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剣闘師  作者: 夜乃 月人
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~精霊の姫と栄光獣~

処女作なので誤字雑字や技名が懲りすぎて長いなど、初心者がやってしまいがちな間違いがたくさんの作品です。

本当はこれは一部作目で二部三部とストーリーは考えていたのですが、マジックスペル以上に放置してたので、読み返してみようと思い、投稿しました。

たしか、少しだけエブリスタにも投稿していたと思います。

プロローグ

数年前、この世界には多くの種族が住んでいた。しかし、大きな戦争が起こり、多くの種族が滅んでしまう。その後、種族同士が集まり総国と呼ばれる国が創られ、その国にはあらゆる種族の代表が集い、その世界すべての種族を束ね、「二度と戦争を起こさぬ」という信念を基に築かれた。しかし、戦争で使われた兵器、今では「古代の遺産」とも言われる古代兵器は、未だに世界の至る所に残されている。そして、その兵器を呼び起こし、世界を再び戦火に追いやろうとする者たちが現れ始めた。そして、その者たちを討伐するために総国は「剣闘師」と呼ばれる組織を結成し、争いを未然に防いでいた。そして三年の月日が経ち、ようやく平和が戻りつつある世界に再び戦火が忍び寄っていた。

そんな時、当時十歳の少女が歴代最年少で剣闘師となった。少女は数年後、二人の弟子をとり旅立つのだった。

この物語は、その世界に住む者たちの絆を画いたお話である。


第一章 『運命と長旅』

  [約束と別れ、突然の出会い]

 その日の天気は快晴、太陽が眩しく照りつける山奥の小さな小屋の前で、17歳位の少年【大空 真空】が空を見上げていた。首に七色に輝く不思議な石をかけ、白と青のスニーカーに、少し灰色がかかった白いズボン、その上には丈が短く袖が長く広い藍色の着物のような服を着ている。そして、腰には刀が二本。片方は柄も鞘も鍔も黒く作られていて、もう一刀は鍔がなく、鞘と柄は木で作られていた。

「真…」

真空を呼ぶ声が聞こえて、真空は後ろにある小屋のほうを向く。小屋の入り口の所に一人の女性が立っていた。元剣闘師であり真空の師匠【春野 妖香】である。

「妖香、体は大丈夫なの?」

真空は辛そうに妖香を見ていた。妖香は戸に寄り掛かっていて、立っているのも辛そうな顔をしてをしている。

「はい。…5年とは早いものですね。やはり、行ってしまうのですか?」

妖香は優しく、しかしとても寂しそうな瞳で真空を見つめていた。真空は妖香から目を反らし、また空を見上げた。

「あいつらとの、約束だから」

妖香は寂しそうな顔をしていた。それでも、無理に笑顔を作る。

「こちらに、来てくださいな」

真空は、妖香を見つめて歩み寄った。妖香は、真空が手の届く所まで来ると、寄り掛かっていた戸から離れ、真空に抱きつく。

「お元気で」

「…そんなこと言わないでよ。いつでも帰ってくるから」

耳元で囁く妖香を、真空は思い切り抱きしめる。

「それから、一つだけ約束してください」

妖香は顔を離して真空のまだ幼さの残る瞳を見つめる。

「私より、先に死なないでくださいね」

「わかった、約束する。」

妖香は微笑んで真空を見つめ、その頬に優しく口付けした。

その後、真空はフードの付いた表は黒く裏が白いマントを纏い旅立った。


山を降り、小高い丘の上から眼下にある大きな町を眺めていた。

「龍、葵…もう少し待ってくよ。必ず、剣闘師になるから」

真空は空を見上げた。相変わらず雲はほとんどない快晴で、黒いマントは暑苦しそうだ。

「早く総国まで行かないとな」

すると真空は、懐から白い仮面を取り出す。鷹の目のように鋭い目つきの面だ。その面を着け、マントのフードを被ると丘を下っていった。


村の入り口に付くと、真空は異変に気付く。辺りに人影が無く、話し声も聞こえない。入り口には<カシーズ村>と書かれた看板が寂しく立っている。中に入っても、寂しく木の家が建ち並ぶだけだった。その時、町の中心にある広場のあたりから『ドズン!』という大きな音が聞こえた。

「何の騒ぎだ」

真空はそう呟くと村の中心部へ走った。


中心部に近づくにつれ、人の声が聞こえてきた。近くまで行くとかなりの人ごみになっていて、中の様子が見えない。どうやらかなり大事になっているらしく、村のほとんどの人が中心部に集まっているようだ。真空は仕方なく人ごみを掻き分け、中心部に近づく。中心部は大きな広場になっており、真ん中には大きな噴水もある造りになっている。真空はやっとの思いで開けた場所にでたが、おかしな光景に眼を奪われた。

「なんだよ、これ」

真空の眼前には、傷だらけで転がる町人達の姿が広がっている。そして周りを見ると人々が広場を囲むように集まっていて、噴水のあたりを見ていた。真空が噴水の方を見ると、噴水の前に長い水色の髪に黒いワンピースを着た可憐な少女が、大男に腕を引っ張られている。

「さっさと来い!」

という大男の声、それを聞いて少女は

「嫌、放して!」

と必死にあがいている。と一人の男が大男に立ち向かう。

「嫌がってるだろ、放してやれよ」

しかし大男は呆れたように

「うっさいんだよ。引っ込んでろ」

そう言うと大男は左手で突っ込んできた男をなぎ払い、5メートルほど吹っ飛ばした。

(あいつ、『気術』(気といわれる特殊な力を用いた術)使ってるな)

真空は冷静に大男の攻撃を分析していた。

(それで、皆やられたのか。まぁ、気術使い相手に素人が敵うはずないか)

分析し終えると今の状況を把握し、どうするべきかを考える。その時、大男は痺れを切らしたのだろう。大の大人を軽々吹っ飛ばした左手で、少女の腹を殴ったのだ。その瞬間、真空の頭から理性が消える。 

八気移動術“速歩”

「!」

気付けば真空は大男と少女の間に立ち、大男を睨んでいた。

(こいつ、いつの間に)

大男がそう思った刹那。

獣拳“脚牙”

真空は少女を引っ張っている大男の右腕を、左足で蹴り飛ばした。右腕は、

「グキッ!」

と鈍い音を出す。あまりの激痛に大男は悲鳴をあげた。激痛で少女の手を放したとき、真空は振り上げていた左足に体をひねって勢いを付け、大男を蹴り飛ばした。しかし、あまり効いていないようで、大男は右手を押さえながら起き上がる。

「なんだお前は、何で邪魔をする」

大男は真空を睨みつける。

「それはこっちの台詞だ。何でこの子を連れて行こうとする?」

真空は大男を睨み返した後、少女の方に目をやる。先ほど大男に殴られた辺りを摩って痛みに耐えているようだ。そして少女は真空を見つめ返す。痛みで潤んだ瞳に真空は一瞬心を奪われたが、大男の声で正気に戻る。

「そいつが精霊だからに決まってるだろ」

すると、

(あの子精霊だったのか)(どおりで変な子だと思ったわ)(早く居なくなれってくれよ)

少女が精霊だと聞き、村の人々は不審人物を見るかのように少女を見だした。それを感じた少女は顔を伏せてしまう。真空はそれを見て村の人々を睨んだ後、大男を睨む。

「…この子が精霊なのは一目見たときからわかってた」

真空はそう言いながら、そっと少女を立たせる。

「これほど高い霊力は、精霊か巫女しか持っていないからな」

そして、未だに顔を伏せている少女の頭を優しく撫でた。

「精霊だぞ! 売ればいくらになると思う?

