正義も悪も皆平等に飯はうまい
携帯の着信音が鳴り響いたのが夜の9時過ぎ。
やっぱりか…と思いながら部長こと、神崎薫は携帯を手に取る。
相手は父親であった。
薫「もしもし?」
父親「もしもし?薫か?いま終わったぞ」
薫「別にいちいち報告しなくていいっていつも言ってるじゃん」
父親「いやぁ、薫も心配してるかなって思って」
薫「大丈夫だよ…父さんが負けるはずがないって知ってるからさ」
そう、負けるはずがないのだ。
私はそれを知ってる。
父親「そうか…信じてくれてるのだな…」
薫「終わったのなら早く帰って来てよ。まだ母さんも晩御飯食べずに待ってるんだからさ」
そして悟られてはいけない。
父親「それもそうだな、なるべく早く帰るよ」
薫「今日は父さんの大好きなトンカツだってさ」
父親「おぉ、そうか…。妻の手料理と娘の応援があれば、私はどんなに辛くても海水で生きる淡水魚のように頑張れるぞ」
薫「まだよくわからない例えを…そんなんだからレド例とか言われるんだよ」
父親「とにかくなるべく早く帰るよ」
薫「うん、待ってるから…まもるんジャーレッド」
私がこの人の…敵だということを…。
父親との通話が切れた後、メールを受信していたことに気がついた。
薫「ん?。なんだ、加藤からか…」
加藤「お前…勇敢と無謀の違いは分かるか?」
目を覚ました櫻井の耳に入った第一声がそれであった。
櫻井は医務室のような部屋のベッドで寝かされていた。
櫻井「いきなりなんだよ?」
加藤「計画を立て、策を張り巡らし、成功までの道筋をハッキリさせ、勇み行動を起こすことが勇敢。無謀っていうのはお前みたいに突発的にバカやることだ」
櫻井「…お前の言う通りだな」
おそらく加藤はいきなり悪将軍を殴ったことを言ってるのだろう。
櫻井「それより、ここはどこだよ?」
加藤「ショッカーのアジトの医務室。お前は気絶してたところを別のショッカーに保護されたそうだ」
櫻井「気絶してたのか…」
そういえば中山さんに助けられたあと必死で逃げたような…。
ヒーローから逃げたような…。
櫻井「………」
櫻井は様々な自責の念に襲われた。
自分が悪の手下となり、人を陥れたこと。
そんな自分を守るために人が1人の犠牲になったこと。
櫻井「僕なんかのために…僕なんかのために中山さんは…」
櫻井の心は罪悪感に満たされた。
櫻井「僕が素直に命令に従っていれば…僕があんなことしなければ…中山さんは死ぬことはなかったのに」
涙ながらに後悔を語る櫻井に加藤が一言口を挟んだ。
加藤「まったくその通りだよ」
冷たく突き放すかのような一言だった。
加藤「お前の無謀が人を殺した」
櫻井「そうだよな…僕が無謀だったから…。僕なんて…僕なんて…死んでしまえばいい」
加藤「…今後どうするかはお前の自由だ。でも、その選択はお前を守ってくれた人が望んだことか?」
櫻井「………」
加藤「まずは家に帰ってゆっくり考えよう。結論を出すのは、それからでも遅くない。死ぬなんてことは…とても簡単なことなんだから」
櫻井「…悪いな、家まで送ってもらって」
加藤「いいってことさ」
櫻井は自宅の鍵を取り出し、鍵を開け、ドアを開けて玄関へと足を踏み入れた。
佐藤「お帰りなさい!ご飯にする?お風呂にする?それとも…わ、た、し?」
そんな櫻井を制服にエプロン姿の佐藤が出迎えた。
櫻井「…さ、佐藤さん?」
櫻井は困惑した声で言った。
佐藤「えっ?いきなりわたし?。キャー、待って、心の準備が…」
普段の無表情とはかけ離れて、佐藤は表情豊かであった。
櫻井「い、いや、そうじゃなくて…。なんで佐藤さんがここに?」
部長「佐藤、そろそろ櫻井も困惑してるし、茶番はそこら辺にしたらどうだ?」
佐藤「…そうだね…これ疲れるし…」
奥にいた部長の一声で、佐藤はいつもの無表情に戻った。
櫻井「なんで部長までここに?」
部長「加藤から家に来て櫻井を励ましてやってくれってメールが来てな、わざわざ来てやったんだ」
加藤「俺1人じゃお前を慰めきれないと思って助けを呼んだんだ」
佐藤「晩御飯…作っておいたよ」
部長「せっかくだからみんなで食べよう」
櫻井「………」
佐藤「…どうしたの?櫻井。制服にエプロンは好みじゃなかった?」
櫻井「い、いや、そうじゃなくて…」
佐藤「…ほんとは裸エプロンにしようかと思ったんだけど…」
加藤「なんだって!?」
部長「でもそれは流石に私が止めた」
加藤「なぜ止めた!?部長」
部長「倫理に反するからかな」
加藤「こんな時に限ってどうして倫理を遵守する!?」
