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60、言葉にできない想い


 今思えば、アメリアの事故がすべてのきっかけだったのだ。


 彼女の事故があった頃から、ブラッドリー王子派が活発に活動を始めていた。

 王宮魔法使いがその対処に駆り出されていたこともあり、アメリアたちが暮らす西の精霊教会の調査が始まったのは、季節が冬に移り変わってからになってしまった。


 王子派に狙われるような特別なところは何もなかった。暮らしているのはシスターと身寄りのない子供たちだけで、最年長がアメリアだ。事故以降、成人していた青年がひとり教会を出ているとのことだったが、彼の行方は結局わからなかった。




 仕事に追われる日々の中で、アメリアと過ごす時間は少なかった。それでも会うたびに彼女の笑顔に惹かれ、その優しさに安らぎを覚えた。


「リオネル最近さ、好きな子できたでしょ」


「誤魔化そうとしても無駄ですわよ?」


 ニヤニヤしたイルゼとエリックに指摘されて初めて、私は自分の気持ちに思い至った。


 いつの間にか、彼女の病室を訪れる理由が、贖罪や罪悪感や後悔ではなくなっている……。


 季節は冬が終わり春になり、王都には爽やかな風が吹き始めていた。




「今まで、本当にありがとうございました」


 退院の日。

 病院を出てから、アメリアは笑顔で私にそう告げた。別れの言葉だった。


 少し痩せ、杖を突かなければ立てず、それでも彼女は気丈に顔を上げて歩いていく。退院してしまえば、その隣に私の居場所はない。


 彼女と私を繋いでいた見舞いという口実は、今日ここで途切れてしまう。


『リオネル、言いたいことがあるなら言わなきゃだめだよー』


『このままでいいの?』


 姿の見えない精霊たちが囃し立てる。

 硬直している私を、アメリアは不思議そうに覗き込んできた。


「リオネル様?」


 手離したくないと、強い感情に突き動かされた。


「アメリア」


 咄嗟に彼女を引き寄せ、腕の中に閉じ込めてしまった。彼女は私の胸にすっぽり収まってしまうくらい、小さくて儚い。

 鼓動が早鐘のように打ち始める。


「えっ!?」


 今度はアメリアが硬直している。けれど、逃げることも抵抗もしない。恥ずかしそうに私を見上げ、瞳を潤ませている。


 真珠色の美しい髪に触れ、撫でる。柔らかな手触りに満たされる。


「あ、あの……リオネル様……」


「結婚してくれ」


 腕の中で、びくりと少女が体を震わせた。驚いたように丸くなっていた瞳が、ゆっくりとやわらかな笑顔に変わっていく。


「……はい」


 彼女は頷いて、その身を預けてくれた。暖かい風に、アメリアの長い髪が舞い上がる。




 ――結婚の報告をしたら、イルゼとエリックに白い目で見られた。




 結婚してから、アメリアと過ごせる時間は増えた。とはいえ、仕事があまりにも忙しいから、一般的な夫婦のそれよりも共に過ごせる時間は少ない。新婚なのだから、とイルゼとエリックが気を利かせてくれることもあったが、それも焼け石に水だった。


 朝食だけは必ず一緒に作り、一緒に食べた。妻の笑顔を見て、髪を撫でた。

 穏やかな時間だった。


 夫婦的なふれあいはなかった。あくまでも私と彼女は加害者と被害者。おまけに、彼女は断れる立場ではない。結婚だって強引だったのに、私だけの一存で線引きを踏み越えるべきではない――そう思っていた。


 


 一度だけ、夜遅くに帰宅した私は、アメリアがダイニングテーブルで突っ伏して眠っているのを見つけたことがあった。

 近付くと、穏やかな息遣いと共に、彼女の唇から言葉が漏れた。


「会いたい、な……」


 彼女の優しさに甘えていたことを、痛感した。


 王子派は日々動き、王都の治安を乱すほどになっている。それを抑えるために、私は日々奔走する。妻が安全に暮らすために、必要なことだから。


 ――言い訳だった。


 愛しているのに、それを示せていない。彼女を自らの手で傷付けている。胸が痛んだ。ひどく後悔した。今も、ずっと。


 そんな資格は、私にはないというのに。




 後悔を抱えたまま、月日が流れていく。

 

 そんな生活が2年、続いた。

 事故で弱っていたアメリアの体に、ついに終わりの時が迫っていた。


 なるべく、書類仕事は家に持ち帰るようにしていた。王子派を追い詰めていた重要な時期だというのに、イルゼもエリックも快く送り出してくれた。




 妻は、昏睡から目を覚ますことがほとんどなくなっていた。


 この頃になってようやく、王子派の先導者を捕らえることができた。


 ブレディと名乗り、市井に下っていた――ブラッドリー王子、その人だった。


 十数年ぶりの再会に、心が揺れた。


「久しぶり。アメリアは元気かな。……あの子に、これ以上傷付いて欲しくなかったんだよ」


 彼と話して、初めて理解した。

 ブラッドリーがアメリアの幼なじみで、狙われ続ける彼女を守るために、王子派に与したことを。


 ――私がアメリアと出会ったあの事故がなければ、すべては丸く収まったのか。


 彼女の寂しげな寝言を思い出し、胸が締め付けられた。あんな顔を、して欲しかった訳じゃない。

 

