第十五章:代償の臨界点
包囲は、完璧だった。
《灰の輪》の陣地は三方向から制圧され、退路は崖だけ。追跡者、正規軍、独立傭兵――敵対するはずの陣営が、同じ標的を前に一時的な均衡を結んでいた。
「――詰んだな」
誰かが呟いた瞬間、エリスが膝をついた。
魔力が、悲鳴を上げている。薬の残滓はとうに切れ、身体は限界を超えていた。皮膚の下を、光が脈打つ。抑制機構が、音を立てて壊れていく。
「エリス、見るな!」
アリスは叫び、抱き寄せた。
だが遅かった。
恐怖、怒り、喪失――積み重なった感情が、引き金を引いた。
世界が、反転する。
エリスの魔力が解放され、空気が歪んだ。重力が乱れ、地面が浮き上がる。敵味方の区別なく、兵士たちが宙へ投げ出される。
「やめろ……!」
アリスの中で、同じ波長が震えた。
共鳴――かつて幾度も並んで戦ったがゆえの、致命的な同期。
このままなら、二人は“一つ”になる。
そして、すべてを壊す。
「――それでも、止める」
アリスは剣を捨て、両手でエリスを抱き締めた。
暴風の中心へ、踏み込む。
痛みが走る。神経が焼ける感覚。視界が白に染まる。
それでも、離さなかった。
「私を見る。今を、見る!」
エリスの瞳が、揺れた。
次の瞬間、衝撃波が解き放たれた。
山が裂け、陣地が崩れ、兵器が沈黙する。
追跡者も、正規軍も、傭兵も――
すべてが、同じ“被害者”になった。
暴走は、アリスの抑止によって収束した。
だが代償は、あまりに大きい。
静寂の中、立っている者はいなかった。
エリスは気を失い、アリスはその場に崩れ落ちた。
世界は、彼女たちの力を知った。
同時に理解した。
――この力は、戦争を終わらせるか、すべてを終わらせる。
その境界線が、今、引かれたのだ。