部長「っていうか、佐藤は裸エプロンにしたら櫻井はまだしも、加藤にまでその姿を見られちゃうんだぞ?よかったのか?」
佐藤「…いいんじゃない?。その代わり…その光景を冥土の土産にさせるから…」
部長「随分とお高い鑑賞料だな…」
加藤「裸エプロンのJKに殺されるなら本望だろ」
部長「まぁ、バカはほっといて、さっさとみんなでご飯食べよう」
佐藤「…早く食べよう?櫻井」
櫻井「…う、うん」
加藤「いやぁ、JKの手作り晩御飯が食べられるなんて…やっぱり二人を呼んだ甲斐があったな」
部長「あ、そうだ、加藤。お前の分は無いから」
部長「いただきます」
佐藤「…いただきます」
櫻井「………」
佐藤「櫻井の口に合うかなぁ。一生懸命作ったんだけど…」
佐藤はわざとらしく恥ずかしげにモジモジしながら言った。
部長「佐藤が頑張って作ったアピールしてるけど、作ったのはだいたい私だ。佐藤は盛り付けしかしてない」
佐藤「…用事があって、来るのが遅れた。…あと盛り付けも歴とした料理の一部」
加藤「あ、あの…私にもなにかお恵みをくれたらなって…」
料理はおろか、椅子すらも与えられない加藤は端っこの方で立ち尽くしていた。
部長「安心しろ、お前にはドッグフードを買って来た」
加藤「ドッグフードなんて食えないワン!!」
櫻井「………」
賑わう食卓の中、未だに櫻井は一口も手をつけてなかった。
部長「どうした?櫻井。この私が作った料理が食べられないとでも言うのか?」
櫻井「いや、そうじゃなくて…」
佐藤「…じゃあ、なに?」
櫻井「僕に…優しくしないで欲しい」
佐藤「…どうして?」
櫻井「僕は最低な人間だから…優しくされる権利なんて無い。喜ぶ権利なんて無い。幸せになる権利なんて無い。そして…生きる権利なんて無い」
部長「………」
櫻井「それなのに優しくされたら…それにすがりつきたくなっちゃう。だから…止めて欲しい」
部長「別に私は櫻井のためにやってるわけじゃないぞ」
佐藤「…そうだよ。…私が優しくしたいと思うから…慰めるだけ…。私が喜ばせたいから…楽しませるだけ…。幸せになって欲しいから…手を差し伸べるだけ…。生きて欲しいから…隣にいるだけ…」
部長「その通りだ。お前が悲しんで、お前が不幸で、お前が死んで…誰が喜ぶと思う?」
櫻井「それでも…今度は僕はもっと酷いことするかもしれない。もっと迷惑かけるかもしれない」
加藤「それでもお前はこの世に何億とある悪のうちの小さな、ほんの小さな一部にすぎなくて…お前がいなくなったところで変わりはないが、代わりはいる。死んで誰かを悲しませるくらいなら、生きて誰かを幸せにしろ」
そんなことを加藤はドッグフードを口の中でポリポリさせながら言った。
佐藤「…さぁ、ご飯食べよ?」
櫻井「…いただきます」
櫻井は顔をうつむかせながら小さな声で、しかし手をしっかり合わせて言った。
そしてそのまま白米を口に運ぶ。
部長「お味はどうだ?」
櫻井「…米が堅いです。…水の量合ってますか?」
部長「仕方ないだろ?そんなに炊く時間無かったんだから」
櫻井はそのまま味噌汁に手をつけた。
櫻井「…味噌汁、ちゃんと出汁を取りましたか?。水っぽいですよ…」
部長「それも急ごしらえだったからな」
櫻井「…魚に至っては生焼けじゃないですか…」
部長「文句が多いやつだ」
櫻井「…ほんとまだまだ文句は付きませんよ。全然ダメじゃないですか…」
加藤「………」
櫻井「…それなのに…それなのに…どうしてこんなに美味しいんだろ」
櫻井の瞳からボロボロと涙が零れ落ちてきた。
櫻井「なんで…こんな料理なんかが美味しいんだろう…」
僕は最低な人間だ。
それでも、生きたいと思うほどに…。
結局櫻井は文句を言いつつも料理を一つ残らず平らげた。
佐藤「…で、どうだったの?」
食事を終えた佐藤は突然櫻井に訪ねた。
櫻井「なにが?」
佐藤「…だから…行ったんでしょ?風俗」
櫻井「え?」
佐藤「…あれ?…風俗店じゃなかったの?」
櫻井「なんの話?」
ここで櫻井はショッカーであることをショッカー以外に話すとリストバンドが爆発する仕組みを思い出した。
櫻井「そういえば、加藤、お前なんて言って二人を誘ったの?」
加藤「ただ単に『櫻井が初体験で悲惨なことになったから女性二人で慰めてやって』ってメールしただけ」
櫻井「お前それひどい語弊を生むだろ!!」
佐藤「…じゃあ、そういう所にいったわけじゃないの?」
櫻井「違うよ!!」
佐藤「…なんだ、そうなんだ。…よかった」
