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Misson:6 エースの負傷



「この馬鹿!!その状態で動くなんて自殺行為だと言わなかったか?」


「……悪い。」


「…ったく。」


司に鷹兄と呼ばれた男は、悪態をつきながら、寄り掛っている司の脈を採り始めた。


全く状況を把握できない啓介達は、暫し呆然としていた。

様子が変な司に、突然現れた男。

部員は皆一様にこちらを向いて固まっていた。

おそらくその何割かは、男が相当の美丈夫だということもあったのだろう。

男子は憧れの眼差しを、女子は瞳をハートにして見ていた。


「……だ、れ……。」


未佳の呟きで我に返ったコーチは、表情を戻して男に話しかけた。


「あなたは、いったい…………。」


司の容態を見ていた男は、こちらに顔を向け丁寧に頭を下げた。


「練習中申し訳ありません。………少し司をお借り出来ますか?」


その発言にコーチは顔を引き締めた。司は知り合いのようだが、生徒を預かっている身としては、得体の知れない男を警戒するのは当たり前だろう。


「まず、あなたが何者なのかをお聞きしたいのですが?休みとはいえ、ここは学校ですから……。」


男は一瞬キョトンとして、すぐに相貌を崩した。


「そうですね。すみません。私は、司の主治医で藤沢といいます。」


「主治医……ですか。」


「ええ。今日の練習にはドクターストップを掛けたのですが、ちょっと目を離した隙に……。」


そういって藤沢と名乗った男は苦笑した。


それまで心配そうに聞いていた未佳が、いきなり大きな声を出した。


「高燈君、病気なんですか??」


藤沢は、未佳の勢いに多少驚きながらも、安心させるような笑みで答えた。


「心配いらない。ただの貧血だから。」


「……貧…血……?」




「そう。貧血。」


さっきとは違う笑みを浮かべて、もう一度繰り返した男に、司はなんとか上体を起こして言った。


「二度も繰り返すな!俺が軟弱みたいだろ。」


男はふっと笑って言い返した。


「なんだ?そうじゃなかったのか?」


押し黙った司を見てふうと一つ息を吐いて言った。


「医者の言うことを聞かないからだ。」


「う゛……。」


「反省してるか?」


「……………はぃ。」


「じゃ仕方ないか。

彼の名誉回復のために言っておきますが………。」


後半は周りに向けた言葉だった。


「彼の貧血は、そういうものではありませんから心配なさらずに。

怪我による大量出血ですから……。」


「怪我…………?」


「ええ。だから輸血すれば何の問題も要りません。

大会も普通に出られますよ。」


「輸血って………。」


「彼の生命力はゴキブリ並ですからね。普通の人間ならもうとっくに死んでいますよ。」


藤沢の言葉に一同は絶句した。

司は大分落ち着いてはいたが、いまだ顔面蒼白でふらふらしていた。

昨日の今日だ。いったいどこでそんな怪我をするのか心底不思議だったが、それを何でもないかのように言い切る藤沢も、医者としてどうかと思った。




「なんだよ!ゴキブリって!」


「ん?適切な表現だと思うが?」


「他に言い方があるだろ。」


「そんなことに配慮する義理はないな。

第一お前が抜け出したのが悪いんだろう。」


「……………仕方ないだろ。これ以上休めなかったんだよ……。」


「だったら、せめて輸血して体力を回復させてから行け。」


「そんな時間ねーんだよ。」


「いったいお前は部活と命、どっちが大切なんだ?」


「部活に決まってんだろ。」



「休んでばかりいるのにか?」


「うっせーな!これでも精一杯なんだよ!!」


「だから部活なんて入るなと言ったんだ!

自分の状況分かっているのか!」


「そんなのよくわかっ……っ…。」


怒鳴ったせいだろう、また司がふらふらしだした。


「まったく…………。そういうわけですので、司に輸血をさせたいのですが……よろしいですか?」


「…えっ……ええ………。」


コーチは少しぎこちなく了承した。


藤沢は、『ありがとうございます。』と返し、司に肩を貸して日陰に連れていった。




部員たちは皆一様に驚いていた。

司が部活に来ないのは、ただやる気がないのだと思っていたのだ。


休む理由を司は言ったことがないので、実は真面目に部活に取り組んでいたなんて考えもしなかった。


そしてさきほどの言葉。

[命より部活]