一生遊んで暮らせるぜ」

大男は当然のように言い放つ。

「精霊は武器だ。強い力を持った便利な道具だ」

大男は少女を見つめ、嫌らしく笑う。

「ハハハ、それに体は人間とほとんど変わらないかな」

欲望に満ちた目を大きく見開いて。

「精霊は武器としても女としても最高の道具なんだよ」

そして、真空を睨む。

「その精霊はたっぷり可愛がった後、高値で売り飛ばすんだ」

そのまま真空に近づき、左腕を振り落としてくる。

「その道具をよこせ!」

大男の勢いを付けた腕が眼前に迫っている。しかし、真空は動かなかった。そして大男の左腕は真空の顔を殴る…が、

「ベキッ」

っと音と共に真空の面は砕けた。さっきより鈍い音が広場に響いた。

「ぎっやややゃゃゃ!」

しかし、またしても悲鳴をあげたのは大男の方だった。村の人々は訳がわからず面を見るが、白く塗られた木造の普通の面のようだ。しかし、村の人々は真空の姿を見て驚いている。

(真空だ)(真ちゃんよ)(あれ、真空だったのか)

顔に傷一つ無いのもそうだが、面を着けていたので今まで、誰も真空だと気付かなかったのだ。しかし、真空の眼の色は「金色」になっていて、瞳は縦に伸び、獣のようになっている。

「…どうしてだよ」

真空は顔を伏せて呟く。

「どうして精霊だとそんな眼で見るんだよ」

顔を上げ、村の人々に訴えかけるように言う。

「精霊の何が悪いんだ? 精霊の何が違うんだ?」

真空の瞳は少し潤んでいる。

「精霊だって心を持ってるじゃんか。力以外は、俺たちと何も変わらないんだよ」

その真空の訴えを聞いて、村の人々は顔を反らしてしまった。

「だからなんだよ!」

大男は怒りに身を震わせていた。

「そんなのどうだっていいんだよ。これ以上邪魔するならただじゃおかねえぞ」

「…お前みたいなのがいるから」

真空はそう言うと、少女にマントを着せる。

そして左手を前に上げ、右手を腰の辺りに甲が下を向くように置く。その刹那、

八気移動術“速歩”

男の懐に入り込み、勢いを付けた拳を手の甲が上を向くように反転させながら放った。

「失せろ」

獣拳“拳牙”(けんが)

真空の拳は大男の腹部に当たり、大男はそのまま10メートル以上吹っ飛び、民家の壁に激突する。

「精霊は、道具じゃない!」

真空は気絶している大男に叫んでいた。その後、少女のも下へと歩み寄る。少女は怯えていた。さっきまで大男や村の人たちに睨まれ、真空の眼も今は獣のように鋭く、金色になっている。無理も無い。真空は右手で両目を隠した。

「…ごめんね。こんなんじゃ、人間が怖くなって当然だよね」

「!」

真空の言葉に、少女は驚く。

「…どうして、私の思っていることがわかったの?」

今度は不思議そうな顔をして真空を見る。

「何となくだよ」

真空は言葉を濁した。そして真空が右手を下ろすと、両目は黒色に戻っている。瞳も丸く戻り、さっきの恐ろしさは消えていた。そして真空は少女が摩っている手の所に自分の手を重ねる。

「!」

少女は驚いていたが、真空は気にしない。

「少し我慢してね」

真空はそう言うと眼を閉じる。すると真空の右手が淡く光りだした。

「もう痛くないでしょ?」

淡い光が消えると真空は少女に微笑みかける。少女は驚いたようで、はっと顔を上げる。

「…痛くない」

真空はそれを聞くと安心したように、また微笑む。そして周りを見渡すと、村の人々は大男を拘束したり、傷ついた人々を手当てしたりしていた。こちらを見ていた人々もいたが、真空は少女の手をとり、気にせず広場を出て行く。


   [微笑み、信頼、旅立ち]

真空は少女を連れ、町の隅にある空き地に来ていた。そこまで来ると、真空は少女の手を放した。少女はまだ少し怯えている。

「怖がらなくていいよ。…って言っても無理だよね」

真空は微笑むことしかできなかった。しかし、少女をこのままにもしておけないので話を進める。

「とりあえずさ、名前くらい教えてくれないかな?」

「…………」

しかし少女は黙ったままだ。真空は困り果てるしかなかった。

「ごめん、最初に俺が名乗るのが筋だよね。俺の名前は大空真空、真でいいよ」

しかし少女は黙ったまま。真空は少しガッカリしたが、目の前の可憐な少女はとても可愛く見えていた。

「じゃあ、勝手に呼ぶよ。…レンでいいかな?」

それでも少女は黙っているので話しを進める。

「何でこの村に来たの? この村にはほとんど、と言うか一人も精霊はいないよ」

少女は真空の微笑を見つめる。

「…わからない」

そうして、少女はやっと口を開いた。

「…気付いたらこの世界に居たの」

少女は不安で仕方ないのだろう。また体を震わせている。真空はそんな少女から少しでも不安を取り除こうと、身を少しかがめて少女の前に笑顔を見せる。

「俺はこれから総国と言うところに行くんだ」

少しでも、少女に心を開いてほしくて。

「総国に行けば精霊を保護してくれる施設もあるし」

少しでも早く、少女の笑顔が見たくて。

「一緒に行かないか?」

ただただ、微笑みかける。少女は考え出した。そして少しの間をおいてから小さくうなずいた。

「…お願いします」

まだ少し震えてはいたが、とても可愛らしく、落ち着いた声だった。

「こちらこそよろしく」

そんな少女に真空はさらに優しく微笑んだ。

その後、真空は顔を上げて空き地の外にある曲がり角を見る。

「…いつまで隠れてる気だ。『直輝』」

すると角から十三歳位の少年が出てきた。

「いや、『師匠』の邪魔しちゃ悪いと思ってさ」

直輝は頭を掻きながら申し訳なさそうに言う。

「そんな顔するな。別に怒ってるわけじゃない。それと、師匠はやめろ」

真空は腕を組んで直輝を見る。

「俺はまだ剣闘師じゃないから弟子は取れないんだからな」

「だって、俺に剣や体術を教えてくれたのは真だろ」

少女はそんな二人を見ている。

「それは妖香の代わりだ。…師匠と呼ぶのは俺が剣闘師になるまで待て」

直輝は渋々頷く。それを見ると真空は少女に眼をやる。その後、また直輝を見る。

「そういえば、お前今までどこに居たんだ?」

真空の眼が少し鋭くなる。

「お前が居たらあんな騒ぎにならなかっただろ」

師が弟子を叱るように口調も少し厳しい。

「あの程度の大男、お前なら軽くひねってやれたろうに」

「無理だよ。俺そん時、妖香様のところに荷物運んでたんだから」

直輝は少しムスッっとしている。

「さっき村に帰って来て大男のこと聞いたんだもん」

「…そうか、悪かった」

真空は素直に謝る。それを聞いて直輝も機嫌を直す。その時、村の中心部の方から水柱が上がった。村に正午を告げているのだ。真空はそれを見てから少女を見る。

「夕暮れには隣町まで行きたいからそろそろ行こうか」

少女は頷いてからマントをとり、真空に返す。

「ありがとう。これ結構大切なんだ」

真空はマントを受け取って纏う、そして直輝を見る。少女に見せた顔とは違い、真剣な面持ちで。

「直輝、俺が戻るまで妖香を『頼んだぞ』」

直輝はその言葉を聞き、嬉しさを顔いっぱいに表して、

「オッス!」

と叫ぶ。真空はその言葉を聞くと空き地を出て、直輝に背を向けて歩みだした。隣に、どこの誰なのかもわからない精霊の少女を連れて。


[追跡者と逃走、牙の決闘]

村を出てからしばらく二人は無言で歩いた。そして、木々が立ち並ぶ山道に差し掛かったあたりで、真空は口を開く。

「…あのさ、名前なんて呼べばいいかな?」

他に会話の思いつかなかった真空は少女にを見る。


〝他にもっと気の利いた会話ねぇのかよ〟

少し離れたところで二人を見つめる影があった。


「…レンでいい」

少女は少し考えてから答える。

(それってさっき真が考えた名前じゃねぇかぁ)

影は二人の後をつけ、二人の会話に聞き耳を立てる。

(だいたいレンなんてぇ、見てて可憐だからとかそんな理由なんだぜぇ)

影は呆れている。それでも気付かれようにひっそりと影は二人を追う。しかし、真空も馬鹿ではない。影の存在には気付いていた。

「じゃあレン、ちょっと走るよ」

真空はそう言うとレンを抱えて走り出した。

(…恥ずかしい)

レンはいわゆるお姫様抱っこをされた状態で真に抱きしめられていた。そのせいかレンの顔が少し赤らむ。

(クソォ、ばれたかぁ)

影も速度を上げて二人を追う。すると真空はなぜか走るのをやめて上に跳ぶ。周りの木々を跳び越すほど高く。そして良く見れば、木々の枝を飛び跳ねながらこちらに向かってくる影がある。そして真空とレンは、落下し始めた。

「グヘェッ!」

そして、木々を伝っている影を踏みつけてから真空は地面に着地した。それからレンを下ろすと影の方を見る。

「痛いぃ、痛いぃ、痛いぃよぉー」

影は頭を押さえながら地面でのた打ち回っていた。どうやら頭を踏まれたらしい。

「やっぱりお前か、『テイル』」

テイルと言われた影は頭を摩った後、木陰から出て光の当たる場所に出る。それは眼を閉じた真っ白な子狐だった。

「痛えなぁ、何すんだよぉ。瘤ができるだろぉ」

「逆切れか? 怒ってんのはこっちだぞ」

(…狐が、喋ってる)

真空はテイルと呼んだ狐を睨み、レンは話す狐に驚いている。テイルの方も地面に人のように座り、前足で器用に頭を抑えながら怒っていた。

「だいたいぃ、幻術まで使うことねぇだろぉ」

「そうでもしなきゃいつまでも着いて来ただろ」

(…幻術?)