櫻井達が身に付けさせられているリストバンドは結構色々な機能が備わってる。
時計機能やメール機能、中でも優れているのが変身機能である。
ボタン一つで一瞬で自動的にショッカーの姿に着替えができる便利な機能である。
だが、あくまでこのリストバンドは枷。
このリストバンドの爆発機能こそがショッカーという活動を成立させている大きな枷となっている。
命令に逆らったり、正体をバラしたり、情報を話したり、また無理やり腕から外しても爆発する仕組みになっている。
つまりこれがあるかぎり悪将軍に服従するしかないのだ。
そういうわけで今日も僕はリストバンドに送られたメールに従って、ショッカーの服装に着替えてショッカーのアジトに訪れ、そしてトラックの荷台に積まれてどこかに運ばれていた。
加藤「おう、櫻井。ちゃんと命令通り来たんだな」
櫻井「そりゃあ爆死したくないからな。それに…自分になにができるかをキチンと見極めたいしな」
加藤「前向きで結構」
そのとき、櫻井達の後方から女の子の声が聞こえた。
女の子「な、なんなんですか!?ここは!?」
櫻井達が振り返って声の主を見ると、ショッカーの姿のままかなり困惑している小さな女の子がいた。
櫻井「…もしかして、今日が初めて?」
女の子「初めてって…なにがですか?」
状況を飲み込めずにひどく怖がっている様子がうかがえた。
加藤「俺たちはこれからショッカーとしてテロ行為を強要させられる」
女の子「えっ?どういうことですか?」
そしてそのとき、櫻井達を乗せたトラックが停車した。
加藤「どうやら目的地に着いたようだな。詳しいことは歩きながら話そう」
櫻井「名前だけ聞いてもいいかな?」
女の子「…森です。森カネテです」
悪将軍「はっはっは!!この東京タワーは我々が支配したぞ」
目的地である東京タワーに到着するや否や、早々と人質を捕えたショッカーたちは瞬く間に東京タワーを支配した。
レッド「そこまでだ!悪将軍!」
悪将軍「来たな、まもるんジャー」
レッド「登場のセリフは省略していきなり先制攻撃キック!!」
レッドは現れるや否や、悪将軍の懐まで突っ込んで悪将軍を蹴り上げた。
悪将軍「グハッ!!」
そのまま何メートルも吹き飛ばされた悪将軍はまたもや体勢を崩されたために敗北を悟った。
悪将軍「ショッカーども、撤退だ!!」
そして早々と撤退命令が出た。
加藤「今回は何事もなく撤退のようだな」
櫻井「僕らもさっさとずらかりますか」
森「………」
櫻井「どうしたの?早く行こうよ?」
森「こんなこと…許されていいんですか?」
櫻井「ん?」
森「こんな悪事が平気で起こること、許されていいんですか!?」
そのとき、凄まじい爆発音と衝撃が辺り一帯を襲った。
櫻井「なんだ!?一体!?」
加藤「爆発?」
レッド「なにをした!?悪将軍!?」
悪将軍「くっくっく、この東京タワーに3つの爆弾を仕掛けた。30分ごとにひとつずつ爆発するようにセットされてる。そして3つ目の爆弾が爆発したとき、この東京タワーは崩壊する」
レッド「なんだと!?」
悪将軍「せいぜい人質の救出に精を出すんだな」
悪将軍はその言葉を残して消えるかのようにその場から姿を消した。
ブルー「くそっ、また逃げられたか!!」
レッド「今は人質の救出を優先するぞ!!」
レッドの指示によってまもるんジャーたちによる人質の避難が始まった。
大勢の人間が我先へと逃げる中に紛れて、すでにほとんどのショッカー達も避難していた。
加藤「さて、俺たちも逃げるとするか」
森「先に避難していてください」
櫻井「どうしたの?」
森「私はまもるんジャーの避難を手伝おうと思います」
加藤「そんなのは正義の味方に任せとけよ!」
森「私もできることがしたいんです!!」
加藤「俺たちになにができるっていうんだよ!?そんなことしても足を引っ張るだけだ!!」
森「そんなのやってみないとわからないじゃないですか!!」
櫻井「二人とも少し落ち着け。とにかく、爆弾の件もあるし…下手したら死んじゃうかもしれないんだよ?」
森「別に問題ありません。…私が死んで困る人なんていませんし」
そう言うと小さなショッカーは人混みの中に消えていった。
櫻井「…行っちゃった」
加藤「あんな甘ちゃんに構ってられん。行くぞ、櫻井」
櫻井「あ、あぁ…」
加藤「俺たちじゃ誰も救えない。俺たちはヒーローじゃないんだ」
それだけ言うと加藤は避難を開始した。
櫻井「確かに…俺たちはヒーローじゃない。それでも…」
そのとき、激しい衝撃とともに二度目の爆発がタワーを襲った。