Misson:9 エースの送別会
夕方の祝賀会で、さんざん飲み食いした後、啓介はコーチに、夏休み中休部したい旨を伝えた。
最初はコーチも驚いていたが、理由を聞いて納得したのか
「気を付けろよ。」
とぶっきらぼうに言った。
司は理由を知っていたので、さほど驚かなかったが、他の部員は啓介の軍入隊にかなり衝撃を受けていた。
自分逹の年代で軍人になる人もいたがまさかこんな身近から出るとは思わなかったのだろう。
口々になにか言う中で、またもや爆弾が落とされた。
司は知らないことになっているので、啓介の時と同じように驚いたふりをして見せた。
「コーチ。私も軍に入るので休部したいんです。」
椎野の声で、部員逹は益々騒がしくなった。
女子で、まだ未成年でもある未佳の入隊に、複雑な思いで顔を歪めている司に気付いて、隣の席の啓介は問掛けた。
「どうした?」
「いや……べつに。」
といつものヘラッとした笑いを浮かべた。
そして普通に驚いたように啓介に話しかけた。
「まさか軍に入るなんてな。」
「前から軍人に憧れてたんだよ。今まで親に反対されてたんだけど、やっと折れてさ。未佳は、俺が入るって言ったら…。」
「心配だから自分もってか?愛されてんなぁ、啓介。」
「ばっ馬鹿。なに言ってんだよ。」
啓介は恥ずかしそうにごまかしたが、司が少し真剣な顔で、問掛けてきたのでちょっとビックリしながら聞いた。
「…椎野は、裏方だろ?」
「……?」
「だから、実際に現場にはでないんだよな?」
最初は理解できなかったが、司が言い直したため、なにをいってるのかわかった啓介は少し困惑ぎみに返事をした。
「……あぁ。怪我の治療とかサポートをやるって………。」
司はそれを聞いてホッとしたようだった。啓介はそんな司の様子を怪訝に思った。
「なんでだ?」
「何言ってんだよ。お前は自分の彼女が危険な目に遭ってもいいと思ってんのか?」
「そ、そんなわけねーだろ。本当は入隊もやめてほしいぐらいだ。」
「だろ?軍人なんて危ないことばっかじゃねーか。お前も十分気を付けるんだぞ?なんかあったら、悲しむのは椎野なんだからな。」
「あ…あぁ。」
そこまで考えてくれていた司に驚愕したようだ。少しとぎれとぎれで言った。
司は小さく付け足した。
「本当は二人とも軍になんか入ってもらいたくはないけど……。」
「?なんかいったか?」
「いや……べつに。」
司は暗かった顔を元に戻して取り繕った。
本人たちが自分の意思で入りたいと言っているのだから、自分のわがままで『止めろ』、と言う事は出来なかった。
司は深い溜め息を吐いた。
今日は驚きの連続だったが、そろそろ会もお開きというころ、最大級の衝撃が走った。それはコーチによってもたらされた。
「今日で高燈が部を辞める。」
一瞬辺りが静まりかえった。
「お前なんで……。」
啓介は司の言ったことが信じられないようだ。
他の部員も困惑の表情で司を見ていた。
司は遅刻はもちろん無断で部活を休むことも始終だったが、つい先日それも事情があったからで、本人はいたってやる気があるということが分かった。
だからなぜ司が部活を辞めるのか分からなかったのだ。
今日、司は短距離走、高校生一位になったのだ。
これからまださまざまな大会があるというのに。なぜ?っと。
「高燈は家の事情で学校も辞めることになったんだ。仕方ないだろう。」
啓介の問いにはコーチが答え、啓介達はさらに驚いた。
コーチには、学校に退学届けを提出した時に前もって伝えておいたのだ。
最初、コーチも驚いていたがすぐに納得してもらえた。最初で最後の大会にはきちんと出ろよ。と言うのは忘れていなかったが…。
司は部員らの呆けた顔に苦笑しながら立ち上がって挨拶をした。
「高校は卒業したかったけど無理っぽいので。みんな、いままでお世話になりました。」
そういって司は深々と頭を下げた。
「他の学校に編入学とかしないのか?」
「だぶんね。今のままじゃ………出来ないな。」
司は真実を、重要な部分だけハショって伝えたが、部員達は家の事情を経済的なものか、司の怪我や休みの多さが関係していると思ったらしい。後半はあながち外れてないが…。
というわけで、二次会に司のお別れ会が開かれた。
ほとんど帰る者はおらず、コーチもビールを開けて司の退部を惜しんだ。
そんなコーチ達を見て、司は初めて外で出来た友人たちを必ず守ろうと心に決めた。