休日の朝
次の日は爽やかな目覚めとは言い難かったが、寝坊は程々に堪能出来たので良しとしよう。今日もお昼前からバイトが入っているので、ゴロゴロ出来る時間はそれほど多くない。
しかも妹たちの勉強を見る約束もしてるし、それを考えると無駄に出来る時間は限られている。これもまたコミュニケーションだ、可愛い妹たちの為に頑張らねば。
そんな事を思いつつ、俺は起き上がって見慣れた自室を眺めてみる。そう、子供の頃から見慣れている、一番寛げる空間だ。
何度か衣替えもしたけど、基本の構造は変わっていない我が家の自室。これも両親が亡くなって、危うく手放しそうになったモノの1つだ。
街のこの辺りは割とお金持ちが住む区域なので、当然月々の家賃もお高い感じである。だから妹たちと相談して、1度ならず引っ越しを検討したのだが。
妹たち、特に末妹の杏月に関しては、その話に乗り気では無いみたい。その度に、この案件は頓挫し振り出しに戻っている。
どうも思い出の詰まったこの家を離れるのが、嫌で仕方が無いらしい。その気持ちは大いに分かるし、このテーマが出る度に泣かれてしまう。
ただし俺が高校に入学して、バイトを始めてからは収支は割と安定して来ている。それからこの議案はずっと凍結されている次第、妹たちの精神安定は大事だからね。
俺としても、別にバイトが辛いとか、もっと自分の時間が欲しいなんて贅沢は思ってはいない。喫茶店のバイトは、社会勉強に良い場には違いないし。
自分の時間が減るのは確かだが、経験値は充分に貯まっている。これが後の就活にも活かされると思えば、忙しい日々にも我慢は出来る。
などと考えながら、ベッドから這い出して朝食を取りにキッチンへ。妹たちも順番に起きて来て、朝の挨拶の後に穏やかな朝食タイム。
それでも俺と妹達の間で、多少は賑やかに会話が繰り広げられる。それから今日の計画の確認、お昼までのタイムリミットを考えたら呑気に構えてもいられない。
そんな訳で、誰がどの仕事をするかを簡単に話し合う。そして手分けして、布団を干したり洗濯や掃除をしたりと家の中を3人で駆け回る。
こう言うのは皆で働けば、誰からも文句が出ないので良い手である。ちゃっかり者の杏月でさえ、元気に廊下の掃除に励んでいる。
普段お世話になっている家への恩返しだと、末妹からは殊勝な言葉が聞こえて来る。それも案外と、杏月の秘めた本音なのかも知れない。
それ程に、この生まれ育った我が家に愛着を感じているのだろう。俺としても、そんな末妹の気持ちは充分に分かってあげられる。
「お兄ちゃん、お昼つくったら食材がほとんど無くなっちゃうかも」
「なぬ~~っ、ウチの台所事情はそんなに苦しいの、楓恋ちゃんっ!?」
「いや、単に生鮮食品が切れただけだろ? 即席麺とか缶詰ならそこそこあるから、心配しなくていいぞ、杏月?」
とは言え、杏月はラーメンはあまり好きではないので微妙な顔つき。今日のお出掛けの夕食会の後に、取り敢えず皆で買い物をする事に決定して。
我が家の買い出しは週に3回程度なのだが、大抵は誰かと誰かが一緒に出掛けて済ませる。大抵は楓恋がメインで、兄や妹の意見を聞いて買い物内容が決定する。
そこは主な料理人が楓恋なので、大抵の買い出しの同伴も当然だと思っている節がある。従って、メニュー決めも長女の役割だったりする。
普段の日曜なら、バイトまでもう少しゆったりしていられるんだけど。今日はバイト前に、琴音とゲームにインする約束になっているので時間が押してる次第。
杏月の勉強を見てあげていると、あっという間に時間が無くなってしまった。とは言え、琴音のご機嫌取りも大事だと妹たちも充分承知している。
まだお昼には少し早いが、楓恋がサンドイッチを作ってくれていた。出掛ける前にそれを頬張る俺、それが最近の日曜のお出掛け前のパターンとなっている。