 私が歩いてきた道は、間違いばかりだ。


 足元が、崩れていくようだった。




 ティンバー邸の隠し部屋――禁書庫から持ち出した、1冊の魔道書を手にしていた。


 魔法狂いのティンバー家の先祖が記したとされるそれには、時間を巻き戻す魔法が記されている。


『リオネル……』


 精霊たちがざわめく。


 この魔法が使えるのは一度きり。

 そして、魔法にふさわしい対価を支払わなければならない。効果も、対価も、大きい。


 目覚めない眠りに落ちた妻の呼吸は、今にも止まってしまいそうなほどにか細い。


 その髪をそっと梳かす。

 こうやって、彼女の髪に触れることは好きだった。


 でも、これが最後だ。




 アメリアを幸せにする。


 そこに迷いはない。

 だが、体が重い。


「対価は、何にするべきか……」


 私の命も、魔力も、対価になり得る。しかしそれでは本末転倒だ。時を巻き戻した後、アメリアを守るために力は絶対に必要だ。


 私が捧げられるものは――


『迷ってくれて、ありがとう』


 精霊の声に、凍えるようだった胸の奥が少しだけ温まる。


「――こちらこそ」


 後悔だらけの道を、支えてくれたもの。

 その言葉に後押しされて、私は魔法を発動させた。




 もう、言葉は聞こえない。


 私は一人で、道を切り開かなければならない。


「おーい、もしもし?」


 目の前で手を振った銀髪の騎士がいた。記憶よりも若い。魔法が成功した可能性を考えた。


 私とエリックは、夜の王宮、その廊下に立っていた。王子派との戦いであちこち破損していたはずの王宮は、すっかり元通りになっている。


「今は何年の何月何日だ?」


「え、なに記憶喪失?」


 エリックは不審そうに私を見つつも、今が精霊歴1815年の10の月15の日だと教えてくれた。


 アメリアと出会った、事故の日まであと5日。

 魔法は、成功していた。




 私はまず、イルゼにブラッドリー王子が西の教会にいることを伝えた。それから、彼に連なる重要人物として、王宮魔法使いに指示してアメリアとブレディを密かに守らせた。


 事故の当日は、イルゼの予定を変えて外出しないようにした。アメリアとミーナにも部下を付けている。


 部下から無事にふたりが帰宅したと聞いて、肩の力が抜けた。




 私の行動が変わったせいで、予想外のことが起きた。

 イルゼが私が守ろうとしているアメリアに興味を持ったのか、お忍びで会いに行ったのだ。


 結果、アメリアはイルゼを狙った刺客に襲われることになってしまう。恐怖で、なのか、再会した彼女は不安げに箒を握りしめ、俯いていた。


「怪我は?」


 つい、声をかけてしまった。

 このくらいなら、許される。ただ巻き込まれた少女を心配しただけ。


 自我を押し殺し、私は王宮魔法使いとして彼女と対峙する。だというのに。


「あ……だ、大丈夫、です」


 久しぶりに聞いた彼女の声に、どうしようもなく心がざわついた。




 イルゼはアメリアが気に入ったらしく「お友達係」に任命してしまった。私としては彼女に関わらず解決したかったのに、結局彼女と会うことになってしまった。




 私はアメリアに近付くべきではない。そう自分を戒めるのに、彼女は私の線引きを軽々と飛び越えて近付いてくる。


 収穫祭で、誘われて踊った。

 教会で、手紙を書く彼女を眺めた。

 守るために突き放したのに、彼女は私の隣に立っていた。


(アメリア……)


 学園で、魔力を使い果たして倒れた彼女を抱き上げた。相変わらず無茶ばかりで、目が離せない。側にいたい。笑顔を見たい――


 気付いてしまった。

 一度目よりも更に、彼女を好きだと思う気持ちが強くなっていた。


 柔らかな真珠色の髪に触れる。


(君が好きだ)


 言葉にできない想いを、心の中だけで呟く。




 ある日、私は本屋で魔道書を眺めていた。

 そこにたまたま、アメリアとブレディが入ってきたことがあった。


 二人とも制服姿だった。学園からの帰り道だろうか。


「リア」


 ブレディが――アメリアを、そう呼んだ。


 かつてブラッドリーは妹王女リアーナを『リア』と呼んで溺愛していた。


 彼は、アメリアをリアーナの身代わりにしている。


 すぐにわかった。

 何故なら、私と同じだから。


 私が愛しているのは一度目の、死なせてしまった妻。今ここにいるアメリアは、私の妻ではない。


 その現実を、ブラッドリーに突きつけられた気持ちだった。


(私はまた――同じことをするところだった)


 間違えればまた、彼女を不幸にする。

 過るのは、寂しげなあの夜の妻。自分の気持ちを戒めた。


 私を見たブラッドリーは、逃げるように店を後にした。内心、彼女を妹に見立てていることに罪悪感を覚えているのだろう。


 それも、私と同じだ。


 不幸せな結婚生活を送らせてしまった一度目の妻の代わりとして、今のアメリアを愛することは不誠実だ。


 だから、事件が終わってアメリアの安全が確保されたら、彼女から離れようと、そう決めた。



  

 彼女に惹かれている心を、胸の奥に押し込めた。



 

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わーんみこさん!すばらしい! 大好きな展開です!!!
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