レンはさらに混乱した。実を言うと真空はテイルに自分が走っている幻術を見せ。その隙に上へ跳び、テイルを踏んづけたのだ。

「つうかぁ、あんま“光気”は使うなよぉ」

テイルの声が少し真剣になる。

「心ぉ、持ってかれるぜぇ」

「そんなへまはしないさ」

(……?)

二人の会話についていけないレンは首を傾げて考えている。それに気付いた真空はレンにわかるように説明する。

「こいつの名前は『テイル』。北のほうに住む白狐しろぎつねの精霊だよ」

「勝手に自己紹介するなぁ!」

しかし構わず真空は続ける。

「妖香の従霊(じゅうれい・主を持ち、主にのみ従う精霊の事)だよ」

「…何で話せるの?」

レンは一番の疑問を問う。本来長い年月をかければ、人や動物の魂も精霊になる事はできるが、動物は精霊になろうとも話す能力は身につかないからである。

「それは、こいつがただの精霊じゃないから」

「俺様は獣人だぁ。舐めんなよぉ」

「…獣人って、何?」

テイルは思わずひっくり返ってた。真空は困ったように首を傾げる。

「えっと、獣人って言うのは、獣が人の力や姿を身に付けた存在って事かな」

「だからぁ、俺様は普通の精霊よりランクが高いのぉ。わかったぁ?」

「…何となく」

レンの自信の返事にテイルは脱力する。レンにテイルの事を説明し終えたので、真空は話を本題に戻す。

「さてテイル、何でついて来たのか教えてもらおうか」

真空の眼が少し釣りあがる。

「妖香の側に居ろって言ったよな? 何でついて来た」

しかしテイルは怯まず返す。

「俺は妖香の従霊だぜぇ。妖香の言う事しか聞かないよぉ」

レンを無視しての口論が始まった。

「妖香あんな体なんだぞ。従霊ならちゃんと主を守れよ」

しかしテイルは器用に前足で顔を掻きながら答える。

「その妖香の命令だよぉ」

テイルは閉じた眼を真空に向ける。

「『私の代わりにあの子を支えてあげて下さいね』ってさぁ」

真空はテイルの言葉に少し動揺した。

「やっぱり心配なんだよぉ。最後の弟子だからさぁ」

そしてテイルは顔を伏せる。

(それにぃ、もしものときはお前を止める奴が、側に居ないといけないからなぁ)

テイルは心に不安を抱えていた。真空の持つ強大な力に。それを顔に出さぬように笑う。

「だからぁ、俺はお前について行くぅ」

真空は少し渋い顔をしてからテイルを見る。

「俺より弱いくせに」

そう言うと真空はマントを取り、レンに着せる。レンは少し驚いたが、真空の真剣な顔を見て何も言えない。

「少し離れてて」

真空はレンにそう言うと、レンは木陰に移動した。それを確認すると、真空はテイルを真剣な面持ちで見る。テイルは何をする気かと少し警戒していた。

「テイル、賭けをしよう」

そして真空の目つきは変わった。

「俺に一撃でも入れる事ができたらお前の勝ちってことで同行を許す。」

そして腰の刀に手をやる。

「ただし、負けたら妖香のところに帰れ」

「…制限時間はぁ?」

テイルもさっきまでの陽気な感じとは違い、禍々しい闘気を帯びている。

「俺に一撃を入れるか、…お前が動けなくなるまでだ!」

次の瞬間、真空は腰の刀を抜きテイル目掛けて切り込んだ。それをテイルはかわし、上へ跳ぶ。しかし、跳んだテイルの姿は狐ではなく―銀髪と白衣、そして耳と爪牙に尾をもつ少年だった。

(…あれが、獣人)

レンはテイルの獣人の姿を見たとき、素直にそう思った。そのとき真空も跳び、丸腰のテイルに容赦なく追い討ちをかける。

「テイル、空中でどうやって俺の攻撃を避ける気だ?」

しかしテイルは空中で右手を腰の辺りで手の甲が足の方を向くようにおき、体をひねって勢いを付け、拳を回転させながら放つ。

獣拳“空牙”

獣拳“脚牙”

「!」

しかし真空はテイルの攻撃を左足で弾き飛ばす。

「甘い、…落ちろ!」

その後、刀の峰を使ってテイルを地面に叩き付けた。さらに真空は最後の追い討ちに落下の勢いを上乗せした空牙を放つ。

獣拳“墜牙”

「グフォッ!」

それをテイルの腹部に打ち込んだ。レンは両手で口を押さえながら絶句して見ている。真空は後ろに跳んでテイルと距離をとり、テイルを見下ろす。

「『獣拳』は俺が編み出してお前に教えた技だ。その技が俺に通用するはず無いだろ」

説教のように厳しく真空はテイルに言う。テイルは何とか身を起こし、真空を睨む。

「…手加減、しやがったなぁ。全部、急所を外しやがってぇ」

しかし真空は眼を閉じて呆れたように言う。「ちゃんと力も加減し―」

「そういう問題じゃねぇ!」

テイルは悔しそうに拳を強く握る。

「何でぇ、本気で戦ってくれねぇんだよぉ」

テイルは怒りで身を震わす。真空は眼を開け、テイルを見据える。

「俺に本気を出させたかったら、まずお前が本気を出せ」

真空は刀をしまった。

「俺に本気で来てほしかったら、使えよ。『氷結の獣眼』(並外れた同体視力と氷結の特殊能力をもつ眼力)を」

そして真空は右手で両目を覆った。

「そしたら俺も、『千里の光眼』(この世のすべてを見通すと言われる特殊な眼力)、使ってやるから」

するとテイルは初めて眼を開けた。そこには銀色に輝く獣の瞳を持つ眼があった。そして真空も覆っていた右手を下ろす。真空の眼は大男のときに見せた金色の獣の眼がある。そして真空は大男に止めをさした拳牙の構えをする。テイルも同じ構えをした。二人は睨み合い、妙な静けさがあたりを包んだ。そして、一枚の木の葉が風と共に二人の前を通ったその刹那、二人は踏み込み、お互いに距離を詰める。そしてほぼ同時に、瞬速の拳を放った。

獣拳“刹牙”

二人の拳は互いの左頬に命中し、その勢いで両者は吹っ飛んだ。両者が吹っ飛んだ辺りの木は数本なぎ倒されている。真空達が衝突し、あまりの勢いに木が耐え切れなかったのだろう。レンは動けず、ただ木陰からその様子を見ていた。すると

「痛ったぁー。痛い痛い痛い痛いぃー」

とテイルの騒ぐ声が聞こえた。その声に先ほどの禍々しさはなくなっており、陽気な声に戻っている。

「ったく。相変わらずうるさい奴だな」

と文句を言いながら真空は木陰から出てきた。それに、殴られたわりに左頬は然程腫れてはいない。

「…しかし、まさか刹牙を体得してるとは思わなかった」

真空はそういうと苦笑した。瞳の色は黒に戻っている。

「手加減しすぎなんだよぉ。俺だって成長するんだからなぁ」

テイルは頬を押さえながら、にこやかに木陰から出てきた。しかし、真空とは違い頬は腫れているようだ。

「ったくよぉ。最後の最後まで手加減しやがってぇ」

テイルは意地悪く言う。

「うるせえな。ちゃんと本気出してやったろ」

「あんなのお前の本気じゃねぇだろぉ」

「千里の光眼使った時点で十分本気だ」

「テメェが本気になりゃあぁ、俺様の刹牙くらう前に俺様を倒したろ」

また口論を始めた二人。その様子を見て、レンは木陰から出てきた。

「…まだ、続けるの?」

レンの一言で二人は口論をやめた。真空はレンを見て笑顔を作ったあと首を横に振る。

「さっき、確かにこいつは俺に一撃入れたから、賭けはこいつの勝ちさ」

真空は頭を掻いて苦笑する。

「手加減したとはいえ、やられたよ」

「だってぇ、こいつ全然本気じゃねぇんだぜぇ」

テイルは勝った喜びから顔がほころんでいた。

「…封印してる時点で本気なんて出せないだろ」

「言い訳結構ぅ。負け惜しみにしか聞こえねぇよぉ」

しかし真空はテイルを相手にせず、レンからマントを受け取っていた。

「無視かいぃ!」

テイルは一人で突っ込む。すると真空はテイルの元に歩み寄ってきた。

「強くなったな。…でも、負け惜しみは“砕牙”や“爆牙”を体得してからにしろよ」

そういうと真空は右手でテイルの左頬を触る。すると手が淡く光った。真空が手を離すと、テイルの頬の腫れは引いている。前にレンに使ったのと同じ力。

「さっきぃ、あんま光術使うなって言ったばっかだろぉ」

「この程度は問題ない」

そういうと真空はマントを纏った。そしてテイルは子狐の姿に戻る。

「お前の力を信じてるからこそ、妖香の側に居てほしかったのに」

真空は空を見上げながら呟いた。日はだいぶ落ちてきている。

「でもぉ、お前だって俺を行かせた妖香の気持ち、わかるだろぉ?」

真空は顔を下ろして少し暗くなる。

「…そんなこと言ったら、妖香だって俺の気持ちを察してたさ」

すると真空はレンを見る。

「行こうか」

レンは頷き、真空の後を歩いた。

「ちょっとぉ、俺はぁ!」

テイルは慌てて二人の後を追う。


[買い物、安らぐ笑顔]

二人と一匹は、暮れ頃に山道を抜けて<カシーズ村>の隣にある<ココット村>に来ていた。とりあえず真空は宿をとり、その後買い物に町へ出る。メインは、レンの着替えと食料である。レンは黒い長袖のワンピース以外は持ち物も持っていないため、当然パジャマなども持ってはいない。とりあえず寝巻きと着替えを一着くらい買おうと思ったのである。真空達は食料を買いながら服屋を覗いて回った。

(お前えも甘ぇなぁ)

(何がだ?)

