Misson:7 エースの決断
地方なので電車がなくなるのも案外早い。
司は終電に乗って帰ってきた。
部屋は佐官クラス用の一人部屋でやけに広い。それはもともと十分な大きさがあるためだが、極端に物が少ないという理由もあるだろう。
ベッドに机。分厚い本が並んでいる本棚とクローゼットしかない。本棚に収まっている本もほとんどが洋書で翻訳などされていない原書だった。
司は素早くラフなカッコ(と言っても軍服にTシャツだが)に着替えて部屋を出た。
ジープを第5セクターまで走らせる。
本来17歳の司は免許を取れないのだが、軍に籍を置く者として国から許可を出されていた。
十分程走らせて司は車を止めた。
そばの建物を見上げれば5-Kという記号がついている。
司はそのなにやら巨大な建造物に入っていった。
司は四階の奥の部屋に来ていた。ここは〔藤沢柚夏梨〕という人物の執務室だ。
地位的には司とそう変わらないけれど、実戦には滅多に出ず、もっぱら軍内部の業務をこなしているので、彼女は個人の執務室を持っていた。
“藤沢”という名前の通りあの藤沢ドクターの奥さんだ。
司はその部屋のソファーに、我が物顔でドッカリと腰を下ろした。
「わざわざ呼び出して……どうしたんだ?」
「これを見てくれない?」
柚夏梨は自分の机の引き出しから紙の束を出して司に渡した。
「なんだ?」
「今年の入隊希望者の名簿よ。」
司は『へー』と言いながら受け取った紙をぺラぺラめくった。
「それで?俺に見せてどうすんの?」
司は首を傾げた。
自分は人事のものではないし、たまにやるけど正式な指導教官でもない。ではなぜ自分にこんなものを見せるのか。
司は、机に座って黙っている柚夏梨に目を向けた。
「学生兵の欄を見て。」
司は言われた通りに8ページの学生兵一覧に目を通した。
上からどんどん目が降りていって、真ん中下の辺りで止まった。
「嘘だろ……。」
司は愕然と目を見開いた。
NO.34、NO.35に、啓介と未佳の名前があった。他にも同じ学校の人が数人いる。
「残念ながら本当。………約束は覚えているわね?」
「ああ…。」
「このままいけばバレるのは確実。そのときは学校を辞めるのよ。」
司は溜め息を吐いた。
司に高校に通う許可が出たときの条件がこれだ。学校に自分の素性がばれたら終わり。
たとえそれが生徒でも同じだ。
司は二年前、この執務室でそう約束させられた。
「まあ…。潮時だな。」
「随分あっさりしてるのね?」
「わがまま言ってる状況でもないだろ。」
「どういうこと……?」
「お前、見ているようで見てないな。戦場に出てると分かるけど最近奴らの動きが大きくなってる。シャオランの話じゃ、狙いは軍事産業トップの日本らしいぜ?」
「…!なんでそういうこと黙っているの!上層部も知らないんでしょ?」
「さあ?俺は話してないぜ。上の爺いどもは好きじゃないからな。」
「好き嫌いの問題じゃないわ!」
柚夏梨にしてはひどく狼狽していた。
それもそうだ。日本は現在、銃機、戦闘機など軍事関連の兵器開発では世界最先端を走っている。もし日本が占領でもされたならこっちに勝ち目はない。それだけ重要な位置にいるのだ。この国は。
それが奴らのターゲットになっているとなれば情勢も変わってくる。後手に回ってしまうと危険だ。
司は余裕の表情で、大して重要でもないように言った。
「上も薄々は気付いてんじゃないか?この間視察に来たお偉いさんが直々にイヤミを言ってったぜ。『学校と両立は大変じゃないか?』だとよ。」
『まったく。余計なお世話だっつーの』と司は鼻で笑った。
柚夏梨は疲れたように深い溜め息を吐いた。
それをニヤニヤ見ていた司は、ふっと真剣な表情になった。
「奴らがどう出るか分かんねーけど、万が一学生兵を出さざるを得なくなったら……危険だな……。」
「そうね。」
しばらく沈黙が辺りを包んだ。司も苦い顔でそばのローテーブルを睨んでいる。
「だとしても…あなたが先に動きを封じればいいじゃない。」
「そう簡単に言うなよ。
でもまっ、学校は辞める。暇がなくなるだろうし。」
「分かったわ。仕事の調整はしておくわね。」
「ああ、たのむ。」
司は腰を上げた。一口も手を付けずすっさり冷めてしまったコーヒーをゴクンと一気に飲み干す。
「それから……彼等の入隊は二週間後よ。」
「了解。」
そう言って司は執務室を後にした。