Misson:3 エースの友達
「司!お前も少しは真面目にやれよ!」
ニヤニヤ笑いながら司に並んで走り出したのは、同じ陸上部で高跳びの選手である三谷啓介だ。
「こう見えて、大真面目だぜ?」
司も同じような笑みで返した。
啓介は、司のいわゆる悪友と言う奴だ。
クラスが同じで、気が合う啓介は、司の学校生活における先生だったりする。
学生なんてやったことのない司は、入学式から浮いていた。茶に抜けた髪に、極限まで着崩した制服。
見た目は、不良学生そのものだった。
教師までが対応に困っていたのに、そんな司に平気で話しかけたのが、啓介だ。
司まではいかないまでも、十分に不良っ気を出していたのだが、性格は悪くなく明るい啓介は、すぐにクラスに馴染んだ。
そして司もなかば引っ張られる感じで、クラスに溶け込んだのだ。
司も見た目は恐くても性格が、そうでもなかったため、クラスメイトはすぐに司を受け入れた。
担任教師もすぐに司の人柄に気付いて、他の生徒と同じように接するようになった。
学生生活が始まって、教師にさんざん怒られたこともあり、司は金に近かった茶髪を、ダークブラウンにまで落とした。制服も中にきちんとワイシャツを着るようになった。
それでも遅刻早退無断欠席は直らなかった。
いまでは司より明るい髪色の啓介は、以外に学校をサボったりすることはあまりない。
ほとんどの授業を真面目に出ているし、成績もそんなに悪くない。
そんな啓介に教師達も余り煩く言わなくなった。二年になった今では、逆に頼られたりする。
クラスのムードメーカー的存在の啓介は、何故か不良学生司と仲がいい。
いつも落第ぎりぎりの司と、見た目はあれでもクラスのまとめ役の啓介は、校内でも有名なコンビだった。
それに、明るくて誰とでも気兼なく話す啓介と、最初の容姿でわからなかったが、不良顔ではなく、中々に整った顔をしていた司は、女子に絶大な人気だった。
「それで?今日は部活だけ参加か?ずいぶんな重役出勤だな。」
「いやさ。これ以上コーチの機嫌損ねると、お前らもやばいだろ?」
「おっ!一応俺達のことも考えてんのか?」
「まあな。」
「でも既に手遅れなんだなぁ。」
啓介がそう言って指差した先には、ほとんどやつあたりでコーチに怒られている一年がいた。
それを見た司は言葉を濁した。
「あ゛ー。気の毒に………。」
「まー。大会が近くてコーチも気が立ってんだろ。これ以上機嫌悪くさせんなよ?」
「……努力します。」
「うわ!頼りない御言葉!!」
「うっせーな。いいだろ、そんなこと。それより余裕だなお前。」
「は?」
「いいのかよ。こんなとこで、ちんたら走ってて。」
「それはお前もだろ。エース?」
啓介があおるように言った。
「てめーすまきにされてーか?」
「いやいや。俺は寿命を全うしたいと考えてますが?」
「そうだな。彼女が悲しむもんなあ。」
司はお返しとばかりに言ってやった。
とたんに焦り出す啓介。
「なっΣ!!みかはそんなんじゃ………。」
「へ〜〜〜。みか、ね〜〜〜。お熱い事。」
「つかさ〜!」
「あれ?愛しの彼女が向こうで呼んでますよ?」
「//〜〜〜!!」
啓介は、司を一睨みして、陸上部マネージャー兼啓介の彼女である椎野未佳の処に走っていった。
校内で人気の高い啓介だが、すでにそのハートを射止めてしまった人がいた。
未佳は、啓介の幼馴染みで、つい先日恋人同士になったばかりだ。
あの誰にでも分け隔てなく優しくする啓介が、熱烈なアタックで、ようやく落とした高嶺の花。
女子生徒達は、勝ち目はないと早々に諦めて、司に乗り換えていた。
本人は全く気付いていないが……。
司は、未佳と啓介の間に変化があったことに最初に気付いたぐらい周りには諭いのに、自分の事には酷く鈍感だった。
司がようやく30周走り終えたところに、“高嶺の花”未佳がタオルを持って現れた。
「おつかれ!高燈君。ハイ!」
「サンキュ。」
司は差し出されたタオルを、呼吸を整えながら受け取った。