喫茶店のバイトがお昼の12時からなので、いつも簡単な食事をしてから出掛けるのだ。今日も楓恋の思い遣りが心に響く、有り難く受け取ってそれを綺麗に完食。
これで2時過ぎの休憩の賄いまで、お腹は持ってくれる筈だ。ついでにバーチャ世界での冒険も、なかなかにカロリー消費は激しい。
そんな愛情を補充して、これで戦闘準備は完了の運びに。そのお礼を楓恋に告げて、俺は慌ただしく行ってきますの言葉と共に玄関を出る。
ばっちりバイトお出掛け仕様の服装だが、今から出掛けるのは近所の琴音の家だったり。琴音の家は、ウチから歩いて2分だがバイトの時間もあるので慌て気味。
この辺は高級住宅街で、周囲には小洒落た造りの建物が多い。ちなみにウチはアパートだが、外観は割と洒落ていて周りとは馴染んでいる。
家賃は少々お高いが、一家族が住むには普通の広さだろうか。ついでに近隣の学校などの施設への、通う距離にも全く不便は無い。
広い公園や病院なども区内にあるので、住むには良い立地ではある。家賃に関しては正直きついけど、妹たちの希望もあるので頑張ろうと心に決めている。
幸いバイトも長く続けて行けそうだし、家計の足しには充分になっている。だから俺は、特に今回のゲームで一攫千金など夢に見てはいない……んだけど。
琴音は割と本気らしく、気合の入れようは並ではない気がして仕方が無い。今もマンションの前まで出迎えに来てくれて、挨拶もそこそこに強制連行気味。
いや、俺も今では楽しみにしてるしそこまでしなくても。
「おはよう、琴音……確かにバイトの時間もあるし、急ぎ気味ではあるんだが。そこまでせっかちにしなくても、少しは余裕はあるから大丈夫だぞ?」
「おはよう、恭ちゃんっ! あんまりのんびりしてると、また向こうの時間が夜に差し掛かっちゃうからねっ。とにかく頑張って、先行組との差を縮めないとっ!
1週間の差は、なかなかに厳しいけど私達なら可能だよっ」
俺たちが頑張っても、レベルや距離の差は簡単には縮まらないと思うんだけど。ところがこの後のインで、俺はまたもや先行組の踏襲したルートを逸れる行動を取る事になってしまうのだった。
この時はまだそんな事になるとも知らず、呑気に幼馴染みと明るい未来を話し合っていたと言うのに。それが壮大なフリになるとは、2人とも露知らずの結果に。
それは置いといて、日曜日の今日もとにかく冒険を頑張る所存。先に時刻確認にインした琴音によると、4時間縛りの架空世界はちゃんとお昼真っただ中らしい。
こちらも貴重な休暇を、イン時間に差し出しているのだ。精々、ゲームの中で楽しませて貰わないと、割に合わないと思うが如何だろう?
とにかく家族で一緒にが、日曜の午前中の俺と妹たちのスタンダードな過ごし方だった。いつかこの『ミクブラ』も、妹たちと一緒にプレイ出来れば良いなと思う。
杏月はともかく、楓恋は器用だし上手く対応出来るような気もする。『ミクブラ』は魔法職も気楽に選べるので、運動神経や戦闘力はあまり関係ないからね。
最初のソロエリアを何とか乗り切れば、賞金サーバへの参入も杏月でも行けるかも? もちろん、普通に通常サーバでお気楽プレイでも全然構わない。
末妹のそう言うお気楽さには、ある意味俺たちは何度か救われている。人生は、肩ひじ張らずに流されるのも時には大事だったりするのだ。
それを体現しているのが、末妹の杏月である。俺と楓恋は、彼女を守るつもりでその重荷をひょいっと外して貰っている感じがしてならない。
その気楽さに甘えて、俺も好き勝手に趣味に興じている感じ。
いや、別にバーチャゲームは趣味って訳じゃ無いんだけど……琴音の機嫌がこのところずっと良いので、その恩恵は皆が感じているとは思う。
だから俺のこの束縛時間は、決して無駄ではないと信じたい……今日のバイトが終わったら、妹たちとも外での夕食会で会えるからね。
――そんな感じで、今日もゲームにログインする俺であった。




