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第十章:回収対象

夜明けは、救いではなかった。

 薄い光が廃屋の隙間から差し込んだ瞬間、エリスは大きく息を吸い、激しく咳き込んだ。

 その身体が、昨日よりも明らかに重く、鈍くなっている。


「エリス……?」


 呼びかけに、返事はない。

 瞳は開いているのに、焦点が合わず、意識が浅い。


 ――薬が、完全に切れた。


 研究施設で与えられていた薬は、感情と同時に身体機能も強制的に引き上げていた。

 それが失われた今、残ったのは無理を重ねた反動だけだ。


 立ち上がろうとしたエリスの膝が崩れ、床に手をつく。


「……だめ、力が……」


 アリスはすぐに肩を貸した。

 だが、その体重を支えた瞬間、はっきりと理解する。


 ――このまま逃げ続けることはできない。


 その時だった。


 遠くで、機械音が響いた。

 一定の間隔。規則正しい足音。


 追跡だ。


 アリスは歯を食いしばり、エリスを背負う。

 重い。だが、下ろすという選択肢は存在しない。


 外に出た瞬間、視界の端で影が動いた。

 黒い外套。人間の輪郭。


「発見した。回収対象AおよびB」


 感情のない声が、空気を切り裂く。


 兵士ではない。

 ――処理班だ。


「抵抗は無意味だ。対象Aは機能低下を確認。即時回収を推奨する」


 エリスの指が、アリスの背で僅かに動いた。


「……行かない……」


 その声は、か細いが、確かな意思を宿していた。


 アリスは剣を抜く。

 震える腕で、それでも前に出る。


「回収するなら、私を倒してからにしろ」


 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、処理班が一斉に構える。


 ――勝てない。

 それでも、退けない。


 その時、エリスの身体から、微かな光が漏れた。

 不完全で、不安定な魔力。


 制御も、命令もない。

 ただ、「戻らない」という感情だけで生まれた力。


「……姉さん……」


 その呼び声が、アリスの背中を押した。


 爆発的な光が視界を白く染める。

 処理班が後退し、隊列が乱れた。


 好機は、一瞬。


 アリスは走った。

 エリスを背負い、全てを捨てて。


 その背後で、冷たい声が記録を残す。


「回収失敗。対象は反逆行動を確認。

 ――次回接触時、排除許可を申請する」


 それは宣告だった。


 エリスは、もはや兵器ではない。

 アリスも、兵士ではない。


 二人はただ、生き延びるために世界から追われる存在になった。


 そしてアリスは理解する。


 薬が切れた代償は、弱さではない。

 自分の意思で生きる痛みそのものなのだと。


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