テイルは今、真空の纏っているマントのフードの中にいて静かに話す。

(何がってぇ、ふつう今日知り合ったばかりの女の子にぃ、服を買おうなんてするかぁ?)

真空はレンと逸れないように注意しながら歩く。

(だって、あの格好で女の子を寝かせるなんて俺にはできないよ)

真空も困ったように、しかしレンには聞こえないように静かに話す。

(あの格好ってぇ、長袖のワンピースじゃんかぁ。ふつう十分だよぉ)

(女の子にそんな普段着を着せて寝かせるなんて、俺にはできないね)

テイルは呆れ始めていた。

(お前えも頑固だよなぁ。…妖香のしつけのせいかぁ?)

(多分な。女の子には優しくっていつも妖香が言ってたし)

テイルは呆れてレンを見る。人ごみを怖がっているその素振りはとても可愛く見える。

(真空はぁ、こういう可愛い系が好きなのかねぇ?)

しかしテイルは女の子に興味がないため、レンを見ても何も感じないようだ。


 しばらく歩くと、村で一番大きな服屋についたので真空達は中に入ることにした。中はとても広く、様々な種類の服が並んでいる。客は真空達しか居らず、他に店内には店員しか居なかった。すると若い店員が真空達に気付く。

「いらっしゃいませ。どのような服をお探しですか?」

「この子に合う服を探してるんだけど、どういうのがいいかわからなくて」

真空は簡単に用件を述べるとレンの方を見る。いろいろな服に驚いているようだった。店員はレンを見ると思いついたようにおくから洋服のような服を持ってきた。レースの付いた可愛らしい純白のドレスだ。動きにくそうではあったが、とりあえずそれをレンは試着室に入って着る。試着室から出てきたレンは何処かのお姫様のように綺麗だったが、とても旅で着るような服ではない。

(やっぱり動きにくそうだな)

(だったらぁ、初めから着せんじゃねぇ)

(だって、見たかったんだよ)

しかし、レンはまんざらでもなさそうであった。しかし気付けば店員が奥からたくさん服を持ってきていて、それをレンは着たそうに見ている。それからレンのプチファッションショーが始まった。しかし旅をするという理由から、紺色の長袖のワンピースと水色のネグリジェ、そして下着を買っただけだった。時間は午後の八時を過ぎている。

「しかしぃ、あの店員マニアックだったなぁ」

「…確かにな。でも似合ってたし、いいんじゃないか」

(…恥ずかしかった)

店員が持ってきた服は、最初の頃は真面目な服だけだったが、後半はマニアックな服が多かったのだ。

「…ふつうあんな店でぇ、巫女服(この世界の巫女は使える神によって服の色が違い、レンが着たのは神を示す白と、水を示す水色の袴のような服を着た)や看護服(この世界の看護服は属す種族によって異なり、人は白、精霊は桃色など、色が違い、院ではスカート、戦場などではズボンと状況によっても異なる)は売ってねぇだろぉ」

「給仕服(我々の世界で言うメイド服だが、それはほとんどが依頼人の注文などで作られるため、ズボンやスカートなど統一性はない)なんかもあったなぁ」

テイルは完全に呆れていたが、真空はまんざらでもないようだった。しかしレンは少し赤面している。


真空達は軽く食事を取ると宿へと向かった。レンは歩きながら真空の顔を見る。誰とも話していないときは、何処か寂しさのあるまだ少し幼さの残る顔、なのに自分を見てくれるときは常に笑顔で居ようと頑張っている。しかし、レンにはその笑顔に微かな違和感を抱いていた。…それは、精霊が持つ特殊な力。ただ、何となくわかってしまうのだ。何となく相手の心を感じ取ってしまう。だからレンは、カシーズ村で自分を見る大男や町人の心を感じ取り、怯えたのだ。しかし真空から感じるのは、優しさと安らぎ、そして大きな悲しみだった。レンはそれを何となく感じ取り、何となく、無理しているのだと気付く。そして、どうして自分にそこまでしてくれるのか気になっていた。ただ言えたのは、真空は信じられるという事だけだった。いつも、自分に優しさと安らぎを向けてくれる。ただ、その影に悲しみを感じて、それが違和感になる。そんな真空を、レンは見つめる。

「俺の顔になんか付いてるか?」

「…別に、何でもない」

真空に気付かれて何かと聞かれても、人間嫌いのレンには信じることができても、なかなか真空に心を開けない。「ありがとう」の一言すら言えないのだ。


 真空達は宿に戻ると、荷物を置き風呂に入ることにした。真空とテイルは女湯の前でレンと別れ、男湯に向かう。風呂は夜遅いせいもあって居たのは真空とテイルだけだった。

さすがに夜は冷えるので、濃い湯煙が立ち上っている。真空はかけ湯を浴びてから湯に入った。テイルは湯を入れた桶に浸かる。真空が空を見上げると大きな満月が出ていた。

「今日は満月か。…傷が疼くな」

よく見れば、真空には背中から腰にかけて斜めに大きな三本の切り傷がある。まるで大きな獣に引っかかれたような切り傷だ。

「あいつにやられた傷かぁ?」

テイルはその禍々しい傷を見て言う。

「ああ、満月のせいであいつが興奮するからな。無理もない」

「…今夜は妖香が居ない分、いつもより酷いかなぁ」

「何がだ?」

「別にぃ、こっちのことだぁ」

真空は首を傾げたがそれ以上は詮索しなかった。…真空はふと、木でできた塀の向こうを見る。

「あの子が心配かぁ?」

テイルは何となく聞いてみた。すると真空は顔を伏せてしまう。

「…何となく、出会ったばかりの頃の『あいつ』に似てるんだ」

そう言うと真空は苦笑した。

「未練たらしいよな。…でも、見てて安らぐんだ」

真空の眼から一滴の涙がこぼれた。何かを思い出したのだろう。

「不器用だった、『あいつ』を見てるようで。ほっとけないんだ」

テイルはそんな真空を、見ていることしかしない。慰めも、馬鹿にもせず、ただ見ていた。その時、女湯の方から

「バシャ」

と誰かがお湯の中に倒れたような音が聞こえた。真空は慌てて塀に駆け寄る。

「レン、何かあったのか?」

しかし反応がない。すると真空の眼が金色に変わる。

「おいぃ、千里の光眼使うのかよぉ」

そんなテイルの忠告を無視して、真空は女湯の方を見る。すると真空は血相を変えて塀を乗り越えた。

「あーあぁ、行っちゃったぁ。…ま、いっかぁ」

テイルはそう言って女湯の方に背を向けた。


真空が女湯に入ると、レンが湯の上に浮いていた。急いで助け起こすが、微かに息をしているだけだった。それを見て真空は慌てて人口呼吸をする。口で息を吹き込み、その後レンの胸に手添えて気を送り込んで水を吐き出すように肺の水を押し上げる(この世界の人工呼吸は、剣闘師などの気術師はこの方法を使うがほとんどで、早く水を吐き出させ、なおかつ体への負担も少なくすむ)。二回ほどでレンはほとんどの水を吐き出した。そしてレンの呼吸が落ち着いてくると安堵した。

「はぁ、良かった。…たぶん、疲れがでたんだよな」

そして真空はレンを脱衣所へ連れて行こうとしたが、レンの体は冷えていたので仕方なく倒れないように真空は支えてレンを湯に入れた。しかし、安堵したせいか来たときには気にも止めなかった事が起きる。

(どうしよう。気になって仕方ない)

真空は腰にタオルを巻いていたがなぜかレンはタオルもバスタオルも持っていなかったのだ。もちろん真空は見ないようにしているが、レンは文字どおり丸裸だ。しかし、レンは起きる気配もないので、仕方なく真空はレンの体が温まったのを見計らってから、レンを見ないように抱きかかえて脱衣所へ向かっう。そして脱衣所に入るとレンを下ろし、近くにあったバスタオルで見ないように体を拭いた。その後、レンの持ってきていた今日買った服などを出す。

(まさか俺が着せることになるとは思わなかった)

