第十一章:存在してはならないもの
潜伏先は、地図から消された集落だった。
かつて鉱山として使われていた地下坑道の名残。崩落を免れた一角に、二人は身を潜めていた。外界の音は遠く、湿った空気だけが時間の経過を告げている。
エリスは壁にもたれ、浅い呼吸を繰り返していた。
顔色は悪く、魔力の気配も不安定だ。
「……私、もう前みたいには動けない」
その言葉は、静かだった。
だが、アリスの胸には重く落ちる。
研究施設で与えられていた薬は、単なる抑制剤ではなかった。
肉体を酷使し、限界以上の出力を引き出すための――代償前提の薬。
エリスの力は、外付けの“装置”によって成立していたのだ。
「薬が切れた今、力は戻らない。むしろ……使うたびに壊れていく」
エリスは自分の手を見る。
かつて兵器として完成しつつあったその身体は、もうどこにも向かっていない。
「それでも、生きてる」
アリスは即答した。
迷いはなかった。
「それだけで、十分だ」
その時、遠くで微かな振動が走る。
追跡者だ。
――同じ頃。
前線司令部地下、非公開通信室。
白衣の研究主任が、端末に表示された二つの識別番号を見つめていた。
「対象AとBの同時逸脱……想定外だが、理論上は成立する」
軍人が眉をひそめる。
「何が問題だ。戦力が落ちただけだろう」
「違う」
研究主任は淡々と続けた。
「対象Aは、外部制御を失ったことで“自己決定”を獲得した。
そして対象Bは、それを守るために命令系統から逸脱した」
端末に表示される解析図。
二人の行動は、単独では不完全だった。
「二人が一緒にいる限り、予測不能になる。
兵器でも、兵士でもない――“選ばれなかった存在”だ」
軍人は理解した。
だからこそ、回収ではなく排除なのだ。
「存在自体が、制度の否定になる」
――再び、地下坑道。
アリスは剣を手に、出口の方を見据えていた。
逃げ場は少ない。だが、隠れる意味はあった。
エリスが、かすかに微笑う。
「ねえ……私、怖い。でも」
「でも?」
「姉さんと一緒なら、命令より、薬より……ちゃんと、選べる気がする」
アリスは振り返らずに答える。
「それでいい。
選ぶのは、私たちだ」
足音が、確実に近づいてくる。
追跡者たちは、もうすぐここに辿り着く。
だが二人は、もう戻らない。
兵器でも、兵士でもない。
国家の計画にも、研究の理論にも属さない。
ただ――生きると決めた存在として。
世界がそれを許さなくても。




