第五章:帰還なき命令
最前線への移送命令は、紙切れ一枚で下された。
それは命令というより、死亡通知の前倒しだった。
整列した兵士たちの前で、監督官は淡々と告げる。敵機械兵の集積地を叩く先遣部隊に、アリスたち第三中隊が選ばれた、と。歓声はない。ざわめきもない。ただ、数名が無言で唇を噛みしめた。
マリアが小さく息を吐く。「……行きだね」
ローズは何も言わず、銃の安全装置を外した。いつもより、その手つきが早い。
出発前夜、簡易テントの中で三人は向かい合って座っていた。
支給された乾パンを分け合いながら、誰も“帰還”という言葉を口にしない。
「もし、私が戻れなかったら」
マリアが言いかけて、首を振る。「いや。縁起でもないね」
アリスは何も言えなかった。
胸の奥に、説明できない不安が巣食っている。ただの戦闘への恐怖ではない。妹のエリスが、どこかで自分と同じ“歯車”にされている気がしてならなかった。
夜明けと同時に、部隊は荒野へ進軍した。
霧の中から現れたのは、無数の機械兵。鋼鉄の脚が地面を削り、重低音が腹の底に響く。
「散開! 隊列を保て!」
号令と同時に、砲火が降り注ぐ。
ローズの放った弾丸が敵のセンサーを破壊し、マリアが一体を爆破する。その連携は訓練の成果だったが、数が違いすぎた。
機械兵の刃が閃き、一人、また一人と倒れていく。
血が砂に吸われ、悲鳴は爆音にかき消された。
アリスは剣を振るいながら、必死に前を見続ける。
退けば死ぬ。立ち止まっても死ぬ。ならば――進むしかない。
だが、視界の端でマリアが撃ち抜かれるのを見た瞬間、時間が止まった。
叫び声は喉で潰れ、次の瞬間、爆風がアリスを吹き飛ばす。
地面に叩きつけられながら、彼女は思った。
――これは防衛戦ではない。処分だ。
煙の向こうで、まだ動く機械兵たちが整然と再編成していく。
その様子は、あまりにも“計画的”だった。
膝をつきながら、アリスは歯を食いしばる。
生きて帰る。理由は一つしかない。
妹が、まだどこかで生きていると信じるために。