真空は心でそう呟くと見ないようにバスタオルをかけたレンを見る。

(…なんかいけない事してるみたいで嫌だな)

真空は痛切しながら下着を着せようとしたその時、

「…真、空?」

レンが眼を覚ました。レンはバスタオルが掛かっただけの自分と下着を持った真空を見る。

「…何してるの?」

レンの問に真空は

「別に、何もやましい事しようとしたわけじゃないからな」

そう言うと真空は風呂場に出て塀を越えて行ってしまった。


男湯の方ではテイルが赤面している真空の顔を見て何となく状況を察した。

「…人工呼吸すんだ時点で起こせばよかったのに。下手にお節介やくからこ―」

「見てたのか!」

真空は驚いてテイルを見た。しかしテイルは首を横に振る。

「お前の性格上、服着せるくらいするだろうと思っただけだ」

 真空は、テイルの答えに脱力する。

「よく言うだろ。お節介は程々にって」

「…俺、嫌われたよな」

真空はテイルの話を聞かずに暗い面持ちで脱衣所へ入っていった。

(こりゃ、フォローが大変だなぁ)

テイルはそう言うと近くに置いておいたタオルで器用に体を拭いた。そして、女湯の塀を飛び越える。すると脱衣所ではまだ状況を把握できていないレンが座り込んでいた。

「邪魔するよぉ」

テイルがそう言うとレンはテイルを見つめた。

「…何で私、眠っちゃったの?」

レンは一番の疑問をテイルに聞く、テイルは普段から眼を閉じているためレンは前を隠したりはしない。

「その前に服着なよ。湯冷めするぜぇ」

レンはそう言われて素直に服を着る。ちなみにテイルが服を着ているかいないかがわかったのは感覚が研ぎ澄まされているためである。そのため、普段は眼に頼る必要がないのだ。

「着替えながら聞いてくれよぉ」

テイルはそう言うと前足で器用にに頭をかいた。


「…絶対、嫌われたな」

部屋では一人、真空が落ち込んでいた。

「そうなんだよな。テイルの言うとおり、あの時起こせばよかったんだよな」

一人うだうだと呟く。

「何であんなことしたんだろ。なんでしたんだよ、俺」

そんな独り言が十分程続いた頃、部屋のドアが開き、テイルを抱えたレンが入ってきた。水色のネグリジェを着たレンはとても可愛かったが、真空罪は悪感からレンを見ることができない。居たたまれなくなった真空は部屋を出ようとして、レンの隣を通ろうとした時、

「…待って」

真空の袖をレンが掴んだ。

「…さっきは、ありがとう」

「えっ」

「…テイルから、全部聞いた」

真空は片手でレンに抱きかかえられているテイルを見る。しかしテイルは顔を反らした。

「…私の為に、してくれた事なんだよね」

そして真空はレンを見る。

「…その、今日は私の為にいろいろしてくれて、ありがとう」

それは、初めて見るレンの笑顔だった。


  [寝顔と癒し、そして到着]

朝、真空は嫌な夢で眼を覚ました。辛い過去の夢。大切な人を目の前で失う、その時の悪夢を。いつもそうだった。それでも、眼を覚ますといつも目の前には自分を大切にしてくれ、優しく愛してくれる母のような、姉のような存在が居てくれた。

(…妖、香)

だから怖くはなかった。しかし、今日はその人は居ない。自分がその人の元を去ったのだから当然だ。まだ暗い朝、真空は眼を開けたくなかった。開けるのが怖かった。眼を開けても、自分を愛でてくれる存在が居ないから。

(…ん?)

まだ寝ぼけていて意識が完全じゃない中、真空はふと気付く。

(温かい)

いつものように、温かい何かが自分を抱きしめて居てくれる。しかし、それは自分より小さい。

(誰?)

真空は恐る恐る眼を開けた。するとそこには、天使のような寝顔がある。

(…レン)

真空はしばらくその寝顔を見つめていた。見ているだけで心が洗われるようだった。そんなレンの寝顔を見ながら、真空は再び安らかな眠りにつくのだった。


次に真空が眼を覚ましたのは小鳥達が起きだした頃、小鳥の囀りで眼を覚ました。真空が眼を開けると、天使はまだ夢の中だった。しかし、さっき起きたときよりもレンは強く真空を抱きしめていた。

(…嬉しいけど、ちょっとな)

すると、レンはさらに真空を引き寄せる。そして真空の顔は、レンの胸に包容された。さすがに真空は顔を赤らめる。

(…気持ちいいけど、さすがに恥ずかしい)

そして真空は離れようとしたが、レンの引き寄せる力は以外に強かった。

(…ダメだ。まだ眠くて力入んないや)

そして真空の意識はまた薄れ始めた。

(レンの胸って意外に大きいんだな。それに良い匂いがする…って、何考えてんだ、俺)

などと自分を突っ込んでみた。すると

「真、もう少し寝とけよぉ」

と後ろからテイルの声が聞こえ、その声がスイッチを入れたように真空は再び眠りについた。


「…真空、起きてえ」

と、天使のような穏やかな声が聞こえた。その声で真空は眼を覚ます。外は晴れていて、窓から暖かな日光が差し込んでくる。その眩しさに慣れ、少し眼を開けると、自分に寄り添うようにレンが座っていた。

「…おはよう」

「おはよう、レン」

そんな陽気なあいさつをしたあと、真空は時計を見る。時計は朝の八時を指していた。そして真空は上半身を起こしてからテイルの方を見る。テイルは窓際で日向ぼっこをしていた。それからレンの方を見る。

「…レン」

「…何?」

レンは昨日より少し明るい声で答える。おそらく真空に心を開き始めたからだろう。

「えっとさ、何で俺のベットに寝てたの?」

真空は朝の事を思い出して少し照れくさそうに聞く。レンもそんな真空の顔を見て少し赤らめる。しかし声は少し暗くなった。

「それは、真空がうな―」

「あーあぁ! いいだろそんなことぉ」

テイルはレンの言葉をさえぎり、顔を上げる。「そんなことより早く着替えろよぉ。今日中には総国に着くんだろぉ」

テイルはそう言うと起き上がり真空達を急かす。

「わかったよ。だからそんなに急ぐな」

テイルにそう言ってから真空はレンを見る。

「一つだけいいかな」

「…うん」

すると真空は穏やかに言う。

「昨日も言ったけど、できれば『真』って呼んでほしいな」

「…わかった」

それから二人は背を向け合って着替え始めた。

着替えを終え、朝食をとったときにはすでに九時をまわっている。そして真空達は<ココット村>を後にするのだった。


真空達は今、川沿いの一本道を歩いていた。この道を進み、海に出た後に近くにある<カソリフ街>から船に乗り、総国へ行くのだ。そんな中、レンは真空の纏っているマントを不思議そうに見ていた。

「…これで、どうやって荷物消したの?」

実は<ココット村>を出る際に、食料やレンの着替えなどの荷物を、真空はマントを被せて消してしまったのだ。まるで奇術師が、風呂敷を使って物を消したように、消えたのだ。それをレンはずっと不思議に思っていた。

「あぁ、それは能力を使ったからさ」

「…能力?」

すると真空はレンに見えるように右手でマントを持ち白い面を上にする。そして、真空は手をマントの中に入れた。手はマントの中に吸い込まれ手首から先が見えなくなった。レンは呆然とその光景を見ている。

「…手、手が消えた」

「消えたんじゃない。入れただけだ」

すると真空はマントから手を出した。するとその手には長い筒状の水の入った容器ペットボトルのようなものが握られていた。真空はその容器の上にある蓋を取って中の水を飲んだ。その後、容器をマントの中に入れた。

「このマントには拒絶と受け入れの力があるのさ」

「…拒絶と受け入れ?」

真空はまたマントに手を入れる。

「簡単に言うと、受け入れは荷物なんかの出し入れしたりできて、拒絶は何も通さない」

しかしレンは困惑している。

「このマントの白い面こうやって、手を出し入れができたりするの」

そう言って真空は右手でマントを持ち、左手を肩まで入れて見せた。

「こんな感じで白い面は荷物を出し入れしたりできる」

レンは何となく頷いていた。

「じゃあ黒い面は?」

そうレンが尋ねてきた。

「黒いほうは白い方と違って何も通さないんだ」

そういうと真空はマントをひっくり返し、黒い面が見えるようにして右手に持つ。そして手で触っても、マントに手は入っていかない。

「まぁ、通さないのがふつうなんだけどね」

そう言うと真空は腰の刀を抜いてマントを放ると、刀をマントに突き立てた。しかし、マントは刃を通さない。地面にマントを敷いて、刀を突き刺そうとしてもマントに穴が開くことはなかった。そして真空はマントを白い面にすると、同じように突き刺そうとした。すると今度は、刀は吸い込まれるようにマントの中に入っていった。そして刀を抜くと、マントに穴は開いてい。