さすがにそこまではないだろうが、あの状態で来たところを見ると、あながち嘘じゃないのかもしれない。







そしてこのことに一番驚いたのは、他ならぬ啓介だった。




一番近くにいたのに、自分も司のサボりはただやる気がないんだと思っていた。


本人は理由をいつも曖昧にしていたし、コーチや周りで言われる小言にも反論したことはなかった。


だから正当な理由があるなんて思ってもいなかった。

悪友であるはずの啓介も何も聞いてはおらず、初めて知った事実に啓介は申し訳なく思った。

さっきは、半分はやつあたりだったが、酷いことを考えていたのだ。

だから司の様子にも気付けなかった。

啓介は歯を噛み締めて司のいる日陰に歩いていった。




司はベンチに寄りかかって目を閉じていた。

傍らでは藤沢が鞄から注射器やら輸血パックやらを取り出して準備していた。


「あの……。なんか手伝えることありますか?」


「…?」


「啓介……?」


司がその声に目を開けた。

啓介はばつが悪そうに謝った。


「悪い……なんか怒って……。」


「なんだよ。気持悪〜な。」


「お前っ………そーゆー言い方ないだろ!」


司は豪快に笑った。相変わらず顔色は悪いが座っていることもあり楽そうだ。


「そうだな…。直射日光に当たって少し熱も出ているから……濡れタオルを持って来てくれ。」


藤沢の言葉に啓介はうなずいた。


「わかりました。………あれ?未佳は…?」


「さっきまでここにいたんだけどコーチに呼ばれて行った。マネージャーもこの時期忙しいんだな。」


一番司を心配していた未佳がいないのはおかしいと思ったが、そういうことなら納得する。大会を直前に控えた今はサポート側も大急がしなのだ。

マネージャーは部内に三人しかいない。その内の一人が今日は休みだから余計だ。




啓介がタオルを濡らして帰ると、ちょうど司が腕に針を刺されているところだった。


「おい。藤沢。時間ねーからさっさと終わせよ。」


「司!お前口悪すぎ。主治医だろ?」


タオルを渡しながら言った。

司は受け取ったタオルで顔を覆って笑った。


「良いんだよ。いまさら。」


「まあ。お前に敬語使われたら気色悪くて主治医やめるな…。」


「てめ〜言い過ぎだろ!」


「さあ。やりますか。」


司の抗議をあっさり無視して続けた。


「点滴で落としてたら最低でも一時間はかかるな。………仕方ない。少々荒いが注射器で直接押し込むか。」


「ああ。そうしてくれ。」


少々どころか大いに荒くて危ないと思うのだが、司はあっさり了承した。


「おいおい。」


「平気だって。お医者様が言ってんだぜ?なにかあったら責任問題で訴えてやる。………………いって~!」


司の発言には藤沢のげんこつが飛んできた。

啓介は大笑いしてから藤沢の手元を覗き込んで見た。


司の腕に繋がれた点滴用のチューブを、途中で馬鹿でかい注射器に繋いで、中のどす黒い液体を押し出していた。物凄い早さで200mlの血液が司の腕に吸い込まれていく。中身が空になった注射器を外して今度は輸血パックから血を吸い出す。


「なんか…変な感触が……。」


「当たり前だろ。無理矢理入れてんだから。」


「うえ………。」


司は非常に複雑な顔をしてうめいた。

啓介は心配になって司を覗き込んだ。


「大丈夫か?」


「なにが…?」


「それ。」


「べつに痛いわけじゃねーし…。なんつーの?こう血管が振動しるっつーか……。」


司はあっけらかんとして言った。


いつのまにか注射は七本目に入っている。


「な、何本やるんですか…?」


「そうだな。10ぐらいか?」


「ああ。それで良いよ。」


医者が患者に訪ねるのも不思議だが、司は当たり前のように答えた。


10ということは2リットルだ。


啓介はその量に驚いたが、それだけの血をどこで流したのか気になった。


「司。どこでそんな怪我したんだ?」

「は?………そうだなぁ。ただの前方不注意?」


「なんだそれ…?」


「まあまあ。どーでもいいだろ。そんなこと。」


「じゃあ傷は…?まさか足じゃ………。」


「ああ。違う違う。………ほら。」


そう言って司は着ているTシャツをめくった。


そうして見えたのは真新しい包帯。腹に何巻きもされている。


それを見て啓介は少し呆れて言った。


「ほんとにどこで………。」


「さっ!終わりだ。」


藤沢の声に、司は早速針を引き抜いて立ち上がった。さっきまでの青い顔が嘘のようだ。

肩が凝ったというように腕をぐるぐる回している。


「サンキュー。」


「出張料金は高いぜ。」


「うっ………。」


「冗談だ。………傷口開くなよ。」


「どんな運動したら開くんだよ。」


「まあ、そうだな。それじゃあ俺は帰る。練習終わったら必ず来いよ。」


「りょーかい。」


よっこいしょと顔に似合わず親父臭いことを言って、藤沢は立ち上がった。

鞄に器具をしまう。

そして啓介には聞かれないように小さく司に耳打ちした。


「帰ったら、柚夏梨のところへ言ってくれ。」


「OK!」


司も小さく答えると、啓介を連れだって走っていった。


藤沢はその姿を見送り、今度こんなことになったらベッドに縛りつけてやろうと考えていた。




練習に戻ってきた司に、さすがのコーチもガミガミ言うことはなかったが、司はやっぱり真面目なんだか不真面目なんだか分からないような走りをしていた。でもタイムを測ると結構良いので、本人的には本気でやっているのだろう。


司は練習中ずっと怪我の原因を聞かれていたが、啓介の時のようにうまくはぐらかした。コーチに対してもまた然り。


数ある質問の中で答えられたのは、陸上部のすぐ側で素振り練習していたテニス部女子の、藤沢についての質問だけだった。それもたった一つだけ。

『あの人彼女いるの?』に対して『アイツ、もう結婚してる。』だった。藤沢は見た目若いがもうすぐ三十路なのだ。司はそこらへんもよく言い聞かせた。女子達が落胆したのは言うまでもない。


結局司の謎は増えるばかりであったが、何事もなかったように練習は終わった。






「司。藤沢さんのとこ行かなくていいのか?」


部活帰りのアーケードで啓介が聞いてきた。現在夜10時までやっているスポーツショップへ移動中だ。


「平気平気。たぶんアイツ、俺が日付変わる前にいったら目を丸くすると思うぜ。」


その言葉に啓介が目を丸くしたが、司はおかまいなしにシェイクを飲みながらスタスタと歩いていった。

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