Misson:4 エースの隠し事
部活の終わった後、司は電車の中にいた。
あれを家と呼べるのか定かではないが、一応自分が住んでいる場所なので、帰宅中ということになるだろう。
高校から3駅離れたところにそれはある。
【国連軍日本支部鈴城基地】
そこは日本にある軍基地の中で最大の面積を誇る。
東西に7km、北南に15kmの敷地内には、さまざまな施設が点在していた。1-Bとか3-Jとか書かれた建物がいくつもあり、他に広大なグラウンドや小さいながらも森まである。
司は入り口の柵の前で止まった。見上げるほど高い門は完全に閉ざされていた。
門の横にある兵の詰め所から一人の男がひょっこり顔を出した。
「あれ?きみ学生?いまの時期はまだ学校終ってないよね?どうしてこんなとこにいるの?」
〈新しい兵か………。〉
「入れてくれませんか?」
「だからさ。学生兵はまだでしょ?」
15歳、高校生以上の人間は軍に在籍出来る。
しかし、まだ勉学に励む身分であるから、そちらを優先させなければならない。
緊急の時は学校等関係なく召集されるが、普段は、普通の学生をする。
そのかわり学生兵は夏休みを利用して訓練に来るのだ。
司を学生兵だと思い込んだ新米兵は、なんとか帰そうとする。
司がわからずやの新米兵に、切れそうになった時、詰め所の奥からダミ声が聞こえてきた。
「司か?今日は随分早いんだな。」
司はその声にほっと息をつき答えた。
「今日、夜から任務入ってんだよ。だからさっさと開けてくんねぇ?」
「へいへい。」
そして高い門ではなく、詰め所の横にある通用口が開いた。
「どうする?車出すか?」
「いや。いいよ。」
通用口を通り抜けた司は、ダミ声と新米に背を向けて歩き出した。
ダミ声に断った直後、司のそばには、暗闇に紛れて一匹の獣がいた。見た目は虎に似ているが、そのサイズが通常に当てはまらない。
司の肩辺りに背中がありその背には巨大な翼が生えていた。全身が漆黒で、目だけがルビー色に輝いていた。
「な、な、な…………。」
新米は驚きで腰を抜かした。
ダミ声は平気な顔して獣を見ていた。
「天李か。久しぶりだな。」
天李と呼ばれた黒い獣は、こちらを一瞥すると、背に司を乗せてそのまま闇に消えていった。
「おい。大丈夫か?」
しばらくしてダミ声が声を掛けると、やっと落ち着いたらしい新米は額の汗を吹いて尋ねた。
「あれは、一体………。」
「あれが神獣だよ。」
「えΣ!神獣ってまさか………。」
「そのまさかだよ。お前も、前の基地で教わっただろ?」
「ええ……一応は……。でも……。」
「世界中にたった五匹しかいない“神獣”の一匹が日本にいるってことは知ってただろ?じゃーそこまで驚かなくてもいいだろ。」
「知ってはいましたけど………ここの基地だなんて……。それじゃあ、神獣使いが、あの少年だというんですか?」
「ああ、そうだぜ。」
「だってまだ学生でしたよ?」
気力が戻ったのか新米が勢い付いて聞いた。
「あのなぁ。神獣使いってのは神獣が自ら選ぶんだよ。誰でも為れるってわけじゃない。あいつは神獣使いの中じゃ最年少だが、総大将だぞ。」
「ええ!!マジですか?」
「嘘言ってどうすんだよ。」
なにやら驚きの連続で、放心状態の新米に一言言った。
「あの神獣、天李っていうんだが、普段はあんな格好してないからな。お前も実はもう会ってたんじゃないか?」
「……は?どんな姿なんです?」
そこでダミ声は、ニヤッと笑った。
「自分で見付けてみろよ。」
「な…!教えてくださいよ〜。怖いじゃないですか〜。」
新米は泣き付いた。
「馬鹿か。天李は人を襲ったりしないぜ。あれは人間よりよっぽど良い頭を持ってる。そんな事はしない。」
「でも〜〜〜。」
「あーうざい。引っ付くな!」
「相変わらず愛想がないな。」
「必要があるのか?」
「あ〜いらないか。それより昨日どこ行ってたんだ?テン。」
司は天李の背に乗ったまま話しかけた。
自分の住んでいる寮は、第2セクターにある。正面入り口から直線距離にして8kmはあるのだ。とても歩いては行けない。
天李は普通乗用車並の早さで走る。飛べばもっと早いが、夜とはいえ、目立つのでやらない。
「…………街。」
その天李がぼそっと呟いた。
司にはちゃっかり聞こえていたらしい。
「街?街に何の用があるんだ?」
「…………。」
「テン?」
「………もう着く。」
何も答えない天李に、司は首を傾げた。
2-Aと書かれた棟の前で司は天李から降りた。
「どうする?出発は2200だからまだ時間あるし、俺は少し仮眠取るけど、来るか?」
「いや。いい。」
いつも以上にそっけない返事に、眉を寄せた。
少しの間、天李の顔を覗き込んでいた司は、何か思い付いたように、ポンと手を打った。
「………?」
わけがわからず司を見下ろしていた天李は、ニヤニヤとした笑みを浮かべた司に悪寒を覚えた。
「お前。どっかに可愛い仔でも見付けたか?」
天李は驚きに、その綺麗なレッドルビーの瞳を見開いた。
「お?当たりか?いや〜お前も青春だね〜。」
なにやらオヤジ臭いことを言っている司を、無視して天李は後ろを向いて歩き出した。
「何かあったら相談に乗るぜー。」
司の声を背中に聞きながら、天李は思った。
―なんでこいつはすぐに気付くのか―と。