61、誓い
言葉が、途切れた。
私とリオネル様は、ただふたりだけの世界に佇んでいる。
聖堂に満ちる沈黙は、もう重くはない。
めいっぱいに見開いた瞳から零れたものが、月光を受けて煌めきながら落下した。
「アメリア……」
静謐な空気が揺れる。ためらいがちに伸ばされた彼の手が、私に触れる寸前で止まり――そのまま下ろされた。
その動作ひとつひとつが、苦しくて愛おしい。
リオネル様はずっと、私だけを見つめてくれていた。
知らなかった。
一度目の私は、ちゃんと貴方に『特別』に愛されていた。
貴方はこんなにも、私を愛してくれていた――
息が震える。感情が体に収まりきらないのに、まだ足りない。
だから、触れたい。触れて欲しい。
「これでわかっただろう。私は『君』を愛している訳じゃない」
わかっていないのは、リオネル様だ。
「よく、わかりました」
私は不格好な笑顔を作って、一歩だけ歩み寄る。目を伏せて、彼を正面から抱きしめた。その広い背中に腕を回して、ぬくもりを確かめるように。ふわりと彼の香りに包まれる。
拒絶は、されなかった。
私の涙が、リオネル様の胸元を濡らしていく。
「アメリア? 私は――」
「わかっていないのは、リオネル様です」
世界で一番安心できる場所に身を預けながら、私は顔を上げた。
「私は、幸せに死んだあなたの妻です」
私の言葉が、高い天井に反響する。
リオネル様は目を見開いた。唇を震わせ、息を呑み込んで――次の瞬間には顔を歪めた。
私は手を伸ばして、彼の頬に添える。
「私は貴方が好きです。ずっと――あの馬車の事故で出会った日から、今日まで」
やっと言えた。大切に抱え込んでいた、私の気持ちを貴方に知って欲しかった。
「アメ、リア……」
凍りついていたリオネル様が、ゆっくりと動き出す。
壊れやすい硝子細工に触れるみたいに、こわごわと私の髪に触れた。
「君は……記憶が?」
「はい」
「どうして……」
それは、私にもわからない。
口を開きかけた私の周囲を、キラキラとした星が舞った。同じように、リオネル様の周囲を何かがくるりと取り巻いている気配がした。まるで、存在を主張しているかのように。
「リオネル様の気持ちを、聞かせて欲しいです」
くっついたまま、答えがわかりきっていることを聞く。そんな意地悪な私の背中にリオネル様の腕が回って、ぎゅっと抱きしめられた。でも、苦しくはない。貴方で、私の中が埋まっていく。
「ついさっき、君の想いを断ってしまったばかりだが……やり直す機会を、もらってもいいのか」
くすりと、吐息が漏れた。本当に、不器用で誠実な人だ。
「もちろんです」
聞こえてくる心臓の鼓動が、早い。それがどちらのものかはわからない。きっと、私たち二人ともドキドキしているから。
「……愛してる。君と、幸せになりたい」
やっと聞けた、本音。
それだけで私の世界は、満たされる。
「――結婚して欲しい」
リオネル様を見つめる。
普段は冷静で理性的な瞳に、今だけは熱い熱が籠っているのを、私は確かに見た。それに応えるように、私の頬を涙が伝う。
「はい」
私たちの距離が、吐息まで感じられそうなほどに近付く。私はそっと目を閉じる。
唇が啄むように触れあって、すぐに離れた。
それがなんだか物足りなくて、私は目を開けてリオネル様を見た。
彼は、赤く染まった顔を隠すように、斜めに背けている。
「足りません」
催促しても、リオネル様は固まってしまって動かない。私はひとつ吐息を溢して、背伸びをした。
「アメリア……!」
慌てたような声は無視して、今度は、私から触れた。甘くて優しくて、心が伝わるように――。
離さないというように、私の頭に手が添えられた。
ふれあいは、長く続く。今までの時間を埋めるように。
月光のヴェールを纏って、私たちは二人だけの誓いのもとで、また結ばれた――




