番外編③ 王太女殿下は恋を諦めることにした
※イルゼ視点です
収穫祭の時のお話です
今回から6話分、アメリアとリオネルの後日談+イルゼ、エリックの話になります
「思った通りですね」
わたくし――イルゼ・ミラ・エヴァレットは心の中でほくそ笑んだ。視線の先で、黒ずくめの魔法使いと白髪の少女が並んで立っている。
ふたりの間に漂う空気はどこかぎこちない。けれどお互いの挙動をちらちらと観察しては、目を逸らす――言うなれば、果物のような甘酸っぱさに満ちていた。
(……微笑ましいことです)
心の中で、こっそり呟く。
望んでも決して手に入れられないものは、まるで空に輝く星のように眩しい。
*
爽やかな秋晴れの元、王都では収穫祭が開かれていた。
わたくしは魔法と変装で城を脱出し、リオネル、エリックを引き連れて城下を見物していた。一国民としてお祭りを楽しみ、得た見識を国政に活かす……わたくしにとっては仕事の一環と言える。
そんな時、偶然、アメリアさんが立っている店を通りかかった。明るい笑顔と楽しそうな声で接客をしている。
彼女の姿を認めて、リオネルはほんの一瞬だけ、動きを止めた。
(……まったく。それで隠しているつもりなのでしょうか?)
氷剣の魔法使いと呼ばれ、冷徹かつ冷酷との噂が立つリオネル。けれど、慣れてしまえばその内面は実にわかりやすい。
なんでもないふうを装う澄まし顔を、あの手この手で慌てさせてやりたいと思う。素直じゃない男には、それくらいがちょうどいい。
心が命じるままに、今日の予定を決める。
「あの店に行きますよ」
護衛ふたりの返事も聞かずに歩き始めた。素直についてくるエリックと違って、リオネルはため息をついている。
アメリアさんはまだこちらに気付いていない。
「少しよろしいでしょうか?」
悪戯心を限界まで抑えて、軽く声をかけた。振り向いたアメリアさんは目を丸くしてから、すぐにわたくしの背後に視線を走らせる。
その冬空の瞳はただひとり――リオネルだけを、見つめている。
「ふふ。驚きましたか?」
(……早く告白してしまえばよろしいのに)
口と心が、全く違う想いをアメリアさんにぶつける。彼女は慌てながらも、わたくしと会話をしようとしてくれた。
他愛ないやり取りをしながら、その表情をじっくりと観察する。
彼女は初対面の時から、リオネルのことばかり気にしていた。わたくしがちょっと意地悪をして『好きな相手の好きなところ』を聞いてみたら、あからさまに顔を隠して答えるのだ。
こちらを――正確にはリオネルを、見ないように。
彼女の好きな相手がリオネルだと、その態度が何よりも雄弁に物語っている。その時はリオネルも、過去一番と言っても過言ではないくらい不機嫌そうだった。
ふたりは想い合っているけれど、お互い自分の片想いだと思っている。
それが、わたくしの出した結論だった。
「エリック。リオネルを撒きましょう」
商品を見ているふりをして、こっそりエリックに耳打ちする。リオネルは何やらアメリアさんと話をしているようだった。
無口で無愛想なあの男と、会話を続ける。それがどれだけ特別なことなのか、アメリアさんは少しも気付いていない。
「はーい。……ちなみに、理由は?」
とぼけた態度の護衛を、思わず半眼で見てしまう。
「それを聞くのは野暮というものですわ」
「?」
本気でわかっていなさそうなエリックの手を引き、店を離れる。リオネルはこちらの動きに気付いているだろうけれど、追いかけてはこなかった。
ふと振り向くと、魔法使いと少女は見つめ合ったまま、初々しい雰囲気に包まれていた。
「思った通りです」
「何がです?」
エリックがきょとんとしているので、わたくしは大きくため息をついてみせた。
