっとシャオーヌ、あんた自分の立場わかってんの?」

「精霊界の姫がそんな事では春夏秋冬様の威厳に関わる」

「シャオーヌは自分が偉いのだともっと自覚を持つべき」

見た目はバラバラで、一番年上そうな女性は二十歳前半くらい、次が二十歳前後、一番低そうなのはレンと同じくらいだ。

「はぁ、…なるほど『四季精天』様たち大集合ってわけか」

「…お姉ちゃん、私は帰りたくないよ」

真空は千里の光眼を使っている。この世のすべてを見通すと言われる眼力だ。

「別に私たちはレンオーヌを連れ戻しに来たわけじゃないわよ」

「あくまで暇つぶしに、選抜試験を見に来ただけだ」

「みんな本当は心配して来た」

「ばか、本当のこと言わないでよ」

しかし真空は千里の光眼で三人を睨む。

「俺が信用すると思うか?」

「よく言うわ、その目で心や体もお見通しのくせに」

「悪かったな、俺は二十一歳以上の年増には興味ない」

「何ですって、表に出なさいクソガキ!」

「その辺で止してください、ハールーンさん、真さんもわざと挑発なんてしないでください」

「…悪かったよ、紗嗚」

「そなた、気安く姫に話駆けるな!」

「失礼でしかない、身の程をわきまえろ」

「もう、キリムさんもフェイちゃんもやめてください」

紗嗚は何とか三人を止めた。

「いい加減にしないと、怒りますからね!」

「やめてよシャオーヌ、あんたが本気で暴れたらこの城がもたないわ」

「そ、そうだぞ。シャオーヌ様の力は強いのだから」

「ほぼ国が消える」

三人は戸惑っているが、紗嗚は怒るのをやめた。

「では、本題に入ります。…レンオーヌ、なぜ家出なんてしたのですか?」

「そおよ、何でよ。贅沢な暮らししてるじゃない」

「ハールーン殿、それは関係ないだろう。問題は何が不満なのかだ」

「内容次第では身を引くか、連れ帰る」

「…レン、嫌なら無理に話す必要はないよ」

「…でも、…言わないと、連れ戻されるから」

そう言ってレンは少し真空に寄り添った。それを紗嗚以外の四季精天は嫌そうに見ている。

「…私は、ママに愛されていなかった。ママはいつでもお姉ちゃんのことばっかりで」

そう言いながらレンは真空のマントを掴んだ。

「お姫様だからって友達もできなくて、私は寂しかった」


「ママ、私も姉様みたいに霊術が使えるようになったよ」

「そう、おめでとう。…ハールーン、私は出かけるから留守を頼む」

「はい、シーレオンヌ様」

シーレオンヌ様とは春夏秋冬の本名、春夏秋冬はあくまで称号である。

『そう言ってママはいつも私を相手にしてくれなかった』

「お母様、召霊術マスターいたしました」

「本当かいシャオリーヌ、なら今日はお祝いしないとね」

「しかしシーレオンヌ様、今日は大事な会議が」

「大事な娘のお祝いだよ。少しくらいならいいさ」

『そう言って、お姉ちゃんは特別扱い』

「お、お姫様だ」『みんな、頭を下げろ』

「私も一緒に遊んで良い?」

「そんな、俺たちなんかがお姫様とは遊べませんよ」

『そう言って街の子達も、私を拒絶した。あそこに、私の居場所はなかった』

「お母様、では行って参ります」

「気をつけておくれよシャオリーヌ、お前しか光霊の娘は居ないのだから」

『それは、私が風霊だから。お姉ちゃんとは違って風に属する精霊だから』

「風術では、光明は見えない。レンは、あの人の血を濃く受けすぎたのだ」

『そしてお姉ちゃんは、ママと同じ、光の精霊だから』


「私はただ、愛してほしかっただけなのに…。寂しかった、だけなのに」

「…レン、…もういいよ」

「私だって、力は持ってる。なのに、属性だけで、ママは私を嫌ったのよ」

「もういい。…俺が側に居るから。…例え、世界を敵に回しても、俺はお前を守る」

真空は、レンを優しく抱きしめた。その姿に、昔の自分を重ねて。昔の自分を見ているようだ。

「レンオーヌ、お母様はあなたの事を愛していましたよ」

「そうですよ。レンオーヌ様が霊術を扱えるようになったときは本当に大切な会議で」

「街の子供たちも、ただ戸惑っていただけです」

「あなたは多くの人に愛されてる」

(…やれやれ、真よ、どうする気だ)

今まで一言も話さないで来た総統は、最後まで見守る気のようだ。

「確かにそうかもしれない」

「…真、や―」

「でも! レンが悩み、苦しんでいるのに気付かなかったのは事実だろ!」

 千里の光眼は輝きを増す。

「確かにそうです。私も気付きませんでした」

「お止め下さいシャオーヌ様、側に居て気付かなかったのは我々です」

「シャオーヌ様に罪無し」

「そうよ。だいたい、一番近くに居たのはあたしなのよ」

「…言い争いはいいから、レンをどうするのか答えを聞こうか」

真空は千里の光眼を三人に向ける。

「…この件はちょっと春夏秋冬様に聞かないとね」

「我々で勝手に判断はできない」

「即答不可、もうすこし待て」

「ああ、わかっ―!」

「…真、どうかしたの?」

真空はハールーン達の方を見たまま黙ってしまった。驚きと恐怖に体を震わせて。

「…まさか、…村が」

「…真、何かあったの?」

「どうかなさいましたか?」

「ちょっといつまで見てんのよ」

「ハールーン殿に興味がなくても私やフェイ殿にはあるのか?」

「ちょっとキリム、それどういう意味よ!」

「人間にまったく興味なし」

「どうしたのだ真、何を見ている」

総統は真の様子に胸騒ぎを覚えた。

「…、紗嗚、レンはしばらく連れて行かないんだな?」

「はい、とりあえずお母様に相談をしてから。それに、私も話をしたいので」

それを聞いて真空は抱きしめていたレンを少し離して見つめる。

「レン、少しの間でいいから紗嗚の側に居てくれ」

「…真、どうして、嫌だよ」

すると真空は精石の首飾りをはずしてレンの首にかけた。

「必ず迎えに来るから。約束する。」

「…わかった。約束だよ」

真空の真剣な表情を見てレンはおれた。

「紗嗚、レンを頼む」

そう言うと、真空は急いで部屋の窓に行って、開けるとそこから身を乗り出す。

八気移動術・極み“瞬身空歩”

そして空中を走って行ってしまった。

「…真、帰ってきてよ」

「大丈夫よレンオーヌ、あの方は約束をきちんと守る人です」

「しかし、あの子はいったい何を見たのだ?」

「…総統様も見ればいいではありませんか。その左目の『魔眼』で」

「…いや、その必要はないよ。追えばすむ」

そう言うと総統はドアを開けて行ってしまった。外では不気味なほど強く月明かりが輝いている。


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