すり替わり
登場人物
● 加江田――主人公。
▲ 老人――加江田が帰り道で出会った謎の老人。
『すり替わり』
その日、俺――加江田は家に帰ろうとしていた。
いつもと変わらない帰り道だった。
しばらく歩いていると、前から一人の老人がやってきた。
老人は車椅子に乗り、自分の手でゆっくりと車輪を回していた。
俺の横を通り過ぎ、そのまま道の向こうへ進んでいく。
●「…………」
特に気にすることもなく、俺は家へ帰った。
*
家に着き、部屋へ入った。
そのときだった。
●「いっ……!」
突然、右足に激痛が走った。
●「なんだ……これ……?」
何かにぶつけたわけでもない。
転んだわけでもない。
それなのに、右足がひどく痛む。
立ち上がろうとしたが――
●「痛っ!」
まともに歩くことさえできなかった。
さすがにおかしい。
俺は救急車を呼んだ。
*
数分後。
救急隊員が到着し、俺はストレッチャーで救急車へ運ばれた。
そのまま病院へ向かい、右足の診察を受けた。
しかし――
■「特に異常はありませんね」
●「え?」
思わず聞き返した。
●「いや、めちゃくちゃ痛いんですよ。歩けないくらいなんです」
■「ですが、調べた限りでは異常は見つかりません」
●「そんな……」
確かに痛い。
なのに、原因が見つからない。
何度説明しても、検査の結果は変わらなかった。
仕方なく、俺は病院から松葉杖を借りることになった。
痛みはあったが、松葉杖を使えば何とか歩くことができた。
*
松葉杖を使いながら病院を出ようとした、そのときだった。
●「……あれ?」
見覚えのある老人がいた。
さっき帰り道ですれ違った老人だ。
老人は俺の横を通り過ぎ、病院の中へ入っていく。
俺はその後ろ姿を見て、妙な違和感を覚えた。
●「…………?」
何かがおかしい。
数秒考えて、気づいた。
●「あの人……」
歩いている。
さっきまで車椅子に乗っていたはずなのに。
今は――
松葉杖を使って歩いていた。
●「……まあ、少しなら歩ける人なのか」
俺はそう考えることにした。
*
ようやく家に着いた。
●「疲れた……」
松葉杖で歩くのは大変だった。
右足の痛みは、まだ消えていない。
その日はそのまま休むことにした。
*
翌朝。
俺はベッドから降りようとした。
その瞬間――
●「うっ……!」
今度は左足に激痛が走った。
●「嘘だろ……?」
俺はベッドの上で左足を押さえた。
昨日までは右足だけだった。
それなのに、今度は左足まで――。
右足の痛みも消えていない。
これで両足だ。
●「何なんだよ、これ……」
俺は再び病院へ向かった。
そして両足を詳しく診てもらった。
だが――
■「やはり異常はありません」
●「そんなわけないだろ!」
思わず声を上げた。
●「両足ともこんなに痛いんですよ!」
■「痛みがあることは分かります。ただ、今の検査では原因が確認できません」
●「じゃあ、この痛みは何なんですか?」
■「…………」
医者にも答えられなかった。
俺自身、何が起きているのか分からなかった。
両足は確かに痛い。
それでも、検査では何も見つからなかった。
原因を調べるため、俺はしばらく入院して詳しい検査を受けることになった。
*
一か月後。
いくつもの検査を受けたが、結局、痛みの原因は分からなかった。
そして俺は、ようやく退院の日を迎えた。
しかし――
俺はもう、松葉杖を使っていなかった。
車椅子に乗っていた。
入院している間も両足の痛みは続き、まともに歩くことができなかったからだ。
●「結局、何だったんだよ……」
俺は車椅子を動かし、家へ帰ろうとした。
そのとき。
向こうから、一人の老人が歩いてきた。
●「……あ」
あの老人だった。
最初に会ったときは、車椅子だった。
次に会ったときは、松葉杖だった。
そして今は――
何も使わず、普通に歩いていた。
●「…………」
俺は自分の車椅子に目を落とした。
なぜか、嫌な感じがした。
老人は俺の横を通り過ぎようとする。
理由は分からない。
でも俺は、その老人が気になった。
いや――
疑っていた。
●「あの!」
俺は車椅子の向きを変えた。
老人が立ち止まり、振り返る。
▲「何ですか?」
●「…………」
聞きたいことはあった。
でも、何を根拠にこの老人を疑うんだ?
俺は何も言えなくなった。
それに――
最初に会ったとき、老人は車椅子に乗っていた。
次に会ったときは、松葉杖を使っていた。
俺だって今、その苦労を知っている。
何も悪くない老人を疑うなんて失礼だ。
●「……何でもありません」
▲「そうですか」
老人はそれだけ言うと、再び歩き始めた。
俺も車椅子の向きを戻す。
●「帰るか……」
俺は車輪を回し、家へ向かった。
キィ……キィ……。
ゆっくりと車椅子が進んでいく。
俺は気づかなかった。
後ろで――
あの老人が立ち止まっていたことに。
老人は、車椅子で遠ざかっていく俺の背中をじっと見つめていた。
そして、小さく何かをつぶやいた。
だが、その言葉が俺に届くことはなかった。
老人は何事もなかったかのように前を向く。
そして――
自分の足で歩いていった。
『すり替わり』
――終わり――
最後まで見てくれてありがとうございました。