「リオネルはアメリアさんを気にしています」
「え、あのリオネルが?」
エリックは店の軒先に立つふたりを振り返り、たっぷり10秒は観察していた。
魔法使いが何か言って、少女がはにかみながら答える。それを目にしてようやく納得したらしい。エリックはぽん、と芝居がかった調子で手を打った。
「なんだろ、天変地異の前触れ?」
「……邪魔になっては悪いですし、行きましょう」
エリックの手を握ったまま、わたくしは歩く。
広場を出て、賑やかな大通りを抜けて、あえて人気のない路地へと進む。祭りの喧騒が遠のき、まるでひとつ膜を隔てた向こう側の出来事のように、ひどく遠くに感じられる。
ここにはわたくしとエリック以外、誰もいない。ふたり分の足音だけが、今の現実。握った手から交わされる熱が、わずかに強張る指先が、お互いの本音を隠しきれていない。
いまだけは……この距離を許して。
誰にともなく、願う。
「エリック」
万感の思いを込めて、護衛騎士の名前を呼ぶ。
結んでいた手をほどき、足を止め、彼を振り返る。秋の冷たい風が吹いた。エリックの銀髪が揺れて、煌めく。
いつになく真剣な表情を向けられて、胸の奥底が疼いた。
どれだけの時間、そうして見つめ合っていただろうか。意を決して、わたくしは口を開く。
「ふたりきりなのですよ? わたくしの命を奪うチャンスではありませんか?」
からかうように、けれど真剣な顔で告げる。
一瞬、時が止まったような錯覚を覚えた。
青い瞳に浮かぶ光は、まっすぐにこちらを見つめている。
(――でも、貴方はきっと、それをしないのでしょう?)
その誠実さが、わたくしを手放さざるを得ない理由でもあるというのに。
「やだなー、そんなことする訳ないじゃないですか」
言葉の奥に沈めた信頼を、エリックはいとも簡単に拾ってみせた。護衛騎士は真面目な顔を崩し、力の抜けた笑顔を晒す。
「貴女を守ることは、自分で選んだ道なんですよ? 簡単には譲りませんよー」
軽い調子で引かれた線引きに、わたくしは黙って頷いた。
彼は決してしない。わたくしを『家のため』に殺して、永遠に自分の物にすることも。手に手をとってこの国から逃げることも。
王子派であるハーバー公爵を失脚させて、王国の未来を安定させる――それだけが譲れない、わたくしたちの目標。
次期公爵と、次期女王。
恋は、決して叶うことはない。
「でも、今日くらいはいいんじゃないですか」
エリックがのんびりと言う。わたくしは彼の真意が読めなくて、目を瞬かせた。
「僕はただのエリックで、貴女はただの――町娘です」
ハーバー家の者に特有の、銀の髪に青い瞳。美しい騎士は、優雅な所作で一礼し、その場に跪く。
「今夜、踊ってはいただけませんか?」
(……本当に、ずるい方)
普段はふわっとしていてちっとも男らしくないのに、こういう時だけは、まるで絵本から飛び出した王子様だ。
喜びを露にしそうになる表情を押し殺しつつ、その手を取る。唇が触れて熱を持つ指先も、高鳴る鼓動も、きっと全部この人には筒抜けなのだろう。
こちらを見上げた王子様の頬も、ほんの僅かに赤く染まっている。お互いのために、逃げばかり打つ人。イルゼという王女を、立ててくれる人。
「……仕方のない人ですわね。付き合います」
可愛げのない言葉に、微笑みで返された。
いつの間にか日が西に大きく傾いている。彼にエスコートされて、わたくしは路地を出て、大通りへと戻る。
ワルツを踊るためにペアになった人々が、我先にと広場へと向かっていく。
曲が流れ出す。
騎士様に抱かれて踊る町娘は、きっと心からの笑顔を浮かべている。
(だから、もう十分ですわ)
目の前にある愛しい顔を見て、決意を固める。
わたくしは目指す未来のために、この恋を諦めることにした。