「これが、拒絶と受け入れの力かな」

真空は不思議そうにしているレンに言う。

「聞くより見たほうが早かったでしょ」

「…うん」

まだ半信半疑という感じだったが、何となくは通じたようだ。

「ちなみに能力は『気』を使わないと発動しない」

すると真空はまだ白いほうが上になって地面に敷いてあるマントに手を乗せる。しかし、その手はマントに吸い込まれることはなかった。

「使いこなすと便利だよ」

真空は笑って言う。

「よく言うよぉ。他にも能力足したくせにさぁ」

テイルは呆れて言った。どうやらこのマントには他にも能力があるようだ。

 そんな会話をしていると景色は変わり、川が開けて海が見えた。そしてその向こうに<カソリフ街>が見えた。海上交易が進み、大きな発展をした都市だ。そして真空達は、海沿いを歩きながら次の街に着くのだった。


<カソリフ街>は多くの人で賑わっていた。漁業も盛んで今日取れたばかりの新鮮な魚を売る人やそれを求める人、船までの時間を商店街でつぶす人なども多々いる。そして真空達は船を探しに港へ行く。しかし、港では刀を腰に差していたり、マントを纏ったり、仮面を付けている人などが多く居た。

「多分、全員剣闘師の試験を受けに行く人だよ」

真空はレンにそっと説明する。

「みんな俺たちみたいに船を探しに来たんだよ」

そして真空は逸れないように優しくレンの手を握った。そして人ゴミを掻き分けて船を探す。そうしながら探し回ってようやく総国へ行く船を見つけた。

(ボロいなぁ)

(そうとう古いんだな)

(…大丈夫、なのかな?)

しかしその船は大きいがかなり古く、海に浮いて居るのさえ疑わしかった。だが他の船は満員のため、仕方なく真空達はその船に乗り込むことにした。


船は順調に航海を続け、<カソリフ街>と総国の間くらいまで来ていた。しかしその時、

「バッガン!」

と船は何かに激突し、船体は大きく揺れた。その衝撃で海に落ちそうになったレンを真空は慌てて抱き止める。

「なんだよぉ、もおぅ」

テイルは真空のマントにしがみ付いていた。

その時

「ズッパァァン!」

と大きな音をたてて巨大な生物が姿を現した。

そしてそれを見た船長や乗客の顔が、血の気を失っていく。

「か、か、怪魔(かいま・この世界の怪物のこと)だあぁぁぁ!」「た、助けてくれー」

「きゃー」「死にたくないよー」「誰かー」

船長や船員、それに他の乗客は逃げ惑っている。そして怪物の姿をよく見れば、全身が鋼鉄で覆われたような硬質の皮を持つ巨大なイカの怪魔だ。

「確か前に図鑑で見たことある。硬質の体で酸性の墨を持つ巨大イカだったような」

「そんなのん気な解説いらねぇよぉ」

「…気持ち悪い」

すると怪魔は十二本の足を使って船を縛った。そして強い力で締め付けるので船は今にも全壊しそうになる。

「くそっ。テイル、あいつを何とかするぞ」

「えぇ、俺もかよぉ」

「文句言う暇があったら早く獣人になれ!」

「あうぅ、しゃあねぇなぁ」

そしてテイルは獣人の姿になると怪魔に跳びかかる。真空はレンを船内に連れて行き、マントを被せた。

「レン、俺とテイルで何とかするからここを動くなよ」

「…嫌。怖いよ、真」

レンは身を震わせている。おそらく船員や乗客の心の恐怖を感じ取って自分も不安になっているのだろう。すると真空は首にかけていた首飾りを、レンの細い首にかける。七色輝く不思議な形の石でできた首飾りを。

「これは、俺にとってとても大切な物なんだ」

「…真?」

「俺が戻るまで、これを俺だと思って持っててくれ」

そう言うと真空はレンの頭を撫でる。

「これを取りに絶対に帰って来るから」

「真!」

そして真空は外へ出る。


外ではテイルが一人戦っている。どうやらこの船に乗っている気術師などは真空とテイルだけのようだ。

「悪い、待たせた」

「おっそいんだよぉ、真」

そう言う間にも怪魔は船を締め付ける。とりあえず二人は怪魔の足を何とかすることにした。

「一人当たり六本だな」

「んなもん早いもん勝ちだろおぅ」

そう言って二人はお互いに反対方向の足を攻撃する。しかし硬質の皮に阻まれて思うように致命傷を与えられない。

「クソおぅ。こいつ固てぇんだよぉ」

「一本目!」

すると真空は足を一本切り落とした。

そして柄や鞘が木造の刀をテイルに投げる。

「こいつは砕牙以上の牙か『天明流』じゃなきゃ無理だよ」

「だったら最初に刀よこしやがれえぇ」

テイルは怒って刀を受け取ると、刀を抜いて切り込む。

天明流“砕刃”

直撃すると怪魔の足は千切れて吹っ飛んだ。そして真空は気を多く込めた拳牙を放つ。

獣拳“爆牙”

「ッゴン!」

牙が当たった瞬間、牙の当たった場所の怪魔の足は爆発して砕け散った。すると怪魔は怒って船に巻きつけていた足を数本解き、その太い鋼鉄の強度を持つ足を真空達目掛けて叩きつけてきた。

「テイル、避けずに受けろよ!」

「言われんでもわかってるよぉ」

そして二人は避けずに怪魔の攻撃を受けた。そうしなれば船に直接攻撃が当たるので、船体がもたないからだ。

(クソッ、意識とびそうだ)

(ふざけやがってぇ、この軟体生物がぁ)

二人は何とか攻撃に耐える。そして振り下ろされた足を吹っ飛ばす。

「ちっ。テイル、これ以上はやらせるなよ!」

「てめえぇもなぁ!」

そして二人は足に気を集中させて脚力を高める。それは真空が大男の懐に入り込んだときに使った高速の移動術。

八気移動術“速歩”

上級の剣闘師のみが体得できるという気術と体術の極み、八気と呼ばれる特殊な技を二人は使う。そして、高速で怪魔の足をすべて消し飛ばした。さすがに驚いた怪魔は海に逃げようとする。

「今さら逃げるのかよ!」

「さっきはよくもやってくれたなぁ!」

すると二人は海に飛び込み、海の上に立った。そして走る。

八気移動術“水歩”

そして二人は海に潜ろうとしている怪魔を両側から挟みこむ。

獣拳・双獣技“双砕牙”

そして二人は巨大なイカの怪魔の片耳を消し飛ばした。その後怪魔は逃げていく。

「たくぅ、今日はこの辺にしといてやらぁ」

「無駄な殺生はするなって妖香が言ってたしな」

二人は船に戻ってそのまま倒れ込んだ。

「くそぉ、やっぱり八気は疲れるぜぇ」

「そうだな。…てかテイル、お前いつの間に砕牙体得したんだ?」

「あぁ、…なんか気付いたらできてたぁ」

「…真、大丈夫?」

見るとレンが涙目になりながら出てきていた。船員や乗客は助かった喜びに大騒ぎしている。

「大丈夫だよ、レン。…ちょっと疲れただけだから」

「そぅそぅ。…つかあいつらぁ、俺らに感謝くらいしろよぉ」

そんなテイルの文句を聞きながら真空は上半身を起こす。そしてレンに笑顔を向ける。するとレンは真空に抱きつく。思いっきり、力強く。

「…ほんとに、無事でよかった」

「レン、心配かけてごめんよ」

そして真空はレンの頭を優しく撫でた。レンが泣き止むまで、ずっと。

(まったくぅ、お熱いねぇ)

テイルは狐の姿に戻るとその様子を黙って見守っていた。

(しかしぃ、見た目はボロいけどずいぶん丈夫だなぁ、この船ぇ)

そして船は予定より少し遅れて総国へ着いた。


   [受付、再会、愛情]

