襲撃の後に
咄嗟に隠れる場所を探して、猛ダッシュを決め込んだのはひとえに生存本能の為せる業だった。その一瞬の判断力が、文字通り生死を分けたのだろう。
必死に飛び込んだのは、側にあったナニカの洞窟だった。ここならあの巨体は入って来れない、取り敢えずの安全は確保出来る筈だ。
そんな断崖の周囲は既に阿鼻叫喚で、ゴブリン達も必死に逃げ惑っている模様。それ以上の周辺情報は、生憎だが察知出来なかった。
とにかく逃げる、これだけが脳の絞り出した最重要で至急こなすべき任務となっていたからだ。その内背後で、何かが地面に着地する大音響が響き渡った。
揺れる地面に驚いて思わず振り返ると、その巨体の上の方から3対の瞳に睨まれた。不味いな、敵にロックオンされているのは俺かっ!?
何故に顔が3つもあるかの謎は、その見た目で割とすぐに判明した。ソイツの名前が、安直にも巨大キメラと言うらしくその点は問題ない。
キメラなら、ゲームに疎い俺にも何となく分かる……つまりは合成生物だ、キマイラとも呼び表すみたいだけど一般のモンスターとしても強敵の部類かも。
その身体を構成する主要部分は、大抵は山羊とか馬とかそんな感じらしい。元は神話から来てるのかな、某ゲームで鷲と蛇の合成生物が有名になったけど。
コイツはそんな、可愛げのあるサイズでは決してなかった。身体のサイズ感は、マンモスがベースじゃないのかって程の巨体である。
しかし確実に、フォルムは肉食獣っぽくて獰猛な雰囲気が漏れ出てる。ついでにチラッと確認した限り、尻尾は蛇で前顔は蝙蝠と山羊とライオンらしい。
つまりは定番のキメラを、単純に巨大化させた感じのユニオンボスっぽい。横を向いてる身体から、ライオンと蝙蝠と蛇の3つの顔がこちらを睨んでいる。
じっとしていれば、或いはそこまで目立たなかったのかも知れない。ところが恐怖心がそれを許さず、俺の身体はとにかく安全そうな場所目掛けて逃げようと動き続けていた。
向こうも本能なのか、そんな俺を獲物だと判断したっぽい。つまり近場の洞窟に無事飛び込めても、危険は遠ざかっていなかったって訳だ。
むしろ寝惚けたクマが洞窟内にうずくまっていて、前方のクマに後方のキメラ状態な有り様。いやいや、後ろの奴を相手にするのは問題外ですよと俺のダッシュは止まらない。
動きがまだ鈍いクマを、良い感じに飛び越えられたのは僥倖だった。そのままそいつを盾にする、可哀想なクマはお外の異変にやっと気付いた模様。
次の瞬間、俺の視界が異様に赤く染まって行った。熱風が吹き込んだのかと思ったが、どうも首の1つがブレスを吐いたっぽい。
盾代わりのクマは呆気無くご臨終、ブレスを防いでくれた代わりに丸焦げの憂き目に。惨劇の真っただ中で、ある事を思い出して俺の心臓が早鐘のように鳴り始めた。
ファーはどこだっ、まさか今の攻撃に巻き込まれて無いよなっ!? 慌てて周囲を窺う中、どうやらキメラのブレスは止んでくれた。
それでも全く安心出来ない、と言うか相棒の姿を探してそれどころじゃ無い! ところが彼女はちゃんと生きていて、実は俺の懐にぴったりと張り付いていた。
はあっ、良かった……全く、生きた心地がしなかったよ。きゅっと相棒を優しく抱きしめながら、脱力しつつその場にしゃがみ込む。
ってか、どうやら窮地を乗り切れた模様でそちらも良かった。敵は去ってくれたみたいで、ホッと一安心だが俺はまだ下手に動けずにいた。
何しろ、可哀相な寝惚けクマはとっくに粒子となって消え去っていたのだ。つまり今は、洞窟の外の景色は素通し状態で遮るモノは何もない。
慌てて壁に貼り付いて気配を窺うも、少なくとも洞窟のすぐ外に生き物の姿は無し。例の巨大キメラは、どうやらターゲットを他に移した様子。
巨体のモンスターの気配が、少しずつ遠ざかって行く。
ふうっ、何とか助かったみたいだ。今は洞窟の外には静寂が戻って来ており、大小問わずに生き物の気配は感じられない。
哀れなゴブリン達も、皆逃げたかユニオンボスに食われたかしたのだろう。悲しい出来事ではあるが、これも自然の摂理と諦めて貰うしかない。
そして洞窟の中も、同様に何の気配も漂って来ない。《Dビジョン》を掛け直して奥を確認するが、程無く突き当りになっている様子。
つまりここの住人は熊だけで、要するにこの洞窟は熊の巣だった訳だ。
ファーも奥まで飛んで行ったかと思ったら、すぐにUターンして引き返して来た。それから入り口を確認、何かあるといけないので俺もすぐ後に続く。
もっとも、まだアイツがいるようならすぐに引き篭もって震えてるしか手は無い。そんな俺の意に反し、妖精はポンッと夜の闇の中に飛び出して行った。
どうやら危険は去った様子、安心した途端に腰が抜けそうに。洞窟の入り口から周囲を見回してみるが、確かに巨大キメラの姿はどこにも存在していなかった。
それどころか、さっきまでその辺を徘徊していたゴブリン共も一切いない。まぁ、目障りな連中の姿が消えたからと言って、周囲が安全になったとも限らないのだが。
正直、あのユニオンボスとの遭遇は、トラウマになりそうなほどの衝撃だった。当分は闇夜の空の下を、のんびり散策出来ない程度には。
今もちょっと身が竦みそう、死にそうな目に遭うってこう言う事なんだな。
もう1つだけ、中破した馬車の探索は一応残ってはいるけれど。あの危機的状況を経験した後では、とてもそんな気分にはなれそうもない。
それよりも、いつあの巨大キメラが戻って来るかも知れないって恐怖の方が勝る。そんな訳で、考えた末に今夜はスッパリ材料集めは諦める事に。
大量とは行かないが、そこそこ目的の材木は集まってくれた……割と当たりも引けたし、最終に関しては満足ではある。だからこの後は、比較的安全な洞窟探索に切り替えよう。
狭い洞窟内なら、どうあがいてもあの巨体モンスターは入って来れない。ってか、奴が小暴れしたせいで、断崖が一部崖崩れを起こしてやがる。
なるほど、つづら道の破損はそうやって起きたのか……ここはあの巨大キメラやワイバーンの、どうやら狩り場の1つらしいね。
やな設定だな、そんなのに巻き込まれた俺って本当に運がいいのか? 或いはこれも、幸運値20オーバーの為せる業……って、笑って済ませられない。
とにかくここから早急に移動しよう、俺とファーの安寧の為にも。なるべく外に居座らない様に、洞窟から出たら隣の洞窟まで猛ダッシュ。
何に追われているのか定かでないが、ソイツの大半は恐怖に違いないだろう。そんな感じで息を切らせながら、何とか次の洞窟へと到着。
この調子で、今日のインの残りは過ごす事にしよう。
――新しい鞄にはまだ余裕がある、大量のお宝ドンと来い!




