第十六章:名前を失った戦場
夜明けは、瓦礫の上に静かに訪れた。
昨日まで戦場だった場所には、もう陣営の区別はなかった。旗は焼け落ち、兵器は沈黙し、動く者はほとんどいない。生き残った者たちは、同じ表情をしていた――理解できないものを見た顔だ。
アリスは目を覚まし、最初にエリスの呼吸を確かめた。浅いが、確かに生きている。胸に走った安堵は、すぐに重い現実に押し潰される。
「……やりすぎた、よね」
答えはない。
だが遠くで、通信機の断片的な声が聞こえた。
『全域壊滅』
『原因不明の高エネルギー反応』
『対象は二名――生存確認』
噂は、もう走っている。
《灰の輪》の生き残りが、距離を保って様子を窺っていた。恐怖と敬意が入り混じった視線。味方だったはずの人間が、もう近づいてこない。
「英雄扱いはされない」
アリスは呟く。「兵器扱いか、災厄か……そのどちらか」
エリスの指が、わずかに動いた。
意識は戻っていない。それでも、無意識にアリスを探す仕草だった。
その瞬間、アリスは決めた。
――ここにはいられない。
彼女たちの存在が、均衡を壊した。
だから世界は、均衡を取り戻すために動く。
正規軍は「管理」を口にするだろう。
反軍は「象徴」にしようとする。
独立勢力は「奪取」を選ぶ。
そして追跡者たちは、次は迷わず引き金を引く。
「エリス……私たち、もう名前で呼ばれない」
代わりに与えられるのは、番号か、コードか、脅威度だ。
アリスはエリスを背負い、静かに歩き出した。
救われた命より、壊した世界のほうが重い。
だがそれでも、進むしかない。
この力の意味を、誰かに決めさせないために。
戦場は名前を失った。
代わりに、二人の存在が世界に刻まれ始めていた。




