第六章:敵影の名を持つ者
戦場に、奇妙な静寂が訪れた。
爆煙が薄れ、機械兵の駆動音だけが、規則正しく荒野を踏みしめる。第三中隊は、もはや隊と呼べる形を保っていなかった。倒れ伏す仲間の数だけ、命令の意味がはっきりしていく。
――生かす気はない。
アリスは瓦礫の陰で呼吸を整えながら、剣を握り直した。指先が痺れている。恐怖か、疲労か、それとも怒りか。自分でも分からなかった。
「前線に……人影?」
通信機越しに、かすれた声が届く。生き残りの誰かだろう。だが、続く言葉が、アリスの背筋を凍らせた。
「敵兵だ。でも……機械じゃない」
次の瞬間、機械兵たちの動きが一斉に止まった。
命令待ちのように、整然と。
その間を縫うように、ひとつの影が前に出る。
白を基調とした軽装甲。人の形をしていながら、歩き方はどこか不自然だった。
――少女だ。
年は、エリスと同じくらいに見える。
虚ろな瞳。感情の抜け落ちた表情。
だが、その周囲の空気だけが、異様な重圧を放っていた。
「敵性実験兵……!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間、少女が腕を振ると、魔力の奔流が解き放たれた。
地面が抉れ、兵士がまとめて吹き飛ぶ。
アリスは反射的に前に出た。
理由は分からない。ただ、その姿から目を逸らせなかった。
剣を構え、距離を詰める。
少女の視線が、初めてアリスを捉えた。
――その瞬間。
胸の奥が、強く締めつけられた。
見覚えがある。否、覚えすぎている。
ありえない。
そう否定する思考よりも先に、名前が浮かんだ。
「……エリス?」
声は、戦場の喧騒に掻き消えた。
だが、少女の瞳が、わずかに揺れる。
次の瞬間、研究者の声が、彼女の背後から響いた。
「躊躇するな。対象A、排除を続行しろ」
少女――エリスは、ゆっくりとアリスに照準を合わせる。
その動きは正確で、迷いがない。
だが、引き金を引く直前。
ほんの一瞬だけ、唇が震えた。
アリスは剣を下ろさなかった。
代わりに、一歩踏み出す。
「……生きてたんだな」
答えは返らない。
返ってきたのは、無慈悲な砲火だった。
姉妹の再会は、救いでも、希望でもなかった。
それは――この戦争が用意した、最悪の形だった。