「大変だね。コーチも少しは手加減してくれてもいいのに……。」
「仕方ないだろ?俺が遅れてくるのが悪いんだし…。」
「そうかもしれないけど……高燈君、短距離なのにそんなに走らされて……。」
「あの人も必死なんだろーよ。ほら、陸上界じゃ結構有名な指導者なんだろ?教え子からこんないい加減な奴出したくないんじゃねーの?」
「高燈君……。」
「よしっ!タイム採りに行くか!」
司はタオルを首に巻いた。
「高燈君、あんまり疲れてなさそうだね?」
未佳は少し不思議に思って話しかけた。
トラックは一周400mあるのだ。30周で12kmを走ったあとなのに、司は涼しい顔をしていた。最初こそ息が上がってたりして、汗もかいていたが、今はそんなところは見られない。真夏の炎天下なのにだ。
未佳は首を傾げた。
「ああ。毎回走らされてたら、このくらい平気だぜ?」
司はなんでもないような顔で、100mのスタートラインに向かった。
未佳はしばらく司の後ろ姿を見ていたが、遠くからマネージャーを呼ぶ声が聞こえたので、踵を返した。
〈平気……か……。〉
いくらなんでもおかしかった。12km走った後だと言うのに、あのケロッとした様子。
もちろん自分も見ていたから周を誤魔化しているわけではない。
司は陸上で初めての夏のはずだ。練習に来るのも少ないのにそんなに体力があるのは不自然だった。
それに司の専門は短距離なのだ。
未佳は、う〜んと唸りながら呼ばれた方に向かった。
「何唸ってんだよ?」
「啓介!あのね、高燈君ってさ、マラソンとかやってるのかな?」
「は?聞いたことねーな。なんで…?」
「だってさ。なんかおかしくない?」
「………?」
「30周したんだよ?なのに……ほら。」
未佳が見た方には、颯爽と100mを走っている司がいた。
「そういわれてみれば……。」
啓介も気が付いたように、司を見ていた。
走り終えた司はタイムを聞いてまた、スタートラインに立った。
傍らにいるコーチに、何か言われたあと、ほとんど休憩もとらずに、今度は400mを走り始めた。
その光景に二人は揃って首にを傾げた
「よし!今日の練習はここまで!!明日は日曜だからな。朝八時からだ。遅れんなよ。――以上。解散。」
よる七時過ぎ、部員達はコーチの言葉にがっくりと肩を落として片付けに向かった。
最近の練習は、何と言うか容赦がない。
大会が近いこともあり、朝早くから夜遅くまでの練習は、体力ありまくりの時期とはいえ相当きつかった。
今日は司が練習に来ていて、なおかつ自己タイムを更新したため、コーチの機嫌も良くなっていたのだ。
だから明日の練習も少しは期待出来るかなと思っていたら、そうは問屋が下ろさなかった。
逆に張り切ってしまったコーチを見て、一同は溜め息を吐いた。
「司!!今日どうする?」
啓介の呼び掛けに、制服に着替えていた司は、振り返った。
「ラーメンが食いたい……と言いたいところだけど、今日用事あるんだ。悪いな。」
「ああ。別にいいけど。」
この二人、部活帰りに街で遊んでいくことが日課になっていた。
ゲーセンに寄るのが一番多いが、たまにラーメンとかハンバーガーとかを食べてから帰ったりしていた。
本来学生が夜10時以降に外を出歩いているのは補導対象になるが、幸いまだ見付かったことがない。
「今日は仲良く椎野と帰れよ。最近物騒だからな。」
「だから………。」
「あーはいはい。ホントに気を付けろよ?家近いんだろ。幼馴染みなんだし。」
「あーまあな。」
啓介はついに諦めたらしい。啓介と未佳のことは周りのほとんどが既に知っており、未佳もそのことは否定しない。ただ啓介だけが、いまだに恥ずかしいらしく言い訳をする。まあ半分は嬉しいのを隠すためではあると思うが。
「それじゃあ、俺帰るわ。」
「明日は来るんだろうな?」
「………微妙だな。」
「おいおいι。」
「まあ期待してて。お疲れ。」
司のことばに部員達は『お疲れ』と言いながら、内心、明日来てくれるように祈っていた。