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「アイシャちゃん、出世だって? おめでとう」
鍛錬場に降りていくとクライスが近寄って来て、そう言って笑った
「ありがとう…というか、未だに実感わかないんだがな」
あの出来事から10日ばかり経った後、私のクラスが急速に上がったことを知らされた。
クラスというのは個人のポイントによって階級があり、仕事を受けるようになるまでは師について修行する鍛錬での成績、その後は外部の依頼を受けて、その達成に因るポイントによって決められる
そしてクラスと資質に見合う仕事が采配により与えられる事になっていた。
今までの師匠からのからのポイントは悪くなかった為、現在の師であるマルティン師も私の出世の遅さには首をかしげていたものの、受ける仕事の質は低く量も少なかったのと、なにより私が余り気にしていなかった為に現状維持したままで居たものが、今回エストの活躍により表に出たというわけで…。
「何言ってるんだか、僕と互角に打ち合える上に、補充の相手がシラーで、あのクラスはありえないって、僕だって吃驚したんだから」
まぁ、確かにシラーもクロエも未だ師事している身としては殆ど最高のクラスで、ただ、大貴族である上に貴重かつ優秀なな光の術師であるシラーと、闇と医術の両方で優秀な成績であるクロエはどちらもスクォーラの掌中の珠であり、ふんだんに予算も準備も掛けられる大掛かりな討伐以外は仕事は少ない。
それでも、彼らにかかる出動で得られるポイントは、通常私クラスの剣術士の数十回分近いという噂も聞いており、しかも、ポイントの横流しが行われていた私に至っては……二人とは離される一方だったわけである。
とはいえ、フラウが私のクラスの采配だった時期は、ほぼ私が仕事を受け始めた頃から今までの数年殆どであり、書類のみでは横流を受けた人間がその事を知っていたのかを確認する術もなくフラウ本人も私が気に入らなかったとという理由以外は完全黙秘。
今まで私と組んだ人間の設問会も行われはしたけれど、当然横流しを受けたと、自分から言い出す人間など居るわけもなく、また、横流しを耳打ちされた人間がエストだったのも問題で…。
フラウはエストがわざと見学者を変わってもらってあの討伐に参加したとは知るわけもなく、二人きりになった時に配慮が足りなかったと謝罪をして、その代わりという名目で私のポイントの話を始めたという。
つまりフラウは貴族階級の人間のご機嫌取りに私のポイントを使っていた可能性もあり、
スクォーラとしても出来ればそんな方々に横流しを受けたかなどと言ってご機嫌を損ねたくはないと言う訳で…。
そんなこともあって、私のポイントが何処へ消えたかはあやふやのまま私に知らされることはなかった。
けれど、そんな中、設問会では正当に評価して調査員に言ってくれた人間もそこそこ居たらしいのもあって、長い事下級クラスで燻っていた私は、一気にあと少しで上級というところの中級クラスのほぼ最上位まで上がることが出来た。
しかし、考えれば長い事下級クラスにいた事になるわけで…
「良く、シラーは私を首にしなかったな…」
「何を言っているの、アイシャちゃん…」
思わず呟いた私をクライスは呆れたように見て
「ま、いいか、お祝いとかしないの?」
「あ、そうだ、今度の祝日の夕方開いているか?居住棟の集会場で祝い事をしてくれるらしいのだが」
「居住棟?」
スクォーラの敷地内には様々な施設があり、術師以外の人間も多く暮らしている、居住棟とはその中でも、スクォーラに住む人間の生活を円滑にする為に働く人々達の住む一角で、余程大きな事以外はその中は彼らの自治に任されており、彼らの中での祝い事をするための集会場などもある。
寮で世話になる人間の頼まれごとを聞いて、生活の知恵的剣術を行使して仲良くなった人間がそこには何人かいて、今回の出世の話を聞いた彼らが自分の敷地内の集会場でお祝いをしてくれると聞いていた。