総国に着いた真空達は、試験の行われる城『最希城』を目指した。時刻は夕刻で、もうすぐ今日の受付が終了するので少し急いだ。

「なあぁ真、そんなに急がなくても良いだろぉ」

疲労のため、レンに抱かれたテイルは不満げに言う。

「受付は明日でもできるだろぉ」

「今日できることは今日しておきたいんだよ」

そうして真空達は城に着くと受付所へ向かった。受付所では受付の女性が片付けを始めている。

「今日は、もう終わりましたか?」

真空が尋ねると受付の人は少し渋い顔をしたが、時間はまだなので片付けるのを止めた。

「ようこそ最希城へ、『剣闘師選抜試験』のお申し込みですか?」

「はい、そうです」

受け付けは早く帰りたそうだが、仕事なので笑顔を作っている。

「では、お名前と年齢、身分証明書をお見せください」

「名前は『大空 真空』、年齢は十五です」

「…え、真って十五歳だったの?」

真空の実年齢を聞いたレンは少し驚いていた。身長が高いせいか、ずっと十七か八だと思っていたからである。しかし少し納得したように頷いている。

「そうだよ。子供のときから背が高くて、よく年上と間違われるけどね」

真空は苦笑していた。

「あの、失礼ですがその子は貴方の従霊ですか?」

「いいえ、彼女は従霊じゃありませんが何か?」

「失礼しました。実は精霊を武器にして参加される方が多いので、確認をと思いまして」

そう言うと受付の女性は用紙に真空の名前や年齢などを書いていく。

「では、何か身分証明をできる物をお見せください」

そう言われて真空は懐から封筒と刀の柄を取り出した。その柄には鍔も刃も無い。しかしその柄を、受付の女性は目を見開いてその柄を見つめた。

「これを総統閣下に渡して下されば閣下が証明してくれます」

真空は女性の前に柄と封筒を置く。

「『春野 妖香』の推薦書です。…この『闘剣』は後で取りに来ます」

そう言うと真空達は驚いている受付の人を残して城を後にした。


真空達は宿をとってから夕食を済ませ、今は宿でくつろいでいた。真空はレンから返してもらった首飾りを眺めている。

「…真、聞いてもいい?」

「何? 俺が答えられることなら何でも聞いてよ」

少し控えめのレンを真空は笑顔で見つめた。

「…えっと、受け付けの人に渡してたあの柄って何?」

「ああ、あれね。気になるの?」

「おい真、質問に質問で返してどうすんだよぉ」

テイルはすかさず真空にツッコミをいれる。

「それもそうだな。ごめんね、レン」

真空もすかさず誤る。

「それであの柄だけど、あれは『闘剣』って言って、剣闘師が使う武器だよ」

「…どうやって使うの?」

「えっと、それは闘剣に『外気』を送り込んで形を…『外気』ってなんだかわかってる?」

レンの困惑する姿に真空は尋ねる。

「…外気って何? 気とは違うの?」

するとやはり予想通りの答えが返ってきた。とりあえず真空は、気などの力の説明をすることにする。


〔この世には根本的な三つの力がある。それは心力・霊力・気と呼ばれた。生き物には、精神・魂魄・肉体の三つがあり、それぞれ精神には心力、魂魄には霊力、肉体には気が宿る。

そして、精霊は魂魄が強いので霊力がどの種族の中でも、もっとも高く精霊界の頂点に立つ王などの三大勢力は、神クラス(神々が持つ強さの表したもの)の力を持っている。そして人は基本的にすべての能力が低く、訓練なしでは何の力も持たない。しかし巫女などは長い年月をかけて魂を磨き、高い霊力を得る。そして人も、訓練しだいで気を操ることも、その総量を増やすこともできる。心力は心の強さであり、これは気持ちの問題で強くも弱くもなってしまう。

そしてこの中でも気だけは特別で、内気と外気の二種類がある。内気とは、常に人体を巡り、細胞の一つ一つで作られる。そしてその内気が外に漏れ出したのを外気と呼ぶ。生気や殺気などの気配がそうだ。人は、常に外気を纏いながら生きているのである。そして、そんな気を操る者を気術師と呼んだ。内気は主に肉体強化や肉体の性質変化など使われる。そして外気はあくまで気配でしかないので、これに属性を付けたり、実態を持たせることで初めて力を発揮する。気にはそれぞれ属性はあるが、その属性は人それぞれ違う。基本は火・水・風・土・木・雷・氷・光・闇だが、ごくたまに特殊な属性を持つものもいる。例えば空気の流れを操ることで風を起こすのは風気だが、まれに空気の振動を操ることで音を操る音気や空気その物を操るものもいる。火で言えば、火力が上がり炎や焔を操ることができるなどである。このように属性を操れて、初めて一流の気術師と呼ばれるようになる〕


「ここまではわかった?」

「…うん。精霊にも気はあるの?」

「あるに決まってんだろぉ。まぁもっとも普通の人間以下だけどなぁ」

「冷たく言うなよテイル。…話を戻すよ」

そして真空はテイルの頭を撫でながらレンを見る。

「それで闘剣って言うのは自分の気を送り込むことで気の刃を創り出す剣のこと」

まだ少し困惑しているので、闘剣の仕組みと原理を説明することにした。


〔闘剣は気の刃を生み出す能力を持つが、その原理と仕組みは簡単である。実は闘剣の中には希少な材料が使われる。例えば麒麟の鬣や角、龍族の鱗に牙や鬣、不死鳥の羽や尾、他にも強い力を持った怪魔の一部分を闘剣の柄に加工して入れる。そしてその希少な材料は、使い手の気を取り込んで柄の先から力を放射する。その力を柄に刻まれた術式が刃に変えるのだ。そしてさらに闘剣には段階が存在する。それはその闘剣によってことなり位の高い素材を使うことで発揮される。段階が上がると闘剣は姿を変えるが、それは使い手の心やその使い手にあった武器によってことなる。ただ言えるのは、この世には決して同じ闘剣を創り出せるものは居ないと言う事、それは完全にオリジナルしか存在しないということを意味している〕


「これで闘剣の説明は大丈夫?」

「…うん。精霊には闘剣は使えないの?」

「使えないことも無いけど…難しいかな」

「闘剣は気を使うんだからぁ、気の弱い精霊には向かねぇんだよ」

「だから精霊や巫女なんかには、霊刀っていう霊力版の闘剣みたいなのがあるよ」

「…そうなんだ。見たこと無いけど」

レンの考え込む顔を見ていた真空はふと、時計を見る。時刻は夜の八時を過ぎていた。

「レン、明日には精霊の保護施設に連れて行ってあげるからね」

「…うん、ありがとう」

レンは少し寂しそうな顔をするので真空はレンの頭を優しく撫でた。

「とりあえず行くだけでもいいから。その後は自分で決めていいよ」

そう言うと真空は立ち上がってマントを纏った。

「…真、何処か行くの?」

「ああ、闘剣を取りにね。…それと、『あの人』にも会わなきゃいけないし」

「明日で良いんじゃねぇのかぁ?」

「いや、できるだけ早く会って置きたいんだ」

そして真空はドアのとこまで歩いた。

「テイル、レンを頼んだぞ」

そう言うと真空は部屋を出て行った。残されたテイルとレンに、しばらく会話はない。

「…テイル、聞いてもいい?」

「なぁんだぁ」

「…『あの人』って、誰のこと?」

「あぁ、『総統閣下』のことだよぉ。…この世界でもっとも偉い人かなぁ」

そんな会話をしながら二人は真空の帰りを待った。


真空が最希城まで行くと、門のところに一人の女性が立っていた。

「大空真空様ですね。総統閣下がお待ちでございます」

そして真空はその女性について行き、城へと入って行った。

城の中は静まりかえっており、それがやけに不気味だった。そして階段を上がり上へ上がると、右に曲がりしばらく長い廊下を歩く。見た目どおりかなり大きな城だ。

「着きました。中で総統閣下がお待ちです」

そう言われ真空は少し大きな扉を開けて中に入った。中は月明かりで照らされているだけだったが、明るかった。すると後ろの扉が「バコンッ」と閉まる。

「…待っていたよ。真空」

窓の方に目をやると、五十代くらいの男が立っていた。そして男がこちらを向くと、月明かりの影になってはいたがその男の相貌が見える。…左目に眼帯をし、顔にはいくつかの傷を持ち、蒼色の軍服にマントを着ていた。

「お久しぶりです、総統」

「ふふ、お前と妖香が旅立ってもう五年になが、大きくなったな」

「それはそうですよ。…よく、今夜私が来るとおわかりましたね」

真空の口調は普段とは違い真面目になっている。

「お前の性格はよく知っているつもりだよ」

総統は微笑んで真空を見据えていた。

「ただ、妖香と葵がいない理由はわからないがね」

「………」

真空は言葉を詰まらせる。

「話せない理由があるならば無理に話す必要はな―!」

「…誠に、申し訳ありません」

真空は頭を下げていた。…それを見た総統は真空に歩み寄って顔を上げさせる。

「真空、男があまり頭を下げるものじゃない」

総統はそう言いながらドアの辺りに行き、電機のスイッチを入れた。その瞬間、部屋は明るくなる。

「私は別にお前を咎めているわけではないのだよ」

「…いえ、違うのです」

真空は身を震わせていた。

「…理由は言えませんが、実は妖香は…妖香には…」

それを総統はただ見つめた。その瞳には、昔と何も変わらない、少年の姿が映る。

「もう、戦う力が無いんです」

真空は涙を流し始めた。また昔の事を思い出して。

「…そして、『夜桜 葵』は…死にました」

真空は今にも泣き崩れそうだ。それほどのことが、かつてあったのだろう。

「…すべては俺の、俺の無力さのせいなんです。…あの時、俺に力があれ―」

「もうよい…もう、よいのだ。あまり、自分を責めるな」

総統は力強く真空を抱きしめていた。まるで、父親のように、瞳を潤ませながら。まだまだ幼い少年を。

「一人で、辛かったのだろう。お前は、昔からすぐに一人で背負い込むからな」

「うぅぅっあぁぁぁ」

それからしばらく、真空は総統の腕の中で泣いていた。


「コッコッ」

と扉を叩く音がした。真空はいま総統の部屋にあるソファーで寝ている。

「構わんよ、入りたまえ」

すると扉が開き十八歳くらいの女性が現れた。彼女は精霊界の代表で、精霊王の次に偉い地位にある三大勢力の一つ『四季精天』の、一角を担う春に属する月の精霊『シャオーヌ・ラウフィン』である。

