62、忘れられた花嫁と魔法使いの幸せ
雪が溶けて、季節は春へと移り変わっていた。
あれから、色々なことがあった。
王子派を主導していたハーバー公爵が捕らえられたことで、王子派は事実上壊滅。国王陛下からも、『ブラッドリー王子の王位継承権を正式に剥奪する』と声明が出され、騒動は終息を迎えていた。
「まあ……アメリアさん……」
リオネル様と結婚します、とイルゼ様に報告に行ったら、イルゼ様は信じられないものを見るような目で彼を見た。
隣で控えるエリック様も、似たようなリアクションだった。
「わたくし、アメリアさんを応援するとは言いました。ですけど、本当にリオネルでいいんですか? 朴念仁で女心にも疎くて仕事と結婚しているような男ですよ?」
なかなか酷いことを言われている気がするけど、リオネル様は気にした様子はなかった。
「反対されても、他の者に渡すつもりはありません」
王太女殿下の御前だというのに、顔が緩んでしまうのを抑えられない……。
彼の静かな眼差しに、イルゼ様はひとつ息を吐いた。
「別に反対など致しません。ですが、わたくしはアメリアさんのお友達です。もしこの男が貴女を泣かせるようなことがあれば、いつでも相談して下さいね」
イルゼ様は私の手を取って、握りしめた。
「はい、ありがとうございます」
すべてが終わっても、『お友達』を続けてくれるイルゼ様に、私は心から感謝した。
「またお茶会をしましょうね。わたくしもリアーナも、アメリアさんに会えるのを楽しみにしていますから」
イルゼ様は、優雅に微笑んだ。
ブレディは、学園に戻ってきた。
クラスメイトの大半は、ブレディは体調不良で欠席していただけだと認識している。実際、死ぬほどの大怪我を負ったから、ある意味、嘘ではない。と思う。
「ブレディがアレなんて、思いもしなかったわ」
ブレディと、ロレッタと、ルパートと、私。
1日の授業がすべて終わり、4人で校門に向かって歩いているとき、ぼやいたのはロレッタだった。
陽はすでに西の空に沈み始めている。
「だよねー」
ロレッタの発言に同意したのは、当の本人であるブレディだ。相変わらずモテるようで、行き交う女の子がちらちらとブレディの様子を気にしている。
「はー、成績優秀で美形でモテまくりで、その上おうじっ」
「ルパート!!」
ブレディの秘密を大声で口走りそうになったルパートの口を、ロレッタが物理的に塞いだ。
「ルパートに打ち明けたのは失敗だったかな」
ブレディは苦笑いしている。
二人とも、最初は半信半疑だった。けれど元王宮魔法使いのトビアス先生と、リオネル様の友人であるハミル先生が二人で「ブラッドリー王子のことを頼む」と二人のところにお願いしに来たことで、信じざるを得なかったらしい。
「あ。あれ、お前の恋人じゃね?」
ロレッタから逃れたルパートが、正門を指差す。
門のすぐ横に遠目でもすぐにわかる真っ黒な魔法使い――リオネル様が立っていて、私をじっと見つめていた。
今日はお城に行く日だから、迎えに来てくれたらしい。
私の心臓がどきりと音を立てた。あの事件以降、リオネル様とブレディが会うのはこれが初めてになる。
私たちは、彼の前で足を止める。
「じゃ、また明日ね~」
ロレッタは空気を読んで、ルパートの手をさりげなく引きながら遠ざかっていった。
その場に、私たち3人だけが取り残される。ブレディは額に皺を寄せた。普段は見せない、厳しい顔だった。
「リオネル……」
「はい」
リオネル様の声に、珍しく緊張の色が混ざっている。
「……アメリアのこと、頼む」
私たちは揃って、息を呑む。
「泣かせたら、今度こそ許さないから」
言うだけ言って、ブレディは教会の方向へと走っていってしまった。
――ブレディはきっと、リオネル様を嫌っていた訳ではないのだろうと思った。
私は、リオネル様の手を握る。
あなたは一人じゃないと、そう伝えたくて。
事件が解決して、実は一番大変だったのはエリック様かもしれない。
私は少しも気付いていなかったけど、ハーバー公爵はエリック様の父親だった。エリック様は王子派ではないから、勘当されて家を出ていたらしい。
王子派だった公爵と嫡男が失脚して、次男のエリック様に跡継ぎの座が回ってきたのだという。
「ただのエリックでいたかったのに、困るよね。僕はイルゼ様の近衛騎士をやめたくないし、可愛い弟子もいるからね」
エリック様はにこやかな笑みを浮かべて、私の髪を撫でた。途端にリオネル様の纏う空気が変わる。
「触るな」
「うわ、怖い顔しないでよ。師匠と弟子のスキンシップだよ?」
そう、私は水属性の治癒術士見習いとして、エリック様の弟子になることが決まった。正式な師事は学園祭卒業後になるけど、今も時間がある時はお城に行き、エリック様の元で学んでいる。
ブラッドリー王子の『星』を持つ私を野放しにする訳にいかなかったという王家の都合もあるらしいけど、私に異存はない。
目指すは、治癒術を専門とする王宮魔法使いだ。
「婚約者に嫌われるぞ」
「別に婚約してないし。それに、嫉妬深い夫の方が嫌われそうじゃない?」
軽口を叩きながらも、エリック様は私からさっと離れた。
リオネル様は、律儀に私を教会まで送ってくれた。
一度目は白いなりにも結婚していたのだから、そして今も婚約しているのだから、一緒に暮らしたいと思わなくもないのだけれど――
「お別れするのは、寂しいです」
そう口にしてみても、
「私もだ。だが、まだ君と暮らす訳にはいかない。学園を卒業して、きちんと教会で誓いを立ててからだ」
彼は真剣な顔でそう言って、教会に入らずにまごついている私の背中を押す。
そういうところが好きだし、大事にしてくれているのは嬉しい。でも少しだけ――いや、とても物足りない。
そんな私の気持ちがバレてしまったのだろうか。
リオネル様は私を抱き寄せて、唇を重ねた。
教会の前で、誰が見ているかわからないのに。離れがたいと言うように、いつまでも私を離さない。
体の奥に、熱くてくすぐったいものが広がる。こんなにも心を奪われているのだと、改めて実感した。
「今は、これで我慢してくれ」
ようやく私を解放した婚約者が、柔らかい表情を見せる。ずるい。そんな顔を見せられたら、頷くしかなくなってしまう。
吹き抜ける風が、私の髪飾りを揺らす。花の香りを纏ったそれは、新しい未来のはじまりを告げるようで――
「今だけ、ですよ?」
彼が静かに頷いた。その瞳に映るのは、一度目も今も私だけ。
だから私も、笑顔を返した。
私は本当の幸福を、貴方と手にする――
これにて完結です。
長くお付き合い頂き、ありがとうございました。
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この後は、本編内に入れきれなかった番外編と後日談になります。