スクォーラの人間は余り馴染みがないから招待する人間は私が選んで、後で人数だけ教えて欲しいと言われていて、いつも酒を頼んでいる厨房の親父さんには
「アイシャをダシにして派手に騒ぎたいだけだ、あまり気にせず友達呼んで騒ごうや
お前友だちが少ないんじゃないかとか、家のかみさんも心配していることだし、気にせず人数集めて安心させてやってくれ」
などと、気使いなのか本気なのか分からないことも言われていたために、取り敢えず、スクォーラで友人と呼べそうな人間には声を掛けているのだが……
「あ…、いや、しまった、お前は来るな、聞かなかったことにしてくれ」
「えぇ~、何でよ? 居住棟での集まりなんて初めてだし楽しそうじゃないの、ひどくない?」
「ひどくない、お前みたいのを連れて言ったら、私の評判を落とすことになりかねない、
私の評判だけならいいが、純朴なあそこの娘さんたちを毒牙にかけたりなんてされたら
申し訳なくて、顔も出せなくなる」
「えぇぇぇ~、そんな事しないよ~、信じて?」
私を見て「ね?」などと小首を傾げるが、いくら柔和な顔立ちとはいえ成人男性のそんな可愛こぶった姿は気色が悪いだけだ、…とはいえ
「そんな面白そうな会の話だけなんて~」
本当に残念そうなクライスを見てため息を付く、確かに口を滑らせたのは自分でもあるわけで
「分かった、来るのは構わない、ただ、あそこの人間は本当にお前の遊び相手には向かないんだ、スクォーラの中でお前のやっている事は私は感知する所ではない、けれどあそこに連れていくのが私である以上、気軽に運命の相手などといって連れ出したり、その日限りの恋人なんてものを作って傷つけるのはやめてくれ」
「判ったよ、君の大切な人を傷つけたりはしないと約束する、招待ありがとね、楽しみにしているよ」
「出世したんだって~、オ.メ.デ.ト、今日は腕によりをかけちゃうわねぇ~」
「ありがとう、クローネ…だが、今日は私的な集まりで本当はそんなめかし込む必要はないんだ、他の連中にもそんなこと言っていないし…
会場も庶民的な場所で…そう、シラーにも言ったんだが……」
俺からの祝いを断るつもりかと睨まれ、クローネの店に連れていかれてしまった。
「だぁいじょうぶ、話は聞いているわ、ちゃんとアイシャちゃんらしくしてあげるから、さっ、まずはこれを着てちょうだいっ」
迫力のある美貌でキッと私を見るのに、わたしは大人しく服を受け取るしか無かった
そうして渡されたのは、黒いハイネックの袖なしのロングワンピース、横に深いスリットは入っているものの、同じ生地のワイドなパンツを下に履くようになっており、タイトな上半身の部分には翡翠に近い色の糸で大きな葉が刺繍されている。
襟元と剥き出しの袖の周りと裾回りには同色のパイピングがなされていて、何よりもその動きやすさに驚く。
「うふ、今日はパーティーと言うより飲んで騒ぐタイプの会だと聞いているわ、その洋服はお洗濯もできるから余り気にしないでいし」
確かに、いつもの一体いくらするのか目眩のするような光沢の生地とは少し違い、馴染みのある肌触りに肩の力が抜ける思いがする
「メイクもあまり濃くないほうが良いわね」
そう言って薄く肌を整えて、多少目の周りをクッキリとさせると、片方のだけの髪を掻き上げてちょうど耳の上あたりでエメラルドグリーンの髪留めで髪を止め、同色の透かし彫りのはいった大ぶりのブレスレットを右腕のところに嵌めて、クローネは満足気にため息を付く
「どうかしら?」
そう言われて鏡を見ると、確かにいつもの私とは確実に違いながらも、今までの会の時のような私で無いかのような変身ではなくて…。
「今日はアイシャちゃんが主役だもの、アイシャちゃんぽくしてみたの」
そう笑うクローネ
「ありがとう」
言うと同時にノックの音がして
「どーぞぉ」
弾むようなクローネの返事にドアが開き、顔をのぞかせたシラーが私を見てくすりと笑い
「悪くないな、行くぞ」
そう言った。
upしてみて、あまりの長さに二つに分けました