番外編⑤ はじめてのデート
イルゼ様に執務室を追い出された私たちは、困り果ててしまった。恋人らしいデートをしなければ、あの方は絶対に納得してくれないだろう。といっても、お互い世間一般の恋人たちがどんな事をして過ごしているかわからなくて――
「あの、ロレッタに相談してみるのはどうでしょうか?」
という私の一言で、まずはランドール商会の魔法道具店に向かうことになった。
馬車の中は、なんだかそわそわしてしまうような、落ち着かない空気が漂っていて、私とリオネル様は一言も会話を交わさなかった。正確には、交わせなかった。
私がリオネル様に視線を向ける時、必ず彼は私を優しい顔で見つめていて――気恥ずかしくて、思わず景色を見ているふりをしてしまった。
(恋人らしさって、難しい……)
私の本音は、流れていく景色の中に溶けて、消えた。
休日らしく、ランドール商会の魔法道具店は大勢のお客さんが訪れていた。
ロレッタは最初、カウンターに立っててきぱきと接客をしていた。けれどこちらを見て満面の笑みを浮かべたかと思うと、すごい勢いで近寄ってくる。
「いらっしゃい、アメリア、リオネル様! 今日はデートですか?」
「そうだ」
間髪入れずにリオネル様がそう答えたので、ロレッタの瞳が魔法みたいに煌めいた。
「あらあらあらあら! そうでしたか~! ぜひ、ごゆっくりっ」
ニヤニヤした友人が、私の肩を軽く押した。身構えていなかったのでよろけてしまい、リオネル様に抱き留められる。
「大丈夫か?」
私がしっかり地に足をつけていることを確認して、リオネル様は解放してくれた。……少しだけ寂しいような、惜しいような、そんな心地になる。
「は、はいっ」
力みすぎた私の返答に、ロレッタが笑みを深めている。絶対、わざとだ。
(ロレッタ~~!)
顔を赤くしてぷるぷると震えることしかできなくなった私に代わって、リオネル様が前に進み出る。
「ロレッタ、私たちは城を追い出されたんだ」
「え、追い出された?」
きょとんとしたロレッタは、リオネル様からことのあらましを聞いて、また顔を綻ばせた。
「なるほど、でしたらちょうどいい所がありますよ」
ロレッタは一度カウンターの内側に戻り、引き出しからチケットを1枚取り出した。
「ランドール商会傘下のカフェがあるんです。そこならデートらしく過ごせるんじゃないでしょうか」
はい、と私の手にチケットを握らせてくれる。
ロレッタはまた私を押しそうな手つきをしたので、先手を打ってさっとリオネル様の後ろに立った。ちょいちょいと彼のローブを引っ張る。
「アメリア?」
「行きましょう! ロレッタ、ありがとう!」
早口で言って、私はリオネル様を伴ってお店を飛び出す。これ以上ロレッタの前にいるのは、色々と危険な気がした。
ロレッタに紹介してもらったカフェは、お店のすぐ近くの路地に入り口があった。
隠れ家風というのだろうか。入り口はこぢんまりしていて、新緑のカーテンで彩られている。店に入ってチケットを渡すと、店員は優雅にお辞儀をして、私たちを最上階にある個室へと連れていってくれた。
ゆっくり過ごせそうなクッション付きの椅子と、木目が美しいテーブル。南向きで日当たりが良い窓からは、運河とそこを行き交うゴンドラを見ることができた。
(これは……VIP待遇なのでは……)
自分がとても場違いのような気がして、立ちすくむ。リオネル様は立場上馴れているのか、椅子をさっと引いて、席に着くように促してくれた。
今度ロレッタに会ったら、きちんとお礼をしなくては……。
「彼女にお礼をしなくてはいけないな」
リオネル様の発言に私は目を丸くして、それから微笑んだ。私の友人を大事にしてくれていること、私と同じことを考えていることが、嬉しかった。
注文した紅茶とスコーンが運ばれてきて、ふたりで口へと運ぶ。ロレッタの家の系列だから、お茶もお菓子も一級品。ゆっくり味わいたいと思うのに、緊張しすぎて味がよくわからなかった……。
スコーンがなくなった後、私はさっと視線を巡らせて部屋を観察する。個室の中はふたりきりで、扉の外にも人の気配はない。
私は椅子の上で姿勢を直した。
「……イルゼ様とエリック様の話、本当なんですか?」
窓の外を眺めていたリオネル様が、こちらを向く。
「ああ。……あのふたりは、ずっとお互いだけを想いあっている」
デートで訪れた雰囲気の良いカフェで話す内容が、これなのだ。きっとイルゼ様が仰る『恋人らしいデート』とは程遠い。
それでも、おふたりが見せた寂しげな表情が、私の心に染み付いて離れなかった。
「エリックは口ではあれこれ言うが、家を手放せないだろう」
私は頷いた。水属性の弟子をわざわざ取るくらい、エリック様は水を、ハーバー公爵家を、愛している。
膝に乗せた手をぎゅっと握る。爪が指に食い込み、鈍く痛んだ。
きっと、エリック様は全部承知だった。公爵家の次男という立場に甘えていればすんなり結婚できただろうに、彼はそうしない。愛する姫君のために家を改革し、自らが公爵となる道を選んだ。
――ふたつにひとつ。両方は選べない。
エリック様はもう、とっくに選んでしまったのだ。
選ばなければならない苦しさを、私は昨日のことのように思い出すことができる。
「……あまり、気に病むな。彼らの問題だ」
リオネル様がテーブルの向こうから手を伸ばした。髪飾りに触れてから、私の髪に手を差し入れる。髪を梳かす動きがくすぐったい。
その指に甘えて、全部委ねて、ただ笑う方が可愛らしい恋人だろうと思うのに――
「リオネル様……」
私に触れる彼の手に、自分の手を重ねる。この温かさに触れられる幸せを、痛いほどに感じられた。
思い返す。
馬車の事故が起きる日、裏通りで、頭を抱えて現実を受け入れようと必死だった。
「私は、諦められなかったんです。貴方も、幸せも。だから……私に出来ることがあるのなら、手助けしたいです」
諦めたくて、諦める訳じゃない。諦めなくても済む道を探したい。きっと、おふたりもそう思っているはずだから。
「リオネル様、私――打ち明けてみようと思っているんです」
意を決して、私はその言葉を告げた。




