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それから、数日経って、いつもの稽古に向かうとクライスが近寄ってきた
「いたいた! あのね、ちょっと実家帰って調べたら、カイって呼ばれているクライス家の人間が確かに居たんだよ、でね、ちょっと色々相談したいんだけど…」
そう言って、近寄るのをじわじわと後退して距離を開ける。
「判った、稽古が終わったらクロエの部屋で聞こう、だから離れろ」
「あれ?どうしたの?今日はやけに警戒するね?」
不思議そうに言われて
「ちょっとな……警戒しろって怒られた…」
呟いたら、クライスは目をまんまるにして、そして爆笑した
「す…素直…やっぱ面白いね君、じゃ、剣の打ち合いはしないの?」
そう言われて嬉しくなる…、けれども身を以て体験させられたのはつい最近。
「我慢する…」
答えると
クライスはふっと笑って私の頭をポンっと叩いて…ルーニア抜けるまではそれがいいかもね、なんて言っている。
「え?」
「抜けたら、相手くらいはしてあげる、今はやっぱヤバイと思うよ? じゃ、稽古終わったらクロエの部屋でね」
そう言って歩いて行く後ろ姿をすこしぽかんと見つめてしまった…。
鍛錬を終えてクロエの部屋に行き、クライスが報告しに来ると告げると、その光を抑えた暗めの部屋にほわりと輝く光球を指先で軽く弾いた。
「何それ?」
「シラーの光球ですよ、いちいち何か有る度に呼ぶのも面倒でしょう? 私が触れば、反応して拡散するのでシラーにも伝わります…、まぁ、こんな呼び鈴のような使い方、普通の光の方が見たら怒るでしょうけれどね」
そう薄く笑う
確かにシラーは、偉そうで俺様だけど、光の術士にありがちな傲慢なところはない。
まぁ、そんな人間なら長年私と組んでは居られないだろうけれど…、そう言うとクロエは笑いながら
「逆じゃないですか?」
という
「逆…?」
「ええ。あなたと長年居るからじゃないかと思うのですけどね…」
よく意味がわからず聞き返そうとしたらノックの音がして、クロエのどうぞと返事で部屋にクライスが入ってきた
「うわぁ…最高級のクラナス茶じゃない? こんな香りが良いのは初めてだよ」
「自家製なのですけどね…、お口にあったのなら光栄ですね、クライス家の方は商売上お茶の味は厳しそうですし」
「自家製? これ、滅茶苦茶手間かかるって聞くけど…」
そう呟くクライスの言葉に驚く
いつも摘むくらいは手伝っていたけれど、そんなに大変なものとは知らなくて、そう思ってクロエを見ると、困ったように笑って
「薬草に関しては扱いも慣れてますし、術も使えます、コツがありますしね」
などと言っている。
再度ノックの音がしてクロエが答えると、シラーが入って来て、ざっと部屋を見回すとそのまま私の椅子の横に立つ、不思議に思って隣に立つシラーを見上げて座らないのかと聞くと
「このままでいい」
答えて、私の座る椅子の背もたれに軽く手を掛けた
「クライスがここに居るということは、カイの事が何かわかったのか?」
そのまま本題に入るシラーを、クライスも少し戸惑ったように見ると
「アルトハイン家の次期当主がその姿……」
なんて呟いて、けれど、シラーが睨むと諦めたように話しだした。
「100年前くらいに行方不明になったカイって家の縁者が居た、しかも、仕事場に近いとかで家に滞在してた時期があるらしい、家の家系はほとんどが商売人で術士になるのは珍しいのだけど、カイも俺と同じく一族の変わり者だったみたい、滞在していた時期に突然居なくなったとかで、彼の私物はうちの納屋に仕舞ってあるらしいんだけど、僕では、術士の道具ってよく分からないんだよね、だから…」
そう言って、シラー達を見るのに、シラーは頷く
「俺達が行っても大丈夫なら直接見るが」
クライスは、ほっとしたように助かるよと笑い、ふと思い出したように私を見た
「それはそうと、あっちの件はどうなった?」
「あっち…?」
「カイの研究の扱い、僕では手に余りそうで政治とか得意そうなそっちに丸投げしちゃったけど、流石に内容が内容だし…」
そう言うのに、私はシラーを見ると、頷いてくれたのでここまでの経緯を話すことにした。
「実は村の師匠に手紙を書いたんだ、今のスクォーラははっきり言って、この内容を握りつぶす危険がないとは言えない組織だし、かと言って、シラーに頼めば謁見して王に直に話すことは出来るだろうけど、いきなり伝えてもどうせこういう問題はスクォーラに最初に行く可能性が高くて、結局同じ事になりそうで…、私の村の師匠は、グェインって少しは名前の知れた剣術士なんだが…」
「グェイン!?あの、閃光のグェイン?」
「知ってるのか?」
驚いてクライスを見ると
「剣術士で知らない人なんて居ないよ!…あぁ、だから君の剣術ってああも流動的なんだね…、確かに彼なら人望も人脈も申し分ない」
「そ…、そうなのか?師匠は引退などといってうちの村みたいな所に来たんだが、訪ねてくる人が絶えないんだ、剣術士の癖に集まる術士はバラエティに富んでいたし、何より今の光の術士優位の状況を苦々しく思ってスクォーラと距離をおいてたみたいなんだ…、それでも、学ぶのには最適だからって、私をここに推薦してくれたんだけど、たまに帰ると今でも師匠は術士に囲まれている」
「そりゃまた、最適と言うか、彼なら王への謁見権もあるだろうしな…だろ? シラー」
「ああ、年齢的にも直接ではないにせよ、カイを知る可能性がある…」
「それに、ここにも彼を慕う人間は多いですしね」
「だから、あんなに手紙を書けといったのか…」
「お前?じゃぁ、何で薦めたと思ってたんだ?」
不思議そうにシラーに言われて
「え? 二人が言うなら師匠で良いかって、問題大きすぎて考えるの疲れたし」
「おまえ……」
「アイシャ……」
目を見張る二人に対して
「ほんと、アイシャちゃんって妙なとこ素直だよね~」
クライスは爆笑していた