「総統様、何か御用ですか?」

明るく、美しい声。そして顔はどことなくレンに似ている。

「実は、この子を頼みたいのだ」

総統は真空を見る。体こそ大きいが、寝顔はやはり十五歳の少年だ。

「私が着いていてやれれば良いのだが、あいにく出かけの仕事が入ってな」

「そうですか。でも、なぜ私に?」

「ふむ、兵士に頼んでもよいのだが、それでは見張らせているような気がしてな」

「まあ、確かにそううですね」

彼女もその答えには賛成のようだ。

「それに他の代表の面々は引き受けては下さらぬだろうしの」

「…秘書の方は? 私よりも頼りになるでしょう」

「あいつは私の代わりに、城に残って仕事してもらうことにしたのだ」

「そうですか。しかし、私なんかでよろしいのですか?」

「お前を呼んだことがその証だとは思わぬか?」

総統は質問に質問で返した。

「いえ、ただ…とても大切そうになさってる子だと思ったので」

「…大切さ。なんせ、私の娘が育てた子なのだから」

総統は少し微笑んだように見えた。

「私にとっては息子であり、孫のような存在なのだ」

そしてあらためて総統は彼女を見る。

「頼まれてくれるな?」

「はい、私でよろしければ」

そして総統は何処かへ行ってしまった。彼女はとありえず真空を運ぶことにする。

(あ、軽い)

彼女は軽々と真空を抱き上げてしまった。

(見た目と違って、ずいぶんきゃしゃなんですね)

そして彼女は真空を連れ、部屋を出て行った。


朝、まだ日が昇る前。真空はいつもの悪夢で目を覚ました。いつものことであり慣れていた。そう、三年前からずっと彼は満足に眠ったことはない。眠くても、完全に熟睡するわけではなく、しばらくすると眼が覚めてしまう。それも誰かが側に居たらの話。一人では恐怖で眠れないことさえあった。

(昨日は…あのまま寝ちゃったのか)

真空は今の状況を把握した。

(はぁ、宿じゃないからレンもテイルも居ないか)

そして、寂しさはつのった。

(…ん? でも、あったかい)

少しずつ感覚が戻ってきた。

(…妖、香? …そんなわけないか)

前のように自分と同じくらいの大きさのなにかが優しく抱きしめてくれている。

(レンでもテイルでもない…じゃあ、誰?)

真空は目を開けた。しかし、暗くてよく見えない。しかし、確かに自分を抱きしめている誰かが居た。

「…誰?」

(スー、スー)

聞こえたのは微かな寝息だけだった。初めは総統かとも思ったが、あの人は添い寝などする人ではない。それに、寄り添うその者の体つきは明らかに女性であった。なんせ真空は今その女性の胸に優しく押し付けられているのだから。

(…妖香くらいあるな。…って違うだろ俺)

そんなことを思っていると、窓から日の光が差し込んできた。真空は少し顔を離して女性を見る。

「…きれい、…女神様?」

真空は、日の光に照らされたその女性の顔に見とれていた。しかし、よく見ればその顔はレンに似ている。

「…レン、じゃないよな」

少し困惑していると、女性は真空を引き寄せてきた。さっきより少し強く抱きしめられる。呼吸はできたが、すこし苦しい。

(嬉しいけどさ、いったい誰なんだよ)

真空は少し脱力した。するとまた眠気が襲ってきた。

(くそ、こんなときに、かよ…)

そして真空はそのまま女性に抱かれながら眠った。


次に真空が起きると女性が自分を抱きしめながら頭を撫でていた。

「あ、お起きになりましたか」

真空が目をあけると女性は暖かい笑顔を向けてくれた。しかし、真空は頭が働かずにいる。

「…あなたは、誰ですか?」

真空は何とか言葉をしぼりだす。

「あ、申し遅れました。私はこの城で歌姫をしている『紗嗚』と言います」

本名は『シャオーヌ・ラウフィン』だが、ここでは歌姫の紗嗚でとおっているのである。

「実は昨日、あなたの事を総統様に頼まれまして。それでベットの方にお運びしたんです」

「…そうですか、ありがとうございます。…でも、なんで添い寝を?」

真空は紗嗚から離れて尋ねた。紗嗚は座り直して真空を見る。

「それは、あなたがうなされていたから」

「…え! うなされてた?」

真空は自分の耳を疑った。そんなことは初めて聞かされたからだ。

「はい、ベットにお運びした後、となりのベットへ行こうとしたら急に」

よく見れば隣にはもう一つベットがあった。紗嗚は総統に頼まれたので、ベットに運んでから自分の部屋へ戻るような半端なことはしない。きちんと真空が目覚めるまで側には居る気だったのだ。

「『葵、葵』などと言って苦しみ出したのです」

紗嗚は少し心配そうに真空を見つめた。

「慌てて駆け寄ると私に抱きついてきて、その後、うなされなくなったので」

その瞳を真空は見ることができなかった。

「そのまま添い寝をしたのですけど、ご迷惑でしたか?」

「…いや、ありがとう」

真空は今までの事を思い返した。

(そっか。だから毎日、妖香は添い寝してくれたのか)

『「…今夜は妖香が居ない分、いつもより酷いかなぁ」』

(あれは、…こういう意味か)

真空はテイルが昨日言った風呂での言葉を思い出す。

『「それは、真空がうな―」』

『「あーあ、いいだろそんなことぉ」』

(それに、レンが俺に添い寝してくれたのも…)

そして次は今日の朝、レンが言おうとした言葉をテイルがさえぎったのを思い出した。

(なんだよ、これ。…そういうことかよ)

真空の瞳が少し潤む。

(結局、みんなして俺に気を使ってたのか)

寂しさとむなしさで、体は震えだす。

(結局、俺は守られてたんだ…)

『私の代わりにあの子を支えてあげて下さいね』

(そう、テイルに言って俺に同行させてのも…)

もう倒れそうなほど真空の体には力が入っていない。

「どうして、何も言ってくれなかったんだよ。…妖香」

その時、紗嗚が真空を抱きしめた。

「…そんなに、悲しまないでください」

瞳を潤ませながら、真空をただ優しく抱きしめた。

「あなたが悲しむと、私も悲しくなります」

…そう、それが精霊の持つ力。人の心を何となく感じ取る力。

「だから、もう悲しまないでください」

だから、紗嗚には真空の心の悲しみが痛いほどわかったのだ。理解できるわけではないのに。

「私が側に居ますから。だから、笑ってください」

別に、真空の辛い過去を知る訳でもないのに。

「…あなたの悲しみは、大きすぎます」

それでも、その悲しみの大きさはわかるのだ。

(…もっと強くなりたい)

そして真空は紗嗚に抱かれながら、

(もう、誰にも心配させないくらいに!)

そう強く願った。そして、意識が薄れる。…その時、紗嗚が真空を押し倒した。

「う、ん…ぐ」

そして、真空の唇に自分の唇を重ねる。

「………!」

そして真空は正気を取り戻した。しかし、紗嗚はまだ離れない。

「う、んん、うん…」

抵抗しようとしたが、…力が入らなかった。

そしてそのまましばらく二人は唇を重ねていた。


どのくらい経っただろうか。しばらくして、ようやく紗嗚は真空から唇を離した。

「…少しは、落ち着きましたか?」

そう言って紗嗚は真空に微笑んだ。それを見て真空は顔を赤らめる。

「…なんで、キスなんかしたんですか?」

「それは、あなたが一番欲しがっていたものだから」

「…え、欲しがった」

真空は驚いた。真空は寂しさや孤独はあったが、キスをして欲しいと思ってはいないからである。

「俺は別にキスして欲しいなんて思ってないぞ!」

「いいえ、あなたが欲しがっているのは、…『愛情』です」

それを聞いて、真空は否定できなかった。確かに真空は、愛に飢えているのだから。何よりも、誰よりも。かつての悲しみを癒す、愛情が。

「私でよければ、もう少し癒して差し上げますよ」

「…一つだけいい?」

「はい、遠慮せずどうぞ」

「…俺は結構欲張りだよ」

紗嗚は真空の心を感じて赤くなった。そして真空に顔を近づける。

「…私で、いいなら」

そう言うと二人はまた唇を重ねた。


〝ククク、時ハ近イナ〟

 …古の獣は、今も復讐の時をまっている。


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